”人殺し”は罪だろうか(終わる世界の戦闘少女企画参加作品)   作:あるばさむ

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2.動く朝

 荒廃した世界が題材のフィクション作品などというものは昔から幾百(いくびゃく)も生み出されていて、その『世界が終わった理由』も、作品の数だけ逸話(いつわ)がある。近年では冗談抜きで世界が滅ぶリアルな話題がまことしやかに囁かれていたものだ。

 巨大隕石が地表に衝突するとか。

 世界大戦が起きて核ミサイルが飛び交うとか。

 地球温暖化が急速に進んで人間の住める場所が無くなるとか。

 理由はいくらでも考えられる。そして結局、人類は滅ぶか、もしくはごく少数が生き延びるというエンディングを迎える。

 人間は(もろ)い。だから簡単に滅びる。滅ぼされる。しかし一縷(いちる)の望みにすがるように『生存エンド』が用意されるのは何故だろう?

 可能性はゼロではないから。

 もし人類の九十九%が死滅したとしても、残り一パーセントが積極的に生殖し続ければ。

 時間はかかるけど、また人間の文明は復活する。

 だから生きよう。死ぬかもしれないけど、どのみち人間は寿命が来たら死ぬのだから、それまでは精一杯生きよう。自殺なんて考えず、若者こそが未来に希望を持って生きよう。

 ああいう世界崩壊モノの作品には、そんなメッセージが込められている。

 無駄に(ひね)くれてて脳の足りない馬鹿どもには伝わってないみたいだけど。

 まあ、私も正直、安っぽいとは思う。

 

 ――でも、さあ。

 ――これは、無理だよ。

 ――希望なんて、どこ探したって見つかんないよ。

 

 全世界の誰もがそう思った。目の前で大切な人が『崩壊』していくさまを呆然と見ながら。

 優しい顔で、手を繋いで、キスした後にちょっと照れた顔をするような、そんな人が”壊れていく”姿を見ながら。

 ついさっきまで隣を歩いていた人が、何だかものすごくアンバランスで、目も鼻も無いただ口が裂けたように開く軟体動物のような姿になって、聞いたことも無いおぞましい唸りと叫びを上げて、――目の無いのっぺりとした顔がこちらを見て、にたりと(わら)う。

 それが最期に見た光景になった人は多いと思う。特に都市部では、隣人にいきなり食い殺される女性が多かった。

 その日、世界が終わった――なんてモノローグは、とうに使い古されているけれど。

 確かにその日、十五年前――人類の運命は、絶対的絶滅へと進路を変えて、どうしようもなく進み始めた。

 始まった瞬間、もう何もかもが手遅れだった。

 

 

    ●

 

 

「さっぱりさっぱりー! ほらクロエ、食堂でアイスもらってこよーよ!」

「あ、うん……」

「え、なんでそんなローテンション……? あ、アイス嫌い? っていうかあたしが嫌い? ウザい? す、すみませんすみません消えますぅー……」

「え? あぁっ、ち、違うよセルティちゃん! ごめんごめん、考え事してただけだからセルティちゃんまで落ち込まないでー……」

 

 遠ざかっていく少女二人の会話を聞きながら、シェリー・ルーカスは()れた前髪を掻き上げた。

(かしま)しいな」

「どっちかっていうとクロエの反応そのものがウザいわよねぇ、今の。ってかシェリー、あんたまだセルティにフォローの一言もかけてやってないわけ? こわー。無駄にクールぶってると信用失くすよ? 頭大丈夫?」

「……お前も大概(たいがい)だな、サンドラ」

「今更気付いたの?」

 湯気の立ち込めるシャワールーム。申し訳程度の一人用スペースが区切られている広い空間で、水音と喋り声がタイルの壁に反響していた。

 十は並んでいる個室――とはいえ仕切りとカーテンのみで作られている簡素なもの――の隅っこで、シェリーが(にら)む先の女性、薄く短い金髪のサンドラ・モールディングがきししと愉快そうに笑っている。その反応を見て、シェリーは色々な意味を込めた溜息を吐いた。

