俺はフショウの高橋だ   作:後味のらーな

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古◯任三郎のモノマネが下手な白石。


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【杉元一派:釧路町から離れた道なり】

 

釧路町でそれぞれの買い物を終えた杉元達は、その後釧路町から網走へ向かいしばらく海岸沿いの道を歩いていた。

 

「谷垣ちゃんは高橋と仲よかったんだよな?」

 

話を振ったのは白石だ。

後ろを歩く谷垣は、問いかけに対して少し間を置いてから答えた。

 

「………おそらく、兵営では話していたほうではある」

 

「兵営というと…小樽での生活のことですか?」

 

隣を行くインカラマッの言葉に谷垣は浅く首を振った。

 

「小樽の兵舎は単に潜伏先として利用している、言わば仮の住まいだ。第七師団はだいたい旭川の兵営で生活を送る。高橋とはその旭川で内務班が同じだった。一応小樽の兵舎にも、同じ鶴見中尉の部下として高橋も来るはずだったんだが、ある将校殿の呼び止めで、その時小樽に来ることはなかった」

 

「でも尾形ちゃんが小樽の兵舎から脱走する時、高橋がいたんだよな?」

 

白石がそう言うと、尾形が微かに反応する。最後尾を歩く尾形は目線のみを寄越して、無言の肯定を示した。

 

「高橋は、後から鶴見中尉が旭川から小樽へ呼んだんだ。もともと連れて来るつもりだったのが、それがすぐには叶わなかった。当たり前と言えばそうなんだが、それ以上に長く泳がせておくのが心もとなかったのだろう」

 

「泳がせる?」

 

上官命令で旭川にとどまる、それのどこが『泳がせる』といえるのか。谷垣の説明だと読み取れず、白石は首をかしげる。

 

「高橋って別の上官が旭川に引き止めてたから、小樽に来るのが遅れただけなんだろ。その言い方だとさぁ、高橋がまるで」

 

「ああ……高橋は」

 

「高橋は鶴見中尉に第一師団か中央の間者だと疑われていた」

 

言い淀む谷垣の言葉にかぶせて、そう吐き捨てたのは尾形だった。前髪を撫で付けつつ、鼻で笑う。「ハハッ」と尾形は続けた。

 

「もっとも間者は俺の方だったがな」

 

「タカハシは実際に間者だったのか?」

 

問いかけたのはアシリパだった。面白くなさそうに尾形が答える。

 

「ヤツは違う。前にも言ったが、ヤツは鶴見中尉にご執心らしい。理由はまったくもって分からんがな」

 

「あの人が?」

 

目を丸くして話題に加わったのは杉元だ。

よっぽど意外だったのか、その顔にはありありと『信じられない』という字が書いてある。

 

「嘘だろ」

 

「お前がヤツの何を知っている?俺はたしかに聞いたぞ。鶴見中尉に命を尽くすつもりで第七師団にいると」

 

「あの人がそこまで誰かに、それも男に執着するのが信じられねぇ」

 

「よほど良い条件で第一師団から引き抜かれたんだろーな、それとも…もっと特別な理由か」

 

陽気に付け加えて、白石が言う。妙に真に極まった言い方なのが、杉元も尾形も気にはなったが続けた。

 

「そもそも第一師団から引き抜かれた理由が不明だ、あの鶴見中尉も知らんらしい。別の上官がなんからの理由で引き抜いてきた」

 

「なんらかの理由?」

 

聞き返したのは杉元で、それにすぐ頷いたのは谷垣だ。アシリパも足こそ止めないが、その話に耳を傾けている。

 

「そうだ。なんらかの理由だ。高橋が第七師団に来た頃、それが不明のままだった。ただ、中央に近い上官がやけにこだわって引き抜いた、とだけ確かなことだった。だからか、鶴見中尉が目を光らせて身元を探ったのだが……それでも高橋の身元は分からなかった。いまだに」

 

「ふぅん、なるほどぉ?」

 

白石は声こそ素っ気なくもあるが、谷垣の言葉をよくよく頭で整理するように相槌を打つ。

 

「要するに、高橋という男は中央に関する特別な理由でわざわざ第七師団に補充されたってわけだな?」

 

「そうだ。そして俺と高橋が言葉を交わしたのは日露戦争後、旭川で生活した数ヶ月のみだ。だから理由を探ることも出来ず、これといって仲良く過ごしたわけでもない。それに、俺より仲の良いやつが他にもいたんだ」

 

「……………三島か」

 

