けものフレンズ2after☆かばんRestart 作:土玉満
「博士博士。かばんがまた何か準備をはじめたのです」
「ええ、かばんがまた何か準備をはじめたのですよ、助手」
ここはジャパリ図書館。
その主であるアフリカオオコノハズクの博士とワシミミズクの助手が何かを準備しているかばんの様子を見守っていた。
最近二人は覚えた事がある。
かばんがこうして何かを準備している時は『美味しい』にありつける時だ、と。
「次はどんな《りょーり》でしょうね、博士。じゅるり」
「次はどんな《りょーり》なのでしょうね、助手。じゅるり」
はたして今日はどんな新しい味に出会えるのか。
今からワクワクが止まらない二人であった。
けものフレンズ2after☆かばんRestart 前日譚③『かくべつないっぱい』
一通りの準備を終えたかばんは、博士と助手に振り返る。
「ちょうどよかった。博士さん、助手さん、ちょっとお手伝いをお願いしてもいいですか?」
ついに出番の来た博士と助手は待たせ過ぎだ!とばかりにかばんに飛びつく。
「次はどんな《りょーり》なのです!?」
「我々は何をすればいいのです!?」
二人にわちゃわちゃと纏わりつかれたかばんだったが、最近ではその対処も慣れたものだった。
博士も助手もこうなったら時は少し撫でてあげると落ち着いてくれる。
頭の翼に触れないように手の平よりも指の腹で優しく撫でるのがコツだ。
二人が落ち着いたのを見計らってかばんは言う。
「はい、お二人にはゆきやまちほーで雪を集めて欲しいのですが、お願いできますか?」
そのお願いに博士と助手は一度顔を見合わせる。
そうしてからおずおずと助手が挙手した。
「それはもちろん構わないのですが、ゆきやまちほーからここまで戻るまでに溶けてなくなってしまうですよ」
雪は当然だが暖かければ溶けてしまう。
いくら速く飛んだとしてもゆきやまちほーからジャパリ図書館に戻るまでに雪は溶けてしまうだろう。
「そこで、この箱を使って下さい。発泡スチロールって言うんですけど、ラッキーさんに用意してもらいました」
「マカセテ」
かばんの左腕に巻かれたレンズのようなものが緑色の光を放っていた。
どうやらこれもヒトの遺物なのだろうか。用意された発泡スチロール箱を興味深く観察する博士と助手。
助手が発泡スチロール箱を持ち上げて上下に振ってみた。
「ふぅむ。随分と軽いのです」
「これに入れて持ってくれば、雪をここまで運ぶ事が出来るのですか?」
博士の疑問にかばんは頷いた。
「はい。これは箱を作る壁に気泡が沢山入っていて、外の熱を箱の中に伝えづらくなっているんです」
その説明には博士も助手も?マークを浮かべる。
「ええとですね。空気って意外と熱を通しづらいんですよ。それをいくつもの層に分けてやることで……」
地面に棒でガリガリと絵を書きながら説明するかばん。
ほうほう、と何度も頷きながら博士と助手はそれを見ていた。
期せずしてなんだか授業のようになってしまった。
「ふむ……。にわかには信じがたいですが、それを確かめる為にもゆきやまちほーに向かうとしましょう。博士」
「任せるのです。ヒョイっと行ってきてチョイっと雪を集めてくるのです」
早速飛び立とうとした博士だったが、そこで助手の待ったがかかった。
「博士、せっかくですからゆきやまちほーの見回りもしましょう。」
「えぇー!?早く帰ってかばんの《りょーり》を引っ掛けるのです!」
口をとがらせて抗議する博士に助手はなおも諭す。
「最近ゆきやまちほーの方はあまり見回り出来ていないので軽くでもやりましょう。また温泉が止まってしまっては困る者も出るでしょうから」
理屈では助手の言う通りなのだけれど、博士は「けどぉ……。」とまだ納得していない様子だった。
やはり早く戻ってかばんの料理を食べてみたい。
それが今まで味わった事のない物であれば尚更だ。
助手としても気持ちは一緒なのだけれど、この島の長としての務めもキチンとこなさないといけない。
そんな二人にかばんは目線を合わせるとこう言った。
「安心して下さい。料理は逃げたりしませんから。それにですね……」
何を言うのだろう、と博士も助手も固唾を飲んで続く言葉を待つ。
「今日の料理はお仕事が終わった後がいっちばん美味しいんですから」
「「なっ!?」」
それには博士も助手も驚きだ。
そんな不思議な料理があるというのか。
だが、せっかくだ。
一番美味しい状態で味わうのも一興というものだろう。
「そうと決まればバッチリ長の務めを果たしてくるのです!行くのですよ、助手ッ!」
