「セルフスキャン実行。」
機械仕掛けの杖クアッド・クラウンの側面モニターには、体組織ナノマシン置換率100%と表示されていた。
「あぁ、ついに生身の部分がなくなっちゃったのね・・・。」
(そこは未来で議論された事があってな、結局のところ細胞をある程度コントロールできるようにしただけで遺伝子的にも生物学的にも人間のままだという結論になったぞ?ナノマシンメーカーも保証している。)
(知ってるわよ、貴女はアタシなんだから・・。はぁ、でもなんだかなぁ・・・。)
(まぁ、人間数年も経てば一部を除いてほぼすべての細胞が新しいものに入れ替わる。そう考えると過去の自分は他人ともいえるが、有って無いような物とはよく言ったものだ。)
「はぁ・・・・さて、そろそろ待ち合わせの場所に到着するわね。」
(パラミュには色々と悪い事しちゃったかなぁ・・・。)
数日前・・・。
「提案なのに働きなさいって・・強制じゃ・・・。」
「アリスちゃんがいけないんでしょ!?ほっとくと危ないところに近寄りそうで見てられないわよ!!」
「う、反省しているわよ、でも具体的に働くってどうするの?」
「そうねぇ・・・私は、荷馬車の荷物を積み下ろしたり、近所のお店にお酒とか料理の材料とか運んだり、そういった簡単なお仕事のお手伝いしているけど・・・。」
「結構な力仕事じゃない、なるほどパラミュが力持ちなのはそういうお仕事を手伝っていたからなんだ?」
「うん、村の男の子にだって負けないんだから!・・・・あ、ごめん。」
「いいよ、ただ村を離れていた人も居たと思うから、その人たちが無事だといいんだけど・・。」
「そう・・・ね。」
「それよりも、この魔物の牙どうしよっか?レオンおじさんにお願いしてお小遣いにしてもらって良いのかな?」
「お小遣いどころか独身の人が1か月は無理でも、2週間分くらいは切り詰めれば食べていける額だと思うんだけど・・・はぁ、わかったわ父さんに掛け合ってみる。」
そして現在・・・。
(あの後、レオンおじさんにアタシとパラミュそろって怒られたんだよね。魔物が暴れる中こんなものを拾うなんてって、そしてパラミュはお前が付いていながら街中でこんなもの出させるなんてとんでもないって・・・。)
(殆ど君のせいではないか、アリス・・・しかも、後からアイゼンクラブの鋏を背嚢から取り出したものだから、パラミュは泡を吹いて気絶してしまっただろう、我々の脳天に振り下ろされたレオンの拳骨は正直痛かったぞ?)
(うん、痛かった・・・パラミュが気絶したことでおじさんも動揺していたってのもあるけど・・。)
(後でクアッド・クラウンのファブリケーション機能で小麦を使ってクッキーを合成してあげてはどうか?)
(魔導兵器の無駄遣いね・・・ニコルさんって結構天然?まぁ、広間の石窯を使ったって言い訳すれば良いか。実際は分子配列操作してるんだけどね。)
暫く歩いていると、待ち合わせの場所に馬車が止まっているのが見えてきた。
「あっ!アリスちゃん!こっちこっち!」
「ごめん、待たせたパラミュ?」
「ううん、予定よりも早いくらいじゃない?」
「昨日伝えた通り近隣の町で取引があるの、アリスちゃんはその過程を見学していれば良いのよ、その経験だけでも報酬に値するけれど、アリスちゃんの場合は家で働かせるつもりだから別に見学料を払う必要はないわ。」
「本当に悪いわね。お手伝いとして身分を保証してくれるんでしょう?」
「貴女と私は知らない仲じゃないでしょ?それに、アリスちゃんが相棒になってくれれば色々と助かるのよ。」
「有難う、正直助かるわ」
「アリスちゃんに一通り常識を学ばせれば危なっかしい事から手を引いてくれるかもしれないしね・・・。」
「ん?何か言ったの?」
「んーん?何でも無いよ?」
既に荷物を積み終わっていた馬車に乗り込むと、馬車はゴリゴリと小石を弾きながら街道を進み始める。
「うーん、お尻痛い。相変わらず馬車って揺れるわねぇ・・・。」
「しょうがないよ、馬車ってそう言うもんだし、時々休憩が入るから楽な物よ?」
「もっと揺れない馬車が開発されればいいんだけどなぁ・・・。」
(いっその事、金属くずを材料にサスペンションでも作ってしまおうか・・・?)
