俺はフショウの高橋だ 作:後味のらーな
【第七師団:小樽の病院】
不寝番とは兵員が就寝中である日夕点呼後から翌朝の起床まで、各中隊ごとに『週番下士官』の指揮の元、二人一組で兵営内の火災、盗難、脱走・衛生の防止のため見回りを行うものだ。
ただ、俺の場合は特殊である。
「今日モマタ熱心ダナ高橋」
「…………三島」
俺はちらりと横目で三島を見た。手元の提灯で照らされた顔の額には、大仏のホクロのように赤黒い銃痕が光る。
俺の不寝番の内容は、一人で医務室周辺を見回り、二階堂を筆頭にした中毒患者から薬品が盗まれるのを防ぐことだ。こんな厄介な奴の小言を聞くことではない。
「今は上等兵だ」
「ハハハ、死人ニモ無愛想ナノハ変ワラナイナ」
「ほっといてくれ」
足早に階段を上がり、医務室の前へ急いだ。
一応ほかの部屋を窓からのぞき見るが、やはりほとんどの患者は寝静まっている。
その間、つきまとう三島を気に留めないよう努めるが、三島の口は開いたままだ。
「ワカッテイル。オ前ハ月島軍曹二目をヲツケラレタ、ダカラ早ク二階堂ヲ捕マエナケレバナラナイ。ソウダロウ?俺ハ傍観スルツモリダッタガ、今日ハ手ヲ貸ソウ」
「………本当に?」
やっと振り向いた俺に、整った顔で三島が爽やかに笑う。
「モチロンダ、遊ビハ平等デナイトイケナイ」
「………これは遊びじゃない」
含みの多い台詞を三島はよく言う。意味不明な事ばかりで、もう聞き返すこともしなくなった。
医務室に着くと二階堂が居た。軍服姿の二階堂が。
「行コウ、隠レンボダ」
「だから遊びじゃない」
二階堂が医務室から離れる。それを合図に、俺もその後を追いかけた。
「足が速い……」
階段を上がるところまでは追いつけた。しかし曲がり角を曲がった所で、見失ってしまう。いつもの状況だった。
「コッチダ、高橋」
壁から上半身をのぞかせて、三島が後ろを指さす。そちらに目を向ければ、たしかに二階堂のさまよう後ろ姿があった。
「……助かる」
「昨日ノ朝モ、高橋ガ医務室二戻ル前、二階堂波決マッテ同ジ場所ニ向カッタ。今日モ同ジ場所ニ向カッテイルハズダ」
「薬室だろ。ヤツはモルヒネを探してる」
「違ウ」
断言する三島に、俺は歩みを止めざるを得なかった。
「……なぜ?」
「お前が第七師団に来たのは、たしか奉天会戦が終わってすぐだった。和田大尉が引き抜いてきた優秀な人材、というお墨付きで。それから二十七連隊には尾形と二階堂が脱走した後、尾形上等兵と入れ替わりでお前が上等兵に昇級してから入ってきた。そうだな?」
「それが今、二階堂の探し物と関係あるのか」
「アル。第七師団、特二第二十七連隊ニツイテ知ラナイコトガ多スギルノダ。ダカラ二階堂ヲ捕マエルコトモ、鶴見中尉ノ信頼ヲ得ルコトハナイ。オ前、ナゼ鶴見中尉ガ金塊二執着スルカヨク分カッテナイダロウ?」
たしかに俺は知らない、第七師団の姿。ただ思い当たる節はある。金塊の話、兵士それぞれの身の上、中尉の思惑、全てが上辺だけの知識で、北の果てでくすぶる野心を俺はまだよく知らない。しかし知った所で、俺の誓った忠誠は変わらない自信はあった。悠々と語る三島を睨む。
「二階堂の行き先を言え三島。俺の居場所はここしかない。俺は鶴見中尉に認めてもらうんだ」
「……………分カッタ、コッチダ。付イテ来イ」
今日しくじれば今度こそ鶴見中尉に見放されるだろう。それだけは避けたい。
俺は三島に案内され、二階堂の後を追った。
背後から見ていると、奴は音も無く病院を徘徊していたが、やがて二階堂は病院から出て行くのが見えた。
