俺はフショウの高橋だ   作:後味のらーな

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【第七師団:小樽の街中】

 

偵察作戦2日目になる今夜。昨日のように三名の兵を引き連れ、二階堂と共に油問屋に赴く。

盆を間近にした北海道の夜は肌寒く、夜風は首元を突き抜けた。昼間が沈み込むような曇り空であったから、今夜はひと雨降るやもしれん、と心の内で思う。

街の大通りは静かだった。民宿や飲み屋の橙色に灯る光以外、すべての家々は息を潜めている。砂利を蹴る音が際立って響くので、ピンと緊張の糸が張る。

そんな矢先、口を俺の耳へ寄せて剥製屋が金切り声を上げていた。

 

「高橋サン!イツニナッタラ、ソノ体クレルンデスカ!?僕ズット待ッテルンデスヨ!?」

 

下半身のない剥製屋は、腕を俺の首へ回し、おぶられるようにしてその身を俺に乗せている。振り払う隙もなく、突然肩に身を乗り出してきたのだ。

 

「チョット貸シテクレルダケデモイイト言ッテイルデショウ!?コンナニ譲歩シテルノニ!アナタッテ人ハ聞ク耳持タズデスカ!?」

 

俺は今夜の作戦に集中したかった。剥製屋が肉体を持たないのを良いことに、口が閉じることはない。しかし剥製屋も一筋縄ではいかない。

俺が無視するのも分かっていて、わざと耳の近くで叫ぶのだ。しかもご丁寧に、内緒話よろしく耳に手まで添える。

 

「無視シテモ無駄デスカラネェ!聞コエテルデショ!チャント僕ニ体ヲ貸スト誓ッテクダサイ!」

 

「…………」

 

「ソノ体ヲ貸スト、早ク!僕ニ!誓ッ!テッ!ウワアアアアン!」

 

最後には頭を前後に譲りながら叫んだ。だが俺は足を止めなかった。中尉殿直々の依頼に、雑念など抱きたくはない。ましてや剥製屋の戯言へ耳を貸し、緊張の糸を解くようなことあってはならないのだ。そう簡単に俺が相手をすると思うなよ。

 

「………チェ」

 

変わらぬ態度の俺に剥製屋は観念したのかと思った。しかしそれも束の間、次の瞬間低く潜めた声で剥製屋は言った。

 

「コレ以上無視スルナラ僕ニモ考エガアリマス」

 

いつになく冷淡な口調で言うのでひっそりと警戒して、その続きを待った。

 

「夜ニ無理矢理取リ憑イテ……ソノ『愚息』ヲ去勢シマスカラネ!!」

 

「わかった、わかった検討する。だから下半身には手を出すな」

 

剥製屋の方へ首を回す。俺の肩に顎を乗せる剥製屋の横顔は、それでも不満そうに前を向いていた。口を尖らせて「マッタクモォ」と呟く。

 

「最初ッカラ誓エバイイモノヲ。高橋サン、僕、本気デ怒ッテマスカラ!無視バッカリサレテ傷ツキマシタ!約束破ッタラ去勢シマスカラネ!本気デスカラ!」

 

「やめてくれ俺の愚息に罪はないだろ、俺の愚息がお前に何をしたっていうんだ。ナニもしてないし、ナニもできてないじゃないか。この世で何も成し遂げてやしないんだ見逃してやってくれ」

 

「今後ノ活躍モ期待デキナイノニ?」

 

「俺が期待している」

 

「活躍デキルトハ限ラナイデショ、頑固ダナァ。高橋サン…ソンナニ去勢ガ嫌デスカ……?案外失ッタ後ハ気楽デイイデスヨ」

 

まるで過去に経験したかのような口振りに、僅かに開けた口が塞がらなかった。視線を恐る恐る自らの肘辺りに移しす。剥製屋の上半身の途切れ目がそこにあった。と言っても背中越しであるため、姿は毛皮の影しかうかがえない。しかし今は見えない、俺の背後ろに隠れたその先を想像すると、冷や水をかぶったように肝が冷える。おそらく今、俺の顔は病人のように青くなっていることだろう。

 

「高橋サン、ソンナ呑気ナ顔シテテ大丈夫デスカ?」

 

「呑気な顔だと?」

 

「前見テクダサイ」

 

言うや否や、俺の体が何かによって弾かれた。

見ればそこには、先導していたはずの二階堂が立ち止まっており、不機嫌そうに寄せた眉を向けていた。

 

「何よそ見してんの。潜入に慣れてきたからって気でも抜けた?」

 

そんなはずないだろう、と否定しようとしたが、見上げると二階堂の背には油問屋が光を放ってたたずんでいる。

歩きながら話していたせいで、着いたことにも気付いていなかったのだ。

返す言葉もなく黙っていると、二階堂は畳み掛け言う。

 

「それともあの占い師に茶化されたこと信じてるの。鷹括って、今日は獲物は来ないと思ってるんでしょ高橋ッ」

 

「そんなことはない。そもそもあいつは占い師じゃないと言っているだろ。弟子を自称するにしては胡散臭いオヤジであったし、なにより口寄せもいい加減であんなもの当てになるわけが……」

 

「それなら勤めに集中しなよ」

 

「……………すまない」

 

もっともな言い分には素直に頭を下げることにした。何にせよここからは気を引き締めねばならんのだ。

 

「怒ラレチャイマシタネ〜ッ!」

 

「………………」

 

