”人殺し”は罪だろうか(終わる世界の戦闘少女企画参加作品)   作:あるばさむ

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4.基地の昼下がり

 

 

 驚くべきことに、人間は未だに生存していた。

 

 地獄のような日々を必死で逃げ回り、人々が辿りついたのは世界各地の軍事基地、または核シェルターなどの『施設』だった。

 セキュリティにより不可侵になっている場所の方が多かったが、僅かに残った基地はその要塞っぷりを遺憾なく発揮し、生き残った人々を無事に守ってくれた。武器庫にはまだまだ使える火器などが数多く保管されていて、数少ない自衛官出身の女性によって戦術的指導が始まり、最低限身を守る方法が伝授された。こうしてひとまずの防衛策が成り立った。

 衛星経由のインターネットが生きていたことも幸いし、すぐに全世界の生存者とのコミュニティが形成された。確認できた限りでは八千万人の生存していることになっている。これでも多く見積もった方だ。ほんの数年前までは三十億人近くいたはずなのに、今やこのザマである。

 ただ、生き残ったら生き残ったで、問題は山積みだった。

 まずは食糧事情。基地内に保管されていた携帯食料などは長くても半年ほどで消費し尽くされ、あっという間にリソースが失われた。栄養失調で倒れる者が頻出(ひんしゅつ)し、死者も大勢出た。

 次にエネルギー。従業員が根こそぎウイルスに感染したために世界各地の発電所がストップし、照明はおろか調理のための火力も確保できなくなった。夜間の作業などが不可能になり、そのタイミングで化け物(オス)に襲われて壊滅した避難所もあった。

 何より深刻だったのは、それらの問題に直面した人々のモチベーションだった。

 誰もがすぐに気付いたのだ。逃げてきた人々の中に男性は一人もいないこと。精査をするまでも無く、男性は残らず()むべき怪物に成り果ててしまったこと。

 つまり――――子供を生むための絶対条件が永遠に失われてしまったということだった。

 いくら女性が生き残り、毎月正常に生理が始まり、順調に排卵されたところで、肝心の精子が無ければ子供は作れない。子孫繁栄という、生物としての最低限の本領すらも、彼女らは奪われていたのだ。

 レズビアンの間に子供は生まれない。だが常識的な性を持つ人であったとしても、女一人では子供を作れない。

 誰もが気付いた。人間はいずれ――それもそう遠くない未来に絶滅するだろう、と。

 必死になって逃げ続けて、やっとのことで逃げ場を見つけて、せっかく助かったと思えたのに、未来に希望が見当たらない。

 どれだけポジティブな思考であったとしても、この絶望っぷりには敵わなかった。寿命で死ぬにしても化け物に食い殺されるにしても、これでは生きていく理由が、希望が、無い。

 最悪だ。

 生きていたって(なん)にも良いことなんか無いと証明されてしまった。

 

 

    ●

 

 

 目を覚ますと午後二時を回っていた。

 早朝の会議を終えてからいい汗を流して再びシャワーを浴び、食事も取らずにベッドに倒れこんでから四時間ほど眠ってしまったようだ。むくりと上体を起こしたシェリーはボサボサになった髪を()(むし)りながら伸びをした。立ち上がって何度か身体を(ひね)りつつ(ほぐ)して、そのままの状態で部屋を出る。

 と、ほぼ同じタイミングで向かい室の扉が開き、年齢の近い黒髪の女性と目が合った。

「イレーヌか。おはよう」

「おはようございます、シェリーさん。昼下がりですが」

 先の作戦中では”アルファ2”と呼ばれていたイレーヌ・ルーベンソンは、律儀に敬礼を示した。シェリーも返礼し、二人で足並みを揃えて歩き出す。

「まあ何だ、目が冴えてな。寝るタイミングを逃したんだ。……お前は、何をしていたんだ?」

「保管庫で銃の手入れを。道具を部屋へ戻しにきたのですが、そこでシェリーさんが」

「そうか。私は食堂へ行こうと思うが、お前もどうだ」

「ご一緒します。私も昼食がまだですので」

 三階の食堂へ連れ立って向かう。ばたばたと忙しそうに走り回る職員の姿や、遠く屋外からは訓練中の掛け声なども響いてくる。のどかな昼下がりだった。とはいえ基地から一歩出れば、そこは血腥(ちなまぐさ)い修羅場であるわけだが。

