転生公爵令嬢の憂鬱   作:フルーチェ

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無自覚な二人

 入学試験から数日が経ち、王都にあるマーシァ家の別邸で迎える朝。

 今日は魔法学院の合格発表が行われる日だ。

 学院の構内に張り出されるらしいその結果を確認しにいく為に支度を整えていく。

 

「本日は学院まで赴かれるのでしたね」

 

「ああ、世話になるよ」

 

「いえこれが私の仕事ですので、どうかお気遣いなく」

 

 そう言って傍に控えるようにして同行してくれているのは王都での護衛を担当してくれている男性で、名をオルソンという。

 年は今年でもう四十になり、顔には薄くだが皺が浮き始めていた。

 長年マーシァの家に仕え当主の護衛を任されている人で幼年の折、熊に襲われそうになったときに傍に居たのもこの人だ。

 

 基本的に王都の治安は良いのだが、それでも不埒な輩が存在しないというわけではない。

 不自由には感じてしまうが、自分のような立場の人間が護衛もつけずに出歩くわけにもいかないのだった。

 護身用の魔道具は数点持ち歩いているし街中で攻撃魔法の使用は禁じられているが、万が一ということもある。

 

 この身に何かあれば迷惑をこうむる人間はとても多い、そんなことになってしまうぐらいなら多少の不自由は許容しなければならない。

 そうして彼のお陰で、眼帯をしていながらも恵まれている容姿につられてしまったような輩が寄ってくることは無かったのだが。

 

「あ――」

 

 不埒でない人からは逆に目を引いてしまったようだ。

 学院までの道すがら、こちらへ向いた声に反応してみればそこには実技試験で知り合った少女、マリアが意表を突かれたような顔を見せていた。

 そんなマリアの反応を青いロングヘアーの少女が隣で不思議そうに見ている。

 

 二人ともに中等部の制服という同じ格好。

 おそらく青髪の女子が試験の折マリアが口にしていた連れの子だろう。

 気づいておいて無視するというのも感じが悪い、どうも対応に悩んでいるらしかったがこちらから声を掛けることにしよう。

 

「ごきげんよう、マリアさん。試験日ぶりですね」

 

「どうも……マーシァさん、あの時は随分気安くしてごめん――すみません」

 

「ターナで構いませんよ、それに学院は堅苦しいのが疎まれるようですから、あの時のようにくだけた話し方をしてくださって結構です」

 

 公爵という家格がやはり畏れ多く見えるのか、敬語になってしまっているマリアだったがこちらにそんなことを気にするつもりはない。

 殿下に倣うわけではないがここは例の法とやらを利用させて頂こう。

 

「……本当に、いいの?」

 

「ええ勿論。そちらは話されていたご友人でしょうか?」

 

 水を向けた青髪の少女はすぐに反応できず目をしばたかせていたが、何事かマリアに耳打ちされると口元に手を当て驚いた様を見せる。

 

「ええっとその……クロード子爵家のシシリーと申します、よろしくお願いします」

 

 シシリーというらしい少女もまたマリア同様に貴族であるらしい。

 家絡みの付き合いがあったのか、たまたま学院で知り合っただけなのかは分からないが、まあそれは些細な問題だろう。

 連れだって合格発表を見に行くところなのだろうが、女の子が二人で護衛は無し。

 

 王都の街中で面倒な輩に絡まれることもそうそう無いだろうが、用心しておくに越したことはないだろう。

 ちらりと視線を背後のオルソンへ向けると、心得た様子で僅かに頷いてくれたのが見て取れた。

 

「――学院まで向かわれるのでしたらご一緒しませんか? お二人は王都に長く過ごされているようですし、お伺いしたいことが少しありまして」

 

「私はいいけど……シシリーはどう?」

 

「えっ? うん……マリアがいいなら構わないよ」

 

 すんなりと提案は受け入れられ、彼女達と共に学院へ向かうことになった。

 警護対象が増えオルソンの負担が増えた分、こちらも索敵魔法を広げ警戒を強めておく。

 生物は常に一定の魔力をその身に帯びているが、敵意などのように攻撃的な感情を持っているとその魔力に歪みのようなものを感じることができる。

 