「………ナイ…ナイナ…イ…ナイ…ナイナイ」
近くまで追いつくと、二階堂の声がよりはっきり聞こえてきた。
コソコソ隠れながら二階堂をつける。一気に捕まえてしまいたいのは山々だが、それじゃダメだと三島が頑なに言うので、仕方なく静かに好機を見計らう。
ついに、小樽で根城にしている兵舎にたどり着いた。どこかに向かっているようだ、足どりに迷いがない。二階堂の後に続いて兵舎に入り、階段をのぼる。
「なんと言っているんだ……」
「シッ。静カニシロ、ココハ将校部屋ノ近クダ。見ツカルト厄介ダゾ」
「他の不寝番は」
「近クニハ居ナイ。二階堂ヲ捕マエルナラ今ダ」
俺は三島の言葉を信じ、二階堂が入った部屋へひっそり入る。提灯の灯りを消した。窓から溢れる月明かりだけが頼りだ。
「ナイ…ナイナイ…ナイ……」
呟く言葉はそれの繰り返しだった。『無い』と言っているようだが、一体何が無いのだろうか。ギシ…ギシ…と床に足音を忍ばせて近づく。
「何を探しているんだ二階堂」
「………………」
前を向いたまま二階堂がこちらを振り振り返った。思わず俺は息を飲んだ。
「……モルヒネを探してるのか?」
「…ナイナ」
「ないな?ないなって何だ?」
「隠レロ高橋!」
三島の呼びかけに答えようとも、俺の図体が手早く身を隠せる訳がなかった。声に反応して顔を向けるのがやっとだ。振り返った先、立っていたのは三島の他にもう一つ影があった。
「何を探してるんだ、高橋上等兵」
「鶴見……中尉…」
手元には刀剣が2つ。中尉が密かに間合いを取っているのが分かった。
「貴様は医務室で不寝番のはずだが。おかしな事もあるんだな」
「二階堂を探しておりました」
正直に答える。実際、二階堂は部屋の隅にたったまま、こちらを静かに眺めていた。
しかし俺の答えに、中尉は「フー」と首を振った。
「残念だがそれは冗談に数えてやらんぞ高橋。分かりやすく嘘であるし、何より笑えん。この倉庫は二階堂の死に場所だ」
中尉はニッコリ微笑み、人差し指を足元に向けた。部屋が暗いからか、地面に特に変わったところが見られない。強いて言うなら、黒いシミが何点か目立つぐらいだ。
「二階堂は生きています」
「二階堂は死んでいる」
一体何を言っているんだ鶴見中尉殿。大きく食い違う言葉に戸惑うが、鶴見中尉は俺がこう答えると読んでいたかのようだ。笑みを崩すことなく、鶴見中尉は俺に一歩、歩み寄った。
その分俺は部屋の奥へ、一歩後ずさる。
「それとも、二階堂ではなく私に用があったのか?」
「いいえ」
「では本当に二階堂を探してここまできたのか?」
「はい」
「この辺りに二階堂がいるとでも?」
「はい」
質問のたび、中尉は一歩また一歩と俺との間合いを縮める。もう一歩で、剣が届いてしまう距離になった。
「………」
「……………」
息を止めて中尉の瞳を見据え続ける。逸らしてしまえば最後、自分の首が比喩じゃなく本当に飛ぶ気がした。闇の中、静かに中尉が微笑んだ。冷たい汗が俺の首を伝った。
「和田大尉殿が以前、お前をわざわざ第一師団から連れてきた理由をおっしゃられていた。なんでも……たぐいまれな剣技と、死者と意を介す力を持っているから、と。死人に口なしとはよく言ったものだが、お前には縁がないらしい。本来、他の隊であったお前が二階堂がここで死んだことを知るはずがない。二階堂が自分の居場所をお前に教えたのか?」
「教えたのは三島です。三島は、お前は二階堂を捕まえて、本当の事を知るべきだと言いました」
