俺はフショウの高橋だ   作:後味のらーな

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※遅れて申し訳ありません…細かい修正後ほど行います。


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【谷垣の回想:旭川第七師団兵営、酒房】

 

 

時は11月の中頃というが北海道では真冬と変わらぬ寒波が押し寄せていた。遠くのぞむ山々の頭は雪化粧に覆われ、腹のあたりはすっかり白く、霞の中に消えていた。

 

「3週間後だそうだ」

 

酒保の向かいにある酒保庭園に置かれた長椅子に並んで座り、そう切り出したのは三島だった。平時は内務班の寝泊り部屋に火鉢があるから、そこへ暖をとろうと集まる者の群に混ざるわけだが、話をするのに都合が悪いと三島が言うのでわざわざ外に場所を移していた。

 

「3週間?」

 

思わず吸い込んだ息が鼻を刺す。袖を通した外套では心もとない寒さだった。隣の毛布製外套に身を包む三島を見やるが、それでも耐えられん寒さなんだろう、険しい顔で首をすくめていた。

震えか頷きか分かりかねる動きで三島が顎を引く。

 

「鶴見中尉殿と共に、小樽の兵営へ移るという話だ」

 

話の要旨を聞かされて、ようやく人気(ひとけ)の少ないこの場へ呼ばれた意味を察した。パラパラと酒保を出入りする数名に気を配りつつも俺は

「そうか。いよいよ……」

と目を伏せた。

覚悟していたことであっても、先のことを思えば複雑だった。

 

「ああ。もう人皮の目星はいくつかついているらしいから、小樽へ着けば忙しくなるぞ」

 

そんな俺の心境など知らず、三島の声は弾んでいる。

 

「何名ぐらいがそこへ呼ばれている?」

 

「だいたい五十名前後だろう。そう大勢連れて行くわけにはいくまい」

 

「それもそうだ」

 

「小樽はここより冷え込むらしい、用心せねばならんだろうなぁ」

 

「高橋も来るのか?」

 

「……」

 

隣で身を固くしたのがわかった。俺の肩にも自然と力がこもる。

少し間をつくり、三島は口を開いた。

 

「鶴見中尉はそのつもりだそうだが……」

 

言いかけたところで三島の言葉が止める。

 

「高橋」

 

呟く三島の見る先へ同じように目をやれば、数名の男に囲まれて酒保の裏へと入って行くのが見えた。

高橋は男たちに何か怒鳴られているようで、まだこちらに気づいている様子はない。

 

「何の騒ぎだ?」


「高橋のやつ…また何か見当違いを言ったな」

 

「『また』?」

 

俺の問いかけに、目では高橋たちの姿を追いつつ三島は頷いた。

 

「最近やつとよく喋るようになってな……それでわかったんだが、高橋はあまり他人の言葉の裏が読めないらしい。言葉をそのままに飲み込み、疑うところを知らない。その素直さは純粋な子供のようでもある。ただそれが悪いことに、思ったことをそのまま言うタチでもあるらしく、言葉に遠慮がないと言うか…なんと言うか‥」

とその顔には苦渋の色が浮かぶ。一方で俺は三島から高橋の話が聞けたことに驚いていた。

 

「お前たちが内務班で喋るのをたまに見かけてはいたが……そこまで知る仲になるとはな」

 

数日前に高橋と飲みに行った時、帰りこそ穏やかだったとはいえ、その態度は一貫して固かった。途中、怒りをあらわにする場面もあったから、もう腹を割らせるのも無理かと胸の内で思っていたのだ。

 

「そうだろう。俺でも今だに不思議でならない」

 

それは当の三島も似た思いであったようで、首をひねっている。

 

「思えばあの飲みに行った夜からだ。あれ以来、あいつが俺に話かけるようになった」

 

「駄目元の作戦だったが、案外効いたらしい」

 

よかったじゃないか、と付け加えると三島がますます腑に落ちない表情になった。

 

「そうなんだが……これが想像以上に気を許されているようでな。谷垣、聞いてなかったんだが…俺はあの夜潰れた際に何か高橋にしていたか?」

 

谷垣は迷うことなく、数日前の夜を思い返す。心当たりは大いにあった。あの夜とは、酒に呑まれて意識が怪しい三島に代わり、俺が高橋の相手をした時の事。あらかた会話の内容を先に述べたような情報も合わせて伝えていたが、その折に三島を使って疑心を抱く高橋を煙に巻いたことまでは言い損ねていた。別に話すほどのことじゃないと、重く見ていなかっためだ。しかし三島の話から察するに、あの時の俺の説得が自分で思う以上に高橋の中の三島の印象を大きく変えた可能性がある。

今さらではあるが、そんな推測と事実を交えながら俺はことの経緯を三島に話した。すると三島はパチパチと何度か瞬きをしたが、「よくやった谷垣」とすぐ笑って見せた。

 