 自分で制御した魔力を広げてやれば生物の反応だけでなく、そういった害意を持った存在を察知することも可能になる。

 学院に着くまでの間に引っかかる反応は無く、結局は徒労に終わってしまったが何も無ければそれで構わない。

 校門にオルソンを残し受験番号が張り出されている掲示板で確認した結果は三人とも合格。

 

 喜び合う少女達を微笑ましく見守り、教科書類と制服の支給される受付へ向かう道中で「あっ」と何かを見つけ声を漏らすシシリー。

 彼女の視線の向く先、受付の方を見てみるとそこには目を引く男子二人組の姿がある。

 金髪の男子、アウグスト殿下が入学試験の際にあのカートと騒動を起こしていた黒髪の男子を白々しい口調で囃し立てていた。

 

 聞こえる声によれば黒髪の男子が入試首席を獲得したらしく、新入生代表挨拶を任されたらしい。

 シシリーがうっすら顔を赤らめながら目を向けているのはそんな男子の方。

 

「お知り合いかな?」

 

「ああうん、知り合いっていうか本当に会ったのは一回だけなんだけどね。この間街で柄の悪い連中に絡まれちゃったとき、シン――あの男の子に助けてもらったんだ」

 

 気がそぞろになっているシシリーに代わり、マリアの方が知り合った経緯を説明してくれている。

 マリアもシシリーもかなり容姿の整った少女であるせいか、ナンパというには荒っぽい輩に絡まれてしまったことがつい先日にあったらしい。

 そこを救ったのか黒髪の彼、シンという青年で魔物ハンターであるという屈強な悪漢三人をあっさりと素手で叩きのめしてしまったのだという。

 

 それ以来シシリーは彼のことをよく気にかけていたそうで、マリアも言葉にすることはなかったがようするに一目惚れというやつであるらしい。

 

「あっ――」

 

 見れば説明を受け終えたシンとアウグストは今にも帰ろうとしている。

 そんな彼らに声をかけようかどうしようかとまごついているシシリー。

 お相手の方にそんな気があるのかどうかは分からないし、余計なお節介かと思いもしたが。

 

 正直、まどろっこしい。

 

「殿下」

 

「ん? マーシァか、お前も来ていたのだな、そちらの二人は……」

 

 アウグストに話しかけたことでマリアとシシリーが慌てる様子を見せていたが腹を括ってもらうしかない。

 奥ゆかしいのは結構だが、チャンスなんて手を伸ばせるところにいつまでも居てくれるわけじゃない。

 もう手遅れになってから後悔するなんてことのないようにして欲しいと思っていたのだが。

 

「シシリー!? 来てたんだ! ……マリアも」

 

「は、はい! シン君……お久しぶりです」

 

 お相手のシンの方が食いつくような反応を見せたことにおやと首を傾げさせられてしまう。

 明らかなシシリーとの反応の差に「私はついでか」とマリアも呆れるような顔をしている。

 

「なんだ、知り合いなのかシン?」

 

「ああ、この間に街でちょっと……」

 

 入学試験の時は初対面らしかったというのに、随分と親し気な様子を見せるアウグストはシンの反応に何かを察したらしく含み笑いのような表情を浮かべている。

 ――どうやらご執心だったのはシシリーだけでないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰からともなく立ち話もなんなので場所を変えてはどうかと言い出し、相談の結果。

 

「へえ、前に寄った魔道具屋とはすごい違いだな」

 

「ここには私も初めて来たな」

 

 物珍しそうにシンとアウグストが店内を見渡す。

 綺麗に陳列された魔道具の品々に魔法付与に適した金銀細工の数々。

 王都に出店しているマーシァ商会の系列店は盛況なようで、通路は広々としているが少なくない数の人々が往来を繰り返していた。

 

 客層は身なりの良い貴族風な者もいれば平民らしき人々も多い。

 このあたりは一般の魔道具店と異なる、庶民向けの廉価な魔道具も取り揃えているマーシァ商会ならではの光景だ。

 どうしてか魔道具に興味があるというシンに紹介しようと店を案内することになっていた。

 

「……シシリーさんはこちらを利用下さったことがあるそうで?」

 

「はい、こちらの店は便利なものが多いってお姉さま達からよく聞いてましたから」

 

