ひたすら書いてる実験場   作:ナルヴィク

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剣と杖の渡り鳥 0-3

 深夜となれば森は不気味さを増す。

 暗闇が辺りを支配し、周りを見ても何があるのかすら分からない。

 唯一の光である月光は太陽と比べるとあまりにも頼りない。むしろ幾ばくもない光では森の闇を深くするだけで、見通せない暗闇の底には得体の知れない何かが潜んでいそうであった。

 だがその中を進む三人――ストマ、スケロス、ヴァレリにはその様なものは目に入らないのだろう。

 一心不乱に足を動かし、強引に森の奥へと進む。

 ここは村から少し離れたところにある森であった。

 三人の息は荒い。当然だ。村から休む事なく走り続けているのだ。

 本来であるならば、あまり夜の森には入りたくはない。夜の森は何が起こるか分からないからだ。モンスターがでるかもしれないし、迷って森中を彷徨い歩く事になるかもしれない。

 だが逃げる為には仕方がなかった。森ぐらいしか身を隠す場所がないのだ。街道など開いた場所では下手をすれば姿が見られてしまう。それは今後に響き、仕事がやり辛くなる。

 

「はぁ……はぁ……一旦ここで休憩しよう……」

 

 ストマは腰を下ろすのに丁度よい岩を見つけると、岩に座る。

 

「了解……はぁ……はぁ……」

 

 スケロスとヴァレリもストマの様に岩に腰を下ろす。

 そして三人とも腰につけた革の水袋を取り出すと、勢いよく中身を(あお)る。

 水を飲み、その後盛大に空気を吐き出す。そうしてやっと人心地ついたストマは、安堵のため息を吐く。

 

「あーもう限界。走れない。死ぬ。むしろ死にそうになった」

「俺も駄目だ……そういやストマ、大丈夫か?」

「無理」

「……大丈夫みたいだな」言うとスケロスは辺りを見渡す。「にしてもここどの辺だ?」

 

 ストマも自分の周りを見渡す。だが周りを見ても暗闇でよく分からなかった。そもそも森は同じような風景が多い。暗闇だからなおさらだ。

 もっとも分からないのは仕方がない。明確な場所を目指していた訳ではない。ただ森を目指して休む間もなく走っただけであり、深い考えがあった訳ではなかったからだ。

 

「……村から東にある森には違いがない」

 

 ヴァレリは言いながら腰につけている革袋から手のひらだいの夜光石を取り出すと、それを三人の中心へとおいた。

 ぼうっと辺りを照らす夜光石。

 夜光石は暗闇で光る特殊な鉱石だ。淡い光でランプと比べると大分頼りない光であるが、持ち運びに便利であるのと魔力を通せば繰り返し使えるという事もあり、非常灯として重宝していた。

 二人もヴァレリの様に夜光石を取り出すと中心へとおく。

 

「はぁー……しかしなんとか逃げ切ったか」

 

 ストマは力を抜いてダラリと足を投げ出して言った。

 流石にこの森までは誰も着いては来ていない。自分達とて滅多な事がない限り夜の森には入りたくないのだから、当たり前ともいえるが。

 

「流石にあれは焦ったな」

「あのままだと危なかった……」

 

 ヴァレリは宿での事を思い返したのだろう。顔を歪めながら手を開いたり閉じたりする。

 ヴァレリの様子を見る限り、やはり真っ当に戦う相手ではないのだろう。逃げて正解だったなと思いつつストマは水を勢いよく飲む。

 そして一息つくと、

 

「さて……これからどうする?」

 

 ストマの言葉にスケロスは空を仰いだ。ヴァレリは下を俯く。

 

「……少なくとも、村には戻れないな」

「確かに」

 

 ヴァレリの言葉にストマは頷いて言った。

 暗闇の中での襲撃だ。顔がばれているとは思えないが、かといって安心できるものではない。

 これなら顔も隠しておくべきだったか。そう思わずにはいられない。

 

「なら……子供は諦めるか?」

「普段ならそうするんだけどな」

 

 スケロスの言葉に、ストマは子供の値打ちの事を考えると頷けない。

 竜――それは伝説上の存在だ。

 それこそおとぎ話の中での存在だとストマは思っていた。

 だが実際にいるとなれば、それを売さばけばどれだけの金になるか。それこそ一生遊んで暮らしていける――もしかするとそれ以上である可能性がある。

 

「流石に諦めるのは惜しいな」

「こんな機会はそうそうないだろうしな」

 