 頭上から降り注ぐ熱いシャワーに身を預け、肢体と髪を伝う滴を眺める。

「シャワー上がって一息ついて、それから指導しようと思っている」

「”指導”とか言ってる時点でもう堅苦しいのよ。もっとフランクに砕けていかないとクロエも(おび)えるだけだわ。それこそセルティ並みにね」

「あれは砕け過ぎだろう。私がいきなりあんなテンション激しくなったらそれこそ恐怖だと思うが」

「まあ、クロエだけじゃなくて隊の全員引くわね。さすがのあたしもしばらく避けるわ」

「貴様、いつ背中を撃たれるか楽しみにしておけよ」

「そう言い続けて結局お流れになった文句は数知れずー」

 うふふー、という笑いを付けて、サンドラはシャワーの蛇口を捻って止めた。仕切りに掛けておいたタオルを濡れ髪に乗せ、個室を出て行く。とはいえ障害物は薄壁とカーテンのみなので、声は充分に届く距離だった。

「別にいいじゃないのー、名前で呼ぶくらい。クロエだって慣れない銃撃で焦ってただろうし、うっかり名前を出しちゃうことだってあるわよ。後輩に名前覚えてもらってるなんて嬉しいことじゃない」

「作戦は作戦だ。遂行中は厳密にあるべきだ。相手が知能の無い『オス』であったとしても、本名という情報を与えるような真似は御法度だ。少なくとも私はそう教わってきた」

「ほーらコレよ。まったく海軍士官のご令嬢はお仕事熱心ねえ。貞操帯でも付いてんの? 奪ってくれる男もいない癖に」

「お互いにな。あんなものは身体の動きを阻害するだけだ。鎧にもならん」

「えっ、付けたことあるんです……?」

「早く着替えないと湯冷めするぞ」

 間もなくシェリーも個室を出て、タオルでがしがしと濡れ髪を(こす)る。ぶー、と少し膨れっ面のサンドラを連れて浴室から退場し、がらんと空いている時間帯の脱衣所の床を踏む。

 朝の四時。窓から見える空は、薄曇りに日の出の光を反射して淡く輝いていた。

 シェリーの隣で同じようにそれを見上げていたサンドラが、新しい下着を身に着けながら、

「あーあまったく、深夜の緊急任務とか勘弁してほしいね。肌荒れちゃうわよ。しかも眠い目こすって出動してみりゃ”くじらくん”と”ファットボーイ”だけって、そんなザコ相手に天下の『アルファ』を当てないでほしいわー」

「仕方がないだろう。『ベータ』は別任務でマンハッタンに出張だし、『ガンマ』は間の悪いことに装備のフルメンテナンス中だった。しばらく目立った敵接近も無かったからな、整備班のスケジュールに駄々被(だだかぶ)りしてしまったわけだ。それに、あの『オス』どもだって放っておいて良い相手ではない。ちょうど暇だった『アルファ』に役が回ってくるのは順当な配備だ」

「またシェリーはそうやって正論で返してくる。暇っつったって深夜だから普通に寝てたんだよ? ……まーそりゃあたしだって軍人やって長いけどさー、こうなると出世するのも考えもんよねー。立場があるから下手な発言もできないし」

「教官にまで上り詰めておいて何を今更。今の後輩が育ってくれれば、お前も(らく)ができるだろうさ。それまではせいぜい頑張れ」

脳筋(ノーキン)に頑張れとか言われると微妙にヘコむわね。――まっ、まずはその後輩のメンタルケアに尽力(じんりょく)なさってくださいませんと、私も動くに動けませんわ、隊長殿」

しな(・・)を作るな気色悪い。解っているさ。何とかする」

 そうして二人とも、風呂上りということもあって簡単なパンツとTシャツのみというラフな格好に着替え、洗面用具を携えて浴場を出た。ドアを開ければ、そこにはひんやりとした証明に照らされる無機質な廊下がある。

 さすがに朝早くなので人通りも少ない。起きている連中は基地周辺で自主トレーニングでも始めているだろう。そちらには後ほど合流することにして、シェリーはまず基地内食堂の方向を見た。

 ひたすら長く曲がりくねった廊下の天井には幾つも案内看板がぶら下がっていて、そのうちの一つに『食堂 3F』と書かれたものがある。浴場が設置されているのは五階だ。少し(くだ)れば、後輩二人がたむろしているであろう食堂に着く。

