イナズマイレブン!アレスの天秤 半田真一伝説!〜導かれしスカウト達〜 作:ハチミツりんご
「………ん……」
とある日。木漏れ日がカーテンから漏れ、鳥のさえずりが耳を撫でる、気持ちのいい朝。この心地良さに身を任せ、そのまま眠りにつきたいとも思うが、さすがにそんな訳にはいかない。今日も学校だ、それに今日は友人から話があると言われている。休む訳にもいかない。
そんなことを考えながらベッドから身体を起こし、軽く伸びをする。時計を見れば、いつも通りの時間ーーー5時半を指している。雷門中の始業時刻を考えればかなり早いが、これが彼のいつもの時間だった。
部屋から出た彼は、トントントン…といつもの階段を降り、家のドアから外の郵便受けに入っている新聞を取って家の中へ戻る。リビングのテーブルに新聞を置くと、キッチンに置かれる炊飯器の中を確認する。
「………親父、炊き忘れてるな……」
明らかに炊かれていない米を見て苦笑する。昨日はかなり忙しかったようで、帰ってきた時も疲れていた。こんな日もあるだろう、と切り替えた彼は冷蔵庫を開け、食材を取り出していく。
米が炊かれていないのなら、元々予定していたものは辞めた方がいいだろう。水を鍋に入れ、火にかけながら切る材料を考える。
根菜類も煮込むのに時間がかかるし、細切りにするのも面倒だ。時間をかけたくないので短く済むものだけでいいだろうと思い、手早く玉ねぎとキャベツを切っていく。玉ねぎは繊維を壊すように薄く、キャベツもなるべく細めに切っていく。どちらも芯を切っておくのは忘れない。
沸騰する前に切った2つの野菜を入れて、母が好きなベーコンを取り出し、小さく細めに切るものと厚めに切るもので分ける。鍋が煮立ち始めたら細く切ったベーコンも入れ、コンソメと塩コショウで味を整える。
「っと、パン忘れてた」
米がないならパンを食べればいいじゃない……などと言うつもりはないが、既にコンソメスープ作り始めているし、主食が無いのは寂しいものがある。トースターに食パンを2枚セットして焼き始め、同時にコンソメスープを確認しながら厚めのベーコンをフライパンで焼き、焦げないように気をつけつつ先程のキャベツに加え、トマトとキュウリを切っていく。
「……っし、でーきた」
コンソメスープの野菜もしっかり煮えており、キャベツとトマト、キュウリでサラダも作った。あとは焼いていない食パンを取り出し、ベーコンとキャベツ、ついでにチーズも挟んで食べやすい大きさに切っておく。
簡単なサンドイッチはラップにくるんでから保冷剤と一緒に保冷バッグに入れ、コンソメスープもスープジャーに入れておく。スプーンをつけるのを忘れてはならない、昼に困る事になる。
ちょうど弁当の準備も終わった時にトースターからチンッ!という音が聞こえる。トースターが焼けたようだ、皿に乗せてコンソメスープ、サラダと共にテーブルに並べていく。
「……うん、問題無し………」
そう呟いた時、2階から降りてくる足音が彼の耳に小さく響いた。そちらに視線をやれば、くたびれた様子の男性が降りてくる。短い黒髪で、鋭い目付きをした、40代後半位の年齢だ。彼にとっては至極見なれた人物。当然だ、この人物こそ、彼の父親なのだから。
「おはよう、親父。朝飯出来てるよ」
「あぁ錐、おはよう。いつも済まないな」
「別にいいって、好きでやってんだから」
そう笑う息子に、複雑そうな笑みを浮かべる父親。昔から手のかからない子だったが、今では文句のひとつも言わない、いい子に育った………が、頼み事すらしないで、自分からこういった家事をやるようになった。息子がこうなったのは、ある時を境にしてからだ。
「それじゃ、『母さん』に挨拶しよう」
「あぁ、そうだな」
2人で並び、一つの写真立てに向けて手を合わせる。
あぁそうだ、息子がこんなにいい子になったのはーーー
ーーー妻が、亡くなってからだった。
「んじゃ、俺先に行くぜ。弁当置いてっから、忘れるなよー」
「済まないな、いつもいつも。気をつけていけよ」
「分かってるよ。いってきます」
「……あぁ、いってらっしゃい」
父に挨拶してから家を出る。時間を確認すれば、ここから学校まで、仮にいつもの倍の時間を掛けても間に合うほどに余裕がある。だが今日は友人に呼び出されている。なんだか大事な話があるらしいので、それに遅れる訳には行かない。
「……と言っても、いつものペースで大丈夫か」
