チートで転生!イレギュラーくん   作:Colore

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標的V 脱獄犯来る!

 あれから、色々あったといえばあったけれど、俺自身とは直接関係ないところで全て終結していた。日に日に鍛えられている綱吉を遠目から見ていて、俺も対抗心が湧いてこないわけではない。

 小学校まではずっと俺に守られてきた存在が、無理矢理とはいえ身体が鍛えられ薄く筋肉がつき始めている。運動はだめだめだとはいえ、昔よりも基礎体力はついているだろう。だからなのか、負けるのはなんとなくいやで、身体を鍛え始める。

 鍛えると言っても、ジムに通うだとか崖登りを始めるとかそういったことではない。あくまでも、今の俺ができる全てだ。特に後者に到っては、異次元の能力を持った奴が鍛える方法で一般人の俺がすることではない。部活に入ることも考えたが、柔道部もボクシング部も、あまり入る気になれなかった。柔道部に関しては入った方が良いというのは頭では分かっているのだが、踏ん切りがつかないまま日々を過ごして、ついに二年へと上がってしまった。情けないと笑われても仕方が無い。

 担任の教師からは入っておいた方が良いと何度も言われたが、それでも帰宅部という甘美な時間を手放すほどの気力は持ち合わせていなかった。

 

 今日は始業式、クラス発表の日である。真っ赤な紙の花に囲まれた名前の5つ下に俺の名前は記載されてあった。出席番号順じゃないこのボードがあまりにも見づらいため、来年からは是非出席番号順で記載して欲しいものだ。と上から目線で思いながら、綱吉の名前を確認する。……名前が無い。

 

「俺の名前が無いーー!!」

 

 綱吉も同じように探していたようで、最近鍛えられている喉から大声で嘆きだす。最近の綱吉はつっこみ属性がついたのか、大声で何から何までつっこんでいて大変そうだった。見てるこちらは飽きないので、これからも綱吉はつっこみ属性として過ごして欲しい。

 綱吉が一生懸命探して、ようやく見つけたのは真っ赤な紙の花の下だった。豪華な装飾に紛れて見つからなかっただけらしい。流石にこれには笑うしかない。

 

「あ、おはよう俊夫くん。今年も同じクラスだね! 良かったー」

「おはよう綱吉。今年はなんだか波乱万丈なクラスになりそうだね」

「俺としては去年も波乱万丈だったし、これ以上何も起こって欲しくないんだけど……」

 

 変わらぬ調子で挨拶を交わす。多少避けているのにも関わらず、普通に声をかけてくれる綱吉は流石だと感心する。気まずい空気にもならずに、普通に会話できるのがとても嬉しい。

 俺は綱吉を避けてから、クラスの男グループにたまに話しかけて仲良くしてもらってはいるものの、特別友達と呼べる人間はいなかった。それまでずっと綱吉を行動を共にしてきたし、他の人はそれぞれ別のグループを形成していたから、獄寺たちがくるまでは実質俺たち二人がグループだった。今は俺がぼっちで、綱吉は大きなグループを形成していて寂しい気持ちもあるが、一人には慣れているのでこれと言った支障は無い。誰かから嫌われるわけでもなく、静かに過ごすというのもストレスが溜まりづらくていい。

 そんな事を考えながらボーっと校舎を眺めていると、いつの間にか綱吉は内藤ロンシャンのペースに取り込まれていた。もう少し綱吉と話したかった気持ちはあったが、内藤ロンシャンには絶対に関わりたくないので心労で白くなっている綱吉を無視して教室へ入る。

 

 同じクラスゆえに完璧に関わりを絶つ、という事は勿論出来ないので絡まれたらどうしようかとも思ったが、そんな事態にはなりえず、内藤ロンシャンは綱吉に絡んだだけで他に興味を示さなかった。

 俺も目立つ方ではないし、安心して息を吐く。

 訪れるかも知れないと低い可能性を高く見積もって、安心という言葉を被せた期待が現実にならない事に残念がる自分が嫌になる。平凡でいたいのか、危ない橋を渡りたいのか、自分が分からなくて。綱吉の命の危機を見かけるたびに平凡でいたいと思うし、その心が嘘じゃないのは自分が一番分かってる。でも、非凡に巻き込まれる度に強化される青春らしい彼らの絆が羨ましくて、非凡に手を出したくなることもある。ただの好奇心に過ぎない、危険な行為だ。好奇心は猫を殺すということわざが存在するとおり、何の考えも無しに関わって良い物ではない。

