今回で奏音くんの苗字がやっと出てきます
ちょっとした我が儘を聞いてもらえた日の放課後。若干の眠気を堪えながら受けた授業も終わり、クラスメイトを含めた全員が少しほっとした様子をしていた。
「劇頑張ってね、樹ちゃん」
「ありがとう、奏音くん。私、頑張ってくる」
そんな短い会話を終えた樹ちゃんは日直の仕事の後、部活の一環として幼稚園に向かっていった。
さて、自分はどうしよう。特定の部活に入っていない自分はクラスメイトと遊ばない限り、放課後は基本的に暇だ。
そういう時は若葉姉達と色々とすることが多いのだが、昼休みが終わってからどうも皆忙しいらしい。
十中八九さっきの我が儘が原因なのだろうけど、少し寂しく感じてしまうのはやっぱり傲慢なのかな。
なんて考えながら自分のスマホを弄っているとメールが届いていた事に気が付いた。
家からかもしくは友達からかと思って確認してみると全く予想していなかった人からのものだった。
件名:会いたいなぁ~
差出人:そのねぇ
突然だけど放課後に私のところに来てほしいんよ。
迎えの人はかののんの学校の校門で待ってもらっているから。
よろしくね。
うん、気のせいかな。どうも疲れがまだ取れていないからか幻覚が見えるようになったみたい。
『気持ちは……痛いほど分かるけど……現実よ』
そっかぁ、現実かぁ……ところで
千景姉も何かすることがありそうだけど。
『それなら……問題ないわ。まだ
ああ、確かに若葉姉や
……あれ?
『どうしたの……何か違和感でも感じたような表情をしているわよ』
いや、どうしてあの二人だけが動けることをすんなりと納得したのかなって。
多分いつもの直感なんだろうけど少し不思議で。
『…………』
でもそういうこともあるのかも。
取り合えず今はさっきのメールに書かれていた通りに校門に向かうのが先決かな。
あまり遅いと自分のために待たせてしまう事になるし。
そうして下駄箱で靴に履き替えて校門に向かうと、校門から少し離れたところに大赦の紋章が目印となっている車と大赦の神官であることを示す仮面で顔を隠した女性がいた。
校門の近くであることもあって下校しようとしていた生徒達がちらちらと見ていた。
そこで露骨に騒がない辺りは大赦の名前が効いているのかな。
そんな事を考えながら女性の方に近付いくと、自分に気付いたのか女性はこちらへ向き直る。
「お疲れさまです、園子様からの連絡は受け取っておられますか?」
「はい、ついさっきでしたが何とか」
「でしたら詳しい説明は到着した後に行いますので一先ず車にお乗りください、
ああ、まだ慣れないな。
そんな風に思いながら女性の案内にしたがって車に乗り込む。
ふかふか、だなぁ……
乗り込んだ車の後部座席のふかふかさ具合に治まったと思った眠気がぶり返してくる。
『乃木くん』
千景姉……?
何か……ある……ふわぁ……
『着いたら……私が起こすから……それまで寝ていなさい。昨日は……夜遅くまで付き合わせてしまったから……それくらいわね』
自分も……楽しかったから……気にしなくて良いのに。
それに……寝すぎて夜寝れなくなっても……困る……
『あなたに限って……それはないと思うわ。だから寝ておきなさい』
なら……そうするね……おやすみ、千景姉。
『おやすみなさい……乃木くん』
何処か優しげな彼女の声が微かに耳に入ったと時を同じくしてその意識は眠りへと向かっていった。
◆◆◆
気付けば夢を見ていた。
「どうしたの、ぼーっと外を見ていたみたいだけど何か面白いものでもあった?」
「ううん、そういうのではないんだけどなんとなく……かな」
「そういうところは本当にアンタらしいわね、アタシには良く分からないわ」
「そうかな、■■■もやってみたら案外はまるかもよ。それに……」
それは自分と一人の少女が会話しているという夢というにはあまりにもありきたりすぎるもの。
なのにそんな光景を見てまず抱いた感情は懐かしさだった。
それも思わず涙を流してしまうほどに。
何故そんな風に思うのか自分にも分からないけど、きっとそれはその夢が良い夢であることの何よりの証明なのだろう。
『お……、乃……ん。もう…………』
千景姉の声が聞こえる。
もう起きないといけないと思いつつもこの夢から覚めてしまうと考えると躊躇いが出てきてしまう。
それでも今の自分が優先すべきなのは夢ではなく現実だから。
◆◆◆
そんなことを考えながら目を覚ますと自分を乗せた車は停まろうとしており、窓からは見慣れた駐車場が見えていた。
