ひたすら書いてる実験場   作:ナルヴィク

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剣と杖の渡り鳥 0-4

 霧が辺りに立ち込めていた。

 遠くを見通す事ができない程であり、夏だというのに異様な寒さで、まるでここだけが別世界の様だ。

 もっともカトゥルス湖では何時もの事だ。

 季節がどれだけ移り変わろうとも、まるで切り離された様に――もしくは変化を拒否するかの様に常に濃い霧が発生する。霧は近くにある城塞都市ネブラにまで及ぶのだから、どれだけ濃い霧であるかが分かる。

 その中で――人が湖の中心の上に立っていた。

 異様な光景であった。人の姿をした者がまるで当然の如く水面に立っているのだ。だが地面に立つように水面にいる彼にとっては、それはできて当たり前だった。

 ――三人は失敗したか。

 瞼の裏に浮かぶ映像を見ながら彼は思った。

 彼に見えているのは霧ではない。三人の男と、一組の男女に子供の姿である。

 それは使い魔が見ている映像だった。

 本来であるならば使い魔は魔術師が自らの血などを混ぜ、擬似的な命を宿したモノや、もしくは契約などをした動物であり、術者の手足となる存在である。

 だが彼の使い魔は眼の力で強制的に心を支配した動物だ。

 それは全うな魔術師から見れば眼を疑うであろう。

 何故ならば生きている存在を使い魔にする場合は、相手も使い魔になる事を了承する事で初めて契約を果たせるからだ。仮に無理矢理契約を行おうとしても、相手の魔力に抵抗を受ける。それは自身の身を危険に晒す行為であり最悪の場合は死ぬ可能性とてある。もっとも魔術師にとっては契約とは神聖な行いである。故にまっとうな魔術師はこの様な相手の意思など考えず、そもそも契約自体を汚している彼の行いをしようとは思わないであろう。

「……足止めが必要か」

 呟くと彼は目を開ける。そして空を見上げた。

 見上げた空からは羽ばたき音と共に、一羽の怪物が現れた。

 体躯は馬のようであるが、背中には羽があり、クチバシや前足は猛禽類のそれは北の大地に住まう怪物だ。

 ヒポグリフ――本来はこの地域にはいない怪物であった。

 本来はルーフス山を超えた先の凍土に住み、エリン国には滅多には現れない。その上、気性が荒く、使い魔には向かないと言われている。

 だがこのヒポグリフも彼は心を支配しているのだろう。クチバシから「KIIIIー!」と恐ろしい鳴き声を発しながら、ヒポグリフは彼の前に降りると頭を下げて跪く。

 ――できるだけ足の速いモノの方が良いか。

 思うと、彼はヒポグリフの背に乗りこむ。そして他の使い魔に命令をだした。

 あの二人を――殺せ。

 淡々と発せられた指令は、さながら波紋の様に彼と魔術的に繋がった使い魔に伝播する。

「これでいい」

 呟くと、ヒポグリフは空へと消えた。

 湖はいつもの静寂へと戻った。

 

 

 王都へと続く街道の脇に火の明かりが見えた。

 火の側には三人の姿が見える。

 シグマとエーダイン、それとイーリスの三人だ。

 三人が村を出て既に三日が経っていた。一日目にイーリスの旅の準備をしてから歩いていたせいだろう。幾らか歩みが遅い。もっともイーリスが意外と健脚であったので予想していたよりも距離は歩いている。

