俺はフショウの高橋だ   作:後味のらーな

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俺は若干強引ではあるが「そういえば」と話をそらした。

 

「お前、いくつだ?」

 

この機会に色々探りを入れておきたい。自然さを装って尋ねる。高橋は何も疑う様子なく答えた。

 

「22です」

 

「若いな、どこの出身だ?」

 

「横浜や他の地を転々と」

 

「故郷は?」

 

「故郷……横浜に行く前は弟子屁町(でしかが)に住んでいました。標茶町にいた頃もあり、故郷というほど馴染みはありませんが」

 

「弟子屁町?」

 

「道北にある鉱山近くの町です」と付け足した。

 

「道北…」

 

これは誰も掴んでいないらしい情報だ。高橋の身元が謎に包まれているというのは、ほとんど連隊で知られていた。こんなにあっさり身元が分かるとは拍子抜けたが、聞けることに越したことはなかった。

 

「北海道に住んでいたのか?」

 

「5か6つぐらいまでです。それ以降はずっと離れてましたから、その頃の記憶は薄いですがね」

 

「親とも離れていたのか?」

 

「無理矢理ババァが連れて行ったもんだから、親には滅多に会えませんで……しかし、第七師団へこうして来られましたから最近はしばしば会っております」

 

「ババァ?ババァとは誰のことだなのだ?親戚か?それとも他人か?」

 

「……」

 

「高橋?」

 

その問いかけを境に、高橋は黙り込んだ。しばらくして、その大きな肩をさらに内へ寄せ、ポツリと告げた。

 

「俺のほうが聞きたい」

 

肩は震えていた。

その震えは机の下で膝に強く置いた拳から伝うものだった。

とっさに抱いた疑問だったが、案外『ババァ』の存在が高橋にとって特別であることは明確だった。『ババァ』の素性が明らかになれば高橋について分かることは増えるかもしれない。

 

「高橋……その…ババァというのはお前にとって、」

 

「すみません谷垣殿」

 

俺の言葉を遮ったあと、のろのろと振りつつ

「少し……飲みすぎたようで、もう帰りませんか?」

三島はともかく、高橋は酔うどころか顔を青くしている。

 

「…まだ来たばかりだ」

 

「すみません」

 

「もう飲みたくないのか」

 

言葉を確かめようとすると、机の上をさまよっていた高橋の目線が、ピタと俺の目をまっすぐとらえた。

 

「あなた方が、俺が何者か…危害のない者か気にしているのはよく分かりました」

 

訊かれて、俺は一瞬どきっとする。

さっきの矢継ぎ早の質問があだになったのは目に見えていた。探りを入れていることが早くにバレたのだ。しまったァ……と心中で叫ぶ。

が、なるべく何でもないふうに、

「かっ、かか、考えすぎだ高橋…」

と切り返した。高橋は若干語気を強めて呟いた。

 

「あなただけじゃない、ここの人達はみんなそうなんでしょう。いくら鈍い俺でも気付いていますよ。俺が誰からも警戒され、今も探りを入れられていることくらい」

 

「………」

 

誤魔化しようがなく、ついに俺は黙り込む。

そしてしばらくうつむき加減になっていたが、「ハァ」と息の漏れる音で顔をあげた。

 

「大丈夫ですよ、探りなんて入れなくても」

 

「…………」

 

大丈夫とは何についてか、それも尋ねる前に高橋が弱々しく微笑んだ。

 

「大丈夫です。俺なんて警戒するだけ取り越し苦労。むしろ監視に心を砕くくらいならば、今ここで殺せばいい」

 

「なにを」

 

ハハッと力なく口角をあげたが、慣れていないのか高橋の口元は大きく上下を繰り返し、震えていた。

 

 

「気に入らないんでしょう。俺だって第七師団の方々とわかり合おうなんて思っちゃァいませんよ。それに、他で長生きしたいとも思わない。殺してもらってかまいません。恨みませんから」

 

まるで嘘を言っているようには聞こえなかった。

だがその純粋さが返って気味悪く、高橋の心中を汲み取ることはできない。

返す言葉に困ったあげく、俺は苦し紛れに三島を見た。

 

「み、三島には恨まれるかもしれんぞ」

 

「三島殿が?」

 

「そうだ」

 

