けものフレンズ2after☆かばんRestart 作:土玉満
ここはジャパリ図書館。
今日はテーブルで資料を広げてかばんが難しい顔をしていた。
「博士博士、今日のかばんは何をしているのでしょう?」
「どうも今日は≪りょーり≫を作るって雰囲気でもなさそうなのです」
それを見守るのはいつものアフリカオオコノハズクの博士とワシミミズクの助手である。
今日はずっと長い時間をこうしているかばんである。
前のように脇目もふらず、というわけではないものの、さすがに博士も助手も心配になってきた。
かばんは一体何をしているのか。
二人はテーブルに近づくと、そこに広げられた資料とかばんが書きつけていたメモを見てみる。
何かの計算をしているようだが、これはどういう事なんだろうか。
「あの……。かばん?」
遠慮がちに声をかける博士に、かばんも顔をあげる。
そしてゆっくりと身体ごと二人に向き直った。
「博士さん、助手さん」
「「は、はい!」」
いつかのように鬼気迫るわけでもない。
かと言って無視できる様子でもない。
かばんは不思議な圧をまとったままにこう続けた。
「パークの危機です」
けものフレンズ2after☆かばんRestart 前日譚④『いげんがほしい』
聞き捨てならない言葉に博士も助手も目を丸くする。
かばんの事だ。いくらなんでもアライさんのように大げさに騒ぎ立てているわけでもあるまい。
ならばパークの危機とはどういう事か。
博士と助手は説明を求めてかばんを見る。
「まず、これを見て下さい」
それは折れ線グラフだった。
ゆるやかな曲線を描きながら下降の一途を辿っている。
「これはですね。ラッキーさん達が管理している農園の収穫量を示しています」
それにギクリ、とする博士と助手。
その農園からはよく作物をチョイさせてもらっている二人だ。
それを咎められでもするのだろうか。
しかし、かばんは真剣な表情を崩さないままに首を横に振った。
「この収穫量の減少は別にチョイチョイした事が原因ではないです」
では原因は……。
「それは、畑のお世話をしてくれているラッキーさんの数が減っているからです」
世話が十分でなくなれば、その収穫量が減るのは当然。
だが、どうしてラッキービーストの数が減っているのか……。
「ラッキーさん達もずっと動いていると故障……病気のようなものになるそうですが、そうなったら勝手には治らないんです」
かばんの解説に博士も助手もようやく合点がいった。
「つまり、動けるボス達の数自体が減っているという事ですか……!」
このジャパリパークはフレンズがボスと呼ぶラッキービーストによって維持されている。
その数が減ればどんな支障が出るか……。
博士と助手もお互い顎に手を当てて考え込む。
「まず農園の野菜はジャパリまんの材料になっているのです……。このグラフにあるように、この先どんどん収穫量が減ったら……」
「ジャパリまんが作れなくなりますね」
「おそらくそれだけでは済みません……、ボス達の数が減ればジャパリまんがいままでのように配れなくなるかも……。そうなったら……」
博士と助手も事の深刻さを理解した。
これは確かに正真正銘パークの危機だ。
「おそらくですが、数日でどうこうなるような問題ではないです。ですから、選択肢は二つです」
かばんは指をピッと二本立てる。
「放置するか、対処するか」
かばんの言葉に、博士と助手は考える。
ラッキービーストの減少なんて問題にフレンズである自分達が対処出来るのか。
本来であればそれはヒトでなくては出来ないはずの事だ。
それに、このパークの危機が実際に脅威をもたらすのはまだまだ先の話だ。
もしかしたら放置したとしたって、自分達が生きている間は何も起こらないのではないか。
けれども……。
「無論、対処するのです」
「ええ、我々は島の長なので。パークの危機を放置するなど出来ないのです」
それに、かばんは満足して頷く。
やはり二人は島の長なのだ、と。
「しかし、対処と言っても具体的にどうしたらいいでしょうね」
助手に言われて早速三人して頭を突き合わせる。
「それなんですが……、海の外に行った時にちょっとしたアテが……。」
かばんの言葉にふむ、と博士と助手は考え込む。
ここはヒトのフレンズであるかばんの知恵に頼るのが最も確実であろう、と。
それを確認しあってから博士と助手はお互い頷きあった。
博士はバッと手をかばんに伸ばして告げる。
「ならば、かばん。島の長としてお前に命じるのです。このパークの危機はお前がリーダーとなって解決するのです。」
「え?」
最初何を言われたのかわからないかばんであった。
リーダー?