「さも当たり前のように嘘をつくな、それとも冗談のつもりか?さすが不笑の高橋だ。まったく笑えんな」
「冗談ではありません」
「……では証明してみなさい」
「えっ」
ポイと投げられた軍刀。ひとつは手元に残し、床に放ったそれを中尉は顎でしゃくった。
「お前が買われたのは、その不可思議な能力だけではないんだろう。私は剣の腕も見てみたい。もし自分の話が本当だと言うのなら、私をそれで追い詰めてみなさい」
「え、いや、それは」
「遠慮は無用。私も遠慮せんぞ」
構えの姿勢で中尉が剣を向ける。戸惑う暇もなく、間合いを踏み越えて、次の瞬間には胸をかすめていた。
「やはり胸を張るのはいいなあ高橋。心臓が突きやすい」
「っ、中尉」
上官の剣を握るなど、本来は不敬極まり無い。しかしながら今は状況が状況であった。無防備なままでは居れず、仕方なく床の剣を拾い上げて攻撃を受けた。
「おやめください中尉殿。俺の事が信用できないのはよく分かりました。ですがここで剣を交えるのは不毛です」
「信用ならん自覚がお前にあったのか。素晴らしい。だが止めてあげないぞ。止めて欲しいなら貴様の素性をおとなしく吐け」
「俺の素性などすでに調べ尽くしてあるでしょう」
「調べてもロクな事が分からんから尋ねておるのだ」
カァン!中尉殿の突きを、剣の峰で弾いて距離を取る。喋りなら打ち合うのは初めてで、反して話しかけてくる中尉の器用さが恐ろしい。
「和田大尉から何を言われここに来た、吐きなさい」
お互いがお互いの呼吸を読み、間合いをはかる。
剣は付き合わせながらも、静かに機会をうかがっていた。
「大尉殿にはここに入団した日以来言葉を交わしておりません。無論、中尉の行いを阻むようなことなど…」
「フハハ死者と会えるんだろう?玉井伍長が亡くなった後、お前のもとに訪れなかったのか」
「死者は最も執着するものの元へ行きます。大抵が自分の親族や愛している者の所です。和田大尉は来ませんでした。おそらく俺の事を何とも思っていません」
「では、なぜ三島はお前の元へ来た?」
「それは…」
俺が言葉をためらう。それを察した中尉が、剣を前に突き出して間合いを詰めた。中尉の剣は俺の脇腹をかすめて抜ける。
「何を黙っている……本当に三島と会ったんだろう?」
中尉が剣を振り上げたのを、今度は見逃さなかった。斬りかかられた所をとっさに剣で受ける。
「三島は『お前は第七師団を知らなすぎる』と」
「ハハハッ面白い。聞かなくても分かる事をわざわざ三島がお前に伝えたのか」
「第七師団の一員になると、ここで身を捧げるつもりと、その覚悟であります」
「忠誠を誓ったにも関わらず涼しい顔で私裏切っていった輩はいくらでもいる。お前が脱走を見逃した尾形上等兵がその筆頭だ」
「あの脱走は止めようがありませんでした。尾形は俺に聞く耳を持たなかった」
「お前が脱走を手引きしたのだろう」
「いいえ!それは違います!!」
嫌な予感がして、声を張り上げた。しかし中尉はまた俺の心臓に向けて剣を突く。肩に剣先が入ったところを、とっさに横へ避けて距離をとった。
「吐きなさい。あの脱走があった夜、尾形と本当は何を話した?お前は第一師団にどこまでここの事を流した?」
「誤解です。俺は尾形とは何の関係もなく、第一師団との繋がりもない」
「いいだろう。お前の誠意とやらはよく伝わった」
甲高いキィイン!と鳴った剣先。なんとかはじき返す。そして、それを合図に始まったのは、正真正銘本気の殺し合いだった。
「死人に口なし、法螺(ほら)ばかり吐く口は消してやろう」