俺はフショウの高橋だ 作:後味のらーな
もう徳利は7本目に入っていた。今のところ賭けも負けが少なく、月島殿が手を止める素振りも見せない。どちらにしても勝負がつきそうになかった。
「お前さんなかなかいい読みしてるね。ずいぶん勝ち越してるじゃねぇか」
近くに座る浪人が、俺の手札を見て言った。馴れ馴れしい態度は嫌いじゃない。俺は酒を注ぎながら自分にしては愛想よく答えた。
「どうも」
「この辺じゃ見ない顔だ。流浪の旅でもしてるのかい?」
「いんや、これから船で一儲けしよって考えてたところだ。今の小樽にはわんさか金が集まるんだろう?」
「やはりな」
納得した様子で煙管(きせる)をふかして、意味ありげに笑った。舌の回りが危うい。だいぶ酔っていることが分かる。
「……何がおかしい?」
月島軍曹が視界の端で話を聞いているのを察した。長話にならないよう気をつけて、男から話を聞き出す。
「ヘヘッ、俺もそのつもりで本土から流れてきた一人さ。ただそう上手くはいかなかった。地元の奴に邪険にはされたが、今の小樽は流れてきた者の方が多い。問題はそこじゃなかった、流れ者の中に曲者(くせもの)が混じってたのよ」
「曲者?」
男の手元に酒を注げれば、ますます顔を赤くして口を開く。そのたびに興味は引かれていった。横目でうかがうと、隣の月島軍曹の目もこちらに釘付けだった。
「ああ、豪商の一人が幅を利かせておった。そいつは流れ者からみかじめをせびって、その金を元手に鉄道会社を経営してる」
「鉄道会社………なるほどその豪商一人が小樽の利益食いつぶすつもりだな」
「そうだ。流れ者を総じて仕切り、小樽の土地から札幌まで北海道全部モノにしようって魂胆さ」
鉄道は今や、物と人の要だ。それを景気のいい小樽でやるなら、なおさら繁盛することだろう。
万が一、この勢力が鶴見中尉にとって目障りになるなら、俺たちは全力で潰すが、現時点では手出しする程ではない。
ただの興味本位で自然に問いかけた。
「その曲者の名は?」
「高橋っていうヤツさ」
「「ブフッッ!!!」」
思いもよらない名前に、俺も月島殿も同時に酒をこぼした。二人して咳き込む様子を見て、酔っ払いは首をかしげる。
「どうしたんだい、二人揃って。それと隣のお前さん、俺たちの話を聞いてたんだな?」
「まあまあいいじゃねぇか、面白い話だね旦那。もっと聞かせてくれよ、その高橋ってヤツの話」
「そうだねェ……どうしようかね….」
やけにもったいぶる様子に、何か引っかかるところだが、俺は落ち着くよう心がけて、言った。
「どうした?早く教えてくれよ」
「いやなァ、この高橋って野郎はやり手なんだ。アイツの息のかかった野郎はウヨウヨ居やがる、どこで聞かれててもおかしくない。これ以上話すと俺の命があぶねぇのさ。タダじゃ話せないね」
男がチラリと俺の手札をみる。最初からこちらが狙いだったという訳だ。
「なるほど、そういう魂胆か」
「どうだい?その山の半分くれりゃァ、好きなだけ教えてやるよ。高橋の事を」
「…そうだな………」
顎に手をあてたあと、月島殿の方へ目をやった。これ以上深追いするのもいいが、与太話で長居になりそうなのが気がかりだ。すでにだいぶ居座っている。時計に目をやれば、それは一目瞭然だった。
案の定、コクリと月島殿が頷く。
さっさと負けて、場を引こう。
「悪いがこれぐらいで………」
「それにしても師団が邪魔だねェ」
「……………は?」
突然降って湧いた話題に、あげた腰をすぐ据えた。目をやれば、それを言ったのはほとんど喋らなかった別の浪人のようだった。
問題はそこではない。
「どういうことだ」
「高橋の野郎の口癖さ。『師団が邪魔だねェ』っていつも言ってらぁ」
どういうつもりだ、という意味で尋ねたつもりだった。相手もかなり酔っているようで、察しが悪く、ただの質問として受け取ったらしい。
「高橋が?」
低い声で聞き返せば、ほかの手の空いた男たちから順に口々に声をあげた。
「そりゃもう、最近は特にだよ。奴が行く先々に軍の手が回っていて汚れ仕事には目を光らせてる。大方、軍の方も北海道の土地の利権を狙ってんだろう」
「そうそう。だから軍の息がかかった店は、高橋に上納金は払わねぇのよ。軍の支援金もらってるから高橋に冷たくされようと、怖くねぇ。高橋はそれが気にくわないのさ」
「今の小樽は、高橋派と師団派で分かれてるってェ言っても過言じゃねぇな」
そういう事かと納得する反面、不思議な感覚だ。俺と同じ苗字の男でも随分と師団を嫌っているようで、同じであるのは苗字だけだと改めて思う。高橋はよほど強欲な男らしい。
