俺はフショウの高橋だ   作:後味のらーな

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【杉元の回想】 

 

それは日露戦争の最中。

まだ第三勢力が奉天で駐在し、次の指示を待つ状態が続く頃だった。

焼け野原に折り重なって地面を埋める兵士達を遠目に眺めながら、簡易テントの下で生き残り兵は各々食事をとっていた。食事と言っても、ただ生きるために口に物を入れているというのが正しかった。数日続いた奉天会戦に体力も気力も削がれ、放心しているものが多い。俺もまた生きてる心地が戻らない一人だ。

 

「幽霊っていると思うか?」

 

連日続く重焼麺麵(じゅうしょうめんぽう:現代の堅パン)を今日も今日とてかじっていた時、隣の男が投げかけた言葉だった。隣の男は痩せ型で、手元の重焼麺麵は半分も減っていない。

俺は口に入れたばかりの重焼麺麵を飲み込んでから返す言葉を探していると、周りにいた歩兵が口を出し始めた。

 

「化け物ならいるだろ、ほら、不死身の杉本」

 

「誰が化け物だよ、誰が」

 

ひと睨みすれば相手は軽く笑って流すが、目には若干生気が宿っていない。奉天会戦が終わってすぐで疲れきっているうえに、こけた頬も、沈んだ目元もより一層目立つようになった。何よりこの大戦で失ったものが多すぎたので無理もないが、もはやこれではどちらが幽霊かわからない。

俺は皆と同じようにくぼんだ男の目を見た。

 

 

「アンタ、高橋だっけ?」

 

「ああ」

 

短く答えた痩せ男の声はかすれてた。それこそ死者のように。

 

「みんなに聞いて回ってるみたいだな。『幽霊っているか?』って」

 

「…信じてるのか?」

 

「いや訊いてるの俺だろ。その質問はどういう意図なんだよって」

 

腹が立っているわけではないが、

噛み合わない会話に歯がゆくなっていると、周りに2、3が集まって口を挟み出した。質問の裏が読めない細長男にかまわず、次々言葉を投げる。

 

「なんなんだ、こういう時に」

 

「気を悪くしたらすまない。深い意味はないんだ」

 

「深い意味はない、だと?」

 

「それにしたって不謹慎にもほどがあるだろう。貴様は親しき仲にも礼儀ありというのがわからんか」

 

「そうだぞ。ここにいるものは皆、仲間を失ったばかりだろ」

 

「杉本だって、三輪だって、山田だって、俺だって、同郷の仲間が次々ロスケ(※ロシア兵蔑称)にやられた!」

 

「お前はっ…俺たちに『仲間』が見えてたら幸せか、会いたいか、とでも言いたいのか!」

 

だんだんと声に熱がこもっている。胸にはおそらく仲間の顔が浮かんでいるのだろう。俺も同じく寅次の顔が頭によぎっていた。嗚呼、化けて出てくれるならむしろ良いかもしれん。妬み恨みを耳元で吐き続けられたら、いっそ梅ちゃんに会う気も失せるだろうか。

俺たちが口々に言って沈んだ顔になるなか、その男だけはあっけにとられた顔になっていた。

 

「そんなつもりじゃなかったんだ。茶化したかったわけじゃない」

 

「そんなつもりじゃないと言うなら、お前一体どういうつもりだったんだ!!」

 

「……場を和ませようと」

 

「「「はぁ?」」」

 

あきれ返る俺たちを前に、むだに大きく細長い背を窮屈そうに丸めて男は続けた。

 

 

「俺だって幽霊など信じていない、むしろ馬鹿馬鹿しい妄言だと思っている。だから馬鹿らしい話の一つでも、こういう時に皆に振れば気も紛れるかと、そう思っただけなんだ」

 

すまない、しおらしく下げた頭。男の言い分は分からなくもないが、それにしたっておかしい。天然なんだろうか。真剣に怒ることがばからしくなり、怒り心頭な様子だった者は脱力していった。

 

「お前なぁ…」

 

「よりによって幽霊の話するか…?」

 

呆れる空気を察して、高橋は表情のない顔のまま、また軽く首をひねった。

 

「精一杯の洒落のつもりだった」

 

「「「……………」」」

笑えねぇよ!!!

 

その場にいた全員が胸の内でそう叫んだ。そしてその日からしだいに『不笑の高橋』の異名が囁かれるようになった。

 

 

 

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