「でしたらどうでしょう、シン君の案内はシシリーさんにお願いしてみては」

 

 素直な気持ちを言えば、カートとのやり取りで彼にはあまり良い印象がない。

 押し付けるような気持ちもあったがアウグストは名案とばかりに賛同しマリアも後押ししてくれる。

 そうして二人きりにされたシンとシシリーはあからさまに互いを意識したぎこちない様子で店内を巡りに行った。

 

 後悔どころか何の心配もいらなさそうな雰囲気には世話を焼いておきながらなんだが、勝手にやってくれと言いたい。

 こちとら中身はアラフォーおやじで年頃の女の子もまともに恋愛対象に見れない、というか肉体的に見てもしょうがない身の上なのにあんな空気を見せつけられてはやるせなくなってくる。

 今更人並みの恋愛をすることに未練があるわけではないが、実に羨ましい事だ。

 

「……ところで殿下、彼のこと。話しておかずに良かったのですか?」

 

「ほう、知っていたのか?」

 

「推測ですが、入試首席なのでしょう? 彼」

 

 アウグストの反応でその推測も外れてはいないようだと確信を深める。

 首席レベルともなれば実技の魔法技術は相当なものであることは間違いない。

 そして先日の入試では一人、あの校舎を揺るがすような飛び抜けた魔法を行使した受験生が居た筈だ。

 

 王都における学生の平均レベルを考えるとそんな人物が今まで埋もれていたとは考えにくい。

 ならば外部からの受験生であるはずで、最近になって王都にやってきたといういかにもそれだけの魔法が扱えそうな人物の噂が出回っていた。

 

「『賢者』マーリン・ウォルフォード、かのお方のご令孫が彼、ということで合っているでしょうか?」

 

「そう――あいつが英雄の孫、シン・ウォルフォードだ」

 

 やはりか、という思いと共に残念な気持ちが湧いてくるのはそうであって欲しくなかったという気持ちもあったからだろうか。

 賢者というからには聡明な人物を想像してしまう、そんな人物から育てられたわりに彼の精神性に成熟しているような気配は見受けられなかった。

 かのマーリン様は放任主義なのだろうか、口には出せないそんなことを考えていたこちらと違いマリアの方は。

 

「え…ええっ!? ……シンが、賢者様の……お孫様!?」

 

 憧れの人物が思いもよらないところから現れたことでパニックに陥っているようだった。

 

「……それで彼の事をご存知だったわけですか、随分と親しくもされていたようですが」

 

「ふふふ、従兄弟のようだと言われたこともあるが、あいつのような奴は初めてでな、それに親近感のようなものを感じないでもない」

 

「親近感ですか? アウグスト殿下がシン、に?」

 

 マリアが思わず尋ねたように、何を言い出すのかと思ってしまうような言葉だ。

 由緒正しい王族であるアウグストと噂によれば人里離れた地で暮らしていたという賢者の孫との間にどんな親近感を感じるような要素があるというのか。

 

「私の周りに寄ってくるのはこれまで王子という身分に媚び諂ってくる輩ばかりで同年代の知り合い、ましてや友人と呼べるような奴は居なかった。あいつも生まれてからずっと賢者様と森の奥で密かに暮らしてこれまで同じ年頃の人間と触れ合う機会が無かったらしい、それで似たもの同士のように感じたのかもしれんな」

 

「殿下……」

 

 マリアが王子という特別視されることを避けられない身分に生まれついた者の苦悩を慮るような眼をしている。

 ただ、今の発言に引っかかるところが無かったわけでもない。

 

「……殿下」

 

「何だ?」

 

「確か殿下には幼少の頃からリッテンハイム侯爵家とフレーゲル男爵家のご子息がお付きとしてつけられ行動を共にされていた筈ですが、記憶違いでしたでしょうか」

 

 年も同じ彼らを公爵を襲名したパーティーの日に伴ってきていたのを目にしていたのだが。

 

「いやその通りだ、奴らは私の護衛も兼ねているからな、魔法学院にも入学を予定している。それがどうかしたか?」

 

「……いえ、大したことではありません」

 