(な・・・何だかニコルさん最近過激になってきた気が・・・面倒くさい事に巻き込まれそうだからほったらかしていた方が良いと思うの。)
(なに、冗談だ。怪しまれないで済むならクッションでも敷いておけばよいだろう。)
(んー・・・アタシ綿花なんて村で暮らしていて見たことも無いからなぁ・・・。)
「馬車は揺れるものなのよ、仕方ないでしょ?」
「何とかできないかなぁ・・・敷物とか敷けば少しはマシになるんじゃない?」
「敷物かぁ・・・試したことないけど、確かに幾らかお尻の痛さを軽減できそうね。」
「ぐるぐるに巻いた毛皮をお尻に敷くのはどう?分厚い分、衝撃を吸収してくれるかも?」
「あ、それいいかも!アリスちゃん、その発想凄く良い!」
(未来の知識があるからそういう発想が出るのか、それともこの時代の人達毎日がルーチン化しちゃっているから中々思い浮かばないのかどっちなんだろう?)
(流石にこの程度の事なら何処かの誰かが思いついているだろう、ただ毛皮は売り物にもなるから、尻で潰して商品価値を下げるのは避けたいのであえて我慢していたりするんだろうな。)
(そうかなぁ・・・あんまり馬車に乗る機会はないんだけど、敷物が敷いてある馬車は乗った事は無いし、見たことも無いんだよなぁ・・・。)
「どうしたの?アリスちゃん、顔色悪いよ?」
「うーん、乗り物なんてめったに乗る事が無いから酔っちゃったのかも・・・。」
「まだ半分も進んでいないんだよ?もう少し頑張ろうよ!」
「そうねぇ・・・あ痛ぁ!?お尻が割れちゃう!!」
「いたた・・・もう、アリスちゃん・・・。」
小さな溝に車輪が落ちたり、小石に乗り上げたりと馬車は衝撃をダイレクトに搭乗員に伝え、じわじわと体力を奪って行く・・・・隣町から伸びる川が見えてきた頃に、馬の水分補給を兼ねて休憩が入る。
「この川はね!目的地の街から流れてくるんだよ!水車小屋で脱穀や製粉をしているんだ!」
「へー、水車があるなんて結構しっかりとした設備がある町なんだね。」
「うん、ここら辺で一番麦が取れる場所なんだ!一面麦畑で夕焼けになると黄金色に輝いてとっても綺麗なんだよ!」
「わぁ、それは凄いわね!ぜひ見てみた・・・・っ!!?」
「どうしたのアリスちゃ・・うわぁ!!?」
アリスは、パラミュを押し倒し、そのままの勢いで馬車の荷台まで転がり込んだ。
「な・・なにす・・・もぎゅっ!!」
「黙ってて・・・。」
押し殺した声で、アリスがパラミュに警告する。
「な・・お前ら何者だ!?」
「馬と馬車を置いてきな、命だけは助けてやる。」
「出来るか!これは我々の命に等しい財産だ!」
荷物の陰に隠れて鋭い目つきで、盗賊を睨みつけるアリス・・・一方パラミュは、恐怖のあまり涙が滲み始めていた。
「ひっ・・・あ・・あああ・・。」
「パラミュ、落ち着いて・・・」
「ああああぁぁ・・・っ」
(このままじゃ不味いわね・・・ごめんね、パラミュ。)
「ああぁぁ・・・あ・・はびゅん!?」
パラミュの首筋に手を当てると、バリバリと魔光パルスが迸り、パラミュの意識を刈り取る。
(アリス・・君の方が過激じゃないか?)
(パラミュは気絶させたし、荷馬車は死角になっているし、今ならバトルドレスを展開できるかも・・・。)
(あぁ、君は私なんだ、考えている内容は分かってるよ・・・全く、お転婆なものだな・・・認識阻害チャフの準備は出来ている。確実に決めるぞ!)
「バトルドレス・・・展開!!!」
荷馬車の中が一瞬だけ魔力を伴った渦が巻き起こる。
パラミュのお下がりの服は、光と共に宙に溶け消え、アリスの体は仮初の成長をし、光の帯がアリスの体に巻き付きながら強靭な繊維の服やプロテクターを形作る。
「はぁっ!!!」
荷馬車を中心として黄金の粒子が爆発的に飛び散り、範囲内のものの神経を一時的に惑わせる。
「ぬあぁぁっ!?なんだこりゃぁ!?」
「これは一体!?」
認識阻害チャフを展開すると同時に荷馬車から目にも止まらぬ勢いで飛び出したアリスは、近くで一番背の高い木の上に降り立ち、盗賊たちを睨みつける。
「街道を荒らす不届きものめ、この私が成敗してくれる!!」
「な・・なんだテメェはぁ!!?」
「彼女は・・・一体・・・。」
「貴様らに名乗る必要はない・・・この破壊の杖の錆となれ!!」
(に・・ニコルさん何言っちゃってんのぉぉぉ!?)
(し・・知らぬ!口が勝手に・・・この装備の仕業かぁぁ!!!?)