目に刺すような光が浮かんでいた。尾形が告げたその名前に、谷垣は顔を強張(こおば)らせて口をつぐむ。

一行は進む足を止めない。しかし、それぞれが意識だけは谷垣に向けていた。それもあってか、谷垣の態度でおそらくその三島が今生きていないことぐらいは察している。さすがに尾形が殺した、とまでは誰も気づくことはなかったが。

 

「……で、白石。突然またタカハシの話題を出したのには理由があるんだろ?」

 

いつになく重く沈んだ空気で、キロランケが言った。いち早くその雰囲気を察し、気遣ってことだった。

 

「さっきから神妙な顔で聞き入って、一体なにを企んでいる?」

 

わざと睨むような物言いで茶化した。キロランケが煙管(キセル)から口を離すと、煙は暗雲が降(お)りるように前を歩く白石の坊主頭へ吹きかかる。

 

「企むなんて大げさな話じゃねぇ。だが俺の見立てが正しいなら、その高橋が引き抜かれた理由が分かる気がわかった気がするんだ」

 

これまた眉をひそめ、さらにわざとらしく声をすごんだ白石を一同は「何言ってんだコイツ」と冷ややかに見つめた。

杉元が呆れ半分で言う。

 

「お前さっきの街で腐りかけの酒でも飲んだ?大丈夫か?頭」

 

「買ってねぇよ、インカラマッちゃんのお駄賃だぜ。もっと身になる物に使うっての!」

 

「それヒモじゃん!谷垣ニシパとお揃いだ!」

「チカパシ指をさすな。それと俺はヒモじゃない」

「ヒモですよ谷垣ニシパ」

 

チカパシたちの言葉をよそに、白石が懐に手を入れる。取り出したそれを、目立つように顔の横にかかかげて言った。

 

「俺が買ったのはこれよ、これ」

 

「新聞か」

 

キロランケが片眉をあげて言うと、答えるように白石がニヤリと歯を見せる。一方で先頭を歩く杉元は愕然としていた。

 

「おい白石……俺はてっきりまた無駄遣いしてたんだと」

 

「ちっちっち、甘いぜ杉元。俺もやるときはやる男よ。今一番必要なのは食料でも寝床でもねぇ……情報だろ?それでこの新聞見たときに、ピンときたんだ。ほらここ、第七師団の事が載ってあるだろ?これは大事な情報源だって見抜いたのさ、俺は」

 

「やるじゃねぇか白石」

 

「見直したぜ白石」

 

杉元とキロランケの称賛の言葉に、「でへっ」と変な声をあげて白石は頬を緩めた。「でもそれは他人の金で買ったんだろ」というアシリパの言葉は流される。

 

「この新聞に第七師団のことと、高橋のことが書いてあった」

 

「なに!?」

 

「ただし、高橋といっても第七師団の高橋のことじゃない」

 

谷垣が驚くのをそのままに、白石は杉元に指をさして尋ねた。

 

「杉元、お前覚えてるか?俺が昨日、高橋ってヤツと似た男が以前同じ監獄にいたって話」

 

「ああ。たしか高橋と同じ苗字、同じく霊が見えて、似た性格、『口寄せ』を本業とは別でやってたっていう、あの」

 

「そうだ。あの高橋が、第七師団の本部と旭川の町ごと一緒に大きく揉めていると書いてあった」

 

 

白石は掲げた新聞を手元に広げて、事の次第をあらかた示して説明する。内容をまとめれば、日用品を売る老婆の話と変わらない。

 

第七師団の本部、参謀長が町長と日露戦争前に交わした約束を無かった事にされたのだ。

約束とは、旭川の兵営付近に住む住民に課せられた町税の減額をする、というものだった。

当初は軍も円満解決を望んでいたようだったが、その時問題になっていた中島遊廓設置反対運動で忙殺され、対応しきれなかった。

中島遊廓の問題とは、兵営付近に新しい遊廓を増やしたい軍と街の対立だ。そして街の風紀が乱れるをことを恐れたその町民たちの抵抗は、日露戦争前から始まり、それ以来遊郭の件でも対立は、今なお続けられている。

 

どちらも日露戦争後に強く町民から訴えられるようになったが、そのように強く申し出を始めたのは日露戦争後で、日露戦争前の訴えは弱かった。というのも、単に町民たちには後ろ盾がなかったからである。師団の上層部もそのことを察していた為、なし崩しで設置に漕ぎ着け、日露戦争後には減額の件も流すことへ意向を変えていたようだ。

