俺はフショウの高橋だ 作:後味のらーな
【杉元一派:釧路のコタン】
白石と杉元はまだ涼しい夜明けの海を眺めていた。
「………」
海のどこにもアシリパの姿はないものの、杉元から『マンボウを狩りに行った』旨は伝えられていたので心配はしていなかった。彼女が戻ってくるまで、ハマナスの実以外に何かないかと探すが見当たらない。もっと探せばどこかに、と思っていれば一緒に浜まで来ていた谷垣、インカラマッ、チカパシからだいぶ離れてしまっていた。
「高橋ちゃんって何者?」
何の気なしにした白石の問いかけに、杉元は振り向きもせず吐き捨てた。
「なんでお前まで高橋に興味持ってんだよ」
「尾形ちゃんがアレだけ嫌って、杉元は懐いてるじゃん?こりゃただ者じゃねぇなと思ったわけさ」
「懐いてねぇよ、嫌いではないけど」
ただ、関わったのは奉天会戦からの帰り際のみ。友達でもなく、仲間でも今はない。知り合いにしてはお互い知りすぎているが、やはり深い仲ではない。
しかし今思い返せば特別な縁のあった男でもあり、杉元にとって上手い言葉が見つからない存在ではあった。
「あ!そういえば…高橋ちゃんみてぇに、変なモノが見える男と、昔監獄で会った事があるぜ!」
「その男も霊が見えたのか?」
「ああ。生き霊から死んだ奴まで。それを使って占いもできた。よく当たったしな。ただそれを稼業にはしてない。本業は事業家だった。なんでも横浜の埋め立てや瓦斯(ガス)灯の設置を進めたのにひと役買ってたらしい。元々、和洋折衷ホテルを横浜でやってたから、中央の偉い方と仲がいいのも相まって、事業はトントン拍子だったんだとよ。ただ異人(外国人)相手に金勘定したのが、やり方がまずくって法に触れたそうだ。本人いわく、まんまと売られたんだと。恨みを買った覚えがいくつかあったって言ってたな。ま、結局そいつはすぐ仲間の偉い方に呼び出されて、外にでちまったけどな」
「偉い方?」
「そうさ。杉元、それが聞いて驚くなよ。その偉い方ってのはな…」
「…いやにもったいぶるな」
「伊藤博文」
「…………………」
「………の知人」
「なんだよお知人かよぉ白石」
胸をなでおろし、フフフと微笑み合う。なんだ知人か、本人なら怖かった。しかし杉元はふと重大なことに気づいた。
「いやでも、知人の時点で政(まつり)に関わる奴じゃねぇのかよ。十分恐ろしい人脈だ」
「だよな、ハハハ……」
渇いた声で笑おうにも、頬は思ったほど上がらない。
続けて杉元が尋ねる。
「それにしても、そんな身の上の話まで、よく男がしてくれたな」
「馬があったんだよ。奴は根っからの女好きでな、惚れっぽいタチだから見境なく女を口説いてたらしい」
「そりゃ気が合うだろうよ」
軽蔑の眼差しを杉元は白石へ向けた。かまわず白石は続ける。
「それと何度か生き霊の口寄せの術を見せてもらったが、ほんと、見事に言い当てたんだぜ。一度獄内で起こった脱獄を、先に予言してた。何度か予言を外す時もあったけど、本来の儀式を通じた口寄せじゃないから仕方ないってぼやいてたな」
「本来の儀式?」
「たしか……そう、簡単に言うと、宿したい相手と酒を用意して、月か星か忘れたが……酒の水面に映ったそれをすする。するとたちまち、相手の魂が自分に宿るとか言ってたな」
「月と酒」
妙な感覚を杉元は覚えていた。似たようなことを以前にどこかで聞いていたのだ。
「………思い出した。高橋だ」
口に出したところでどんどん類似点が浮き上がってくる。
「……それと高橋も惚れっぽい性格だったな、致命的な口下手だったけど」
「確かその男の名前も高橋だった」
「すごい偶然だ。こんなにぴったり」
「いやーホントホント、こんな偶然あるんだな」
白石と杉元は顔を合わせて、変な感動に浸っていた。お互いが過去にあった者が姿以外にそっくりなのである。もしや、と急に神妙な顔をして白石は言った。
「親戚だったりして」
「………まさかぁ!」
「だよななぁ〜〜!」
あはは、うふふ、と談笑する二人。しかし、突然服に飛び移った小さな影に小さく悲鳴をあげた。
「わッ!!」
杉元の服にしがみつく、小さな影。それの正体を見るや否や、杉元は顔を歪ませて言った。
「やだぁ〜バッタきらーい!!」