音速を超えるという噂すらある陸上部の友人ーーーいや、昨日付けでサッカー部になったその友人だが、何もかもが早い訳では無い。朝は比較的弱い為、ギリギリに登校してくるのも珍しくは無い。そんな彼が自分に話があるとはいえ、この時間に来ているとは思えなかった。
いつもの変わらぬペースで学校へと向かっていく。すると道すがら、犬を連れて散歩していた老人が彼の姿を見ておぉ、と声を掛けてくる。
「錐君じゃないか、今日も朝早いねぇ」
「あぁ田澤さん、おはようございます。今日は友達に呼び出されてて」
「そうかぁ、友達は大事になぁ。たまにはウチに遊びに来るといい、孫も喜ぶ」
「ははっ、機会があれば是非。それじゃ、もう行きますね。お身体に気をつけて」
「あぁ、君もな。あまり無理はするんじゃないぞ」
和やかに老人と談笑した冷泉は、軽く頭を下げて別れる。ご近所に住んでいる方であり、小さい頃からお世話になっている人だ。何度か泊まらせてもらった事もあるほどで、家族は全員顔見知りである。
そんな彼だが、道行く度に色々な人達から声を掛けられる。
「錐君じゃないか!!今日も元気かい!?」
「はい、いつも通り、元気ですよ」
「そりゃよかった、また遊びにおいで!!」
「あぁ、錐君!!この間はありがとう、助かったよ!!これ、よければ学校で友達と食べてくれよ!!」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
「スイにーちゃん!!みてこれ、でっかいカブトムシ!!凄いだろ!!」
「おっ、コイツは凄いな!流石は虫取り名人、にいちゃん羨ましいなぁ」
「へへー、でしょ!!」
「冷泉せんぱーい!!みてこれ、可愛くない!?」
「新しい髪留めか?いいじゃないか、よく似合ってるよ。……ただ、今日は菅田先生が校門でチェックしてるはずだから筆箱の中にでも隠しとけな」
「げっマジ!?買ったばっかなのに没収されるとこだった!ありがと先輩!!」
ーーーとまぁ、話しかけられるわ話しかけられるわ。彼自身の人の良さもあり、多くの人に慕われているが故。
彼の見た目自体は整っているが、父親譲りの鋭い目付きは、初対面では怖い印象を与える。それにも関わらず老若男女、あらゆる人物から好かれるのは、もはや一種の才能なのかもしれない。
「こら伊香保ォ!!!お前なんだこれ!!?」
「?料理部で使う材料ですけど」
「………今日料理部で作るのってクッキーのはずだな?じゃあこれはなんなんだ」
「イカです!!!イカスミクッキーをーーー」
「生きてるイカを海水に入れて袋で持ってくるやつがあるかぁ!?没収!!後で職員室にこぉい!!!」
「げっ!?それは勘弁してよ菅田先生ー!!」
そんな彼だが、時間に余裕を持って学校へと辿り着く。校門で生徒達の荷物検査を行っているのは、生徒指導部の【
「おはようございます、菅田先生」
「ん?おぉ、冷泉!!お前は変なもの持ってきてないな?」
そんな菅田に挨拶を交わす。生徒指導部、という立場上、怖がられることの多い菅田だが、実際はかなり気のいい人物である。仕事に真面目なのと、元々は荒れていた故に口調が荒っぽいだけなのだ。
「別に何も入れてませんよ。あ、これは勘弁して下さいね、さっき貰ったんで」
「……またか。休み時間はいいが授業中に食うなよ!…よし、カバンの中も問題なし!いつも通りお前は模範的な生徒だなぁ」
「ははは……それだけが取り柄なんで」
カバンの中身を広げて見せる。手に持ったお菓子は、授業中に食べさえしなければ問題ないらしい。さすがは私立校、と言った所だろうか。
特に何も変なもの入れていない彼は当然のように問題無し。取り柄が無い、とは言うが、今まで一度も指導されたことがないのは十分に誇れることである。
「よし冷泉、通っていいぞ………って!!!桃河ァ!!!お前また懲りずにそんなヘルメット被って!!!」
「うげっ!?やっば!!!」
にこやかに冷泉へとそう言った菅田だったが、彼の視界の外からそろりそろりと校門を潜ろうとしていた女子生徒を発見。何故かニチアサにやっている戦隊ヒーローのようなヘルメットを頭にかぶって顔の上半分まで覆っている彼女は、菅田の声を聞くと口元を歪ませて走り出す。
「待て桃河ァ!!!お前今日という今日は許さんぞ!!いっつもかっつもその奇っ怪なヘルメット被ってからに!!!今外せば反省文100枚で許してやる!!」
「これ外したら私の個性消えるんですけどォォォォォォォ!?チームを脱退してもヒーローは私のアイデンティティなんですけどォォォォォォォォ!?!?」
「よし分かったまるで反省してないな!!!夏休みが来ると思うなよ!!!」