 最悪の場合、俺のせいで未来が変わって全員死亡ルートもありえるのだ。そんな未来は恐ろしいと思う。

 

 退屈な校長の話だったからか、そんな考えを延々としてしまう。意識を今に切り替えて、俺は下駄箱へ向かった。

 たまたますれ違ったのは風紀委員長の雲雀恭弥だった。彼は眠そうに欠伸をすると、つまらなさそうに窓の外を眺める。

 

「何見てるの。咬み殺すよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 今日は頭が動いていないのか、危険人物をジッと見てしまってその人から睨まれる。触らぬ神に祟りなし、彼には関わっちゃいけないのに。

 頭を下げてそそくさと校舎を後にすると、雲雀さんはまたつまらなさそうに校舎の奥へと消えていった。

 リボーンとの関わりが無く風紀を守っていれば、雲雀さんとの接触はほぼ無い。病院送りにされるという心配は一切無いのが素晴らしいが、やはりそういった意味で俺に特別な能力と言うのは無いようだ。

 

 俺の月の炎はこの世界に転生した俺のための特別な能力、と思って問題ない。それはあの記憶が表していた。しかし、それ以上に俺を有利にする特殊能力……つまり肉体強化だとか、特別な血族とか、見破る力だとかは一切無く、綱吉以上に平々凡々な人間だった。俺が何故この世界にいるのかも、何をすればいいかもわからない。

 ここに存在するという事は世界に求められたことなのだと思っている。そうでもしないと気が狂ってしまいそうなのが現状だ。

 

 帰り道で一人悶々と考えながら、家の前まで歩いてくると買い物帰りの母親がそこにいた。家の中では勿論顔を合わせるが、こうして一緒に玄関をくぐるのは久々で少し照れくさいところがあった。

 帰ってきた母親は直ぐにお昼ご飯を作り始め、俺はそれを手伝う。今日のお昼はオムライスだと、母親が笑って言った。母親のオムライスは卵の部分が言い難いほど絶品で、俺の好物の一つだった。そういうときは、俺がケチャップライスの担当で、母親が切ってくれた食材をフライパンで炒め始める。俺がある程度成長してからは、母親とこうして料理することも珍しくは無かった。

 学校の話をしたり、テレビで知った話などをお互いに出し合いながら、楽しく食事を終える。精神年齢が倍の俺に反抗期は来ない。ホルモンバランスが乱れるのか、多少情緒が揺れるとはいえ、分別のつく俺が親に八つ当たりをすることはありえなかった。

 

 煙が充満しているような頭を抱えながら、俺は部屋に戻って運動着に着替える。何はともあれ、運動しなければ始まらない。まずはランニング。そしてその後腹筋や背筋を鍛える筋トレだ。準備運動も勿論してから、俺は家の周りを走りこむ。運動すればこのモヤも晴れるんじゃないかと、淡い期待をしながら。

 

 家の周りを走って五周。前は走るだけでいっぱいいっぱいだったのも、最近は少し周りを見る余裕が出てきた。カラスの鳴き声に耳を傾けるし、ムクドリの集団に目を動かす。そうやって走りながら見る風景はとても綺麗で楽しかった。

 目標の数走り終えたら、汗で濡れた額を拭う。最近は日光が暖かくなってきて、走っていると汗が滲んでくる。春が感じられるのが嬉しい。

 こうして身体を動かしていれば、沈んだ心も少しは自信を取り戻す。今の俺にとっては、前向きになるには運動が丁度良いらしい。嬉しい発見だった。

 少し未来に対して明るさを取り戻した俺の頭は、余計なことをまた一つ考え始めた。

 

 ……そろそろ俺にも、武器が必要なのでは。

 

 いやいや、と頭を横に振る。確かに、これから先マフィアと関わる決意をしたのならその訓練は必要不可欠だろう。しかしこの国をどこかお忘れだろうか。江戸時代、刀狩を行い、それ以降武器の所持を禁じられた国である。今の俺が手に入れられる武器なんて小さな鋏や包丁だけ、暴漢と対峙しても勝てるかどうかの貧弱さだ。どうやって武器を手に入れるんだ。

 そりゃあ、ボクシング部の笹川了平は素手が武器だ。そして一般人で、見た目は俺と同等の平凡さかもしれない。しかし、あれは昔から喧嘩をしてきて、妹を守るために必死で掴んだ体術だ。俺との差は歴然だし、そもそもアルコバレーノから見初められるほどの天才肌だ。無理だ。追いつこう何て考えたら死んでしまう。

