”人殺し”は罪だろうか(終わる世界の戦闘少女企画参加作品)   作:あるばさむ

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本文中にアメリカ空軍基地の描写がありますが、外観以外はほとんど想像です。事実とは一切関係ありません。ほんとにどうなってんだろうね。


5.エドワーズ基地

 

 一昔前であれば、車での長距離移動となると渋滞などの交通状況が気になったものだが、最近になってその心配は要らなくなった。何故かといえば――周りを見れば解る。

 基地を出発して約十二マイル。一時間ほど経ったが、二台の装甲車は一度もブレーキを踏むことなく走り続けていた。

 何故か。

 他に車がいないからだ。

 ウイルスが蔓延(まんえん)し、世界中の男という男がこぞって『オス』という化け物になってしまってから十五年。当初は未知の怪物に面食らったパニックが横行し、それは酷い有様だったが、月日が経てば何事も一旦は(しず)まる。

 周りを見渡せば、黒焦げになった自家用車が何台も横転や山積みになっていた。玉突き事故や『オス』との戦闘によって派手に爆発したが、燃料が尽きて引火すらしなくなったのだろう。レアメタルがリサイクルに重宝される時代でもなくなったので、今やサンドバッグ程度の価値しかない。それすら無用だ。

 それらを無感動に眺めつつ、シェリー・ルーカスは先頭を走る装甲車のハンドルを握りながら、周囲に目を光らせる。

 基地から出て一時間。シェリー率いる部隊『アルファチーム』は、現在サンタマリア市の南にあるオーカットという町に着いている。ワインやバーベキューで有名だった地方らしい。今は見る影もないが、とにかく邸宅が多い。アメリカらしい下町と言えるかもしれない。

『一号車、応答願う』

 と、車内のスピーカーに無線が入り、ここにはいないサンドラ・モールディングの声が響いた。後続の二号車からだ。運転席のシェリーが手の平サイズの受話器を取り、それに応える。

「こちら一号車。どうぞ」

『つってもマイクテストだけどね。――周囲に敵影は確認されない。定期報告終わり。クロエ寝てない? 大丈夫?』

「ね、寝ませんよ!」

 後部座席で地図や書類を眺めていた金髪の少女、クロエ・カプレが抗議を挙げる。その反応を見てから、シェリーは苦笑とともにちらりと天井に視線を向け、銃座に待機している黒髪のイレーヌ・ルーベンソンに声をかけた。

「イレーヌ、どうだ?」

「異常無し。動体が確認できれば即時報告します」

 平坦な返事が来たところで、受話器のマイクを再びオンにする。

「こちら一号車、異常無し。行軍はきわめて順調である。が、各自緊張を緩めるな。目的のエドワーズ基地まで残り三時間ほどだ。途中で山間にも入る。崖から落ちた残骸の一部になりたくなければ集中しろよ」

『っていうか、砂漠の方が多いから干乾びるのが早いんじゃないでしょーか』

 二号車の無線からもう一人、跳ねるような明るい声音が届く。サンドラの部下のセルティ・アレクサンダーだ。それに反応して、後ろのクロエが言葉を続けた。

「今日の最高気温は二十五度。真夏に比べれば涼しいですけど、日差しも強いし、装備の関係で体感温度はさらに上昇するでしょうね。各自、日射病と脱水症状には充分気をつけるようお願いします」

『「白衣の天使」にそう言われちゃ仕方ないわねー。車ン中も蒸すだろうし、油断したら干物になりそう』

「ドライフルーツみたいにはなりたくないな。水筒は用意してるだろうな?」

『その辺の家のキッチンに押し入って水道借りればいいんじゃないですか?』

「セルティ、それは水道局が正常に仕事をしていればの話だ。でなければ基地に大型浄水器がいくつも配備されるわけがない」

『古井戸掘り返すプロジェクトとか懐かしいわねー。安易に貯水池近くに陣取っても「オス」がいたりするし、飲み水の確保はそりゃ大変だったってイーズデイル局長が言ってたわよ』

「先人の苦労には感謝ですね。そのプロジェクトにだって、人死にが全く出なかったことは無いだろうに」

「意外と都市部の住人がやられてたな……。水源まで行くのはいいが車が使えないとかで」

「ヴァンデンバーグ基地はどうだったんですか? 私たちの配属前だと思うんですけど……」

『浄水器があるっつったってそもそもの水が必要だからね。砂地を掘るのは地獄の「演習」だったってさ』

 無線で言い合っている間に、装甲車は町を抜けて山間へと差し掛かった。と言っても小高い丘程度の標高なので、無闇にエンジンを噴かす必要はない。多少の揺れもステアリングが柔らかく吸収してくれる。

