転生公爵令嬢の憂鬱 作:フルーチェ
――初めて自分で買い物してしまった。
生まれてからずっと森の中で暮らしていたから買い物も人混みも、全てが新鮮だ。
感動と共に屋台で買った串焼きの味を噛み締める。
前世で社会生活を送っていたときには当然買い物ぐらいしたことはあるから正確には違うかもしれないけど。
成人祝いから半月して、王都に引っ越してきた俺はじいちゃんに勧められて街を散策していた。
昔じいちゃんが魔人討伐の功績を称えて下賜されたっていう家はすごい豪邸で、ディスおじさんが手回ししてくれたらしく使用人の人達もたくさん居る。
思った以上のVIP待遇で、もう狩りも料理もしなくていいみたいだ。
森の生活は日本の生活と比べたらそりゃあ不便だったけど、十五になるまでの間でもうすっかり馴染んじゃってたし、なんだか手持ち無沙汰になっちゃいそうだ。
「っと、ここは……魔道具屋か」
導師、なんて呼ばれるぐらい有名らしいばあちゃん以外の人が造った魔道具には興味があった。
食べ終わった串焼きの串を異空間収納に放り込んで入ってみると、店の中は物だらけで散らかっているように見えなくも無い。
カウンターの奥にはいかにも魔法使い、って感じのローブを着た人が本を読みながら店番をしていた。
「置いてある魔道具、試してみてもいい?」
「……いいけど、大事に扱ってくれよ、一級品ぞろいだから」
うさんくさいものを見るような目をされててなんだか感じが悪い。
そういえば魔導具は高いって言うし、冷やかしと思われてんのかな?
たしかに値段の相場なんて分かんないけど……まあいいや。
試しに手に取ってみた皮手袋に書いてある文字を見ると『吸引』の魔法が付与されているらしい。
値札を見たらほんとに高い、さぞかしすごい効果があるんだろうなと手に着けて魔力を通し、ディスプレイの果物にかざしてみたらペチッっと吸い寄せられた果物がくっついた。
「……えっ? これだけ!?」
こんなんじゃとても値段通りのお金を出そうなんて気になれないだろ。
俺でもこれぐらいの魔道具、簡単に造れちゃいそうなのに。
なんだかがっかりして吸引手袋を棚に放って店を出たらさっきの店員が怒った声を出していた。
そういえば大事に扱ってくれって言ってたっけ、しまったな。
でもあんなので一級品なんて……いや、ばあちゃんの付与魔法がすごかったのか。
森の家に『侵入防止』と『状態維持』の結界を張ったメリダばあちゃんの魔道具と比べたらあんなの子供だましにしか思えない。
ばあちゃんは生活の役に立つ色んな魔道具を開発していて、国によってはじいちゃん以上の人気者らしい。
成人したらどうしようか皆で話してるときにジーク兄ちゃんも言ってくれたけど、俺もそういう風に人の役に立つ魔道具を造って生計を立てるのもいいかもしれないな。
魔法を付与するときに書き込める文字数は高価な素材ほど多くて、すごい魔法が付与されたものほど値段も高くなる。
けど英語みたいに単語を組み合わせないといけないこの世界の言語じゃなく、日本語を使える俺なら文字数をかなり短縮できる。
日本にあってまだこの世界には無い、便利な生活道具だって再現できるはずだ。
そしたらばあちゃんは喜んでくれるかな、などと胸を躍らせながら賢者の孫、シン・ウォルフォードは王都の街並みを歩いていくのだった。
「――っ」
唐突にブルリと寒気が走り、何か嫌なことが起こる前触れのようで何かトラブルの予兆を見落としては居ないかと不安に駆られてしまう。
しかし心当たりのようなものは一切ない、今の気の迷いは何だったのかと首を傾げるばかりだ。
「どうかしましたおじょ……閣下?」
「いや、何か忘れてるような気がしたんだけど気のせいだったみたいだ、ごめん」
「珍しいですねー、閣下がそんなこと言うの。まあ今日のところはここまでにしときましょうか」
そう言って壁一枚、ガラス窓を隔てた先の部屋からこちらを見ていた白衣の女性、ヒルダは周囲に散らばったレポート用紙をまとめていく。
内壁を頑丈な金属壁に覆われたこの部屋は通称『実験室』、彼女にある種の魔法を観測してもらうために用意した部屋だ。
あちこち焦げたり、溶けたりとしている室内を見回して不始末が無いか確認し終えてからヒルダの待つ前室へと向かう。
「お疲れさまでした、でもやっぱりすぐには慣れませんねー、この呼び方」
「慣れるのはゆっくりでいいよ、ここには気にする人もそんなに居ないしね」
ねぎらいながら外していた眼帯を机から拾い、付け直していると楽しそうにレポート紙へとペンを走らせるヒルダの姿につい苦笑が湧く。
彼女との付き合いは長いが、正式に公爵となってからも気安い態度に変化は見られないようだった。