 だがどうすればいいのか。

 もう村には戻れないのだ。

 

「とりあえずは……移動するか。このままここにいても仕方がない」

「そうだな」

「ああ」

 

 ストマは言うと立ち上がり、夜光石を手にとって森の先を照らす。

 光に照らされた先には鬱蒼(うっそう)と茂る草木がおぼろげながら見える。流石に夜に移動する事に不安がない訳ではないが――モンスターとて少なくともまだ村の近くだ。さほどはいないだろう。それに出会ってしまっても無理に戦う必要もない。

 

「……ん?」

 

 ふと、ヴァレリは木の上を見る。

 

「どうした?」

「いや……誰かに見られている様な気がしたが」

 

 ストマとスケロスはヴァレリの視線の先を見た。そこには一羽のフクロウがいるだけだった。

 

「気のせいじゃないか?」

「……みたいだな」

「逃げてきたばっかだからな。気が立ってるだけじゃねーか?」

「かもしれん」

 

 ヴァレリとスケロスは夜光石を取ると立ち上がり、腰から下げている剣を抜いた。

 そしてヴァレリが先頭に立って進みだす。その後をスケロスとストマが続いた。

 ストマは最後にもう一度だけ、先ほどのヴァレリが見ていた先を見た。

 やはりそこにはフクロウが一羽いるだけだ。

 

「やっぱり、何もいないよな……」

 

 ストマはヴァレリの後を追いかける。

 後ろでフクロウがホーと鳴いた。

 

   ■

 

 既に朝日は昇り、農夫も仕事へ出ている時間だった。

 宿でも同様であり、むしろ昨夜の事もありいつもよりも朝は早い。

 それはエーダインとシグマもだ。みれば部屋は既に昨夜の様に物が飛び散った様子もなく、すっかり綺麗になっている。早く起きて部屋を片付けたのだ。

 もっともシグマはここにはいない。今は昨夜の事を女将や他の客に聞きに行っている。

 

「んー……やっぱり駄目ね」

 

 エーダインはベットに腰掛けながら、呟いた。

 

「宿の子達はまだ何となく分かっているみたいだけど、人相はさっぱりね」

 

 エーダインが今やっていた事は精霊との対話であった。

 昨夜の襲撃者が誰であるかを聞いていたのだ。もっとも精霊は人相などには興味がない。そもそも精霊は全ての事に対して平等だ。彼らに善悪はなく、また同時に好悪もない。ただ手順をちゃんと行なえば応えてはくれるが。

 

「外の精霊に聞いても意味ないしねぇ……」

 

 手元にある杖を弄りながらエーダインは言った。

 基本的に精霊は一箇所に留まらない。同じ性質を持つ精霊がいるにはいるが昨夜にこの村にいる精霊とは違う存在だ。物に宿る精霊ならば物が壊されない限り移動はしないが、既に宿に宿る精霊には聞いた後である。意味がなかった。

 やる事がないわね。これからどうしようかしら? この子の事もあるし……。

 エーダインが未だベットに眠る子供を見る。すると「う……」と子供から声が聞こえてきた。どうやら目を覚ますようであった。

 子供はのっそりと起き上がる。そして緋色の目を擦りながらエーダインや周りを見て、困惑した様子になる。

 エーダインはベットから降りて、しゃがんで子供の目線の高さに視線を合わせるとやさしく言った。

 

「坊や。どこか痛いところはない?」

 

 子供は首を横に振る。

 

「私はエーダイン。坊やの名前は?」

「……イーリス」

「イーリスっていうのね。素敵な名前だわ。イーリスはお腹減ってない?」

 

 子供――イーリスはエーダインの言葉に小さくコクンと頷く。

 

「じゃあ、ちょっとご飯食べましょうか。ちょっと待ってね」

 

 エーダインは立ち上がり、イーリスに「直ぐに戻るからね」と言ってから部屋を出る。

 階段を降り、一階へ向かう。カウンターには恰幅の良い女将がいた。

 

「忙しいところごめんなさい。ちょっと良いかしら?」

「はいはい。何かご用ですか?」

「ええ。昨日の子供が今さっき起きたのよ。それでお腹減っているみたいだから何か食べ物が欲しいのだけど……あるかしら?」

「おや、それは良かったねぇ。ちょっと待ってて下さいね。あったかいスープとパンを用意しますからね」

「ええ」

 

 エーダインはカウンターの直ぐ近くの椅子へと座る。そこにシグマが丁度戻ってくる。顔を見るにどうやらあまりかんばしくない成果らしい。

 

