タイトルだけの一発ネタです。
鬼殺隊に所属している俺にはとある記憶がある。
いわゆる、前世の記憶というやつだ。
それもただの前世ではない。前回、俺が生を受けていたのは、未来だったのだ。
今は大正時代である筈なんだが、俺は知識として、昭和・平成・令和とこれからの年号を知っている。
未来では鉄の塊が空を飛び、人々が行き交う街には天を衝くかのような建造物が立ち並ぶ。その様は圧巻の一言だ。
彼らは一様に小さな板のようなものを携帯しており、それを耳に当て話しかけたり、板を見つめてしきりに触ったりする姿は、今を生きる人からすると珍妙な光景にしか見えないだろうな。
これらの記憶──と言うよりは知識に近い──を初めて認識した時は、どれもがお伽噺の世界のようで、白昼夢を見ているとしか思わなかった。
しかし記憶の中に一つだけ、無視できないものがあった。
──『鬼滅の刃』
日本に蔓延る人喰い鬼と、それを狩る鬼殺隊と呼ばれる者たちの戦いを描いた創作作品である。
……そう、鬼殺隊だ。
非公認の組織であるはずの俺たちの活躍を描いた作品。
つい先日に最終選別を終えたばかりの俺にとっては未来の話が、何故か己の記憶にある。
流石にこれはおかしい。
これでは、未来の俺の意識が過去に飛ばされたか、お伽噺の世界に入ってしまったとしか思えない。
だが、同時に俺はある事に気づいた。
──この記憶を活用すれば、安全に出世できる、と。
『鬼滅の刃』に描かれていることは、俺たちにとって未来の情報の山だ。
値千金に匹敵すると言っても過言ではない。
しかし、今の俺はまだ弱い。
たとえ知識を得ていようが、肉体がそれに追いつけないのでは意味がないからな。
出世のためにもまずは下積みだ。下っ端として与えられる任務で野良の鬼を討伐して、経験を積むとするか。
鬼殺隊に入隊し、前世の記憶を認識してから早数週間。
俺は、記憶について重大な問題に思い当たる。
──原作に関わりのない俺が知識を持っていても意味はないのでは?
そう、俺は原作には登場していない、言わばモブキャラだった。
たとえ原作の知識を持っていても、主要人物と関わることができないのでは意味がない。
主人公の身の回りの出来事は分かっても、肝心の俺の回りで起こることが分からないのでは、安全な出世など叶うはずもなく。
このままでは人知れず野垂れ死ぬか、鬼に喰われるだけだ。
その事に気づいた俺は、この日から数日間、ひそかに枕を濡らした。
あれから直ぐに気持ちを切り替え、俺は鬼の討伐に精を出していた。
冷静に考えれば、主人公と関わりを持てなくとも、その知識の中には有用な情報が幾つかあったからだ。
例えば、全集中の呼吸を常に行う『全集中・常中』という技能。
型を用いる時以外でも、寝ている時も含めて四六時中全集中の呼吸を行うことで、基礎体力を飛躍的に高める効果があるらしい。
曰く、柱の人たちは全員がこれを会得しているようだ。
しかしあれは一朝一夕には身につかない応用技術だ。
今は地道に指令をこなすしかないか。
記憶のことは一旦忘れよう。
今の俺は、野良の雑魚鬼ならば余裕をもって倒すことができるようになっていた。これなら複数の鬼が襲い掛かって来ても捌くことができるだろう。
……ただし血鬼術持ち、彼奴らはダメだ。
あんな荒唐無稽な妖術を使われたら対処するのは難しい。生き残るだけで精一杯だ。
こういった強力な鬼と遭遇したら、夜明けまで逃げ延びながら不意をつく事だけに集中している。
どうやら、俺には鬼を狩る才能はなかったようだ。これでは安全に出世することなど夢のまた夢。
昇進などということは考えずに、これからは身の程を弁えるべきか……?