『おはよう、乃木くん。夢見は……どうだった?』
こちらを窺うような表情をした千景姉の視線を辿ってふと目元を触ると、一筋の涙がいつの間にか流れていた。
ああ、なら心配させちゃって当然かな。それでも今は優しい彼女を安心させようと言葉を口に出す。
良かったよ、とても……良かった。
『そう……なら、良かったわ』
少しほっとしたような表情をした千景姉の顔をみて、どうやら上手くいったようで良かった。
なんて思っていると車は完全に停まり、運転をしていた神官の女性は自分に対して着いて来るように言う。
女性の案内に従って病院を歩いていると目的の病室に到着した。
「園子様、今よろしいでしょうか?」
『どうぞ~』
扉越しに聞こえてきた何処か気が抜けてしまうような声が了承の意を告げると、自分と神官の人は病室の中へと入っていく。
「かののん、久しぶりだね~」
注連縄が張り巡らされた病室のベッドの上にその少女はいた。
体のあちこちに包帯が巻かれた彼女はこの病室に漂うどこか神聖な空気に相まって、まるで神様のような印象を覚えてしまう。
でも、それは違う。そんなことを彼女は──そのねぇはそうなる事を望んでなんかいなかった。
「久しぶり、一か月ぶりぐらいになるのかな」
「そうだね~、学校は楽しい?」
寝たきりの彼女は自分との会話を続けたくて仕方ないと言わんばかりに会話の続きを促してくる。
もしかしてと思ったけど……
「今日そのねぇが会いたいって言ってたのはそれが目的?」
「それも一つかなぁ。今書いている小説のネタが欲しくて~」
まぁ、らしいと言えばらしいけど。
でも断る理由もないから、ベッドの近くに置かれた椅子に座ってそのねぇに話し始めた。
学校の授業の事やクラスメイトの事、そして友達である樹ちゃんの事。
話始めるとそのねぇも楽しそうに聞いてくれるものだから、ついつい色々と話してしまう。
一通り話終わると時間があっという間に経っていて、少し喉が渇いてきた。
部屋の隅で待機していた神官の人が注いでくれたお茶で喉の渇きを癒す。
「ふぅ……大体こんな感じかな」
「うんうん、ありがとうね~ かののんがスクールライフを楽しんでいるのが私にも伝わって来たんよ~」
目をキラキラ輝かせながら自分の話を聞いたそのねぇは本当に嬉しそうにしていた。
讃州中学に入学してまだ一か月も経っていないからそんなに話せることもなかったけど、それでもこんなに喜んでくれるとこちらも嬉しくなってくる。
「それでかののん、聞いていて思ったんだけどね~」
「何か気になる事でもあった?」
「樹ちゃんだっけ、その娘とはどうなの~?」
そのねぇに聞かれたことに思わずまたか、と思ってしまった。
昼休みに千景姉にも聞かれたけどそんなに樹ちゃんと自分はそんな関係に見えるのだろうか。
「どうなんだろう……友達だとは思ってるよ」
「それでそれで」
「でも、それ以上かって聞かれると良く分からない……かな」
自分にとって樹ちゃんはクラスメイトの一人で大切な友達で。
引っ込み思案で自分に自信がなくて良く風さんの後ろに隠れがちで。
それでも優しくて、話していると楽しくて。
そんな彼女との毎日はとてもかけがえのないもので。
でもそれを友情以上のものとは自分には思えなくて。
そんな自分の様子にそのねぇは微笑んでいた。
「これからに期待かな~」
「……そのねぇには敵わないなぁ」
「これでも一応かののんのお姉さんだからね~」
まるで胸を張ってえっへん、と言っているようなそんな声色で彼女はそんなことを言った。
そうして彼女にとって一つ目の目的は済んだのか、さっきまでのほんわかな様子から真剣な表情へと変わった。
大赦の神官たちから崇められる勇者としての顔へと。
「それはそうとそろそろもう一つの目的の方も済ませないとね」
「もう一つって……まさか」
「うん、神樹様からの神託によると
そのねぇ──自分の義姉である乃木園子は真剣な表情でそう尋ねてきた。
その返答に虚偽は許されない、と云わんばかりの威圧感がそこにあった。
だから──
「自分は……」
今の自分の本心を嘘偽りなく伝えた。
最後少しシリアスになりましたけど基本的に話は重くならない……はずです。
勇者の章はノーコメントで。そもそもそこまでいつ行けるかはっきり言えませんので。
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