「嘘も方便、俺の本心とは違えどうまく高橋を懐柔できたなら上々だ」

 

「…それならいいが」

 

「気に病むことはない谷垣。高橋の腹が割れれば、鶴見中尉もさぞお喜びになる。見ていろ、このまま高橋を飼い犬のように手懐けてやろう」

 

そう得意げに言いながら三島は椅子から腰をあげる。

どうしたんだと目で追うと、三島は振り向きざまに不敵な笑みを浮かべた。

 

「物は試しだ。怒鳴られたあいつを慰めにいく。あいつに恩を売れば、飼いならすのもたやすいだろう」

 

「……そうかもれないが」

 

俺の言葉尻も待たずに、三島はそのまま酒保の裏へと一直線に向かった。渋々俺も雪についた足跡をなぞるように後ろをついていく。

酒保庭園は酒保の目の前にある。その酒保の裏へ行くことなんてほんの数分で足りるが、それでも人気(ひとけ)のなさで静まった道のりは少し長く感じた。

裏へ回る際、チラリと酒保の中をうかがうが、火鉢に数人が当たっているだけで変わらず静かだった。

 

「………!」

 

ただ、ひとりだけ集まりから離れ、冷気漂う窓のそばへ顔を寄せる者があった。それが尾形上等兵だったのでなんとなく目を逸らす。こちらを振り返ったように思えなくないが、気づかないフリをする。

 

「なんだと貴様!もう一度言ってみろ!!」

 

怒声に導かれ酒保の裏まで回れば、そこには案の定、男三名に壁へ追い込まれた高橋の姿があった。

 

「なにしてるお前」

 

「離してやれっ」

 

駆け寄ると、真ん中の男が高橋の胸ぐらを掴んでいたのが見えた。ただしその男と高橋の体格差は大きく違い、遠目では完全に子供が大人に背伸びして、ごねている絵面になっている。まったく高橋が困っているようには見えないが、相手の男の形相から俺たちはその二人の前に飛び出す。あわてて三島が胸ぐらを掴んでいた男を離し、俺が高橋を制した。

 

 

「なんだなんだ。離せ!おい貴様謝れ!早く謝れ!」

 

男はその身軽さから三島の腕に収まってはいたが怒りまでは収まりきらず、その手足をでたらめに振り回し三島を打つ。

 

 

「コイツが何かしたのか?」

 

俺がその男にたずねると、傍観に徹していた周りの二人が目元を歪めて言う。

 

「何したも何も、喧嘩を売られたから買ったまでだよ。この男がコイツの背丈を侮辱した」

 

「背丈?」

 

「高い場所にある窓をコイツが閉めようとした時、後ろからこの男が閉めた。そこまではよかったが、そのあとこう言ったんだ。『絶対に届かないんだから無理しないほうがいい』と。そして続けざまに『ひと目で届かないことが分からなかったのか……?』と聞いてきた」

 

ひととおりの話を聞けば圧倒的に高橋に非があった。嫌味とすぐにわかる台詞に、俺でさえ思うところがある。

三島に押さえられている被害にあった男は

「図体もでかけりゃ態度もでかいな!」

と嫌味を吐き捨てた。対して高橋の方は

「いや、その理論はおかしい。今俺はお前と対等に話してるつもりだ。であるのにお前の図体が小さいままなのはなぜなんだ?」

と真顔で火に油を注ぐ。

 

「ブン殴ってやる!!」

 

「待て待て待て待て!!」

 

三島が押さえるが、なおも男はそこから身を乗り出して高橋を殴ろうとする。背丈にしては中々の跳躍力だった。

俺も両脇からこちらを睨む男たちに「いったん落ち着け」と両手を向けて呼びかける。

 

「聞いただろう、この男まだ嫌味を言う度胸があるらしい。そこをどけ」

 

鋭い目つきで男たちは俺に迫る。俺はその言葉に何も返せなかった。

言いたいことは充分分かる、むしろ高橋の言動のほうが理解しがたいのだ。

そうこうしていると、背中越しに顔を出していた高橋が平然と言った。

 

「俺は嫌味なんて言ってない。質問したんだ。どういう理論なのかはっきりさせてほし…」

 

「お前は黙ってろ高橋!」

 

声を張り上げてたしなめるが、相手はそのひとことで臨戦態勢になった。三島が腰を低くし、「落ち着け、いったん」と繰り返すが耳に入っている様子はない。

 

「貴様……!」

 

「いい加減にしろよ…」

 

三島が抑え切れないでいた取り巻き2人が、こちらへゆっくり歩み寄る。じりじりと高橋は俺ごと壁へ押し迫られた。

ガチャンとガラス窓に高橋の背中が当たり、ついに逃げ場が無くなったことを悟る。

このままでは壁として立ちはだかっている俺も巻き込まれるのでは、いやもう巻き込まれている。

男たちが拳を振り上げた。だめだ俺が殴られる。覚悟を決めた。

 

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