転生公爵令嬢の憂鬱   作:フルーチェ

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返信遅れる中感想や誤字指摘、ありがとうございます。
全て嬉しく読ませて頂いているので、年末立てこんでしまっていますが暇を見て思いつき、返しやすいものからなるべく返信したいと思っています。
漏れあったら申し訳ありません。


帝都の陥落

 先だって帝国の全軍に近い兵を動員し、アールスハイド王国領へと侵攻した皇帝ヘラルドは重い足取りで皇城へと戻り帰っていた。

 臣下や兵すら伴わず、凱旋などといった華々しさとは程遠い苛立ちと焦燥がその顔には浮いている。

 それもそのはず、出陣したヘラルド率いる帝国軍は王国軍に対して見るも無残な大敗を喫していた、上に。

 

「どういうことだ……国内の魔物は減少していたのではなかったのか……いや、これもあ奴の企みか!」

 

 苛立ち紛れに一人わめくヘラルドが護衛の兵に足止めさせ、通過してきた帝都の街中はいずこからか大挙してやってきた魔物が溢れ返り、地獄絵図と化していた。

 獰猛な魔物の群れに一般都民は為すすべもなく、数少ない戦闘の心得のあるハンター達も入り混じる災害級に抗しきれず魔物達にその身を食い散らかされている。

 進軍先には立て直しに追われ帝国の侵攻に気づいていなかった筈の王国軍が完全に布陣し、減少傾向にあった筈の魔物からは軍が出払う隙を狙ったかのように帝都を蹂躙されてしまう。

 

 それもこれも王国軍との交戦間際、姿を消した斥候部隊の長ゼストのもたらした情報がことごとく偽りだったことによるもので、彼に対して憤懣を向けるヘラルドだったが、都合の良過ぎる情報を鵜呑みにし諫言してきた臣下を躊躇いなく切り捨て進軍に踏み切った自身の迂闊さを責める様子は微塵も無い。

 傲慢な帝国貴族の気性を体現するように育ち、他者を追い落とすことで皇帝の座を射止めながらも他者から謀られることに鈍感すぎた彼は未だに失態の責を自分以外に求めていた。

 

「これはこれは哀れな――いや、貴方には実にお似合いの、不様な姿ですねえ」

 

「何……っ!?」

 

 帝都の有り様と比べ城内は不自然なほど荒らされた形跡も無かったが、ヘラルドが辿り着いた謁見の間には一人の男が待ち構えていたかのように玉座に腰を落としていた。

 男性ながら細やかな白髪に整った面立ち、皇位に届かんとする立場と併せてかつてヘラルドが忌々しく感じていたものを持ち合わせたその人物。

 

「き、貴様……オリベイラか!?」

 

「ええ、お久しぶりですヘラルド・フォン・リッチモンド」

 

 皇帝であるとは認めないとでも言うかのように公爵であった頃の名で呼ばれ屈辱に顔へ血気を昇らせるヘラルドだったが、オリベイラの紅く染まった瞳に気づき出しかけた激昂の声を詰まらせてしまう。

 かつて陥れた相手が魔人と化し、目の前に現れた状況にヘラルドですら絶望の淵に立たされたことを理解する。

 

「どうしても貴方だけは、この手で葬りたいと思っていたのですよ」

 

 オリベイラの掌に生まれた赤い炎が、自身の全てを奪ったヘラルドへの憎悪を表すように轟々と火勢を増していく。

 恐れ慄くヘラルドだったが、放射される魔力の密度と籠った情念の深さに金縛りにあったかのようにその場へと縛り付けられてしまう。

 

「ま……待て……私は皇帝だぞ……こんな真似をすれば、帝国貴族達が必ずや貴様を――!」

 

 この期に及んでもへりくだることすらできず、傲慢な姿勢のままだったヘラルドを包んだ業火は断末魔の声すら覆い焼き尽した。

 

「心配せずとも帝国貴族はあの世に送って差し上げますよ、一人残らずね」

 