「シグマ! 丁度良かったわ! あの子が起きたのよ」

「本当か! そいつは良かった……」

 

 シグマはうれしそうに破顔すると、エーダインと同じテーブルの椅子へと座る。

 

「こっちは駄目だ。やっぱり誰も昨日の犯人については知らん」

「そう……こっちも精霊に聞いたけど、どんな人物かは分からなかったわ」

「そうか。なら後はあの子に聞くしかないか」

「できれば関係ないと良いんだけどね」

「それはそうなんだがな」

 

 厄介な事だとエーダインは思う。

 仮にイーリスがあの三人組みに関係があるとすれば、今度は何故あの様な手段にでたのかというのが気になる。少なくとも夜に襲撃するという事は、真っ当な関係性とは言えないだろう。

 

「ま、でもあんまり気にしてても仕方がない。あの子に話を聞いて駄目だったらまた考えようぜ」

 

 シグマは頭の後ろで手を組みながら、気楽に言った。

 それを見てエーダインは「あんたは……」と呆れた。

 悩んでた私が馬鹿みたいだ。けれども確かにシグマの言うとおりではあった。分からない事に対して深く考えても意味がない。

 直ぐに悩むのは私の悪い癖ね。

 そう思ったとき、後ろから「お待ちどうさまー!」と声がかかる。

 

「お客さん。パンとスープできましたよ」

 

 女将が持ってきたのは、思っていた量よりも多いパンと暖かいスープ、それにオートミールが乗っていた。

 

「こんなにいいの?」

「いいんですよ」

 

 女将は朗らかな笑みを浮かべる。

 

「やっぱり子供は元気が一番ですからね。いっぱい食べて元気にならないと」

 

 女将は言うとカウンターへ戻っていく。

 それを二人で見送ってから、

 

「じゃあ、行きましょうか」

「そうだな。これは俺が持つよ」

 

 シグマはテーブルに置かれた木製のトレーを持って立ち上がり、二階へと向かう。

 エーダインはシグマの後ろを続いて歩く。

 

「シグマ、言うの忘れてたけどあの子の名前はイーリスっていうみたい」

「ああ、名前は分かってるのか。他は?」

「まだよ。さっき目が覚めたばかりだし、色々聞いてもイーリスも困るでしょう?」

「そうだな……少しずつやってかないとな」

 

 話している内にもエーダインが借りた部屋に着く。

 エーダインが扉を開けると、イーリスがベットから降りて、窓から外を見ていた。

 

「お待たせイーリス。起きても大丈夫なの?」

「……ん」

 

 イーリスは振り向いて小さく頷く。そしてエーダインの後ろにいるシグマを見つけると「誰?」と呟いた。

 

「ああ、俺はこいつの相棒でシグマっていう。よろしくなイーリス」

「じゃあ、ご飯食べましょうか。食べきれないときは残してもいいからね」

 

 イーリスはエーダインに手を引かれ、ベットに座った。

 シグマはイーリスの隣に座ると「気をつけてな」と言ってトレーを渡した。

 イーリスはそろそろをパンを手に取るとゆっくりと口に運ぶ。

 

「……おいしい」

 

 余程お腹が減っていたのだろう。イーリスは呟くと次々とトレーに手を伸ばしていく。

 エーダインとシグマはイーリスの様子を見て笑みを浮かべた。

 見ていて微笑ましかったのもあるし、ここまで食事が出来るという事は元気な証だからだ。

 そう時間が掛からない内にトレーの上には食べ物はなくなり、イーリスは満足げな表情になる。

 

「お腹一杯になった?」

「うん。ありがとうお姉ちゃん」

 

 少しは慣れたのだろう。イーリスはエーダインに笑顔を向ける。

 ――今なら大丈夫かしらね。

 エーダインはシグマに目線をやるとシグマは小さく頷き返す。

 シグマはトレーを手に取ると「じゃあこれ片付けてくるからな。また後でな」と部屋を出て行く。

 エーダインはそれを見届けてからイーリス目線を合わせる。

 

「イーリス。ちょっと聞きたいんだけど良いかしら?」

「なーに?」

「イーリスは此処が何処だか分かる?」

 

 イーリスは頭を振るう。

 

「そう。……あのね、イーリスはこの村の先にある街道で倒れたのよ。それを見つけた私達がイーリスを連れて一旦この村に戻ったの」

「街道で、倒れてたの?」

「ええ。その時の事は分からない?」

「……」

「じゃあ……何か覚えてる事はないかしら? お父さんやお母さんの事とかどんな小さな事でもいいの」

 