自分が?
と疑問符が浮かんだ直後……
「むむむ、無理ですよぉおおおお!?」
先程までの勢いもなくなって慌てて首を横にぶるぶると振る。
リーダー。先頭に立って皆を引っ張るなんてとても自分には務まらない。そう思ったのだ。
「いや、無理ではないのです。それどころか、ヒトのフレンズであるかばんにしか出来ない事なのです」
「そうなのです。かばん、お前がやらなければどうなるか分かっているのでしょう?」
かばんは博士と助手に言われてハッとする。
そうとも。
もしもこの問題を放置したのなら、その先に待つのは緩やかな食糧危機だ。
ならば覚悟を決めるしかない。
「わかりました」
ぐっ、と唇を引き締めるかばんの顔を見て博士も助手ももう一度顔を見合わせて微笑み合う。
そういう顔をしていてこそのかばんだ、と。
「なあに、安心するのです。何もかばん一人でやらせようというわけではないのです。このジャパリパークで一番の知恵者である博士がかばんの助手になってやるのです」
えっへん、と言いたげに博士は胸を張って見せる。
「なら、実は博士よりもほんのちょっぴりかしこい私はかばんの助手である博士の助手をしましょう」
かばんの助手の博士の助手の助手。なんとも頭がこんがらがりそうだ。
けれど、頼もしい。
「他のフレンズはやれ文字が読めないだの、面倒臭いだの言いそうですが我々は違うのです」
「ええ。我々はかしこいので」
二人揃って握り拳をかばんの方へ突き出す。
「そうですね……お二人はかしこいですから」
かばんの答えにそれでは不合格だと言わんがばかりに、博士と助手は両側からかばんの肩を乱暴に抱き寄せる。
「我々とは、かばん、お前も合わせて我々なのです」
「いっちょ、かしこいところを見せつけて他のフレンズ達からせんぼーの眼差しを向けられてやるとするのです。」
かばんが両方をキョロキョロと見れば、博士と助手の笑顔がすぐ近くにある。
もう一度、握り拳をかばんの近くに差し出す博士と助手。
「はい! ボク達はかしこいですから!」
そこにコツン、と拳をあてるかばん。
これから、とても大変なパークの危機に立ち向かわなくてはならない。
けれど、不安はなかった。
頼りになる仲間が一緒なのだから。
「さて、そうと決まれば、かばん。お前には足りないものがあります」
かばんの肩を離して、腕を後ろに組んでテーブルの周りをぐるぐると歩きながら博士が言う。
はて?
それは?
と助手もかばんも続く言葉を待った。
「それは……《いげん》です!」
ビシィ!と指を突きつける博士。
「確かに……。一時的にとはいえ、島の長である博士が助手になってその博士の助手に私がなるのです。だったらかばんもそれなりに偉そうになってもらわないと」
助手まで同意しはじめたのだから大変だ。
「むむむ、無理ですよぉー!?」
今度こそ、かばんは両手をぶんぶんと振って否定した。
「まあまあ、私にいい考えがあるのです。ヒトの言葉にこんなのがあるのです。『まずは形から入れ』と」
博士はニヤニヤしていた。何かを思いついたようである。
言うが早いか、図書館の倉庫へと入って行った。
そこの保管箱の中をガシャガシャと音を立てて漁る。
「あったあった。とりあえずコレなのです」
博士は保管箱から取り出した何かをペタリ、とかばんの顔に貼り付けた。
それは付け髭だった。
くりん、と軽くカールした髭がかばんの口元にくっ付いていた。
「古今東西、偉そうなヒトはそんな感じのヒゲを生やしていたのです」
わかるようなわからないような助手とかばんである。
「あの……、ど、どうでしょう?《いげん》……出ましたか?」
自分がどんな事になっているのかわからないので、かばんは二人に訊ねるしかない。
「あの……。これは単にヒゲのついたかばんであって、むしろ可愛い感じしかしないですね」
「ですね……。助手の言う通りでした」
そんな彼女の様子を見た博士と助手は作戦の第一段階が失敗した事を悟った。
かばんに《いげん》を出させるのは中々難しいらしい。
「そうだ。博士。ならばこういうのはどうでしょう? 口調を少し偉そうにするのです」
