俺はフショウの高橋だ 作:後味のらーな
【杉元一派:釧路】
金塊の手がかりである元囚人の姉畑を探し、無事に彼の刺青人皮を手に入れた一行。
その夜、コタンのカムイ達は穢された動物を送る宴を開くと言った。そして谷垣を犯人と勘違いしたおわびにと、その席に招かれた杉元、アシリパ、谷垣、尾形。
宴が盛り上がりを過ぎたころ、谷垣はフチが夢を見たことで死期を悟った話を伝えた。それを聞いて杉元はいったん村に変えることを提案する。しかしアシリパは旅を続けることを決意し、一行は気持ちも新たに進むこととなった。
この会話は、その話が一区切りついたあとのものだ。
「フショウの高橋?」
「覚えてねぇのか」
尾形の問いかけに杉元は首をひねる。
負傷、不祥、不勝。フショウに当てる字はいくつか浮かんでいく。杉元は酒をぐいと飲み干しつつ、記憶の奥を探っていけば、薄ぼんやりと奉天の帰り道が蘇ってきた。
「ああ、あの人」
「ヤツについて何か知らんのか」
「知らないな。そこまで深い仲じゃない」
あの猫背の細長い影がふと浮かんで、懐かしく思う。
そんな杉元の顔を見てか、アシㇼパは興味深そうに尋ねた。
「フショウとはどういう意味なんだ杉元?」
「全然笑えないという意味で、不笑と呼ばれてたんだよ」
「笑わない、ではなく笑えないのか」
「そうなんだよ。あの人がいた歩兵連隊とは奉天の時に帰りがほとんど一緒になって、よく喋ってたな。そーいやあの時から全然笑えなかった」
「よっぽど冗談が面白くなかったんだな、タカハシという男は」
「真面目で悪い人ではなかったんだけどね。なんかズレてるんだよ。笑いどころが」
本人自身滅多に笑わないが、それ以上に口を開けば洒落にならない話が飛び出すばかりだったため、いっそう笑えなかった。杉元の話に、谷垣が補足する。
「高橋はちょっとした有名人だった。俺もあの男とは知らない仲じゃない。アイツは補充兵として内地に戻ったとたん、第七師団の二十七聯隊にきた」
「第一師団からここまで飛ばされたのか。難儀だねぇあの人も。お前は仲が良かったのか?」
「悪くはなかったとは思う。最初こそ寡黙で剣の腕が立つから近寄りがたかったが、話してみれば普通のやつだった。ただ、喋るといっても相談事ぐらいしか話したことはない。『面白くなりたい』『冗談が上手くなりたい』と言われて、何度か話のネタを一緒に考えさせられたぐらいだ」
谷垣がそうつげると、尾形はわざとらしく鼻を鳴らした。
「それを仲が良いというんだろう谷垣源次郎。生真面目同士、実のないことを真剣に語っていたじゃないか。実に羨ましい間柄だ」
「あいつは意味のない話をするやつではなかった。嘘もめったについたことがない」
「ハッ、どうだか」
「お前たちタカハシのことで争うのはやめろ!」
アシㇼパは語調を強めて言った。杉元もそれについで声を上げたが、声色は酒にほだされゆるくなっている。
「そうだそうだ!もお~高橋がかわいそうだと思わないのかよぉ!いくら面白くないからって!」
「………」
尾形は口をつぐむ。谷垣のほうは珍しく杉元が肩入れするので、興味本位で聞いた。
「杉元、お前かばう程仲良かったのか?」
「あの人のことはそんなに嫌いじゃない」
指摘されても杉元が否定することはなかった。たしかに話す機会といえば奉天の帰り道以来なかったが、とはいえその出会いが色濃かったために無下にする気もないのだ。
独り言のように杉元は付け足して言う。
「俺もあの人が嘘をついてるようには思えないしな」
「まんまとペテンにかかって、お前も案外手懐けやすいな」
「そう言うが、高橋の話はどれもふざけてるようには聞こえない」
「谷垣…それが奴の思う壺なんだ。有ること無いこと真顔で話せば、相手にしてもらえると思っている。ちょうどお前達みたいな連中は立派なカモだな」
片眉を上げてそう話す尾形を、杉元は据えた目で睨みつけた。灯が影を揺らし、一瞬の緊張が走る。
「あの人は本気で面白い話がしたかっただけなんだ。たとえクソしょうもない話しかできなくても、いつか大爆笑がとれると夢見てた。ただそれだけだ。悪気なんてない、懐柔しようなんてもっての他だ。これのどこが詐欺師だよ」
「杉元の言う通り、高橋に懐見せたところで、盗られる物はなかった。それにそういうつもりなら、もっと賢く周りを固めていくだろう。鶴見中尉のように」
「………フン」
尾形が鼻で笑った。一方の谷垣は仲が良かったというのは本当のようで、友の悪口に顔をしかめている。
そして一連のやりとりを見たアシㇼパは、隣の杉元へ顔を向けた。
「杉元、タカハシという男の話はそんなにデタラメだったのか」
「デタラメというか……そうだねぇ…話が面白くないし笑えないのはもちろんなんだけど、」
「もちろん…なのか」
「言うなれば、あんまり筋が通らなかったんだよ」
「筋?」
高橋の話題は大抵、悪気がないことは分かるので回り回って笑えるという、いわばブラックジョークに近いものであった。
しかし中でも突飛な話が多すぎたので、不信に思ったり不気味に思う時もあったのだ。