そんな悩みを抱えていたある日、俺の元に緊急の指令が届いた。
その内容は「鬼の縄張りへと赴く先遣隊の一人として、那田蜘蛛山に向かえ」というもの。
ついに俺の元にも緊急の指令が届くまでになったか。
これを完遂すれば、出世にはかなりの期待ができるな。
他にも十人以上の隊士が向かうそうだし、そこまでの危険はないだろう。
前世の知識を頭の隅に追いやっていた俺は、そんな軽い気持ちで指令を受けた。
……そして俺は、見え透いた死亡フラグと共に原作へと関わることになったのだが、この時はまだ知る由もない。
那田蜘蛛山。
そこに到着した時には既に、俺たちは敵の術中に嵌っていたのだろう。
共にこの地へやって来た隊士達が、山に足を踏み入れてしばらくした後に突如として同士討ちをし始めた。
人としての可動域を超えたその動きから、血鬼術で無理やり操られていることが分かったため、すぐにその場から離脱。
移動中、周囲には人間大ほどの大きさの繭が幾つもぶら下がっており、人の顔をした巨大な蜘蛛が見え隠れしていた。
身の安全を守る為、そのままこの山を下りようとしたが、何もせずに逃げ出せば昇進に響くかもしれない。
鬼を倒さずに下山するのと、一匹でも倒してから下山するのとでは、上からの評価はかなり違ってくるはずだ。
そう考えた俺は、自分でも倒す事が出来そうな鬼を探すことにした。
……見つけた。
丁度いいくらいの鬼がいるな。
姉弟の鬼か? 仲間割れをしているようだな。有難いことだ。
どこか見覚えのある隊士が一人いるが、俺には気づいていない。今なら不意をつけるだろう。
俺は運がいい。こんな子供の鬼なら俺でも殺れそうだ。
「!? 誰だ!」
チッ、気づかれたか。余計な事を。
……まあいい、お前は手を出すな。
俺は安全に出世したいから、鬼を探してここまで来たんだ。
出世すれば、上から支給される金も多くなるからな。
「ッちょっと待ってください!!」
隊士の少年が叫ぶが、悠長なことはしていられない。
俺の隊は殆ど全滅状態なんだ。
お前には悪いが、俺はこの鬼を倒して下山させてもらう。
「だめだ、よせ!! 君では……!」
制止の声をよそに踏み込もうとして、ふとこの状況に既視感を覚えた。
それは、『鬼滅の刃』の那田蜘蛛山編の記憶。
主人公の炭治郎と、累と呼ばれた鬼が問答をする中、突如現れた鬼殺隊員。
炭治郎に自らの出世欲を語った後、累へと切りかかろうとして血鬼術でバラバラにされた彼は、その印象的な言動と末路でネット上ではしばしばネタにされていた。
そして、先ほどの俺の言動。
……つまり、俺はあの鬼殺隊士として今までを生きていたのだ。
──まずい。
このままでは、三秒後の俺はサイコロステーキ──!
咄嗟にその場を飛び退くのと、累と見られる鬼がその手を振るったのはほぼ同時だった。
風切り音と共に、糸が右耳を掠める。
……危なかった。
あと少し気づくのが遅れていれば、俺は彼と同じ末路を辿っていただろう。
身を弁えた行動のつもりが、自分の首を絞めていたとはな……。
狼狽している俺を尻目に、累は炭治郎と禰豆子の間にある絆に心を惹かれており、姉と見られる鬼がそれを諌める。
このやり取りは俺が持つ知識と同じだな。
とすると、彼はおそらく十二鬼月。俺が太刀打ちできる相手ではない。
炭治郎には悪いが、大人しく下山させてもらおう。
彼らに気づかれないようにその場から少しずつ後退し、俺は山を駆け下りた。
あの場から逃げてしばらく、鬼殺隊士の一人を視界に捉えたところで、後ろから何者かが追ってきている音が聞こえた。
──おそらくは、姉を演じていた鬼だろう。
原作でも、保身のために諌言をしたことで累の怒りを買い、鬼殺隊の相手をさせられていたはずだ。
相手は血鬼術を扱う程の鬼だ。このままでは追いつかれてしまう。
一縷の望みをかけて、その場で体を反転させて相手に斬りかかった。
しかし、俺の日輪刀は彼女の髪を掠めただけ。
──溶解の繭
あっという間に溶解液で満たされた繭に包まれた。
どうやらもう一人の隊員(村田、だったか)も囚われたようで、彼女は得意げにこの繭の効果を話している。
そこに突然現れた、鬼殺隊と思われる女性の声。
……西を避けて、村田がいるここへ向かって下山したのは正解だったな。
どうやら救援が間に合ったようだ。
いくつかの尋問をした後手早く鬼を始末したその女性は、自らを『蟲柱・胡蝶しのぶ』と名乗った。
その後の顛末は、あえて語るまでもない。
那田蜘蛛山に駆けつけた柱二人と事後処理部隊が、十二鬼月の討伐と隊員の救護を行った。
炭治郎と禰豆子を巡って一悶着あったことも含めて、記憶と同じ流れのようだ。
相違点としては、蝶屋敷へ運ばれた後、村田と一緒に俺が柱合会議に召喚されたことだろうか。
原作とは違い、俺が生き残ったからだろう。
そこで俺たちは那田蜘蛛山での仔細報告を行ったのだが、お館様や九名の柱を前にしては流石に緊張したな。
どうやら柱の人達は隊士の質が落ちていることにご立腹のようで、その場で話を聞かされた村田は戦々恐々としていた。
……まあ、俺は安全に出世することは諦めてはいないがな。
十二鬼月と遭遇してなお、片耳の傷だけで済んだのだ。昇進にはかなりの期待をしている。
その後、村田の付き添いで蝶屋敷に顔を出し、炭治郎達に改めて自己紹介と見舞いをした後に、傷の様子を見てもらった。
耳に傷跡が残ってしまったようだが、これは名誉の負傷と言うものだ。文句などあるはずもない。
隊士の間では、十二鬼月との遭遇と右耳の傷跡について、様々な憶測がなされているらしい。
せいぜい俺の出世に繋がるいい噂を広めて欲しいものだ。
そんなこんなで今の気分は晴れやかだ。
さて、次の指令は安全なものだといいが……。
そんな思いを胸に、俺は蝶屋敷を後にした。
──後に彼は、なぜか数々の危険な任務を優先して上から与えられ、その全てから生還するという偉業を成し遂げ続ける。
他の隊士に先んじて任務に突貫していくその姿から、"鬼殺隊の人柱"と呼ばれるようになるのだが、それはまた別のお話。
ファンブックにすら名前の記載がないサイコロステーキ先輩の扱いに涙。