あらためて気合を入れ直した博士が発泡スチロールの箱を持って飛び立つ。
「では、かばん。留守番を頼むのです」
すっかり張り切った博士が飛び立ったのを見送った助手はその後を追いかけて翼をはためかせた。
「はい。準備して待ってますのでお二人ともお気をつけて」
かばんは二人の姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
「見送られるというのも、どうして中々悪くないかもしれませんね、博士」
「それに帰ったら《りょーり》が待っているのも悪くないのですよ、助手」
帰ったら待ってるのが料理だけじゃない事も二人は嬉しく思うのだったが、それを口にするのは何だか照れ臭いのであった。
の の の の の の の の の の の の の の
さて、時刻は夕暮れ。
ジャパリ図書館のテーブルで博士は突っ伏していた。
「つかれたのですー……」
「ええ。やはり予想通りまた温泉のパイプに湯の花が詰まりかけていましたね。今日行っておいてよかったのです」
結局二人が一仕事を終えて帰ってこれたのはこの時間になってしまった。
どうやらただの見回りだけでは終わらなかった二人は随分と疲れているように見える。
「お疲れ様でした。それじゃあ、お疲れの博士さんと助手さんにちょうどいいのを作りますね」
かばんが用意していた材料を見ると今日のは随分と種類が少ないように思える。
その材料は瓶に入った水と何かの粉末がいくつかだけであった。
たったこれだけの材料で一体何を作れるというのか……。
「かばんー……。随分と自信たっぷりなようですが、今の我々は生半可な《りょーり》では満足できないくらい疲れているのですよ」
テーブルに顎を乗せたまま言う博士であったが、それでもかばんの自信は揺るがない。
「はい。じゃあボクも頑張っちゃいます。では、まずはお二人が採ってきてくれた雪でお水を冷やします」
かばんは発泡スチロールに詰められた雪に水の入った瓶を横向きに半分程埋める。
そして、顔を出している瓶の部分をくるくると雪の中で回転させた。
「それでそれで!? 今は一体何をしているのですか!?」
疲れているのも忘れて博士と助手はかばんの手元を覗き込む。
「はい。これは水を早く冷やす為にしているんですよ。瓶の空気に触れた部分が空気中に熱を逃がしてくれるので普通に雪の中に埋めるよりもずっと早く水が冷えるんです」
論より証拠、とかばんはその作業を5分程続ける。
そうしてから雪の中から取り出した瓶を博士と助手のほっぺにあてて見せた。
「「ひゃんっ!?」」
その瓶が想像以上に冷たくて博士と助手は思わず変な声が出てしまった。
「こ、これは不思議なのです……。こんな短時間で水を冷やす事が出来るだなんて。これもヒトの知恵というものなのですね」
さて、冷たい水を作ったかばんは、今度はその水を半分ずつ二つの容器に移し替えた。
そして、二つに分けた容器に入れた水の分量を確かめると、そこにそれぞれ別な粉末を加えてかき混ぜる。
「ふぅむ。この粉を水に溶かしているように見えるのですが、かばん。その粉は一体?」
訊ねる博士にかばんは答える。
「はい。こっちの粉がクエン酸っていう粉でこっちは重曹っていうんです。どっちもラッキーさんにお願いして配達してもらいました」
「マカセテ」
そう説明されても、この粉がどういう風に料理に変るのか全くわからない。
ただ、いつもの料理風景と違う事だけは博士と助手にも理解できた。
「なんだか今日はいつもの《りょーり》の仕方と違うのです。切ったり焼いたりはしないのですか?」
「はい。今日の料理は火を使わなくても出来るから、フレンズさん達でも気兼ねなく作ってもらえるんじゃないかと思って」
「なるほど。博士が気に入るようでしたら私でも作れるわけですね」
「ええ、後で作り方をおさらいしましょう」
自分でも作れる料理、というのに助手はワクワクが止められない。
ますます興味津々でかばんの手元を覗き込んでいた。
「そして、次はこのお砂糖を溶かしちゃいます。ちょっと多いかなー? って思うくらいの方が美味しくなりますよ」
再び白い粉末を瓶の中に投入するかばん。それは砂糖らしい。
それをかき混ぜて溶かすと、少しだけ白く濁ったような水が出来上がる。
「さて。それでは最後の仕上げです」
かばんは二つの瓶に入った粉末を溶かした水の中身を、最初のガラス瓶の中に戻して混ぜ合わせた。
すると……。
「なっ!?見るのですっ!?助手っ!?色が透明になったのです!?」
「ええ、博士。しかも泡がたくさん出ていてシュワシュワ言っているのです」