 今のうちに、どう声を掛けるか考えておくべきかもしれない。クロエは気が弱い節があるし、年下の相手というのはどうも苦手なのだが、接し方を極力柔らかくせねば――隊長という重役を背負ってから、まだ日が浅くも久しくも無いシェリーが煩悶(はんもん)と考え続け、その様子をサンドラが微笑ましそうにニヤニヤと眺めていた。

 その時、基地全体に設置されているスピーカーから、大音量のメロディーとともに女性の声が響いた。

『――おはようございます。ヴァンデンヴァーグ基地、九月十四日朝の四時をお知らせ致します。隊員各位は起床の後、本日のメニューを始めてください。なお、本日未明の襲撃を受けて準警戒態勢を維持しております。各人、有事の際は即時出動できるよう準備をお願い致します。

 ――重ねてご連絡致します。『アルファチーム』隊長シェリー・ルーカス、基地局長がお呼びです。四階第一会議室まで出頭を至急お願い致します。繰り返します、『アルファチーム』隊長…………』

 突然名前を出され、それも上官に待たれていると知ったシェリーは、食堂に向いていた足をビタッと止めた。

 出鼻を(くじ)かれたことに歯噛みする。無論、出頭せねばならないことは重々承知なのだが、これではクロエに声を掛けるタイミングをいつまでも逃してしまう予兆ではないだろうか。

 と、後ろでクスクスと笑っていたサンドラが、シェリーの肩に手を置いた。

「あたしの部屋で待ってるわ。クロエ達も連れてくし。でもあの子達も眠いだろうから、手早く済ませてらっしゃいね」

「……解った。すまない」

「いいってことよ。でもこんな朝早くからどんなお説教かしらねー?」

「悪いことはしてないはずなんだがなあ」

 そんな言葉を最後に、二人は別れ、シェリーは(きびす)を百八十度回して歩き始めた。

 朝の基地。少しずつ、誰もが動き始める気配が漂っている。

 

 

    ●

 

 

 事実上の世界崩壊から十五年。世界各地の国々は名を失い、新たに素っ気ない呼称を付けられて、辛うじての運用が続いていた。

 かつてはアメリカ合衆国と呼ばれていた”C区”の北大陸西海岸、旧カリフォルニア地方に「VANDENBERG」と(めい)打たれた巨大な空軍基地がある。

 ……とは言っても、その基地にはもはや戦闘機を飛ばすだけの力が無い。圧倒的な人手不足により、操縦のためのパイロットや整備のための技術者がいないためだ。満足なメンテナンスもできず、また一個航空団相当の戦力を動かす必要のあるような深刻な事態も起こっていない。だからかつて歴史にその名を残した名機達は、現在地下深くの倉庫で埃を被ったままだ。そんなわけだから、滑走路に穴がぽっかり空いていても誰も修理しない。

 主にこの基地で生活しているのは、どちらかといえば陸軍寄りの歩兵達と一般市民だ。歩兵は三つの部隊に分かれて日々鍛錬し、一般市民は彼女らの生活の補助や労働に汗水を垂らす。

 そう、ここには女性の人間、それも僅かな数しかいない。都合により、男性軍人は全て除籍されたからだ。おかげで運営は常にギリギリのカツカツ、デモ騒動が起きないのが不思議なくらいに厳しい毎日である。

 何故そんなことになったのかを語り尽くすには少なからぬ時間が必要なのだが――ともあれその基地の一角、四階の第一会議室のドアの前に、シェリーは立った。

 こんな時世であるというのに瀟洒な雰囲気のエグゼクティブフロアはどうも肌に合わない、それよりこんな風呂上りの格好のままで良かったのだろうかと思いつつ、彼女はドアを二回ノックした。

「シェリー・ルーカス、ただいま参上しました」

 すると中から「どうぞ」とくぐもった返事が届き、シェリーは一拍置いてから室内に入る。その中、長い机がいくつか並べられた中央の上座(かみざ)に、ノートパソコンを前にして一人の女性が座っていた。それを見て、シェリーは即座に直立不動の敬礼を送る。

 白髪交じりに(しわ)の刻まれた顔。ワイン色のスーツに身を包んだ五十歳ほどの女性。彼女はシェリーを見るなり、その穏和な表情をニッコリと緩めた。手振りで敬礼を解くようやんわりと合図する。