ほとんど自分に言い聞かせるようにつげた。

口から出まかせを言うのは苦手なのだが、珍しくこの時はスラスラ言葉が流れでてくる。

 

「さっきは濁したが、実は三島は下戸なんだ。だからほとんどの飲みに行く誘いも断るほどで、もちろん慣れてる店は数少ない。しかし今回、いつも行かない店にわざわざ出向いた。酒も飲んだ。なぜか分かるか……?」

 

「なぜですか?」

 

「ひとえにお前と飲んで、仲を深めたかったからだ」

 

「えっ」

 

うん。驚くのも無理はない、今俺がそういうことにしたからだ。

だがそれ以外は事実である。三島の無茶は思わぬところで報われた。

 

「ここまで歩み寄ってくれた者を前に、そんな虚しいことを言うんじゃない。それにあの戦いを生き抜いたんだ、無闇に『殺してくれ』なんて言うと、死んでいった者に恨まれるぞ高橋」

 

「……………」

 

言葉を続けるも、脳裏には戦争のことがよぎっていた。俺が賢吉の最期をみとった。俺は『生まれてきた役目はなんだろう』と答えの無い問をずっと自分に投げている。

『役目』や『自分』を見失っているのは俺だけではない。そう思うと、自然と目の前にいる男に、少しばかり同情してしまった。

 

「ぐぅ……おえ」

 

俺の隣で、三島が苦しそうにえづいた。

 

「…………帰りましょう」

 

高橋はもう無理に唇を歪めて笑う素振りはみせなかった。俺は「……そうだな」と軍帽を深く被り直す。

 

「ほら帰るぞ三島……だめだ」

 

薄々分かってはいたが、三島は立ち上がれないほど潰れていた。肩を揺するが、顔を赤くしたまま寝息をたてる。頬を叩こうと反応がない。

 

「…どれだけ無理をしたんだコイツは」

 

「三島殿は2〜3杯しか飲んでません」

 

「なっ」

 

「驚きますよね」

 

そう言って高橋は眠る三島にため息をつくが、俺のほうは高橋の酒豪っぷりに驚いていた。5つ以上転がる徳利をひとりで平らげるとは末恐ろしい。

目を丸くして高橋の顔を見る。

その時、高橋が一瞬だけ、目尻をさげた。

 

「まったく…何がしたいのか」

 

おもむろに立ちあがり、こちら側まで2、3歩で近くと軽々三島を持ち上げて背中へ乗せた。

 

「帰りましょうか」

 

「そうだな」

 

両手の塞がる高橋に代わって、店主には俺からお代を渡した。それぞれの分は後日もらうとこいうことで合意して、帰路に着く。

 

のちに高橋が吐いた『22歳、弟子屁町出身、現在しばしば親と会っている』という情報は、鶴見中尉に伝えた数日後に分かったのだが、すべて偽りであったらしい。

調べた者が言うには、高橋は第七師団へ来て以来の外出記録は一切なく、さらに言えば弟子屁町に高橋という者は住んでいないという。22歳というのも、高橋が出兵したのは22の時だったのでありえない話だった。

当然信用されていないことは承知のうえであったが、それでも俺はそのことを知らされた時複雑な心持ちでいた。

 

あのときの受け答えは迷うような間がなく、すべてがその場しのぎの出任せで言っているようには思えなかったのだ。

なにより、あの三島を見守る目つきから、高橋には思うより害はなく、むしろ意外とお人好しな性格じゃないだろうかと思うほどだった。

 

「もしやそう思わせること自体が高橋の策略ではないか?」

 

酒保(※兵営内にある購買)でそのあとの様子を伝えていたときのことだ。

三島は俺がそう打ち明けると、冷や汗を流しながらつげた。

 

「そこまで策士だろうか……」

 

首をひねる俺に、三島がまた付け加えて言う。

 

「あの男ならやりかねん」

 

三島、お前が高橋のなにを知っているんだ。少なくとも高橋は先日酒でつぶれたお前をおぶって帰ってくれたんだぞ、と喉まで言葉がでかかる。

 

「……たしかに油断のならない男ではある」

 

一理あることには違いない。

実際、高橋の問答の裏は取れなかったし、今はどうかしらないが『第七師団と分かり合うつもりはない』とはっきり言った。

一夜の酒で人柄が分かるわけではない。

高橋はまだ信用できないんだ、そう自分に強く言い聞かせた。

 

 

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