 ところで『アルファ』が使っているこの装甲車、元々の名称は『M-ATV』という(十五年前の時点で)最新鋭の兵装であり、搭乗員数を多くするために設計されたモデルとなっている。行動中の『アルファ』総人数が押し詰めれば、うら寂しい道路をひた走る車は一台で済む人数だ。にも拘らず、何故倍の燃料を食うリスクを犯してまで稼動しているかといえば、戦略的な都合というものを考えた結果だった。

 今回の作戦の主目的は”ポニー”という単独の指名手配人物の捜索だ。元の経歴は軍属であり、この『オス』が闊歩(かっぽ)する時世で野宿して一年生き抜いている猛者でもある。ハッキリ言って面倒な相手だが、そんな相手が燃料をたっぷり積んだ装甲車を狙わないわけがない。盗人(ぬすっと)紛いの真似をしているとの情報も入っている。

 シェリーはその対策として、車を二台使うことに決めた。それも僅かな特徴をあえて付けている。一号車は無線機器や武器などを多めに、二号車は食料や医薬品などを多めに積んでいる。そうすることで、ちょっと目を放した隙に車を盗まれるとしても『一瞬だけ迷わせる』効果を狙う。人間一人が一度に運転できるのはどう頑張っても一台限りだ。そこに魅力的な選択肢が複数用意されると、人は迷う生き物である。シェリーはそれを狙っていた。

 もちろん盗まれないことに越したことはないが、それならそれで、”ポニー”の人となりを掴む手立てにもなる。

「…………あ」

 気候の関係で小ざっぱりとしている緩やかな山道を走ること一時間ほど、そこでクロエが声を漏らし、窓から外を――上空を覗いた。シェリーも気付き、一瞬だけ視線を向ける。

 外に響いているのは、空気を叩くような大音だ。それを聞いて、天井の銃座に構えるイレーヌが言う。

「機体側面に『世界政府』所属のロゴマークを確認。『ベータ』の乗っているヘリですね」

「ずいぶん早かったな。……おっと」

 受け答えする間にも無線機に通信が入る。けたたましいノイズ混じりのその声は、『アルファ』のどのメンバーのものでもなかった。

『ハロー、こちら上空のヘリを操縦しているジェシカ・ロッキンガムってもんだ。おたくら見た感じは軍属っぽいけど、まさか盗人じゃないよな? どこからその装甲車持ってきた?』

「こちらヴァンデンバーグ基地所属部隊『アルファチーム』代表のシェリー・ルーカスだ。車体横のロゴマークが見えないか? 悪ふざけしている暇があったらさっさと帰還して燃料節約に努めろジェシカ隊長」

『うわー怖い怖い。その銃座、こっちの五十ミリ機関砲と勝負してみるかい? 弾の無駄だからやんないけど。あ、お勤めご苦労様デース』

「ことによっては応援要請も有り得るから準備しておけよ。――迅速な帰投(きとう)に感謝する。通信終わり(オーバー)

 受話器を戻すと、ヘリの羽ばたきの音も遠ざかっていった。時刻を確認すると朝八時に程近い。向こうも向こうで、早朝から移動を始めたということだろう。

『ヘイ、シェリー。「ベータ」に人影っぽいのでも見かけなかったか聞いとかなくてよかったの?』

「ジェシカも今回の”作戦”については聞いているだろうが、向こうから報告が無いということは釣果(ちょうか)も知れている。あいつはそういうところは丁寧だからな」

『ま、ヘリの視点じゃあ細かい物体見分けんのも難しいか。つか基地まであとどんくらい? こっちセルティ寝ちゃったんだけど』

「車ごと揺さぶってでも起こせ。……大体二時間未満だな。砂漠地帯に入ったらさらに眠くなるから注意しろよ」

『不穏な忠告をありがとう隊長。オーバー』

 直後に後方で猛烈なスリップ音が響き、バックミラーに映る装甲車が三回転しているのをシェリーは見た。何故かオンのままになっている向こうの無線機から「うおわあああ」というセルティの悲鳴まで聞こえて、そこまでやれとは言っていないと思いつつ、まあいいと開き直るシェリー。あれこれ気にしても仕方がない。吐かない程度であれと祈るばかりだ。