「そういえば、他の皆は?」

「訓練場で身体を動かしていますよ。いつものようにサンドラさんとセルティが組み手をするとか」

「あの二人は落ち着きってものがないからな。クロエは?」

「二人に付き合ってるのでしょう。あの子も柔軟ぐらいはと頑張っています」

「ふむ……」

 そういえばクロエと話をしていなかった、とシェリーは今更ながらに思い出す。唐突に言い渡された任務によく分からない興奮を感じ、突発的に走ったりトレーニングしたりしたはいいものの、やるべきことを見失っていた。後輩へのフォローを忘れるとは、上官として情けない。間延びしても言い出すタイミングが掴めなくなるだけだというのに。

 ……食事をしてからにしよう、と重ねて情けない意気を心に留め、シェリーはイレーヌとともに食堂カウンターへ移動する。と言っても、無人のそこで配給される食糧は味気の無いレーションと薄味のドリンクばかりだ。

 世界人口の半数以上が化け物と成り果てて十五年、真っ先に問題となった食糧事情は未だに解決していない。農家ばかりか流通の業者などもこぞってオス化し、わずかな女性従業員も抵抗する暇なく食われてしまった場合がほとんどであるため、インフラがぷっつりと途絶えてしまったのだ。コンビニに駆け込んだところでパンだの菓子だのの数も限られているし、確保するにしても周囲を化け物が徘徊しているとなれば逆に食糧にされかねない。そうして飢餓によって死ぬ人もまた、年々絶えることがない。しかし野良仕事の経験が少ない人材を畑に放り込んだところでろくなものが収穫できるわけもなく、丸腰で外を出歩くのは危険に過ぎる。

 ゆえに人々が目指したのは、人工的な栄養食品の大量生産だった。一昔前ならよく見かけたサプリメントやダイエット食品などのことだ。必要な栄養とカロリーは確保しつつ、低コストで多くの生き残りに供給するには理想的な形態だった。すぐに生産体制が敷かれ、現在では軍属以外の多くの民間人がそれらの仕事に従事している。

 そして出来上がったのが、今シェリーが手にしている固形物である。

 見た目は巨大な消しゴムのようだ。(てのひら)から少しはみ出るぐらいのサイズで色味の無いそれが、シェリーたちの主食だった。

「空いてるし、窓際に行こうか」

「いいんですか?」

「お前もその方が落ち着くだろう」

 トレーにレーションをいくつか多めに、浄水器から注いだカップ一杯分の濾過水(ろかすい)をこれまた多めに載せて、二人は大窓に隣接したテーブルに座る。北側に面した席からは真昼の荒野が一望され、見渡しはいいが感動するほどの景観ではない。そもそもこの食堂のように大窓が備えられた部屋は、屋外の索敵を手軽に行なうためのものである。

「仕事を兼ねているから安心とは言えませんけどね。それでも気分的にはありがたいものです」

「すまんな、目を使う仕事ばかりで。なにぶんお前の視力が頼りだ」

「光栄です。こんなご時世では自分のアイデンティティを見失いそうになりますからね」

 それならば戦死と隣り合わせの職場でも有意義だ、とイレーヌは言う。彼女の専門である狙撃は敵から離れた位置であることが多いが、それでも未知数な部分が多いオス相手では油断できないし、敵数の捕捉や把握などを考えれば四六時中気が抜けない。

 しかし、緊張できる職場があるのは幸せなことだ。それはシェリーも同意できた。

 あの乾燥し切った、希望の無い日々に比べれば。

「そうだな。人として生きるために、――私達は死地を選んだんだ」

「はい?」

「なんでもない」

 言い合いながらレーションのパッケージを開き、中身に齧りつく。サックリとした食感と素朴な味わい。決して美味いとは言えないが、他に食べるものも無いので仕方なしだ。それに、徐々にではあるが野菜などの生産も始まっている。今は我慢の時だ。

 と、そこで、入り口側から騒がしく何人かが入ってきた。いずれも見覚えのある姿ばかりだ。

「お疲れさん。首尾はどうだ?」

 シェリーが軽く言うと、サンドラがタオルで汗を拭きながら、

「ま、そこそこね。セルティがなかなか相手し甲斐があるようにはなってきたわ」

「おっ、ほんとですかー? いやぁ、鍛えててよかった。実戦だとなかなか活かせないんですけど」

「そのうちチャンスも来るわよ。来ない方がいいけどね」

 撫でたり撫でられたりする二人組みを横目に、イレーヌは少し視線をずらして、サンドラとセルティの後ろでしんどそうな顔をしている少女を見やった。

「クロエはどうです?」

 そんな問いに、サンドラが気楽に答えた。

「んー、基礎体力はいい感じだけど、やっぱ組み手であたしに敵うほどじゃないわねぇ。まだまだ負けやしないわよ」

「そりゃクロエはインドア派なんだから、筋肉バカのサンドラさんとまともに仕合(しあ)えるわけないんですよー。面白いくらいポンポン飛ばされちゃって、受身の練習にはなるでしょーけど」

