雨音ノスタルシスター   作:秋桜街道跡

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【14】夏の終わり

 

「明後日から学校かぁ」

 

 カレンダーを眺めて、そう呟いた。

 

「行きたくない?」

 

「うん、めんどくさい。お家でのんびりしてたい」

 

「ふふ、がんばって優。ほら、もう涼しくなってきたんだし、歩きやすいよ」

 

 しばらくは晴れが続くらしいので、まあ嫌になるような暑さだとかが無いのなら、今日と同じような良い天気なんだろう。

 

 壁にかけた制服は、ちゃんとアイロンがかけれて皺ひとつない。カバンには、必要なプリントだとか宿題はちゃんと入れた。準備することも特にない。

 

「お姉ちゃん、久しぶりにお茶しに行こうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに立ち入る喫茶店は、あの日と変わらずに落ち着いた空間が続いていた。

 

 テーブル席に向かい合って、前と同じようにケーキセットを頼む。

 

 今はその時間さえも、楽しくて仕方がない。何気ない会話が、とても煌めいた時間なんだ。

 

「ねぇねぇ、お姉ちゃんお姉ちゃん。わたしね、髪の毛伸ばそうと思うんだ。お姉ちゃんみたいに」

 

「わぁあ、良いと思う! 優は絶対似合うよ」

 

「手入れって大変?」

 

「んー、そりゃあ短いほうが楽かなぁ」

 

「そっか、わたし面倒くさがっちゃいそう」

 

「ふふ、平気だよ。大変だけど、楽しいもん」

 

 運ばれてきたレアチーズケーキ。ホットココア。この場所で、これを最初に口にしたあの日、わたしはまだ暗闇の中にいた。

 

 もしも今、あの頃のわたしに会いに行けるとしたら、何を伝えよう。何と言って励まそう。

 

 楽しくて、幸せで、かけがえのないお姉ちゃんとの夏休み。わたしはすっかり明るくなって、今なら辛いことも乗り越えられる、そんな単純なポジティブが胸にいる。

 

 ずっと暗闇で傷付いて泣いていたあのわたしを、自分で自分のことを、助けてあげられたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 帰りがけ、ショッピングモールの近くにある、小さなアクセサリーショップ。

 

 そのレトロな佇まいに引き込まれ、わたしもお姉ちゃんも期待を踊らせ店内へと入った。

 

 ぼんやり輝くアクセサリー達。素朴なものから、キラキラと派手なものもあって。わたし達は食い入るように見ていた。

 

「お姉ちゃん、これどうかな」

 

 わたしが手に取ったのは、小さいけれど細かい造形のイヤリング。

 

「あっ……かわいい!」

 

 お姉ちゃんも目を輝かせるそれは、傘と雫を組み合わせたデザイン。ガラスの中に波紋の模様が閉じ込められてる。

 

 そして、水色と藍色の色違いが並んで置いてある。

 

「おそろい、また増えちゃうね」

 

 

 

 ゼラニウムの花を迎えてからというもの、わたしとお姉ちゃんはお揃いのものを買うようになった。

 

 この夏を思い出させてくれるものは、どんなに多くても困らない。そんなわたしの言葉にお姉ちゃんは同意してくれて、気づいたら色々なものが増えていった。

 

 このイヤリングも、そのひとつに加わった。

 

 水色と藍色、それぞれ片方ずつ分けて。ふたり左右に色違いのイヤリング。きっと見るたびに、今日のことを思い出す。

 

 わたし達は手を繋いで、でも何も喋ることはなく。

 

 家の方向へゆっくりと歩いていく。今この時間は、猶予みたいなものだって判ってるから。

 

 肌に当たるほんのすこしの風が、もう涼しいものだって気付いていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも、この時間がいつまでも続いてほしい。なんて思ってしまうのは、やっぱりわたしの心が弱いからだろうか。

 

 けれど、それでいい。大切で大好きな誰かと一緒にいたいのは、ごく自然なこと。一分一秒でも多く、一緒にいたい。

 

 話が弾んで、人気の少ない帰り道に笑い声がほんのりと響く。繋いだ手と手は、もう強く握るべきじゃないのかもしれないけれど、ぎゅっと離さないように。わたしも、お姉ちゃんも。

 

 ふいに風が吹いて、髪がなびく。

 

 耳、頬、両手の指先。風は冷たくて、夏の終わりを告げに来たんだと、秋がそう言っているようで。

 

 吹き抜けたままに、わたし達の歩いてきた道へと消えていく。

 

 わたしの横に、もうお姉ちゃんはいなかった。

 

 薄い雲が流れていく、彩度の低い青空。それは夏の間に見てきた、あの濃い色とは違うものだった。

 

 「ばいばい、お姉ちゃん」

 

 誰にも聞こえないほど小さな声で、呟いてみたその言葉は。

 

 高く澄んだ空へ溶けていった。

 

 


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