 イーリスはエーダインの言葉に考え込む様に俯いた。そして数分が立っただろうか。弱弱しく「分かんない」と呟く。

 

「ごめんなさい。何も……分からないです」

「何も……? お父さんとお母さんも?」

「ごめんなさい……」

 

 叱られるとでも思ったのか。イーリスは小さくなる。

 エーダインは「別に怒ったんじゃないのよ」とイーリスをやさしく撫でる。

 だが――親の事まで分からないというのはどういう事なのか。

 場所が分からないというのは分かる。小さい子供だ。この歳の子共なら自分の村から出ているのなんて稀だろう。

 少なくともエーダインはそうだった。小さい頃は住んでいた森こそが自分にとっての世界であったし、外がどんな所であるかなんて知らなかった。

 しかし親の事ぐらいは分かっていい筈だ。それが分からないというのは一体どういうことか。

 これは――考えているよりも厄介かもしれないわね。

 エーダインは出来るだけやさしく「もう一度聞くのだけど、些細な事も覚えてないかしら? 例えば自分がどこに住んでいたとかでもいいの」と言うがイーリスは泣きそうになりながら「ごめんなさい」とか細い声で答えた。

 

「いいのよ。別に分からない事が悪い事じゃないんだから」

「……本当?」

 

 イーリスは不安そうな顔でエーダインを見上げた。見れば涙目になっている。

 そう、ね。一番不安なのはイーリス自身よね。

 何も分からないというのであるならば、それはつまり頼るべきモノが何もないという事だ。

 闇夜に明かりもなく歩くに等しい。これからどうすれば良いのか、何処に向かうべきなのかすら分からないのだ。

 しかもそれがこの様な幼い子供であるならば、恐怖と不安はどれほどのものか。想像に硬くない。

 エーダインがイーリスの事を包むようにしてあやす。とシグマが戻ってきた。

 シグマは二人の様子を見ると何かあったのかという風に瞠目(どうもく)する。

 

「どうかしたのか?」

「ええ……ちょっとね」

「ちょっとか……」

 

 シグマは呟いた後はあまり深くは聞かなかった。

 だが何を考えたのかシグマはイーリスの隣に座ると、わしゃわしゃとイーリスを荒く撫でて、

 

「泣くなイーリス。お前は男の子だろう? 男が泣いて良いのは大切な人が死んだときとぐらいだぜ。男なら、どんな事でも笑って乗り越えないとな」

 

 シグマは今の部屋の空気を吹き飛ばす様に明るく笑う。

 

「でも……僕、何も覚えてなくて」

 

 イーリスの言葉にシグマはどこか納得した表情になる。

 

「だったらこれから思い出せばいいだけだ。分からないなら知れば良いし、覚えてないなら色々やってみればいいだけだ。分からない事を何時までも考えても仕方がないぜ? それに俺らもイーリスが思い出せる様に協力するしな。だろ、エーダイン?」

 

 シグマの言葉にエーダインは微笑をしながら頷いた。

 イーリスはシグマをぽかんとした様子で見つめる。

 

「だから気にすんな。いま思い出せないだけでいつか思い出せるさ」

 

 シグマはポンとイーリスの頭に手を置く。

 イーリスはぐしぐしと涙を拭くと「……ありがとうございます」と言う。

 

「良し。んじゃさっそく出かけるか」

「え?」

 

 シグマはベットから立ち上がるとイーリスを肩の高さまで持ち上げる。

 

「わ、わわ!?」

「まずは村の中から見ていこうか。ほらエーダインも行くぞ」

「ちょっと、あんたね」

「あ、そうだイーリス。エーダインは怒らせない方がいいぞ。昨日も三人を吹っ飛ばしたからな」

「あんたそれ今言う事じゃないわよね!?」

「いかんっ! 吹っ飛ばされるぞ! 逃げるぞ! イーリス」

「え? えぇぇ?」

 

 シグマはイーリスが狼狽している間に抱きかかえると急いで部屋を出る。

 エーダインも遅れて部屋を出るが、既にシグマは階段を下りている。この分だと下に下りる頃には宿を飛び出しているかもしれない。

 

「……はぁ。強引ねぇ」

 

 シグマがやろうとしている事は何となく予想がつく。

 イーリスの気分転換――不安を和らげようとしているのだろう。

 だがやり方は随分強引だし、急すぎる。ハッキリ言って不器用だ。

 