「あー? そのバカの部下が何言ってくれちゃってんのこのバカ部下」

「やめてくださいそのバカ部下っていうの! ……あれ、イレーヌさん、何で顔背けて肩震わせて、え? ツボ? ここツボ?」

「いいから座ったらどうだお前達。食事も取ってきてあるぞ」

 なんかバカにされてる気がしますー、と(わめ)くセルティの口をサンドラが(ふさ)ぎ、後から来た三人もそれぞれ好きな席に座った。そしてシェリーは、困ったような顔になっている金髪の少女を一瞥(いちべつ)し、

「クロエ、サンドラと手合わせしていたのか」

「えっ、あ、はい。セルティとやるのも飽きたからって、サンドラさんが誘ってくれて……」

「毎日同じ相手と殴り合いしてたら、かえって腕は(なま)るっしょ?」

「だからといってあまりクロエを巻き込むな。体術が上達して損はしないが、本来的にクロエには必要の無いことだ」

「い、いえ、そんなことは……わたし、実際とろくさいですし」

 まあ聞け、とシェリーは部下の言葉を遮った。その眼をしっかりと見据えて、

「クロエ。お前、朝の作戦中に私の名前を呼んだな? コードネームではなく」

「は、はい」

「よく私だと分かったな。――あの時、全員がまったく同じ装備と防毒マスクで顔を覆っていた。立ち位置を厳密に決めていたわけでもない。そんな中で、よく私を判別できたな?」

 あー、と、その場の何人かが声を漏らした。覆面黒ずくめの装備に身を包んだ集団を思い出しているのだろう。それを聞きつつシェリーは水を飲み含んで口を湿らせ、固まっている部下に眼を合わせた。

「お前は目が広い。周囲を見渡し、状況を瞬時に把握することができる。そういう素質は前衛に出るよりも指揮役として控えていた方がいい。だからこそ、あまり無理はするなよ。

 特にサンドラは手加減しろと言っても聞かないからな、あまり真面目に付き合ってやるな。怪我が増えるだけだ」

「何よカタブツ、あんたまであたしを体力バカって言いたいわけ? この腹筋を見てもまだそんなこと言う? んン?」

「わざわざ出すな。あと誰がカタブツだ」

「ぶきっちょって言ってんのよ。ねぇクロエ? これじゃ褒めてんだか叱ってんだか分かんないわよねー」

「えっ、いっ、いやいや、そんな、はいっ、もうサンドラさんとは真面目に取り合いません!」

「え、そういう結論……?」

「……あ、またイレーヌさんが顔伏せてる」

 ともあれ、と言うようにシェリーが鼻を鳴らす。それで場の空気は緊張を解いた。セルティがクロエをおかしそうに小突いているが、シェリーはあえて目を逸らした。

 と、呆れ顔だったサンドラがトレー上に山と積まれているレーションを見て、

「うーえ、またこの不味(まず)いレーション? 続くなー。この水だってプロテイン粉末溶かして飲む用でしょ。味気ないってかどんだけタンパク質なのこの基地。ヨーロッパの『ベータチーム』なんか郷土料理食ってんだってよ。ジャーマンポテト! うらやましー」

「文句があるなら食わなくていい。今時期のダイエットは自殺行為だがな」

「まあ田舎支部の配給だし五年も続いてるんだから慣れたけどさ。……そんな田舎に泥棒が入るとかで、あたしらはそれの警備だっけ? シェリー」

 唐突に切り出された。全員の視線がシェリーに集中する。仕返しのつもりなのか、目の前の同僚は片頬を歪ませるように笑っていた。

 やれやれ、とでも言いたげに、シェリーはカップを置いた。代わりに取り出したのは丸めた地図と大きな茶封筒だ。

「そうだ。明朝に出発することが決定している。……ちょうど全員揃っているし確認しておくか。どうせ今晩には公開する情報だ」

 

 

    ●

 

 