「はぁ!?それは職権乱用…って速い速い速いぃぃぃぃぃぃ!?ぬぉぉぉぉぉぉ元イナズマイレブンだかいけずなデンプンだから知らないけどヒーローが身体能力で負けてたまるかコンチクショー!!!!」
ドドドドドドドッ!!!っと音を立てながら走り去っていく2人。普段は生徒達に厳しく接しながらもなんだかんだで救済措置を用意するほど甘い菅田が青筋浮かべながら本気で追いかける姿を見て乾いた笑みが零れる。しかしこんな所で立ち止まる訳には行かない、とっとと教室に行かなければ。
「えっと、2-Cだったか……アイツ、確か2-Eだよな……なのになんでだ?」
靴箱で学校指定のスリッパに履き替えて、自分の教室へと向かう前に友人の待つ教室へと向かう。友人が指定したのは所属するクラスとは別の教室。ちなみに彼の教室は2-Dだ。
「………ここか。失礼します」
「おっ、来たな冷泉!」
教室の扉を開けた彼を出迎えたのは、ここに呼び出した友人の速水真刃。そして、彼の隣には見覚えのある2人の生徒が立っていた。
速水がこんなに早く学校へ来ていることに少し驚きつつ、彼は友人へと声を掛ける。
「随分と早く来たんだな、速水。それに、君たちは確か、サッカー部の……」
「あぁ。俺は半田真一、新生雷門中サッカー部のキャプテンだ」
「私はマネージャーを務めさせていただく、大谷つくしです!!」
そう言って自己紹介してきた二人を見て、思い出す。最近校内でサッカー部の勧誘をしていた2人だ。特にキャプテンの方は、あのフットボールフロンティアを制した旧サッカー部のメンバーだったはず。そんな彼らの顔ぶれと、速水から呼び出された理由を照らし合わせて、自分がここに来た理由を悟る。
「………なるほど、速水はサッカー部に入ったんだったな。それで俺を誘おうと思って呼んだのか」
「そーそー。さっすが冷泉、話が早くて助かるぜ」
笑ってそう言う速水に苦笑を投げかけつつも、自分も自己紹介をしようと思い立ち、半田たちの方を向く。
「とりあえず、自己紹介だ。俺は冷泉。【
「よろしく、冷泉!」
「よろしくお願いします!」
名前を教えつつ、半田と大谷のふたりと握手を交わす冷泉。半田からしたら自分より背が高く、上から鋭い目付きで見下ろされるのは些か肝が冷える思いだった。が、気さくに話す冷泉の様子を見てその認識を改める。ちなみに大谷は、冷泉の整った顔立ちを見ておおっ!となっていた。
「………それで、速水と君たちが俺を呼んだってことは、サッカー部関連だろ?おおかた、入部してくれとかそういう感じかな」
的を射た冷泉の言葉にギクリと体を震わせる半田。速水は冷泉ならばそれにたどり着くだろうと思っていた為、特に驚くことは無かったようだ。
「ま、まぁ単刀直入に言えばそういう事なんだ。速水が、冷泉なら力になってくれるって紹介してくれたからさ」
「おれが?」
「お前、部活に入ってないだろ?だけど一年時のスポーツテストは学年でもトップクラスだったし、体育の時も常に成績よかったし。お前なら、半田のお眼鏡にかなうかなって思ったんだよ」
「おい速水、その言い方やめろよな!」
ジトッと視線を送る半田に向けてわりぃわりぃ、と笑いながら軽く謝る速水。そんな彼らに向けて、冷泉は頬を掻きながら申し訳なさそうに言う。
「………あーその、誘ってくれたのはありがたいし、そう言って貰えて嬉しいよ。ただごめん、俺は部活に入るつもりは無いんだ」
「………そっか。ごめんな冷泉、いきなりこんなこと言って。しかも朝早く呼び出したみたいだし………」
断った冷泉に向けて、何度もお願いするのではなく、こんな時間に呼び出していきなり言ったことを謝罪する半田。素直に謝罪出来る辺りに彼の気のいい性格が見え隠れしており、その点は冷泉も半田のことを気にいる要因となる。
「まぁでも困ってるんだろ?放課後とかはあんまり出れないけど、休み時間の勧誘は力貸すよ。昼休みでいいかな?」
「ほんとか!?いやぁ、助かるよ!」
入部は出来ないが、力を貸すと約束した冷泉。早速今日の昼休みから勧誘に参加すると言うと、それだけでも有難いと半田と大谷の顔が明るくなる。
「それじゃ、俺は教室行くよ。速水もまたな」
「おう。悪ぃな、いきなりこんな話して」
「別にいいって、友達だろ?じゃあな」
顔の前で手を縦にまっすぐし、片目を瞑って頭を軽く下げる速水に気にするな、と笑いかける。C組の教室から出た彼は、真っ直ぐ自分の教室へと足を運ぶ。
「………サッカー、か。やってみたいけど………そんな暇無いしな」
一人、そう呟きながら。