 ジェーン・ニコラ・イーズデイル……基地内最年長者にして最上位の基地局長という女傑(じょけつ)だ。

「シェリー、お疲れ様。作戦から帰ったばかりで疲れているでしょうに、呼び出してごめんなさいね」

「いえ、それほど苦労のある状況ではありませんでした。『アルファ』各位の力量であれば当然の結果かと」

「そうね、貴女の部隊は優秀だわ。これからもしっかり励みなさい」

「恐れ入ります」

 上官からの言葉に、隊の代表であるシェリーが頭を下げる。この手の礼儀も少しずつ板についてきた、と実感するのは慢心だろうか。

 ともあれ、とシェリーは顔を上げて、

「それで、御用というのは」

「ええ、貴女に会いたいというお客様がいるの。確か、あなたも顔見知りだったはずだわ」

「客? 私にですか?」

「そう。『アルファチーム』隊長に是非とも依頼したい仕事があるって」

 そう言って、イーズデイル局長は机の上に開かれていたパソコン端末を持ち上げ、画面をこちらの方に向けた。その液晶には端末上部のミニカメラに映った自分の顔が右端の小枠に収まり、大部分はまったく別人を映していた。インターネットを経由したライブ通信だ。

 三白眼気味で顔色の悪い、伸び掛けの髪を持つ少女。とはいえ小柄ではあるが年齢はあちらの方が上だということをシェリーは知っている。戦闘の現場で顔を合わせたことなど一度や二度ではない。イーズデイルの言う通り、確かによく知っている軍人だ。

「これはこれは……、楊菊蘭(ヤン・ジューラン)先生」

『どもッス。朝早くにすいません』

 軽く頭を下げてくる(ヤン)に、シェリーもまた慌てて敬礼を示した。

 楊菊蘭といえば、今や知らない人などいないだろうと言うほどに有名な部隊『315部隊』の指導教官を務めるお人だ。加えて本人も凄腕の狙撃主(スナイパー)であり、彼女を含めた例の部隊は少人数ながら一個師団に勝るとも劣らないとか。

 軍人体質であれば憧れること間違い無し、そしてまさに根っからの軍人体質であったシェリーは、そんな大物を前にして早くなる動悸(どうき)と興奮を表情に出さないよう自律しつつ、渇いた口を動かした。

「いえ、お気になさらず。――シカゴ以来の二年ぶりでしょうか」

『あー、そんなこともあったッスね……。うちのガキどもがやけにハシャいですんませんでした』

「いえ、こちらも色々と改善すべき点が見つかったので、結果的にはいい戦場でした。被害はゼロで済みましたし」

『そっちのバックアップがあってこそでしたよ。……まあ、思い出語りはどうでもいいんス』

「あ、すみません」

『いえいえ』

 世間話は切り上げる。楊は口元を絡めた手指で覆うようにして、若干鋭く(しか)められた目のある顔を乗り出した。それを見て、シェリーも内心の動揺が収まってきたのを感じた。

 ここから先は、仕事の話だ。

『少し、頼みたいことがあるんです。本当ならうちの部隊でどうにかしなきゃならないんですが、ちょっと手が離せない状況でして』

「お聞かせ願います」

『人を、探してほしいんス』

 楊は、猫のように釣り上がった目をまっすぐにシェリーに向けて、低い声で言う。

『朝っぱらから長ったるい面倒な話を聞かせるようで申し訳ないんスけど、そちらの基地局長には前もって話通してあります。その上で、「アルファチーム」隊長に相談したい。

 ――「脱走者」を、見つけ出してほしいんス』

 

 





前回から注釈を忘れていましたが、作中に
「くじらくん」(http://wikiwiki.jp/worldendbg/?%A4%AF%A4%B8%A4%E9%A4%AF%A4%F3)、
「初級のファットボーイ」(http://wikiwiki.jp/worldendbg/?%BD%E9%B5%E9%A4%CE%A5%D5%A5%A1%A5%C3%A5%C8%A5%DC%A1%BC%A5%A4)、
さらに今回後半から「楊菊蘭」(http://wikiwiki.jp/worldendbg/?%CD%CC%A1%A1%B5%C6%CD%F6)というキャラクターをそれぞれお借りしています。
いまいちイメージ掴めない人は上記のアドレスをチェックだ!

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