「何言ってやがるんだ変な髪の色しやがって!その木から叩きとしてくれる!」
アリスに向かって複数の方向から矢が飛んでくる。
クアッド・クラウンのフォースフィールドで矢は空中で火花と共に砕け散り、アリスはそのまま機械仕掛けの杖を構えて面制圧用の攻撃魔法を放った。
「ショックウェーブ!」
最大出力では軽乗用車を吹き飛ばし、生身の人間を肉片にする威力であるが、出力調整が比較的しやすい兵装なので、相手を生きたまま無力化する事も出来る、警察隊御用達の兵装でもある。
盗賊たちは、高所から放たれる衝撃波で吹き飛ばされ、木々に打ち付けられ悶絶したり気絶したりと次々と無力化される。
「な・・・何なんだよお前はぁぁ!!」
盗賊はやけくそになって、手に持っていた槍をアリスに向かって投げつける。
「ただの通りすがりだ。」
アリスが杖を払うと槍は空中で弾け飛び、そのまま盗賊めがけて跳躍し、すれ違いざまに顔面目掛けて拳を振りぬき盗賊を打ち倒す。
「無事か?」
「あ・・・貴女は一体・・・。」
「なに、先ほども言った通り唯の通りすがりさ、しかし何処か見覚えのある連中だな・・・。」
「この盗賊がですか?」
「近隣の村が焼き尽くされていたんだ、その中に盗賊の死体が転がっていたんだが、こいつらと似たような意匠の刺繍がされているのを見たことがある。」
「・・・・もしや、あの子の村では・・・。」
「生き残りが居たのか?それは奇跡だな。」
「あの・・・どちらへ?」
「旅の途中なのでな、盗賊たちの処置は貴方達に任せる・・・さらばだ。」
謎の女戦士の手のひらに黄金色の粒子が集まると、眩い閃光を放ち、光が治まったころには姿を忽然と消していた。
「な・・・何だったんだ・・・???・・・彼女の顔が・・思い出せない?」
その後、無力化された盗賊たちは、荷物固定用のロープで縛られて拘束され、監視のもと荷台の荷物の仲間入りする事になった。
「ん・・・ここは・・・。」
「パラミュ!目が覚めた?あのまま気絶しちゃったから心配したんだよ?」
「アリス・・ちゃん?はぁっ!?と・・盗賊は!!?」
「うしろ、うしろ。」
アリスに促されるまま背後を振り向くと、猿轡をかませた上に縄で拘束された盗賊が山積みにされていた。
「きゃあああああぁぁぁ!!?」
パラミュが思わず悲鳴を上げると、苦笑いしながらパラミュの父親レオンが荷台に入ってくる。
「おお、パラミュ、目覚めたか・・・まぁ驚くのも無理も無いか・・・。」
「お・・お父さん!盗賊が!盗賊がグルグル巻きに!?な・・・なんで?」
「旅の女戦士さんが現れてな、見たことも無い強力な魔法で次々と盗賊を打ち倒し、最後にそこの顔を腫らしている奴の顔面に拳を叩きこんでな、とんでもない手練れだったよ。」
「お・・・女戦士さんが?」
「名前も名乗らずに去って行ってしまったよ。顔は何故か思い出せないが、金髪と赤髪の混じった様な不思議な毛の色をした美女だったなぁ・・・。」
「もう、お父さんったら、お母さんに言いつけるわよ!」
「あぁ、いや・・・そういう訳じゃないんだ・・ただ、今度会ったときはお礼をしたいものだなぁ・・。」
「はわぁ・・・謎の美人女戦士様かぁ・・・かっこいい、憧れちゃうなぁ・・・。」
「あの、そのパラミュ?」
「あ、そうだ!アリスちゃんはその女戦士様は覚えていないの?」
「ううん?アタシ怖くて荷物の陰に隠れていたから、何が起きているのか分からなかったわよ。ただ、後姿を見るにアタシ達よりも少し年上ってくらいかな?」
「ふむ、言われてみれば確かにアリスの言う通りくらいの若さだったな・・・パラミュは気を失っていたから見れなかったらしいが、あの年であの身のこなし・・・只者ではないな。」
「ずるいずるい!二人とも!私も女戦士様の戦い見たかったのに!」
「あはは、まぁいつかまた会えるんじゃないかな?その時にお礼を言えばいいと思いますよ。」
(うぅ、なんか気まずいなぁ・・・でも、あの盗賊団・・やっぱり村を襲った奴らと共通点があるわね・・・ついに尻尾を捕まえたわよ・・覚悟なさい・・・。)
(身勝手な犯罪者連中に無辜の民の命が奪われるのは、いつの時代だってそうだ。断じて許す訳には行かん。)
「さて、問題は発生したが、このまま目的地まで向かうぞ?日が沈んでからではますます危険になる。」
「そうだね、さっさと盗賊を街に引き渡して、大切な商談を済ませないと!!」
盗賊を荷物に加えた馬車は、街を目指して進む。盗賊たちは馬車の衝撃を受け続け、束の間の拷問を受けるのであった。