一つに混ぜ合わされた瓶はシュワシュワと音を立てて細かな泡を後から後から生み出す。
「はい、これでソーダの完成です。コップに注ぎますので飲んでみて下さい」
それはコップに注がれても泡を生み出し続けていた。
その様子に博士も助手も一度ゴクリ、と固唾を飲み込む。
しかし、今日の料理はいつもと違ってコップ一杯で見た目はシュワシュワ言っている以外ただの水だ。
「確かに不思議な《りょーり》なのは認めるのです。けれどもこんなお手軽《りょーり》で我々が満足するとでも……?」
博士はそれをパシリ、と掴むとグイッと中身を呷った。
「んんん!? なななな~!?!?」
結果、手をバタバタさせる博士。
どうやらまたも言葉にならなかったらしい。
「博士、そんなにですか」
「助手も!助手も飲んでみるのです!」
博士に促されて助手も一口飲んでみる。
途端にその目が驚きで丸くなった。
「ななな!? こ、これは……!? これはなんなのですか!? 口の中がシュワシュワして、しかもとっても甘いのです!?」
そうして驚く二人をかばんは笑顔で見守っていた。
どうやら気に入ってもらえたようだ、と。
「ふふ、お二人とも元気になったようでよかったです」
なるほど、言われてみたらさっきまでの疲れもシュワシュワと共にぶっ飛んだような気がする博士と助手であった。
「これが……。これが仕事の後の一杯というヤツなのですね……! これは格別なのです!」
「この為に生きていると言っていい美味しさなのです!」
博士も助手もいたくソーダを気に入ってくれたようでコップの中身を一気に飲み干してしまった。
そして二人同時に
「「かばん!おかわり!」」
と空いたコップを差し出してきた。
「はい。今日はお二人とも頑張りましたから二杯目もいっちゃいましょう。あ、でも二杯目は少しゆっくり飲んで下さいね。じゃないと……。」
説明しながらかばんは二人のコップにおかわりを注ぐ。
ゆっくり飲まないとどうなるのだろう? という助手の疑問の答えが出る前に、博士は一気にその中身を飲み干してしまった。
「んっんっんっ……ぷはーーっ! これはたまらないのです! 病みつきなのです!」
満足気に口元を拭う博士であったが、かばんはそれを見て心配そうな顔つきになった。
その心配は的中したようで、博士の顔は段々と曇っていき、お腹を抱えてテーブルに突っ伏した。
「は、博士!? ど、どうしました!?」
助手が慌てて博士の顔を覗き込むも返事する余裕もないらしかった。
その様子に助手は一つ思い当たる節があった。
「ま、まさか、これは毒なのですか!?」
その疑問にかばんは首を横に振ると博士の背をさすりながら言う。
「いいえ、毒ではないのですが、ソーダは飲んだ後もお腹の中でシュワシュワ言って気体を発生させているので、一気に飲むとお腹が膨れて苦しくなっちゃうんです」
「か、かばん! コノハちゃんは大丈夫なのですか!?」
「ええ。安心してください。こういう風になっても、すぐに……。」
かばんが背中をさすり続けていると、博士はやがて「げふー」とゲップを一つ。
すぐにケロリと元の表情に戻った。
「あ、あれ? お腹が苦しいのが治ったのです」
「よ、よかったぁ……。」
それに助手もようやく安堵の溜め息をついた。
さっき博士の事をコノハちゃん呼びになっていたのは敢えて聞かなかった事にするかばんであった。
「博士さんと助手さんはお二人とも身体が小さいので一度に飲み過ぎないように気を付けた方がいいですね」
さすがにさっき苦しい思いをした博士もかばんの言葉に頷いた。
「そうですね。いくら美味しくても食べ過ぎ飲み過ぎはよくないのです。身を以て学んでしまったのです」
神妙な面持ちの博士であったがすぐに表情を輝かせて続ける。
「ですが、これは癖になりそうなのですよ!!」
ちょっとくらい痛い目にあっても美味しいものの為ならへこたれない博士であった。
「材料さえあれば作るのは簡単ですから、またお仕事の終わりに作りますよ」
かばんの提案に二人とも目を輝かせた。
やはり仕事の後の一杯は格別だ。
となれば……。
「助手っ!次の見回りはいつなのです!?」
博士は勢いこんで次の仕事の予定を訊ねる。
「はい、最近見回りに行ってない場所は多いので明日も仕事の後の一杯を楽しめそうですよ」
その答えに小さくガッツポーズの博士であった。
そんな様子をかばんと助手は一度顔を見合わせると小さく微笑み合った。
これでしばらくの間、博士も仕事に行くのを面倒くさがったりしないだろう、と。
けものフレンズ2after☆かばんRestart 前日譚③『かくべつないっぱい』
―おしまい―