「仕方がないわね――」

 

 エーダインは口ではそう良いながらも笑みを浮かべる。

 

「シグマー! 待ちなさいー!」

 

 エーダインは杖を手に取ると、シグマ達を追いかけていった。

 

   〇

 

 既に日は落ちている。この部屋の窓も閉められ、蜀台の明かりのみが部屋を照らしていた。

 部屋にはすうすうと静かな寝息が聞こえる。ベットを見ればイーリスが、気持ちよさそうに寝ていた。流石にイーリスは目が覚めたばかりであり、直ぐに村を出て行く訳には行かないため、もう一泊したのだ。

 部屋にはシグマとエーダインが中央いた。二人の中心には羊皮紙に書かれた大陸の西側――つまりは今二人がいるエリン国の地図があった。

 

「さて。これからどうする?」

「……取り合えずは街道を南に向かってみると良いと思うわ」

「となると――イーリスが来たと思う方向ってことか」

 

 シグマは現在いる所から視線を地図の下へとずらす。といっても数多くある村の全てを地図に書き写してある訳ではないので――そもそも冒険者は自分で歩いて地図を付けるのが一般的だ――大体の場所からであるが。

 エーダインは地図を指でなぞりながら、

 

「ええ。少なくとも北に向かうよりかは良い筈よ。ネブラまで行けば人も多いし、そうすればイーリスの事も今よりもずっと分かると思うの」

 

 ネブラはここから一番近い城塞都市だ。大きな湖が近くにあり、よく霧が発生する場所である。近くに湖があるせいなのか、朝靄が凄かった覚えがシグマにはある。

 視線をずらすと現在の村の位置から、一番近い村まではだいたい二日はかかる。ネブラまでは少なくとも大体一週間から二週間といったところの筈だから何日かは野宿であろう。

 本来ならば村で休めれば良いが、常に一日で歩ける距離に村がある訳ではない。また街道沿いには旅の者や開拓時代の冒険者達が休む為の休憩所等もあるにはあるが、それとて村と同じだ。何よりも今はイーリスがいる。子供をつれての足となれば、いつもよりも遅くなるだろう。

 

「あとは路銀か」

「そうねー。やっぱり途中で仕事はこなさないといけないでしょうね」

 

 旅というのは何かと金もかかる。

 たとえば外套や携帯食などはイーリス用に買わなくてはいけないだろうし、ずっと野宿という訳にもいかないだろう。

 流石に何日も野宿の生活をするのは辛いものがある。ましてイーリスは子供だ。ただ野宿というだけで疲弊してしまい、しまいには体調を崩すかもしれない。

 

「とはいえ、そう時間の掛かるものはできないだろうな。ネブラに着けば別だろうが」

「簡単なものを受けて先に進むのがいいでしょうね」

「あの三人の事もあるしな」

「そうね――結局イーリスが関係しているかは分からなかったし。……あの三人はまた襲ってくるかしら?」

「どうだろうな。ただ用心だけは怠らないようにしないと駄目なのは確かだな」

「はぁ……杖の一振りで片付けば楽なのに」

「こればっかりは仕方がない。こういう時はその場その場で対処するしかない。なるようになるさ」

「それはそうだけど……気になるじゃない」

 

 エーダインはため息をつく。

 ロウソクの明かりに照らされたエーダインの顔は何時もより疲れているように見えた。

 きっとイーリスの事もあり、余計に心配になっているのだろう。

 

「ふむ。エーダイン。そんなに心配するなよ」

 

 シグマはエーダインを真っ直ぐに見て言った。

 

「大丈夫だ――二人とも守る」

 

 エーダインはシグマの言葉を聞くと眼を丸くする。

 そしてエーダインは顔を背けてから、

 

「……ふん。こっちだって守ってあげるわよ」

 

 どこか照れくさそうにエーダインは呟いた。

 ロウソクの明かりだから詳しくは顔を見れないが、もしかしたら照れているのかもしれない。

 

「じゃ、もういい加減寝るか。明日も早いしな」

 

 シグマは地図を片付けるとそのまま腕枕をする。

 襲撃があった事から、今日は警戒して一つの部屋で過ごそうという事になっていた。

 エーダインはそんなシグマを見て、ため息を――まるで肩透かしでもくらったかのように――つきながらロウソクの火を吹き消してからベットに行き、イーリスの隣で横になる。

 

「……おやすみ。シグマ」

「ああ、おやすみ」 

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