 そういう事を考えるのは巻き込まれてからでも遅くは無い。

 そう思って、俺は日課の筋トレへ意識を戻していった。

 

 

 

 騒がしかった始業式から、また俺は何事も無く数ヶ月過ごし、夏が来た。あれから俺は結局普通の人程度に身体を鍛えた薄い筋肉からの進展は無い。ともあれ、中学二年生の夏が来た。

 思春期真っ只中、まだ進路先も考えなくて良い気楽な夏だから、本来は嬉しいはずなんだけど、今年はそうも言っていられない。なぜなら、そろそろバトル編が始まるからだ。

 俺の記憶は年々薄れていってる。もう守護者の各属性の特徴とか、ほぼ覚えてないレベルで忘れている。それでもバトル編が始まるのはこれくらいだって言うのはハッキリと覚えていた。詳しい日付なんて知らないが、これから綱吉の戦いは始まる。

 

 風の便りで、また綱吉たちが色々やらかしたのだと聞いたのはつい昨日のことだった。もうそんな頃かとほぼ覚えてない話を掘り出しつつ、俺は母親のお使いをこなしていた。

 あたりは夕暮れで、歩いているのは隣町。なんでこんなところへ来ているかといえば、叔母の家がこの近辺にあるからだった。並盛から、黒曜ランド方面へ向かった住宅街のある一角に叔母は住んでいる。なので、少し歩けば叔母の家に辿り着くのだ。

 ピンポーン、と鳴った少し高めのインターホンはカメラ付きで、インターホンの前に出れば挨拶をしなくても俺が来たのだと直ぐ分かる。少し勢いよく開いたドアの隙間からは、母親よりも更に可愛らしい造形の叔母さんが顔を覗かせていた。

 

「いらっしゃい、俊夫くん。わざわざありがとう」

「いえいえ。俺たちだけじゃ食べきれないので、是非もらってください」

 

 そう言って差し出したのは、福引大会で当たった缶詰の詰め合わせ。俺の家はそんなに頻繁に缶詰を食べるということをしない。なので、半分は叔母さんの家に渡すことにしたのだ。そういうお裾分けを渡すのが俺の役目だったりする。

 

「いつもありがとうね。姉さんには内緒だけど、こっそりお小遣い。お勉強頑張ってね」

「そんな……良いのに」

「ちょっとしたお礼よ。受け取って?」

「……分かりました。ありがとうございます!」

 

 叔母さんの行為には甘えてしまう。中学生でお小遣いの少ない俺にしたら、こうした時々もらえるお小遣いは貴重だった。一度は勿論断るが、内心最高に喜んでいるのは隠していきたい。

 軽い挨拶を済ませて、俺は振り返り自宅を目指す。最近はトンボも出てきたようで、夕暮れの空にトンボのシルエットが美しかった。

 静かな夕暮れに趣を感じていると、どこからか鈍い音が聞こえてくるのが分かる。それは俺の帰路の先から聞こえているようで、少し不安になりながらも足を進める。二つ先の脇道に一瞬見えたのは黒曜中学の制服で、どうやら喧嘩が起こっているらしい。ここら一体はまだ黒曜のテリトリーなのでこういったことも珍しくは無い。

 意を決して視認できる場所まで歩いていくと、そこには倒れた黒曜生と記憶にある髪型の奴が二人、返り血を浴びて立っていた。

 

「何見てるびょん!」

 

 殺気を含ませて睨んでくるガラの悪い黒曜生……犬――苗字の方は生憎もう覚えていない――の威嚇に、俺は咄嗟に尻餅をつく。

 

――殺される!