 存外に薄情な方なのだろうか。

 今の発言に違和感を覚えてすらいないらしい辺り、殿下の友好に対する考え方を尋ねてみたくもなってくるが無礼な言い方をしてしまいそうなので止めておこう、下手に藪は突くまい。

 

「――ああ閣下! こちらにおいででしたか」

 

 声に振り向くと慌てた様子の店員がこちらへ小走りでやってくるところだった。

 商会に勤める人間はほとんど私の顔を知っているので店に来れば声を掛けられないことはないのだが、その様子がどこかおかしい。

 

「どうかした?」

 

「はい、その……お連れ様が」

 

 言いにくそうに店員の口にした言葉に、嫌な予感が背筋を伝うのを感じる。

 以前にも感じたことがあるような、奇妙な感覚だ。

 誘導する店員についていった先には生活魔道具を扱うコーナーで困り顔をしているシンとシシリーの二人。

 

「……何があったのかな」

 

「いや、別になにかしたわけじゃないはずなんだけど……」

 

 首を傾げながらシンが手に持ったサンプルの魔道具を示してみせる。

 一定範囲内の温度を調整する機能を持つ、商会の扱う魔道具の中ではごく一般的な家庭用の商品の一つだ。

 

「なんか、壊れちゃったみたいでさ」

 

「……壊れた?」

 

 外観に損傷は見られない、が、付与された魔力の気配も無い。

 当然付与魔法は簡単に消えてしまったりするものではなく、なにもしていないのにこんな状態になることはあり得ない。

 

「……本当に何もしていない?」

 

「はい、シン君は普通に使っていただけです、私も見てましたから」

 

 シシリーが身を乗り出してかばうように力強く言う。

 別に責めているわけではないが、ウチの商品がなにもしていないのに壊れたなどという話が広まっても困るのだ。

 不良品があったのなら同一品に問題が無いか調べなければならないし、商会の信用にも関わってくる。

 

 ただ何故だろうか、深刻な原因があるわけではなさそうに思えてしまうのは。

 それを確認をするためにも関係ありそうなことを彼に聞いておかなければならない。

 

「揺さぶったり落としたりはしていない?」

 

「してないよ」

 

「過剰に魔力を注ぎ込んだりもしていない?」

 

「うん、起動に必要な分だけしか通してない」

 

「……付与された魔法を解析しようとしたりは?」

 

「あ……それはやっちゃった」

 

 やってんじゃねえか!

 

 十年以上矯正してきた口調が崩れそうになるのを必死に抑えこむ。

 前世でもこういうことはよくあったことだ。

 「何もしてないのに壊れた」という輩は大抵自分がやったことが原因となっているなど思ってもいないが為に入念に確認しないと自覚すらしない。

 

 まさか賢者と呼ばれる人物の孫がそんなことをやらかすなどとは思いもしなかったが。

 

「どうしたシン、マーシァ、何かあったのか?」

 

 遅れてついてきた殿下に精神的な疲れを感じさせないよう努めて返す。

 

「いえ……問題はありませんでした。ウォル――シン君、サンプルと一緒に置いてありますから、魔道具を扱う際にまずは説明書に目を通すようにして下さい」

 

「えっ? ああ本当だ、ごめん」

 

 ウチの工房で製作された魔道具は機密である文字省略や組立技術の漏洩を防ぐ為に防護処理が施されている。

 客先での使用時は魔力自体が流れないよう鍵付きの機構を切り替えるなどして誤作動の無いようにしているが、無理に付与された魔法の詳細を読み取ろうとすれば付与された魔法が消失するのだ。

 説明書にそういった処理が施されていることは記載されているのだが、今回は無駄となった。

 

 そもそも付与内容を覗き見るような魔法を扱える人間が希少で、普通なら作動することもない機能なので彼の魔法の腕が高いが故に起こってしまった事態でもある。

 魔法は一流以上なのにどこか抜けているところがあるのは、森の奥であまり人と触れ合わずに暮らしていたというのだからしょうがないのだろうか。

 通常なら弁償請求を考えるところだが、世界中の人々から尊敬される英雄の孫にそんな真似をしては余計な風評被害を招くかもしれない。

 

 今回は注意するだけにとどめよう――入試首席を取るような人物がまさか同じ失敗を繰り返すような人ではないだろうし。

 


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