「ほうほう。確かに。いつまでも博士さん、助手さんと呼んでいてはぷろじぇくとリーダーっぽくないのです」
「え、えぇー……」
それでもまだ作戦は継続だ。
博士と助手は二人してかばんに迫る。
「さあ、まずは呼んでみるのです、ハカセ、と呼び捨てで! さあ!」
「私の事はジョシュ、と呼び捨てですよ、さあ! 話し方ももっと普通な感じで!」
そこから呼び方特訓が始まった。
「博士!」
「博士!……さん」
「助手!」
「助手!……さん」
「違うのです! 博士、と呼び捨てなのです!」
「そうです、かばん! 私も助手、と呼び捨てですよ! あと話し方ももっと普通に!」
「そうは言っても……!?博士さん、助手さんー!?」
「「呼び捨てなのです!」」
「えぇー……」
激しい特訓が続いて三人ともハァハァと肩で息をするハメになった。
なのに中々進展しない。
「ならば、こういうのはどうでしょう?」
博士はピッと指を一本立てると提案をしようと口を開きかけた。
けれど、一度思い直してから、周りをキョロキョロとよく確認する。
他に誰かがいたら出来ないような提案なのだろうか。
「我々三人だけの時は、私の事はコノハちゃんと呼んでいいのです」
その提案に助手も、ほほう、とニヤリとした。
「ならば私の事はミミちゃん、と呼んでいいのです」
言って二人して、ピッタリとかばんの脇にくっつく。
「い、言っておきますが、他の者がいる場ではダメなのです。長のいげんというものがあるのですから」
そうしてふん、と鼻を鳴らす博士。顔が真っ赤になっているところを見ると恥ずかしいという想いもあるのだろう。
そういえば、この前、慌てていた助手が博士の事をコノハちゃん呼びになっていた。
きっと、それは二人だけの秘密だったのだろう。
その秘密にかばんも仲間に入れてくれるというのだ。
それが分かったとき、かばんの胸は何だか熱くくすぐったくなった。
思わず、両脇の二人を抱き寄せてしまう。
そこから先は言葉にならない。
今何かを言おうとすれば、きっとかばんの目からは涙が零れてしまうだろうから。
「かばん。今日のところは《いげん》は諦めておくのです。きっとそこは追い追いついてくるでしょうから」
「けれども、我々は聞きたいのです。お前が経験した楽しい事も辛い事も。かばんが話したいと思えるまでいつまででも待っているし、いつでも聞くのです」
耳元に囁かれた言葉に、とうとうダムは決壊したらしい。
博士と助手はそんなかばんの頭をいつまでも撫で続ける。
この日、《いげん》よりも大切なものが三人の間に確かに生まれたのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
翌朝。
「では、留守を任せるのです。 司書官鳥と呼ばれたお前ならば図書館の管理を任せられるのです」
博士と助手の前にはヘビクイワシのフレンズがいた。
ヘビクイワシは銀色のフレームがついたメガネをクイ、とあげると二人に頷いてみせる。
「ええ。任されました。 どうかお二人とも、いえ。お三方ともお気をつけて」
ヘビクイワシはこう聞かされていた。
博士と助手はパークの危機を救う為、しばらくの間、ヒトのフレンズであるかばんと旅に出る、と。
その留守を任されたのがヘビクイワシである。
博士と助手にはまだまだ教えて貰いたい事があるし、かばんにだって訊きたい事が沢山あった。
だから無事に戻って欲しい。そう思う。
「では、そろそろ行くのですよ、かばん」
「準備はいいですか?かばん」
博士と助手は図書館の入り口に声を掛ける。
そこには黒いジャケットを纏ったかばんがいた。
昨夜、保管箱の中から見つけたものだ。
まだ着られている感じが否めないけれど、付け髭をつけるよりもよっぽど《いげん》は出ている。
かばんはバサリ、と黒いジャケットの裾を翻すと二人に頷いた。
「うん、じゃあ行こうか。博士。助手」
その口調、その表情。
両方に博士と助手は大いに満足するのだった。
けものフレンズ2after☆かばんRestart 前日譚④『いげんがほしい』
―おしまい―