 

 その恐怖から、動けずにただ彼らをじっと見つめることしか出来なかった。俺は、相手の武器を知っている。だからこそ、今ここでその攻撃を一撃でも受けたら死んでしまう恐怖があった。仮に、仮にだが、犬の能力は避けられれば致命傷で済むだろう。しかし、千種――犬と同様、苗字は覚えていない――の攻撃は毒針で、その無数の毒針を受けたら確実に死ぬ。いや、もしかしたら一般人にたいていは普通の針かもしれないが、それでも九割の確立で死ぬだろう。俺は不良たちみたいに生命力が強いわけではないから。

 

「めんどい。……行くよ、犬」

「おい待てよ! こいつはどーするんら!?」

「ほっとけば……座ってるだけだし」

「でも見られたし、ボコッといた方がよくね?」

「……めんどい」

 

 気の抜けたトーンで会話をしつつ、議論されているのは俺の処分だった。千種の発言から犬が戦闘態勢に入ったことで、どうやら俺は処刑コースらしい。そんな暢気に考えている場合じゃない。

 どうする? どうしようもない。相手はマフィアを大量に相手にしてきた極悪犯。筋トレしかしてない俺が真っ向から挑んで勝てる相手ではなかった。

 震えながら考えている間に、犬は牙を嵌めて身体を動物の様に変化させる。始めて見たマフィアの闇は、確かに闇と呼ぶに相応しい様相をしていた。圧倒的な威圧感で、俺の体は一ミリだって動く気配は無かった。

 殺される。そう覚悟した。

 

――死にたくない。まだ、俺は、死ねない。

 

 目をぎゅっと瞑って襲ってくる痛みを覚悟した時、ポケットに入れていたリングが反応した気がした。

 いつまで経っても来ない痛みが不思議で、そっと目を開くと拳を振りかぶったまま制止した犬の姿があった。千種もこちらに目をやったまま動く気配は無く、明らかに異様な光景が広がっている。まるで時間が止まっているような……。俺はハッと思い出してポケットからリングを乱暴に取り出す。普段は何の変哲も無いリングだったが、今に限っては小さい石がチカチカと瞬いている。リングが反応するという事は、死ぬ気の炎が感知されたという事……。つまり、この状況は月の炎の特性だという事だ。

 不穏なリングを指輪に嵌めて、決意を込める。先ほど感じた命の危機を思い出して、その時と同じになるように神経を集中させると、リングには今までで一番大きな炎が灯る。純度も今までで一番高い。

 ……いや、ここはともかくさっさととんずらしよう。いつこの謎の能力が解けるとも限らない。早いところ嗅ぎ付けられない程度に逃げてしまおう。重い足を引きずってでも、何とか並盛まで戻ってきた俺は、灯していた炎を消すと時間が戻ってくるように始まった。雲が動いて、人もいる。どうにか死ぬのは免れたようで全身の力を抜く。

 やはり、獄寺のチンピラにらみよりも圧倒的なその眼力は目の当たりにすると恐怖で支配されてしまう。闇の世界の恐ろしさの片鱗を味わっただけでこの有様。今はたまたま逃れられただけで、次逃げられるとは限らない。今だって気持ちの悪い汗がダラダラと流れていた。

 何とか、全力で家まで走って、自室のベッドへ倒れこむ。つかれきった俺は、そのまま意識を手放した。

 

 ***

 

 城島犬がその拳を振りかざすと、目の前の人間は瞬時に姿を消した。辺りを確認しても、臭いを確認しても、パッタリと存在を消したそれに首を傾げる。

 

「あんのヤローどこ行ったんら!」

「……どこにも居ない」

「なんれ! さっきまでここにいたのに! 柿ピーも見たよな! アイツがいたの!」

「見てた。……これは、骸様に報告したほうが良さそうだ」

「ムカツクびょ―――――――ん!!」

「はぁ……めんどい」

 

 頭をガシガシと掻き毟り腹立ちを表現する犬を尻目に、柿本千種は男について考える。千種が感じ取った印象では、あの男は自分たちから逃れられるほど強くは無く、一般人でも弱い部類。それなのに、自分たちの前からいなくなったと、千種不可解な現象に頭を悩ませる。

 

(とにかく……骸様に報告しないと)

 

 少しずれたメガネを押し上げ、千種は黒曜ランドへ歩き始める。

 

「あっ柿ピーどこ行くんら!」

「帰る。……シャワー浴びたい」

「柿ピーそれしか言えねーのかよ! あっだから先に行くんじゃねーびょん!」

 

 腹立ちをぶつける様に不良の死体に一蹴し、犬は千種を追い越すまで全力でその場から走り去っていった。黒曜町の住宅街に残ったのは、苦しそうに吐き出される不良たちの呻き声だけだった。

小説中の文章量についてですが、心理描写に傾いているため多くなってしまいがちです。このままの量で進めても良いか、減らすか、アンケートにご協力ください。

  • このままでもいい
  • もう少し一文を短く
  • 減らして、会話文を入れテンポ良く
  • SSレベルに無くす

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