 ヘラルドの亡骸が焼け崩れる様を憎悪に満ちた目で見届けると、オリベイラは撃ち放った魔法の余波でくり抜かれた城の外壁から帝都を見下ろす。

 眼下では帝国軍の兵士達がオリベイラによってこの日の為に魔物化させられていた獣の群れに抗戦しながらも、徐々にその数を減らしていった。

 無力を悟り撤退命令を待たずに帝都から逃げ出そうとする人間も少なからず見られたが、そんな者達は魔法により狙い撃たれ命を散らしていく。

 

 魔物によるものでない、街並みの陰に潜みその魔法を放っているのは帝国、斥候部隊の隊服に身を包んだ男達。

 そのいずれもが王国で実験を重ねたオリベイラの手により魔人化させられた、完全に理性を保った魔人達である。

 

「――シュトローム様」

 

「ああゼスト君、よく誘導してくれました。お蔭さまで第一段階は問題なくクリアできたと言って構わないでしょう」

 

 帝国軍から離反した男、ゼストが姿を見せ恭しく跪く。

 帝国を既に見限っていた彼と彼の部隊はオリベイラに与し、その復讐に加担していたのだった。

 

「報告させて頂きます。帝国軍を迎撃した王国軍がこちらへ進軍を続けているようです。しかしながら差し向けた魔物で足止めは出来ましたので、退却してきた帝国軍が全滅するまでには間に合わないでしょう」

 

「敵国であっても魔物の被害は見過ごせないとでもいうのでしょうか、ご苦労なことですねえ」

 

 帝国側が無残に敗走した後とはいえ、義憤に駆られ敵国の領内を進軍してくる王国軍に呆れめいた思いを抱くオリベイラだったが、すぐにそれを振り捨てるとその瞳に冷たい光を宿す。

 

「まあ些細なことです、それでは始めましょうか――帝国の終わりを」

 

 その後、帝都に駆けつけた王国軍が目にしたのは帝都民の亡骸が至る所に転がる目を覆わんばかりの惨状。

 そしてオリベイラを首魁とする十以上もの災厄の象徴、魔人達の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、王国としての対応は?」

 

「ひとまずは静観するつもりのようです、独断専行も厳に慎むようにとのことでした」

 

 魔人達の手により帝都が陥落したという急報は当然王国や周辺国に大きな衝撃をもたらした。

 一人だけでも王国を滅ぼしかけた魔人が同時に複数確認されたという、それだけでも驚愕すべき事態。

 ただオリベイラは撤退する王国軍を追撃する素振りも見せず、先の言動からも察せるようにその目的は帝国への復讐に向いているらしい。

 

 それに対し王国は厳戒態勢を取りながらも、手出しできずにいる。

 何しろ相手は単独でも一国の軍隊を相手取れる魔人。

 カートのような例であればその評価も絶対ではないが、迂闊に敵に回せる相手ではないのは確かだ。

 

 放置するのも気が気でないが、下手に刺激し彼らの矛先が自分達へと向けば犠牲は計り知れないものとなりかねない。

 そんな理由から緊急に陛下より発された命令で帝国へ干渉することは制限されることになった。

 マーシァ領の城館でその報告を聞いた父エリック、そして祖父ウーロフも重い表情となっている。

 

「……国境方面の警戒を強めねばならんな、王国に関心を示していなかったとはいえ、油断はできんだろう」

 

「はい、しかし帝都が陥ちたことで帝国内は混乱しきっているでしょう、民への影響が心配ですね。それに……オリベイラという魔人がどこまでやる気なのかも」

 

 ウーロフに頷くエリックも普段の温和な表情を沈痛なものにして懸念を口にしているように、おそらくは皇帝をその手にかけたと思わしきオリベイラだがそれで彼の企みが終わりだとは到底思えない。

 複数の魔人を率いている上に、状況からして魔物化させた生物を操ることも可能なのだろう。

 それだけの戦力を集めて帝国にどこまでのことを起こすつもりなのか、楽観視などできるはずもない。

 