 そのイーリスといえば、エーダインのとなりで外套を羽織りながら、森で取った鳥の肉を頬張っている。

 隣ではエーダインが微笑みながらも「もっとゆっくり食べなさい」と口周りについた汚れをぬぐっていた。

 まるで姉と弟のようだ。シグマは自身も鳥肉を口に運びながら思った。同時にイーリスを見ていてペンダントの事を思い出した。

 そういえばあの石の事は聞いてなかったな。

 シグマはイーリスが食べ終わるのを待ってから口を開いた。

「イーリス。ちょっと良いか?」

「ん?」

「その首からかかっているペンダントの事なんだが……それの事も覚えてないか?」

 イーリスは首から提げているペンダントを取り出す。

 ついている宝石は火の明かりで照らされているせいか、余計に紅く輝いてみえた。

 イーリスはじっとペンダントを見る。だがやはり何も思い出せないのだろう。頭を振るう。

「そうか……なぁ、ちょっと触ってみたいんだが良いか?」

 悩んでいるのだろう。イーリスはシグマの言葉を聞いて、考え込むようにペンダントを見て動かなくなる。

「別に嫌ならいいのよ。無理しなくても」

「エーダインの言うとおりだぞ。ただちょっと見てみたいってだけだからな」

 ペンダントは唯一イーリスが身につけていた物だからか。イーリスとっては大切な物なのだろう。二人の顔を見てから、おずおずと、

「あの、なくさないでくださいね」

「ああ、分かってる」

 渡されてたペンダントを手に取り、まじまじとシグマは見た。

 もっとも一度見ている物だ。確かに細工は素晴らしいが、特に目新しい所があるわけではない。

 シグマは「ありだとう」とイーリスにペンダントを返す。

 イーリスはペンダントを首から下げてから、おずおずとシグマへ顔を向けると

「えっと、その……シグマさん、何かこれから分かる事とかってありましたか?」

「……流石にちょっとな。ただ細工をしてあるという事は、それをした職人もいる筈だというぐらいかね」

「職人ですか?」

「ああ。少なくともそうしたペンダントの形をしているという事は、それをした者がいる筈だ。それも石だってカットをして整えてある。自然とそうなったのはありえない」

「じゃあ……これを創った人に話を聞けば」

「イーリスの事に繋がる可能性はある」

 もっとも――これは可能性である。

 もし創った者が死んでいたり、古い時代に作られた物である場合は制作者から探し当てるのは無理だろう。

 とはいえ期待しているイーリスを見ると、それをいま言う気にはなれない。

 ――とそこで精霊術士の鋭敏な感覚が何かに気がついたのか、エーダインが街道の先を険しい顔で見た。

「……何か来るわね」

 エーダインは立って杖を構える。シグマもそれに習って立ち上がり、刀を抜いた。二人はイーリスを守る様にして、背かな合わせにして周りを警戒する。

 だがシグマにはまだエーダインの言う何かは分からない。やはり存在そのものを感じ取る力は精霊術士などに一日の長がある。

「……複数かしら」

 エーダインの呟き。シグマもエーダインが感じているであろう存在を感じた。

 徐々にだが――囲まれている。

 まるで犬が狩りをするようにこちらを追い詰めようとしている。

 エーダインは囁く様に呪文――魔術を唱えた。

 精霊術が精霊との対話によって成り立つのに対し、魔術は体内の魔力を操作し名を鍵として発動する。今回の場合は明かりを生み出す呪文『ライト』だ。

 これにより辺りは昼の様に明るくなる。もし野生の獣であればこの時点で多くは去って行く。もしくは近づくのを躊躇うのが大半だろう。だが何かにその気配はない。変わらず此方へと迫る。

 近いな。シグマには正確な数は分からないが、既に自分達が相手の狩りの範囲に入っている事だけは分かった。

「――――」

 準備は既に整っている。心が何時もの様に深い場所へと沈んでいくのが分かる。体もためらいなく斬るだろう。

 

 ――来た。

 

 殺気に体が反応した。すぐさま鈍色の線が宙に奔り、同時に血しぶきと黒狼が二つに分かれ地面に転がった。裏ではエーダインが術で黒狼を吹き飛ばしている。

 黒狼は集団で狩りをする狼系統のモンスターだ。

 単体であるならば、それほど怖くはない。だが集団となると厄介な相手である。仲間と連携して狩りをする彼らは時として自分よりも遙かに大きい相手を狩ることすらある。

 黒狼は仲間が斬られたというのに怯まずにこちらへと波状攻撃を仕掛けてきた。

「シ――!」

 刀を翻し、迫る黒狼を両断する。横から迫る相手は裏手を横合いに振るい、叩き落とす。エーダインも仗術で――風精霊を杖に纏わせている――黒狼を落としている。

 しかし数が多い。こういうときは頭を潰すのが有効だがそれは難しい。囲まれて――ライトで明るくしているとはいえ――夜の闇は全て消えた訳ではない。どこに頭がいるのか判断しずらい。