 それからしばらくの間も空けずに、銃座のイレーヌが言葉を放った。

「敵影確認。三時の方角」

 無線を通じて一号車、二号車ともに僅かな戦慄が走る。クロエが慌てて窓の外を覗き、シェリーは前方の安全を確認してからアクセルを踏む足を少しだけ緩めた。手近な場所に置いてある双眼鏡を掴み、間髪入れず、イレーヌが追加で報告する。

「距離一二〇〇。種別は”アラーム・アームズ”、総数は三」

「狙撃には少々遠いな。とはいえ近付くわけにもいかない、処理しないまま放っておくわけにもいかない……」

『何とかならない? イレーヌちゃん』

「やってみます。クロエ、私の銃と、補佐を」

「はいっ!」

 後ろでガチャガチャと物音が起こり、クロエが専用ケースからスコープ付きの大口径ライフルを取り出す。イレーヌの愛銃だ。品名は『ASM338LM』。グリップに親指を通す穴(サムホール)が空けられ、握りやすい構造となっている。扱いやすく威力も申し分無しと、以前キラキラした目で語っていた。早朝の作戦では別モデルを持ち込んでいたようだ。

 クロエに渡された銃を受け取り、イレーヌはまず弾薬の確認をする。安全装置(セーフティ)を外し、弾倉(マガジン)を銃の下部に叩き込み、バレル下の(ストック)を展開して銃座の脇に固定、横部分の排莢機構(シングルボルト)を手前に引いて初弾装填、スコープレンズのカバーを取り払って照準の距離などを微調整。装甲車の銃座部分は回転しないので、標的に対して腰を捻って向かう姿勢になる。

「狙撃準備完了」

「車、止めるか?」

「いえ、このままで」

 シェリーの言葉を適当に受け流すようにしながら、イレーヌはもはや照準から目を離さず、呼吸を整えている。

 その迅速な準備の様子を見てから、シェリーも改めて外を見た。

 双眼鏡の先に映る、三つの浮遊体。禿頭の人間が足を抱えたような格好のそれは立派な『オス』であり、種別名としては”警鐘腕(アラーム・アームズ)”と呼ばれている。ぷかぷかと呑気(のんき)に飛んでいるように見えて聴覚が異常に発達しており、外敵の接近を感知すると名前にたがわず金切りのような大音声で啼き叫び、周囲の『オス』の仲間を呼び寄せるという大変厄介な怪物だ。加えて本体の腕力も強く、頭を掴まれて背骨ごと引っこ抜かれたなんて逸話もある。あまり想像したくない。

 彼我の距離は千二百メートル。遥か遠く、決して大きくもない的に対して、『アルファチーム』随一の狙撃手は、

攻撃開始(アタックガン)

 短い一言を機にトリガーを引いた。

 ドンッドンッドンッ!! と立て続けに、僅かな間も置かず重い発砲音が響き、車内にからからと金色の空薬莢(からやっきょう)が転がり込んでくる。

 音速を超えて銃口から叩き出された弾体は直線の軌跡すら残さず、朝日に照らされる荒野を駆け、標的を目指す。

 『アルファ』一団から見て左端にいる”警鐘腕”の頭部がまず弾け、

 続けて中央が首から上を切り取られ、

 最後の一体は顎から頭部に向けてを弾丸に噛み砕かれた。

 対人用としては最上級の凶悪な弾丸が肉体を破壊し、ウイルスの変異によって多少なりとも硬質化している『オス』が急所を潰されて宙から落ちる。悲鳴を挙げる間も無く『処理』が終わる。

 ――この間、わずか七秒。

 少し遅れて、同じく双眼鏡で敵を見ていたクロエが補佐らしく報告。

「クリア、クリア! 全弾命中! ――敵、沈黙しました!!」

『ヒューッ、さすがイレーヌ先輩! マジでやっちゃった!』

 後輩二人が歓声を上げる中、イレーヌは固まった姿勢を解き、長い溜息を吐きながら首や肩を回す。

 一方で、先輩二人は渋い顔をしていた。

「……揺れは極力抑えたとはいえ、この足場と秒数で全弾命中か。いやはや恐ろしい」

『何でボルトアクションでここまで早撃ちできるワケ? まー弾詰まらないもんだわ。てかそんな姿勢で撃って大丈夫なの?』

「リコイルショックは銃がほとんど流してくれます。後で腰の柔軟体操でもしておけば問題ないでしょう」

「若さに頼るやり方はあまり過信するなよ。とりあえずご苦労さん、イレーヌ」

「今の銃声に反応する『オス』もいるかもしれません。警戒を続けます」

 うむ、とシェリーは頷き返して、改めてアクセルを踏み直した。周囲の景色にもはや民家はなく、穀物などを育てていた無人の畑ばかりが広がっている。あとは砂と、ささやかな飾りのような木のみだ。