けれども日露戦争後になると対立した町の人々には新たな後ろ盾ができた。それが横浜から金の匂いに誘われて流れてきた豪商高橋の会社だった。

町長は高橋の力を借り、中島遊廓設置反対運動にも強く乗り出し、課税減額の件も追求するが、師団の態度はそう簡単に変わらない。

だからよけいに町民にとって師団の印象は悪くなり、師団と町の溝は深まっていくばかりだったのだ。

 

「そうか、本部は住民との揉め事で忙しいから鶴見中尉の行動に目を配る余裕がなかったんだ」

 

そこまでの説明を聞いた時、杉元は深く頷いていた。キロランケが煙管の煙を見つめて言う。

 

「あれだけ鶴見中尉が好きに動けるのも納得だな」

 

「たしかに。中尉が上からお咎め無しなのは……上手く事を隠しているっていうのもあるようだが、本部自体が新聞社や住民に目をつけられて身動き取れないんだろう」

 

「そういうことだな」

 

「…………とはいえ、ここまで叩かれるのを見ると、第七師団にも同情するな。勝手に約束して、無理矢理破ったのは上の奴らなのに、新聞では第七師団を全否定だ」

 

散々戦ってきた相手とはいえ、言葉で袋叩きされている様はさすがに杉元も「言われすぎ」だと察していた。

 

「元々約束をしていた参謀長は何してるんだ?」

 

キロランケがそう言って白石を見る。

 

「たしか…」

 

「死んだ」

 

キロランケと白石はすぐ後ろを振り向いた。

淡々とした口調で割って入ったのは、尾形だった。こちらの様子を観察するように、少し距離を開けて背後を歩く。

白石やキロランケはその存在に声をかけられて初めて気づいたのだった。

 

「当時参謀長を務めていたその大佐は、日露戦争から帰国直後自害した師団長の後を追うように自刃した。どちらも戦争で出た甚大な被害の責任を中央に取らされた、という名目で死んだと」

 

つまり第七師団では、日露戦争を機にして上層部が一気に失われたということだった。軍にしてはとんでもないことだろう。

しかし尾形の口元は片方あがっていた。

 

「名目?それはただの建前ってことか」

 

杉元の口調は冷めている。

 

「建前も何も、死んだことには変わらんだろう。終わった話だ。二人の死はこの件には関係ない。間違いなく二人は自刃した。己の愚行を恨みながら、腹を刺して死んだ」

 

「やけに詳しいなお前」

 

杉元は低く呟いた。問いかけではなく、ほとんどが確信だった。

尾形は喉を鳴らして杉元の視線をかわす。そして横目で谷垣を一瞥すると、また距離をとって歩き出した。

白石は固唾を呑むと、無理矢理声を出して話題を元へ戻す。

 

「と、とにかく死んじまった上層の奴の席に、最近新しい参謀長と団長が補充されたってわけだ。だから町民との問題もよく分かってなくて、膠着状態が続いてるんだと」

 

おおむね伝わったようで、「ほぉ」とキロランケが新聞から身を離して言った。

 

「白石にしてはためになる情報持ってきたじゃねぇか」

 

「シライシよくやったな」

 

アシリパも同じく微笑み、杉元も「そうだよな」と頷いた。しかし白石の興奮はまだ冷めておらず、「それだけじゃねぇぜ」と前置きをすると神妙な顔をして続けた。

 

 

「聞いて驚け、実はその高橋本人が北海道に来てるんだ!しかも小樽に!それも、ほら!新聞でわかった!」

 

「あ、そうなの?」

 

気を高ぶらせて語る白石とは対照的に杉元は『すごいじゃん』と大して関心も寄せずに返事をする。

師団の話とはあまり関係ないのは目に見えていた。そんな話には息を荒くする意味がわからない。

他の者もいまいち話の先が読めず、また白石の話であるから聞き流すように聞いていた。

 

「なんだよもぉ!もっと驚けよ!あの高橋だぞ!横浜の都市開発に関わって、軍やら政府やらに1枚どころか何枚も噛んでる高橋が小樽に来てる!」

 

「いや、うん……だから?」

 

「だからって杉元お前、高橋と仲よかったんじゃねーのかよー!興味わかないのっ!?」

 

「高橋は高橋でもその高橋じゃないから」

 

さらに言うなら、仲が良いというのも実際は微妙なところだったがいちいち否定するのも面倒になっていた。

白石の荒い鼻息に呆れつつ杉元は続けた。

 

「豪商の高橋とは会ったこともない、そもそも俺の知る高橋となんの関係もないだろ」

 

「あるとしたら?」

 

白石の丸い頭がピカリと光る。そして人差し指を額に当てながら「え〜〜〜」と喉に引っかかるような音を鳴らした。

 

