窓に雨の雫が残る。けれども、差し込む光は明るくて、薄い青空が見える。
シャワーを浴びて、髪を丁寧に乾かして。
皺ひとつないワイシャツに腕を通して、胸元にリボンを付ける。プリーツスカートに、黒いハイソックスを履いたところで、炊飯器の音が鳴る。
ピンク色のお弁当にご飯を詰めて、昨日のうちに作っておいた煮物を入れてから、フライパンを火にかける。
よく溶いた卵を綺麗に畳みながら焼いて、三切れほどお弁当に入れたら、残りはちゃぶ台へ。
お弁当を冷ましながら、ちゃぶ台にご飯とおかずを並べて、わたしは小さな満足感を得た。
良い一日は、美味しい朝ごはんから始まるんだ。
「いただきます」
一人きりのアパートの一室、わたしの声だけが響く。
最近熱くなってきたな、なんて思っていたらもう七月の半ばだ。
わたしは今年受験生だし、ここで自分を律して夏に臨まないと。なんて思うと気が滅入るので、ほどほどにと心の中で言い聞かせる。
あたたかいご飯、甘い卵焼き。お味噌汁はお豆腐と油揚げ。わたしはこの具が一番好き。
ほうれん草のおひたしは、いい感じに鰹だしの味がする。食べるとなんだか癒やされる。
夏。夏が始まるのか。
去年の夏、わたしは不思議な体験をした。今になって思い返すと、傍から見れば怪奇現象だ。
でもわたしは、あの夏があったからここにいる。たぶんこれから夏を迎えるたびに、わたしはあの夏を思い出すんだ。
あたたかくて優しくて、少し切ない。
心の中に、雨の音が鳴り続ける。素敵な夏だ。
今、何してるのかな。なんて考えてみた。それはこの空の続いていない、近くてすごく遠い場所の、わたしは知ることのできない日々の話。
もしもまた会えるのなら、話したいことが多すぎて、たぶん一週間くらいかかる。
ああ、知りたいな。今、何してるのかなぁ。
窓の外、元気に花を咲かせたゼラニウムが揺れた。
家を出る前に、姿見の前に立つ。
うん、やっぱりちょっと違う。わたしの顔は、タレ目で優しそうなあの顔とは少し違う。すこし眠たげな目をしてて、お揃いな筈のこの髪型の印象を大きく変える。
それから、心の中で。絶対に口に出さないで、心の中で。わたしは今日も美人さんだよ、なんて言ってみた。
「行ってきます」
誰もいない部屋にそう告げて、わたしは軽い足取りで学校へ向かう。空の遠く向こう、目をこらなさないと分からない程の薄さで、虹がかかってる。
生ぬるい風に、腰あたりまであるロングヘアが揺れて、花の香りを感じると自然に口角が上がる。
気分が良くなって、鼻歌なんか、歌っちゃったりして。
さあ、今日も一日が楽しみだ。
雨音は、いつもわたしの中で鳴っている。
包み込んでくれるようなその音は、嫌なことを流して、恵みを与えてくれる音。
たとえ何年、何十年経とうと、この音は響き続ける。わたしの中で、思い出の中で、いつまでも。
そんな音に耳を澄ませば、わたしには小さな小さな期待が芽生えていく。
きっとまた会えるんじゃないかって。
どこか遠い場所で、またあなたに会えるんじゃないかって。
それだけで、わたしは幸せで、生きていける。
ずっとずっと、大好きだよ。お姉ちゃん。