「俺は高橋派だねェ、なんてったって高橋のが気前はいい。特に女に関しちゃ、金を惜しまない。他も男も巻き込んで遊びやがる。分かりやすくて面白いね」
「俺もだよ」
「俺もそうさ、いくら北鎮部隊といえど、ここのところ軍人さんは態度がでかすぎる。労働者を顎で使う者が多くなった」
「わしも高橋につくなァ。軍人さんは横柄でいけないや。最近ははぶりも悪いし、おっかないよ。この間なんか、誰の断りもなく漁の収穫を半分よこせと言いやがった」
「そうさ、そもそも小樽の街と兵営が繋がってるのが、師団通りの一本道だけというのが不便で仕方ねぇ。何様のつもりだアイツらは」
男たちの舌が回るにつれ、隣の席から息の詰まるような威圧が増していた。
俺は、ちらりと背後に視線を送った。月島殿の表情は不明瞭である。
それでも、ずっと黙りこくった軍曹殿がこの言葉の数々をどう受けたのか、想像に難くない。
「…………」
俺の視線に気づいた月島殿が、傍らに偽刺青人皮を見せた。
「……」
なるほど、軽く頷いた。
これ以上不快な思いをするより先に退散せよ、と言いたいらしい。
納得しきれずにいる、その間にも、季節労働者達の愚痴は続いていた。
「戦争帰りがなんでぃ!アイツら国に食わせてもらっとる癖に態度がでかすぎる!」
「軍もひと皮めくれば、俺たちと変わらん貧乏人の集まりだと言うのに!けしからんわ!」
「そうだそうだ!」
男たちが盛り上がる中、体の内側で糸の切れる音が聞こえた気がした。
そして、そこから体が勝手に動き始めたのだ。
「僕はそう思いません」
どん、と盃を置く音が大きく響いた。これで8杯目の徳利がちょうど無くなった。
しかし、こう口走ったのは酔ったからじゃない。
「…………兄ちゃん、今なんつった?」
「何度でも言いますよ。僕はそう思いません。万が一いたとしても、軍が横柄なのは一部のみだと思います。それかあなた達が、鶴見さんを恐れる心の裏返しで、そう感じるだけではないですか?鶴見さんも月島さんも僕を認めてくれた素晴らしい人たちだ」
つらつら言葉が口から出てくる。
自分で自分の喋ることに予想がつかなかった。とめどなく静かな威嚇のような台詞と、怒りが湧いてくる。
剥製屋が憑いているのだと、やっと悟った。
「威勢良く罵ったところで自分が偉くなったと思わないでください、これだから育ちの悪い人は嫌いなんだ」
「な、なんだてめぇ……」
男たちの声には明らかな動揺があった。
煽り文句と分かっていながら、その気迫に気圧(けお)されていたのだ。そういう俺も自分の物の言いように驚かされている。
「…………」
「………………」
両者とも口を開かない。出方をうかがうような沈黙がしばらく漂っていた。仕切り役の壺振りさえも口を閉ざしてた。
そんな中で、ひときわ大きな声の男がそれを破った。
「半」
ドンと畳に音を響かせ、その手の下に3円(約6万)程の小銭を叩きつけた。「おおっ」と周りの者たちがどよめく。男はこちらをまっすぐ見据えて言った。
「喧嘩をするなら賭場らしく、賭けで勝負しよう。アンタが負けたら高橋派になると誓え」
燃えそうなほど、カッと頭が熱くなる。剥製屋が怒り心頭になっているのが、じかに伝わっていた。
本人にとって、それほど屈辱な事はないのだろう。
「勝負しないのかい?」
しかし、怒りで我を忘れるほど愚かな男ではないしい。なんせ負ければ、こちらの誇りも金も根こそぎ持って行かれることとなる。さすがの剥製屋もその勝負には思い留まっていた。
「…………負ける勝負を買う馬鹿がどこにいる」
これは俺の台詞だった。剥製屋も同意見のようでおとなしい。
「ヘッヘッヘ、たしかにそうだ。アンタ賢いねぇ。場を読んで、そこまで勝ってるだけはある」
木札の山は俺の前に健在してる。
髭に手を当てて、男がケタケタ笑って言った。次の言葉までは。
「しかしなァ………ただ賢いだけで、面白くねぇや」
「面白くない?」
男の言葉に固まっていた。頭を鈍器で殴られたように、しばらく動けないでいた。
「…………わかった」
けれども、しだいに自分が激しく怒っていることに気づいた。そして気づいた時には遅かった。
「爆笑王、あなたならどうしますか?」
「………丁の目だ」
一瞬だけ軍曹殿と目が合う。
俺はすぐそらし、静かに懐に手を入れて小銭をぐいと引っ張り出した。
ちょうど3円、手に握って、「フフッ」ふと笑いがこぼれる。すぐに相手を睨みつけた。
「丁」
放り出した3円に、男はにんまり笑みを浮かべた。
「あんたら面白いね」