「なんだ急に」

訝しむキロランケに、杉元も同意見だった。

 

「ンフンフンフッ…」

 

「なに笑ってんだ腹たつな」

 

「杉元、白石はやっぱり変なもの拾い食いしたんじゃないのか」

 

呆れを通り越して心配をするアシリパ。

杉元も「そうかもしれない」と同じ思いであったが、その先を聞いてみたい気持ちもあるにはあった。

面倒だが親切心で尋ねてみる。

 

「『あるとしたら』ってどういう意味だ白石」

 

「ピカさ〜ん…いい質問です」

 

「誰がピカさんだ」

 

「この記事、お前らはもう読んだよな?」

 

白石が指をさすのは、開いていた記事の裏側だった。見ているはずがない。

 

「読んでないけど」

 

「ん〜ではあなたは読んでいないと認めるぅ…?認めるのかぁ!?」

 

「だからそう言ってるだろ」

「お前が見せてこなかったから読んでるわけないだろーが」

 

キロランケも杉元もいちいち下顎を突き出して喋る白石に、苛立ちが隠せない。

大きく張り上げた声で「でーはぁ、お教えしよう」と体を斜めに構え、わざとらしく微笑んだ。

キロランケの額には青筋が浮かんでいた。尖らせた口がよけいに癪に障る。

「なんなんだコイツ」「本当に腹たつな」「ストゥしまってアシリパさん」

 

「こっちの記事は、豪商高橋の身辺を取材した内容が載ってる。そこに、北海道に来た理由が書いてあった。高橋は旭川のもめ事もあるが、それ以上に人探しのために、北海道へ来たそうだ。なんでも、自分の生き別れた家族がおそらく北鎮部隊に入隊しているんだと、そう言ったらしい」

 

雄弁であるが、話の結末をほのめかすような意味深な口調だった。しかもところどころ早口であったため、理解が追いつかず杉元は曖昧に「あ、うん、そうなんだ」と返事をするしかなかった。詳しいことはさて置き、とにかく金塊にも自分達にも関係のない事情を聞かされていることは察している。果たして聞く価値があるのか、杉元は不安でならない。

大げさな猫背になって語る白石は反応の薄い杉元に、

「ん〜こう言い換えた方がわかりやすいかなぁ?」

と重ねて言った。

 

「ほら…以前話しただろ。高橋と、豪商高橋。二人はもしかしたら、関係があるかもしないと。『もしかしたら親戚かもな』って」

 

「まさか」

 

「そう…皆さんお分かりかなぁ」

 

杉元が唾を飲む。キロランケが煙管に口をつけたまま、吐くことも忘れてその続きに耳をすませた。アシリパや谷口でさえ聞き入っている。

 

「その高橋って男はあの豪商高橋の親戚……いや孫かもしれねぇんだよ!」

 

ひときわ大きい白石の声が空へこだました。

 

「孫?」

 

「孫かよ!?」

 

「まご……?」

 

「ま、孫」

 

「孫か…」

 

「孫ですか」

 

「……」

 

反応はさまざまなだったが、白石の突拍子のない発言に驚きを隠せない。

中でも、それに一番食いついたのは杉元だった。

 

「孫って…それはないだろ。あの人幼い頃にはもう両親の元から離れて祖母と旅をしてたんだぞ。豪商の血が流れてるなら、旅なんてさせず近くに住まわせるなりしておくだろ。会社を継がせることも考えていたなら、なおさらだ」

 

「あっ。たぁ〜しかに!!!!!!」

 

「推理ガバガバじゃねーか」

 

キロランケは煙管を吹かすのもやめて、フラリと前を歩き始めた。「アホらしい、先を急ごうぜ」

それに反して白石はすっかりいつもの調子に戻ると「言われてみればそうか」と眉をひそめていたが、しばらくすると「でもさぁ」と続けた。

 

「どうしても豪商高橋が吐いた言葉が気になる。ここに載ってるこれ」

 

ここ、と指で示しつつ、杉元とアシリパへ新聞を渡す。二人はその紙面を眺めた。

 

「これはなんと書いてあるんだ杉元」

 

「ええと…なになに『亡き長男夫婦が残した孫が軍にいる、その身柄を引き受けたい』との旨を述べて……ってこれ」

 

「いいから続きも読んでくれ」

 

杉元の言葉を遮って白石が頷く。傍らには同じく続きを気にしているアシリパが、杉元を見つめていた。

 

「……」

その様子に杉元も静かに頷くと、紙面へ再び目を向けて、読み上げ始める。

 

 

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