 できるならば、一本道などで数の有利を潰せれば良いのだが、周りにはそれらしき物はない。これでも仮にこの場を突破してもまた囲まれておしまいだろう。

「……シグマ。ちょっと時間を稼げるかしら?」

「どうするつもりだ?」

 エーダインは焚き火を見ると

「ちょっと大きな術を使うわ」

「わかった」

 シグマは言うと、深く呼吸をしながら腰を落として備える。

 エーダインはシグマの様子を感じ取ると、後ろにある焚き火へと意識を集中しだす。

 それを好機と思ったのだろう。複数の黒狼がエーダインへと襲いかかった。

 同時――シグマは右足を軸にして回転。エーダインの方へ体を向けると練り上げた気を呼気と共に解き放つ。内活性された肉体が爆発的な脚力を生み出し、一足飛びに迫り来る黒狼へと迫ったシグマはそのまま刀を振るい、切り捨てる。

 シグマが行ったのは軽身功――簡単にいうならば身のこなしを素早くするための技であるのだが、それを応用した踏み込みだった。

 シグマはそれを襲ってきた黒狼全てに放つ。

 丁度五匹目を仕留めた所か――そこに氷の杭の様な物が飛来する。

「ちぃ――」

 どうしても振り切った時には体が固まってしまう。故にそれを切り落とす事はできないとシグマは感じ、横っ飛びに避ける。体勢を立て直しながら、どから杭が来たのかと探せば、離れた場所に黒狼よりも一回り大きい蒼い狼がいる。

 あれが頭かッ!

 そう思っている内に狼は体に白い靄を纏わせ、それを氷の杭にしてこちらへと飛ばそうとしていた。

 狙いは――エーダイン。

「くそッ! 避けろエーダイン!」

 叫びながらシグマはスローイングナイフを取り出し、それを狼へと投擲する。狼は簡単に避けながら杭を放った。

 エーダインは術を途中でやめると、イーリスを庇いながら避ける。

 しかし避けた後ろから黒狼が襲いかかる。

「エーダインッ!」

 シグマはそれを見て思わず叫んだ。

 エーダインは後ろへ振り向く。寸前、襲いかかる黒狼を杖で押さえる。そしてその横で倒れているイーリスを黒狼が襲いかかった。

 シグマはそれを見て刀を黒狼へと投げた。回転した刃が黒狼の胴体へと刺さり、黒狼は血を流しながら吹き飛ぶ。だがそれも一時的なものに過ぎない。

 新たに現れた黒狼がイーリスに襲いかかろうとしている。シグマはイーリスまで走ろうとして――それを見た。

 

「う――あぁぁぁ!」

 

 イーリスの叫びと轟音が鳴り響く。

 轟音の正体は焚き火だった。見れば天に届くかとい程に起立した炎があり、辺りを赤く照らしている。根元からは木の枝のごとく分かれた炎が現れ、蛇の様に回りにいる黒狼達を襲っていた。

「な……何だこれは?」

 シグマは棒立ちになって呟いた。

 一体何が起こっているというのか。精霊術は見たことがあるが、この様な術は見たことがない。

 それ以前にどうしてこの様な状態になっているのか分からない。

「っと、そんな考えてる余裕はねぇか」

 どうやら炎の蛇は見境ないようで、シグマにも襲いかかってくる。それを避ける。その上、炎はあちこちを燃やし、火の手を挙げていた。

「……どうする?」

 みればイーリスには被害がない。むしろ炎はイーリスを守っているように見えた。時折近づこうとしている黒狼達や蒼い狼の攻撃を退けている。

 とはいえいつまでこれが続くか分からないし、イーリスの事も気にかかる。

 出来ることならば刀を拾いに行きたかったが、今の状態では迂闊には踏み込めない。

 あまり近くによるわけにも行かず、離れると「シグマ!」と声をかけられた。

「エーダインか。無事か?」

「ええ……でも急いでイーリスを止めないといけないわ」

「イーリスを?」

 エーダインはうなずく。

「この炎は――正確には精霊がイーリスに反応してるわ。ただ……どうやって鎮めるべきなのか良い考えが浮かばないけれど……」

 エーダインは踊り狂う炎蛇を見ながら言った。

 イーリスが……この炎を?