 これからまた住宅地が見えれば、エドワーズ基地まではもう間も無く。

 そのタイミングで、シェリーはまた無線機のスイッチを入れた。

注目(アテンション)。目的地に着くまでに、本作戦の確認を行なう」

 

 

    ●

 

 

 一号車、および二号車の車内に、ノイズ混じりの声が響く。

『本作戦において「アルファチーム」はエドワーズ基地へと進行し、内部を調査、物品の回収と生存者の確認、および指名手配人物――コードネーム”ポニー”の捜索を急務とする。これまでの目撃情報や進路予測によって当基地へ潜入している可能性は高く、また潜入する前の段階か既に立ち退かれているとも考えられる。どちらにせよ我々は”ポニー”の痕跡を探さなければならない。塵一つ、ネズミ一匹とて見逃すな。

 万が一”ポニー”が基地内に潜入済みの状態にあり、諸君が会敵(エンゲージ)した場合、発砲は許可されている。ただし殺害は認められない。対話ができる状態で生け捕りにしろと「世界政府」からのお達しだ。つまり主な攻撃手段としては、むしろ肉弾戦を要求されるということだ。サンドラ、セルティ、日頃の成果の見せ所だぞ。器物損壊を避けつつ暴れろ。

 基地内に進行後、「アルファ」はまず武器などを保存する倉庫を目指す。しかしエドワーズは広い。虱潰(しらみつぶ)しにしようにも一週間以上はかかるだろう。まずは二手に分かれつつ東側と西側のゾーンを攻略する。深入りはしなくていい。目的地への到着と”ポニー”捜索のみを念頭に置け。組み合わせとしては、私とイレーヌが東側、サンドラとセルティとクロエが西側だ。ほとんど有り得ないとは思うが、基地そのものの防衛システム、野良「オス」の奇襲、ブービートラップなどの危険性もある。ミイラ盗りの末路になりたくなければ注意して進め。つまらん慢心で身を滅ぼすなよ。

 なお、大小に関わらず異常を見つけたらすぐに無線で報告しろ。オープン回線を用意してある、盗聴は考えなくてもいい。報告・連絡・相談が生死を分けることもある。軍人としての自覚があるなら綿密にな。

 以上、仔細(しさい)は追々連絡する。間も無く敷地内に入るぞ、気を引き締めろ「アルファチーム」。まずは降車の段階での狙撃に警戒することだ。

 ――幸運を祈る』

 

 

    ●

 

 

 砂漠地帯用にカムフラージュした二台の装甲車が、巨大軍事基地のゲートを通っていく。

 その様子を遠くから眺める眼が、ふたつ。

 全身を襤褸(ぼろ)切れのような外套(マント)ですっぽり包んだ小柄な姿が、ただ、それを見ている。

 

 

    ●

 

 

 無人のセキュリティゲートを素通りし、一号車と二号車は取り決め通り別行動を取った。シェリーとイレーヌが乗る一号車は管制塔施設、サンドラとセルティと合流したクロエの二号車は隊員寮へ向かう。

 車両が完全に停止してから五分、しばしの間、誰も外に出なかった。広めのスペースが空けられている車内で装備の最終調整をしていたためだ。

 標準として防弾ジャケットの技術を応用して作られたアーマースーツを着込み、バックパックやベルト周りに可能な限りの武器を揃える。隊長のシェリーなどはメインアームのアサルトライフル、サブにハンドガン、いくつかの手榴弾とコンバットナイフなど、お手本のように平均的な出で立ちだ。これが狙撃手のイレーヌになるとメインアームがスナイパーライフルに変わったり、クロエは医療用の小道具を多めに持ち歩くなど、細かい装備の種類は個人の好みやスタイルなどによっても差が出てくる。