 テーブルクロスのように丸めた地図を広げて、その上に食器を戻す。北アメリカ大陸の上に皿やカップが遠慮なく置かれていくのを見ながら、シェリーが言った。

「どこまで知っている? 一応の扱いとしては極秘のはずだが」

「そりゃ当の代表者が爆睡してるんだから何も知らないわよ、クロエとセルティは。あたしとイレーヌは局長に聞きに行ったけどね」

「……極秘という扱いなんだが。あと気軽にイーズデイル局長を訪ねるな。忙しい方なんだぞ」

「そう? こないだの周辺調査で見つけた少女漫画お土産にしたらすごい喜んでたわよ。ねぇイレーヌ」

「ええ。手渡した途端に中身のチェックをしてました。あの反応は世代ですね」

「…………。で、どこまで知っている?」

「近々泥棒が来るから見張っておいて、ってやんわり。五冊の対価としては見合わないわね」

 なんかもういい、と言いたくなるのを抑えて、シェリーは封筒の中身をテーブルの上に並べた。朝の会議で楊から受け取った書類の一部だ。『泥棒』のプロフィールなどの追加資料などが届いているが、例の変死体の写真は抜いてある。

「名前は”ポニー”、過去のコードネームしか判明していない元同業者。本名は今の今まで隠されているそうだ。容姿は写真の通り。身長百五十四センチメートル体重五十五キロ、二十三歳、兵科は工作部門。潜入や破壊工作に()けていた他、銃や格闘の腕も立つ優等生だったらしい。一年三ヶ月前に当時所属していた部隊から脱走、以来世界各地を転々としつつ、火事場泥棒まがいの生活を続けている。

 ――そして我々『アルファチーム』は、彼女を全力で捜査し、生かしたまま確保することになる。送検先はまた別の話だ」

「ずいぶん捕まえ甲斐のありそうな人ですこと。捜索範囲は?」

「エドワーズ基地を中心として、周辺をおよそ半径十キロ圏内。とはいえモハーヴェは広い、あまり広範囲に分散するのは避けたい。何かあってからでは遅いしな」

「ちょっと待ってよ、あのだだっ広い砂漠でヒト一人探せって? 九月とはいえ残暑よ、日射病と脱水症状で死ねるわ! そんな任務(オーダー)出す方も受ける方もバカなんじゃないの!?」

「私を罵倒(ばとう)するのは構わんが、しかし先方に対しては改めた方がいいぞ? なにせ大元のクライアントは『世界政府』だからな」

「『世界政府』ですって!?」

 その名前を聞いた途端、クロエが椅子を弾き飛ばすばかりの勢いで立ち上がった。

「……なんか予想外の方向からリアクションが」

「何言ってるんですかサンドラさん! 『世界政府』ってつまり私たちの上司のトップで全世界の最高権力ですよ! 『アジアの三竦み』とか有名でしょう! た、たいへん! 失敗できない!」

「テンション高いなー。……っていうか、あたしら軍属に回されてくる任務なんて全部『政府』の発注じゃないの?」

「まあ直々の指名という点では、今までとは異なるかもしれませんね。しかしシェリーさん、どうしてわざわざ『政府』が勅命(ちょくめい)を?」

「それがまた話すと長くなるんだがな。元々この任務を任されていたのは、実は『315部隊』だったんだ」

「『315』ですってェ!?」

 その名前を聞いた途端、セルティが椅子を弾き飛ばすばかりの勢いで立ち上がった。

「これはまあ予想通りの反応だけどね」

「何言ってるんですかサンドラさん! 『315部隊』っていえばあの『最後の子供達』の中でも選りすぐりの兵士を集めたトップクラスの部隊ですよ! すげえ! かっこいー!」

 それぞれが憧れにも似た夢想を抱いているらしい若者二人を交互に見て、シェリーはやれやれと肩をすくめた。そして向かいの席で似たような反応をしている同僚に、

「後輩二人にハイテンションで説教される気分はどうだサンドラ」

「これ説教なの? まあ田舎部隊ならではよね。んで、何がどうなってんの?」

「かいつまんで説明すると、要は『315』の代理を我々に任されたということだ。所用あって地方を離れられない部隊の代わりに、たまたま近所に駐屯(ちゅうとん)していた部隊が任務を行なう……よくある話だろう」

 より詳しくは”ポニー”の出自や動向などが関係してくる。その辺りの事情も加えつつ、シェリーは地図を指して説明を続けた。

 ”ポニー”についてこれまで分かっている情報。

 一年前から発見されている”綺麗な変死体”。

 数少ない目撃証言から推測される動向。

 それらをほとんど話し尽くした後、サンドラが椅子の背もたれに寄りかかって、

「……するってーと? その”変死体”の原因を疑われてるのが”ポニー”で、そいつをとっ捕まえるために『政府』が『315』に要請を出して、でも『315』は作戦の都合でヨーロッパから離れられなくて……」

「しかし”ポニー”の動向からしてカリフォルニアに……ヴァンデンバーグ基地の管轄に近付いていることを推測して、やむなくその任務を『アルファチーム』に引き継がせた。そういうことでしょうか?」