公私を弁える分別を持ち合わせていることは知っているので、咎める必要も無い。
マーシァ工房の開発主任である彼女には主に新型魔道具の試作を担当してもらっている。
前世の知識にある機械工業品、よく見知ってはいてもそれ専門のエンジニアなどではなかったターナに内部構造など把握できているわけもなく、それを再現することは不可能だった。
自分には出来ないならば単純な事、出来る人間にやらせればよいと、幼い頃から祖父と共に各国を巡り細工の得意そうな人間を数多くスカウトしてきた。
その中でもヒルダは魔法を用いて大まかに再現してみせた記憶にある機械の動作を優れた洞察力で読み取り、魔道具の形に落とし込むことが出来る類まれな才能の持ち主だった。
加減を誤って周囲によく金属片を吹っ飛ばしたりする危険な実験にも嬉々として付き合うなど肝も据わっている、得難い人材だった。
「それにしてもお嬢の魔力制御力も結構なものになってきましたね、新しい付与考えたんですけど、試してみます?」
「んん……私だけが扱える付与が増えてもねえ」
魔法を付与するにあたり、魔力を転写する必要があるわけだがそもそも術者がその魔法を扱えなければ付与は成功しない。
そして複雑な魔法はそれに比例し必要な魔力も大きくなる、こればかりは日頃から魔力制御を訓練していなければどうにもならない問題だ。
高度な魔道具を作成できる付与魔法使いが希少な理由の一つでもある。
「いいじゃないですか、特注仕様のハイエンド品、高く売れますよ~。お客は喜ぶ、工房は儲かる、皆幸せで言うこと無し」
「はいはい……それよりもアレの小型化は進んでる?」
気の乗らない提案を適当に流して問い掛けると、ニッと自慢げな笑みを見せてヒルダは白衣の内から小さな物体を取り出し、机上をこちらへと滑らせてきた。
長方形の、掌からすこしはみ出すぐらいの大きさのそれを手に取り、ためつすがめつ眺めると思わず感心の息が漏れる。
「……パーツは全部量産できるレベルなの?」
「当然、ウチの職人達は皆やればできる連中ですから」
魔力を通すと手にした魔道具、通信機が起動し正常に動作することが確かめられる。
かねてから開発を進めていた新製品、これが実用化すれば
「でも魔力通さないと使えませんから、ちょっと扱いづらいんですよね。とっくに量産できてるあちらの特許はまだ取らないんです?」
「うん、悪いけどまだ時期尚早だと思う、もう少し時期を見計らいたい」
新しい技術が広まることで時に混乱をもたらすことがある。
努力してくれた職人達には申し訳ないがこれらの発表はまだ先のことになるだろう。
それでもここまでのものを仕上げてくれた職人達の技量には感謝しかない、これはボーナスを弾まないとだ。
マーシァ工房の魔道具が大きく進出できた理由として最も大きい、優れた品質がある。
従来の魔道具は付与文字の制約に素材の価格など、工業品としてネックとなる要素があまりに多かった。
しかも付与する魔法もまた術者のイメージを再現するものであるため、同じ用途のものでも製作者により出力がばらついていたりなどする。
そんな品々を見てある日ふと思いついたのは付与する文字を省略することができないかという発想だった。
文章を構築する各単語の頭文字を並べる、前世では当たり前に用いられる手法。
これを適用すれば火器管制装置、なんて長ったらしい言葉もFCSの三文字で表せる。
それと同じことができはしないかと試した結果は劇的だった。
文字を縮小しても、縮小元となった言葉がしっかり認識できていれば付与は成功する。
それにより細かな部品へ回転数や出力の値、イメージに左右されない動作制御を付与することが容易となり、それらを以て組み立てた魔道具は品質も均一に仕上げることが出来ている。
魔道具によって組み立てられた魔道具、この技術の実用を機にマーシァ工房の躍進は始まったのだった。
「喜ぶのはいいですけど、気を付けて下さいね。こういうの研究してるのは私達だけじゃないんですから、実用化してたのに特許で先を越されるなんてことになったら悲惨ですよ。……ま、ほとんどお嬢のおかげで出来たようなもんですから、そうなっても文句は言いませんけど」
「――確かに、気を付けないとね」
前世の知識に発想を使いズルをしているような罪悪感はあったが、これぐらいの発想いずれ誰かが思いついてもおかしくはない、あくまで自分はそれを早めただけだろう。
それに職人達の頑張りは別物だ、しっかりと生かして利益を還元しなければ罰が当たるというものだ。
それにしても今日に限って――今まで感じたことの無い胸騒ぎがするのは何故だろうか。