 一方、二号車で準備中のサンドラは、『アルファチーム』内でも抜きん出て特殊な装備にこだわる。

「セルティ、背中のファスナー上げてくれる?」

「そんなもん無いでしょ。男の人に言ってくださいよ」

「それが目に付く野郎と言ったらどいつもこいつも化け物みたいなガタイでさぁ。筋肉質なのは悪くないけど人語が解らないんじゃ失格よね」

「下手すりゃ殺されますしね。――はいこれ、銃と弾倉です」

「サンキュー」

 差し出された銃は、二挺(にちょう)

 いずれもビジネスバッグに入りそうなサイズだった。それなりに重量はあるが片手で持てないこともない。サブマシンガンと呼ばれる種別であり、前時代では個人・警察の携行型護身用火器として開発が進められていたものだ。

 通常は一人一挺(いっちょう)持っていれば充分に身を守れる火力なのだが、ことサンドラは二挺を標準にしている。バックパックに予備弾倉を詰め込み、手榴弾などは切り捨てるほどだ。それだけ弾の消費が早いということである。

 自分の装備を確認しながら、クロエが言った。

「シェリーさんが『当たらなかった場合の無駄撃ち率が高い』とか言ってましたけど、実際どうなんですか? 反動の強いサブマシンガンを『片手で撃つ』なんて、命中率も良くないと思うんですけど……」

「でも文句は言わないでしょ? 付き合い長いからその辺分かってるのよ。それよりセルティにクロエ、あんたたちの準備は?」

「オッケーでーす」

 軽口を言い合いながらセルティも準備を整える。この長い黒髪の少女がまた、軽装備ながら大荷物だった。パッと目に付く装備はハンドガンとコンバットナイフ、それからやけに膨らんだ肩掛けのバッグだ。その中にはサンドラが切り捨てている手榴弾などの道具がこれでもかと詰まっている。

 『アルファチーム』は少数精鋭の一個小隊であるが、その中でさらに細かい区分けがある。より具体的には先輩後輩、『教え子と生徒』のような関係性のコンビを作っているのだ。

 シェリーはクロエに、主に戦術指揮などを教えている。

 サンドラはセルティに、近接格闘などの体術を。

 昨今はどこの基地も人手不足で、軍人はしょっちゅう異動を通達される。それも一定年齢を超えた人間からだが、それに満たない訓練兵は所定の基地で数年間の強化課程を送ることになっている。といっても、大体の内容は「先輩の邪魔にならない程度に補佐を学び、数カ月おきの試験に合格すること」だ。

 というわけで、少々偏り気味な装備のサンドラを補助する役回りとして、セルティはこのような持ち物になっている。

「んじゃヘルメットとマスクと、無線機の確認」

「はいはーい」

 ゴムのような質感の繊維強化プラスチック製ヘルメットをがぽんと被り、(あご)下でストラップを止める。マスクは装着せず首元に下げたままだ。邪魔だし屋内のガスや粉塵を考えると被った方がいいが、視界を(さまた)げるぐらいなら、というのがサンドラとセルティの趣向だ。

 出動準備完了。無線のスイッチを入れ、連絡。

「サンドラ、セルティ、クロエ、準備完了。そっちは?」

『こっちも完了。……それと今から作戦行動だ。以降は総員コードネームによる呼称を心掛けろ』

「はいはい。あんたが先導しなさいアルファ1」

 では、とシェリーが言い、合図のように全員が一呼吸を置く。そして、

『降車後、各員周辺警戒を怠るな。索敵しつつ迅速に突入する。――作戦開始』

 直後、離れた位置で装甲車の側面ドアが全て一斉に開け放たれ、黒のアーマー姿がほぼ同じタイミングで飛び出した。

 一番最初にアスファルトの地面を踏んだ二人、シェリーとサンドラが即座に視線と銃口を巡らせ、遠方に見える住宅地の屋根や基地の窓などを注視する。

 やがて全員が車外に降り、警戒しつつ固まらないようにゆっくりと前進。人影や『オス』が見えないことを確認してから、やっと歩調が速くなる。

 それぞれの施設のエントランスゲートに鍵はかかっていない。昔、ここへ巡回に来た先輩兵士が開錠するか壊すかしたのだろう。おかげで開きっぱなしの自動ドアを素通りできる恩恵だ。