 にわかには信じがたかった。やり方は色々とあるだろうが、どんな術でもどうしても準備は必要だ。それをこんな急に、しかも大規模の術となれば尚のことだった。

 だがエーダインの実力もシグマは良く知っている。ならばきっとエーダインの言うとおりなのだろう。

「エーダイン。イーリスは今はどんな状態なんだ?」

 遠くを見るように炎の中心にいるイーリスを見ながらエーダインは言った。

「そうね……たぶんだけど急に多数の精霊と繋がった事による意識混濁、もしくは混乱……そんな所かしら」

「混乱……目を覚ます事はできないか?」

 エーダインは頭を振るう。

「流石に目を覚ますのはできそうにないわ。さっきから呼びかけているけど、声を聞こうとしないの」

「なら……たたき起こせば目は覚めるか?」

「たたき起こすって……まさかあの中に突っ込むき!?」

「それ以外に何かあるか?」

「あの中に突っ込むなんて無茶よ!」

「だが――それほど余裕もないぞ」

 シグマの視線の先では黒狼が一斉にイーリスへと襲いかかっていた。その背後で蒼い狼が大量の靄を身に纏っている。

「悪いが援護を頼む!」

「ちょっと、もう! 分かったわよ!」

 シグマはエーダインの声を聞きながら、目一杯息を吸い込んでから走り出す。シグマの目線の先には炎が黒狼へと身を躍らせる。まるで円を描く様に振るわれた炎の鞭をシグマは前に飛ぶことで回避する。遠くでは黒狼が燃えているのが分かった。

 シグマは刀を探すが、煙のせいでよく見えない。

「――――!」

 甲高い声。同時に風がシグマの周りにでき、先ほどまでの息苦しさがなくなり、その上煙りが上に一直線に逃げていく。エーダインが精霊術を使ったのだ。

「シグマ! くるわよ!」

 エーダインの声を聞き、狼を見ると上空には氷の塊が浮いていた。

 その上よく見るとイーリスの近く――炎の側に黒狼に刺さった状態で刀がああった。

「くそったれ!」

 思わず叫びながらシグマは駆け出した。だが刀に手が届く前に狼は「Waooo――!」と吠えながら氷塊を放つ。それを炎が迎えうつ。

 大量の水蒸気。熱を帯びた水滴が辺り一面に広がり、白い靄で包まれる。

 だがエーダインの術により風精霊に守られているシグマは熱気を感じる事無く、一目散に刀へと走った。

 先ほどの氷塊とぶつかったせいか、それとも単に時間切れなのかは分からないが既に炎の燃える音は聞こえない。代わりに聞こえてくるのは地面を蹴る音だ。

 刺さっている刀が見える。そして前から狼が迫っている。

 イーリスを確認している暇はない。シグマは走りながら刀を手に取るとそのままの勢いで引き抜く。

 狼がこちらを食らおうと口を開けて、飛びついてくる。

「オォォ――!」

 シグマは迫る牙を見ながら刀を振り抜いた。逆袈裟げ切り。

 狼が二つに離れ、地面をはねる。

「はぁ……はぁ……」

 シグマは息を荒くしながら、刀を地面に突き刺して片膝をつく。

 太刀筋も何もない力任せに振り抜いたからだろう。両腕には強いしびれが残っている。シグマ自身も振り抜けたのが不思議なぐらいであった。

 狼を見ればもう動く様子はない。どうやら流石に不死ではないようだった。

「そうだ……イーリスは?」

 立ち上がって刀を手に取ると、イーリスを探す。水蒸気は徐々に晴れていき、倒れているイーリスの姿があらわになる。あれだけ燃えさかっていた炎も消えている。

「イーリス!」

 声をかけながら近寄る。双眸は閉じられているが、息を確認すると問題はない。どうやら気を失っているらしい。

「シグマ! 大丈夫!?」

「エーダインか。こっちは無事だ。イーリスにも怪我らしき怪我はない」

「はぁ~良かった……」エーダインは安堵の吐息をはくと、そのまま地面へと座り込む。「無茶ばかりしないでよね」

「……すまん」

 エーダインはシグマの言葉を聞くと、仕方がないとでもいう風に息を吐いてから「それでイーリスの様子はどう?」とイーリスの顔をのぞき込んだ。

 イーリスの顔をのぞき込んでエーダインは怪訝な顔をする。「これは……どういうことかしら?」呟くとイーリスを抱っこして額に手を当てたり、脈を測ったりする。

「どうかしたのか?」

 エーダインは問いに少しの間をあけてから「ちょっと考えをまとめさせて。いま見た感じイーリスに大きな怪我とかはないし、ここから移動しましょう」と言って立ち上がり、移動する。

 シグマは様子の変わったエーダインに困惑しながらも納刀して、後に続いた。

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