 国家としての機能は保持できないだろうし、できるなら平民階級にある人間の安全確保ぐらいはしたいものだが、陛下の指示も誤ってはいない。

 魔人という特大の外患を招くようなことがあっては軍を動員しても王国全土の国民を守り切ることは難しい。

 自国を守るということを第一とするなら止むを得ない処置だ。

 

 そしてそれは私にとっても同じこと、マーシァ領だけが狙われるなら恐らくは対応できるだろう。

 しかしもし他の領地、更には他の国にまで飛び火するようなことがあればそれら全てを守り切る保障はできないし、責任など取りようも無い。

 もどかしくはあるが、現状では帝国に対して直接手を出すことができない。

 

「……逃れてくる民すら受け入れてはいかんわけではないのだろう?」

 

「ええ、あちらからやってくる分にまでは制限のしようもありませんから、陛下もそこは禁止されていませんでした」

 

「ならばせめて受け入れ態勢だけは万全に整えておこう。書類は急ぎつくらせる、すまんがいくつか承認をもらえるかターナ?」

 

 現役復帰してから領の軍務を預かってもらっているが、こうした時の祖父の判断の早さにはいつも助けられる。

 祖父の言うように、気落ちするよりも行動が制限された状況でもできることをやっていくべきだろう。

 

「お手伝いします、予算は問題ないでしょうがターナ、構わないかな?」

 

「勿論です、ただ父上、お爺様、一つだけ条件をつけさせて下さい」

 

 これを言うには少しばかりの決心が必要だったが、近頃の王都での経験を省みると踏み切るべきだと感じていた。

 

「隊への魔導具導入を始めます。組み上げ指示は工房に出してありますので、準備できしだい配備をお願いします」

 

 口にすると流石に父上達も微かに瞠目していたが、反応が控え目だったのはそれが遠からず来る事態だと予期していたのかもしれない。

 

「……良いのか? 次の査察で間違いなく指摘されることになるぞ」

 

「構いません、アレらの特許申請が通れば他国からもそうそう手を切られることは無いでしょうし、万が一にでも自活できる備えはあります。相手は魔人、そんな相手に無策で兵を立ち向かわせるわけには行かないでしょう」

 

 兵士というのは時として国家の安全を守るために命を懸けるもの、とはいえ無為無策に危地へ放り出されるようなことがあってはならない。

 戦闘員であろうとそうでなかろうと、命の重みに変わりはないのだから、軽々に扱うようなことをしてたまるか。

 こちらの決意が揺らがないのを分かってくれたらしい祖父が重いため息を漏らし、嘆かわしそうに目を細めて呟く。

 

「……王都の現状からするなら仕方あるまいか」

 

 父上共々、その反応には苦笑でしか返せないが、つまりはそういうところだ。

 魔人という脅威を目にしてなお、王都では未だにこちらの奏上した案以外で積極的な軍備の増強策は打ち出されていない。

 王子殿下にはなにやら考えがあるご様子だったが、うかうかしていて丸腰に近い状態のままでいたくは無かった。

 

 静観するのは良いが、悪戯に時間を浪費していざ危機が迫った時に兵を犠牲にしては元も子もない。

 この決断が無駄になればいいと思いつつもそうはならないだろうことを予想しながらこの騒動の発端である、魔人となった男の顔を思い出す。

 オリベイラ・フォン・ストラディウス、取り繕っていた面はあるのかもしれないが、言葉を交わした時に感じた彼本来の気性は理知的なものであるように感じた。

 

 そんな彼が復讐という行為に駆り立てられるのにはあの時語られた以上に、余程の出来事があったのだろう。

 国家に属し、法を遵守する立場において彼の行いを肯定することはできない。

 もしまた対峙するようなことがあれば、彼に対してどういう立場をとるか、定めておかなくてはいけないだろう。

 

 新たな決意を胸に、久しぶりに自領で過ごす余暇は慌ただしく過ぎて行った。

 

 

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