 ただ、自動ドアが開きっぱなしということは、電気が通っていないことにもなる。

「……思った以上に骨が折れそうね。ねえアルファ1、やっぱこの人数じゃ無理があると思うんだけどー」

『今から『ベータ』『ガンマ』に招集をかけるか? 手薄になったヴァンデンバーグ基地は誰が守るんだ。人数が増えたところで効率が上がるとも限らない。アルファ3、お前たちは隊員寮だったな? 食料は過去にあらかた回収し終えている。武器庫を探してくれ』

「そっちは?」

『管制塔の電源復旧を試みる。監視カメラが起動すれば作業も楽になるはずだ』

「あの伝説のお気楽デスクワーク? 見張りが退屈で居眠りとかしまくって結局犯人見逃すって奴じゃなかったっけ」

「っていうか、エントランスの時点ですごい荒れてますね……。何年掃除してないんですか?」

「居住もできないと解ってるならわざわざ無駄な労働はしないわよ。何回か物資回収で遠征もしたけど、その時だって誰も気にかけやしなかったわ。そんなことより荷運び、ってね」

 サンドラたちが進入したのは隊員寮。その名の通り、かつてエドワーズ基地に詰めていた軍人が生活していた居住空間である。俯瞰(ふかん)すると古風な鍵先のようなデザインの建物であり、広い二階建てだ。しかし規模から考えると、この基地にしてこの容積だ。駐屯(ちゅうとん)していた軍人はそれほど多くなかったのかもしれない。

 サンドラは以前から何度か訪れているから構造は何となく分かるが、セルティとクロエは初見である。同伴して隅々まで巡回するべきだが、そんなことをしていては日が暮れる。そういえばシェリーは宿泊するかどうかを言っていなかった。後で追求することにしよう。忘れてたとか言ったらぶん殴ってやる。

 ともあれエントランスホール、巨大な館内地図の正面で、サンドラは後輩二人に向き直った。

「セルティ、クロエ、あんたたちは固まって一階を調べて。あたしは二階行くわ。セルティ、サバイバルの基本と応用は憶えてるわね?」

「毎日毎日何を訓練してたと思ってるんです? ダテに血反吐は吐いてませんぜ」

「上等。ちゃんとクロエと組んで行動しなさい。無線連絡は欠かさずに。何かあったらすぐに報告。いいわね?」

「了解です。……ところでコードネームで呼び合うんじゃなかったんですか?」

「気にしない気にしない。ほら行くよ、クロエ」

 館内地図を見渡して、一通り地形を頭に入れたのか、セルティが引っ張る形で前進していった。途中で律儀に礼をしてから、クロエもそれに追い縋る。

 後輩二人だけを動かすことには抵抗があるが、無線が通じていさえすれば異常はすぐに探知できるし、何より二人とも実戦経験はともかく訓練自体は非常に優秀だ。特に基礎やら応用やらを一から叩き込んでいるセルティには信頼も置ける。そう考えるなら、この探索は”実戦”の一環として有意義なものになるだろう。

 訓練だけで度胸は身に付かない。たまには緊張感を味わうのもアリだ。そう思って、サンドラもまた銃を抱え直し、階段へと向かう。

 砂利が散らばる床を早足で駆け、一番近い階段付近で停止。足元、踊り場、天井、全てに危険が無いかを確認しながら、一歩ずつ意識を澄ませて踏みしめる。照準から片時も目を離さない。こういう死角の多い屋内は並ならぬ集中力を求められるから苦手だ。しかし命運を左右する重要な心がけでもある。

 何しろ今回、敵は低脳な『オス』だけではない。きちんとした理性と思考を持った同業者が相手なのだ。それも元工作員という、敵に回すと面倒臭い前歴である。経験も向こうの方が長い。この常在戦場の現代を流離(さすら)っていられるのだから、その実力は推して知るべしだ。

 昨日の作戦会議でシェリーが言っていた。”ポニー”は単独という点であれば、この場にいる誰よりも上手の兵士だと。

 銃撃も体術も工作も、何もかものスキルが『ほんの少し』上等な兵士であると。

 その場合、我々『アルファチーム』が適切な対処をできるかどうか……と。

 確かに、とサンドラは、自尊心や謙虚などの色眼鏡を除いて思う。自分たちは、”ポニー”とまともに仕合えるとは思えない。

 それというのも、『アルファ』と”ポニー”では根本的な違いがあるからだ。

「……っと」

 気付けば階段を上り切り、二階のフロアへと踏み込んでいた。改めて銃を構え直し、慎重に進んでいく。

 二階は主に隊員の部屋で占められている。一部屋五~六人が入る生活空間がずらっと横並びし、室数だけで一〇〇はある。

「コレ全部一人で見回るわけね……。やっぱ二人とも連れてきた方がよかったかなー」

 とはいえ指示を出したのは自分だし、他に良い采配(さいはい)が思いつくわけもない。上官としても仕事はきっちりやらなくてはならない。溜息を吐きつつ、サンドラは一番端の部屋から一つずつチェックしていくことに決めた。