 末尾を繋いだイレーヌに対し、シェリーは頷いてみせた。それを見たサンドラが、腕を組みつつ首を傾げる。

「『政府』が関わってるってのが気になるわね。そこまで大騒ぎするくらい凶悪な指名手配なの? その”ポニー”って奴」

「”変死体”の容疑が掛かってる。その一事で理由は充分なんだそうだ。……我々としては、命令とあらば文句も言わず任務に就かなければならないわけだしな。四の五の言ってられないぞ」

 実際の事情としては、『世界政府』が発案し各国の上位役職者のみにしか知らされていない”作戦”に触れるため、シェリーには口止めが為されていた。軍属である自覚があるシェリーにとっては当然口を噤むべきことである。

 言って良い情報と良くない情報の区別をつけるのも上官の役割だろうか、とシェリーが思っていると、そこでクロエが金髪を揺らしながら発言した。

「あの、隊長。『明朝に出発する』って言いましたよね。いまヴァンデンバーグ基地で『アルファ』以外に動ける部隊って『ガンマ』しかいないんですけど……しかも装備のメンテナンス中じゃないですか。空いた戦力をどうにか補填(ほてん)しないと……」

「それについては問題ない。イーズデイル局長が演習中の『ベータ』に帰投要請を出した。空路を使って早めに戻ってくれるだろう。それでも到着には一両日かかるようだが、その間は『ガンマ』に頑張ってもらう。倉庫の古物を使えば間に合うさ」

「ん? ってことは、あたし達が持って行ける弾薬が減るってこと? ……まあいいけどね、エドワーズは予備の武器庫だし。でも行きの道中の襲撃対策とか大丈夫なの?」

「銃の性能ではなく個々の技量だ、サンドラ。期待してるぞ。無論、イレーヌもセルティもクロエもだ」

「こんなときばっかそう言うんだよねコイツは」

 さて、とシェリーが言葉を置いた。

「ここからが本題だ。我々『アルファチーム』の目標は、この”ポニー”を確保すること。そのためにはどのような策が必要か、それを考えたい」

 それを聞いて、サンドラが疑問した。

「どういうこと?」

「記録だけを見るならば、”ポニー”は非常に優秀な兵士だ。一年とはいえ、『オス』の闊歩(かっぽ)する今の世界をしぶとく生き抜いて見せていることからも、それは充分に伺える。彼女はサバイバル能力に非常に長けている。ということは、だ」

「不測の事態に対する処理速度が極めて優れている」

「そうだ、イレーヌ。そしてその一点において、――ここにいる私達は、”ポニー”に対して劣勢である可能性がある」

 その言葉に、一同が口を閉じて静まる。

 だが、サンドラが特に機嫌を悪くした様子でもなく、軽い調子で言った。

「天下の『アルファ』がコソ泥一人相手にしくじるかもしれないって? ちょっと弱気すぎるんじゃない?」

「可能性の話だ。私達は訓練課程でサバイバル教練なども修めてはいるが、あれはあくまで演習だからな」

 その演習というのも、厳しいことには厳しいのだが人死にが出るほどではない。目的はあくまで多数の兵士の育成であり、それらは物量的な意味で”かけがえのない存在”となる。ただでさえ少ない人手を不慮の事故などという馬鹿げた理由で減らしたくないのが『政府』の声明だ。

 ゆえに訓練のレベルは、往年に比べて多少落ちている。

「ぬるま湯に一時間浸かった奴と熱湯に五分耐えた奴、湯冷めするのが早いのはどっちかってわけだ」

「シェリー、その例えはどうかと思うわ。解らなくもないけど」

「でも、じゃあ、どうするんですか?」

「どうもこうも、そのための会議だ」

 だから、とシェリーは一呼吸置き、

「確かに”ポニー”は優れた兵士なのだろう。だが相手は人間だ。怪物とは違う。敵わない相手などではない。もちろん無策のままでは痛手を被るだろうが、そうならないためにこうして集まっているのだ。

 だからこそ皆に()こう。自分よりも優れていると事前に判明している敵を前に、――我々はどう立ち向かうべきだろうか」

 

 

    ●

 

 

 ――そして話し合いを終えてから十六時間後、ヴァンデンヴァーグ基地から二台の軍用車両が出発した。

 砂のような色をした大型装甲車。天井部分に銃床まで取り付けたゴツい二台が、地鳴りのような音を伴って基地を出て行く。

 方角は東。不毛の砂漠に覆われたエドワーズ基地へ、薄暗く荒れた朝の街を抜ける。

 

 

 


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