 この建物のドアは右側に蝶番があり、手前に開く。サンドラはドアの左側に背中を付け、片手で慎重にノブを回す。隙間が三センチほど空いたところでサブマシンガンの銃口を捻じ込み、しばしそのままで室内の様子を探る。物音がしないことを確認してから片目で(うかが)い、トラップのワイヤーや爆弾などが無いことを確認。そこでようやく突入に踏み切った。

 部屋はさほど広くも無く、圧迫感のある二段ベッドが左右に押し込められていた。この内装はヴァンデンバーグ基地にある自分たちの部屋にも似ている。昔はここに大の男が詰められていたのだからさぞ汗臭かっただろう。成人男性というものの記憶が曖昧ではあるが。

 というか、実際、この部屋は臭い。いや、隊員寮そのものが既に異臭の立ち込める魔窟のようだった。当然だろう、使用済みのシーツやら何やらが放置されて十五年も経つのだから。所々にある血痕も実に生々しい。

 ……十五年前、この世の男性が『オス』という怪物に成り果てた現象は、いくつかの種類があるという。身体に異常が少しずつ侵食していく型と、まさに突然変異であっという間に人の形を失ったりと、どっちにしろ傍にいた人は悲惨な目を見ただろう。『オス』に変異する原因は特殊な生体ウイルスということなので、潜伏期間の長短に個人差が出ると聞いたことがある。

 この部屋の隊員は、どうだったのだろう。突然化け物と化して同僚を嬲り殺したのか、それとも苦しみながら変異していったのか……。

「……なんて、添える花も無いのに、勝手な想像は失礼よね」

 そしてそれを言うなら、サンドラも決して無関係ではない。自分にも父や兄がいた。まだサンドラが幼い頃だった。シェリーやイレーヌ、クロエやセルティも同じような経験をしている。特に後輩二人はまだ赤ん坊も同然だっただろう。

 大人たちの甲高い喧嘩と悲鳴。食べ物の奪い合い。キャットファイトというにはあまりに物々しすぎる、暗くて陰惨な日々。外に出たら出たで化け物に食い殺されるのだから、逃げることもできない。

 不思議なものだ。そんな日々から抜け出して、平然と十五年も経っている。

 何もかもが終わったと思ったのに、人類はいまだ八千万の総数を残して、生きている。

 銃を手に、『何かしなければならない』日々を送っている。

 サンドラにはそれが、時々不思議だった。

「さて」

 余計な物思いはここまでだ。ベッドの下まで覗き込んでトラップや侵入者の痕跡が無いことを確認し、サンドラはその部屋を出た。以降、まったく同じ手順でいくつかの部屋を調べたが、人がいたような雰囲気はなかった。

 一時間ほどをかけてようやく全体の三分の二ほどを終えたが、人どころか虫の一匹も紛れていない。あちこちの窓が割れているから入り放題だと思うのだが、蚊の羽音も聞こえない。

 ……不気味すぎるほどに静かだ。自分の靴音が異常に響く。

 心細いと感じるほど乙女な神経ではないが、こうなると後輩二人の様子も心配だ。そういえば一時間も連絡を取り合っていないが、向こうはどうなっているのだろう。特に収穫も無いのか。

 サンドラは肩の辺りに固定した無線機のスイッチを手探りで入れ、安全と見定めた壁に背中を預けて声を出す。

「こちらアルファ3。セルティ、そっちどう?」

『コードネームか本名かどっちかにしてくださいよ。……こっちは異常も何もありません。足跡一つ見当たらないです』

「こっちも似たようなもんよ。寮はハズレだったかしらね。一応全部見回ってからシェリーに連絡するわ。引き続き集中しなさいね、クロエも」

『ラジャー……』

 セルティがいかにも気の抜けた応答を返した時、

 

 パン!! と、乾いた銃声が静謐な隊員寮に轟いた。

 

 

 


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