もはや剥製屋の小言も関係ない。肩に肩を重ねる状態には気を留ないことにして、緩んだ心を立て直す。二階堂の横をすり抜けて足を一歩店の敷居に入れた。

 

「親父よ、いるかィ。五名だ、上がらせてもらうよ」

 

暖簾をはねて、屋敷の中に大きく身を滑らせると、蒸し風呂のような熱気が突風になって体に吹き付いてきた。そして同時に、男たちの熱狂する声が耳に届く。玄関のすぐ横にあった座敷で、半丁賭博が行われていたのだ。

 

「あらら旦那ッ」

 

「景気がいいね今晩も」

 

座敷で尺をしていた主人は俺と目が合うと、肩を縮め、壁へ身を添わせてなんとか群れから抜け出てきた。

 

「あ、あの今日も長くいらっしゃるんで?」

 

「そのつもりだ」

 

男はいかにも困ったような顔を作って、「そうですか…」と声をもらす。その様子に脅しをかけるように、俺は声色を沈めて言った。

 

「探しているの者が来るまでは居ると言っただろう。お前も了承したから金を受け取った、そうなだな?」

 

念を押すが、返事に渋っているのか店主は地蔵のように静かだった。目だけが忙しなく暖簾の外と俺を行き来している。

ここの店主には、昨日の夜の帰りに金を握らせていた。第七師団であることと、これから探し人を待つために店へ通うこと、他言無用と了承させて昨晩は引き上げたのだ。

本来は稲妻達に勘付かれないために、誰にも明かさぬはずではあったが、外を見回っていた軍曹殿の指示で店主も抱き込むこととなった。ただ、抱き込むと言っても、『人皮』の話は出さず、人探しというていで話をしている。

勘のいい店主に先手を打つと言う意味もあるだろうが、大きな要因は『高橋の弟子』と自称する男の出現にあるだろう。あの男が万一に人皮を嗅ぎつけ来た輩だったなら危うい。そのうえ、店主との仲も良好と見えた。店主をこちらの監視下に置くという意味でも金を握らせる価値はあったのだろう。

 

「そこまで気を揉まずとも、用が済めば二度とは来ない。それまで辛抱するんだ」

 

「そうですがねぇ……」

 

「……………何か言い分があるのか?」

 

けっこうな金を受け取ったにも関わらず、何か言おうとしたのを横目に制した。

 

「いえいえとんでもない」

 

店主は気のいい笑顔で顔を振る。これで少しでもおとなしくしてくれるかと期待したいところだったが、不安の種は目先にあった。

 

「ところでオヤジ」

 

余所行き(よそゆき)の声を発して俺は座敷に目を移した。

 

「賭博するのは上の座敷と決まってなかったかィ。一体どうしてこんな玄関口なんかで賭けに興じてンだ」

 

そう、昨日の晩までは二階の座敷で賭博が行われていたはずだった。それをいきなり一階の座敷でやるようになったのか、理由が理由ならすぐにでも軍曹殿に報告しなければならない。

 

「アタシが申し上げたんですよ、お二階は『気』の流れが不吉ですからこちらに移しなさいなって」

 

口ごもる店主より奥から大きな声が飛んできた。

それは座敷の奥で腰を据える壺振りの一人があげたものだった。

 

「お前は……昨日の……」

 

その男は、偵察の初日に突如現れた雨雲。『自称』高橋の弟子を名乗る中年の男だった。

男は仕立てのいい鼠色の羽織りと着物で溢れ出そうな体の肉を包んでいる。しかも頭は白髪まじりのおかっぱであるから遠目で見ると、その姿は腐った鏡餅だ。

 

「またいらしたんですねカタブツの旦那ッ。さあさ、お連れさんともお座りなさいな。こっちにこっちに。今日はアタシが振りますヨ」

 

赤子のように小さい手を仰いで手招きする。この胡散臭い男に従うのがシャクでならない。何より座れと言われてもすでに男達が各々陣取って場所という場所はなかった、壺振りの真横以外は。

 

「どうしました旦那。こちらに場所をこしらえましたよ。どうぞ、アタシの隣に」

 

持ち上げた頬の肉で男の目尻が埋まっている。

この男の笑顔には、やはり虫酸が走る。

俺が答えもせずにジッとしていると、賭博をそのままにして他の客が鏡餅に尋ねた。

 

「なんだ、アンタの商売敵かい?争い事なら外でやれよ。面倒だからな」

 

「いえいえそんな訳がございません」

 

男はヌッと首を下へ傾けて、俺を横目に語り出した。男の声は講釈師のような語り口であり、闇夜によく響く。

 

「たしかにあの方はアタシに昨晩苦言をおっしゃられた。アタシが月夜のあの日に口寄せし、ピッタリ心中を当ててみせたにも関わらず、なんとなんと『占いなんて嘘八百。でたらめな口寄せをして人を惑わせるな』とおっしゃった。しかしながらアタシの占いは先ほど皆さんに披露した通り、何度も何度も的中するのでございます。どのような隠し事も当ててしまったでしょう?あの晩も同じくして、パンッスパンッと他の方の胸の内、それはもう当てて回った。あの方もご覧になった。それなのに頑として『口寄せ』を認めようとはしないのです。詐欺だなんだと決めつけるのです。

しかし人と人の縁には意味がございます。どんな言葉を交わそうとも、ご縁は縁。

それにあの方とは、むしろ巡り合うべくして巡り合った仲でございます。争うなどとんでもない。ねぇ旦那」

 

言葉を切った瞬間、ザーーーーと戦車が外の道を駆けていた。

 

「おやおや雨が降り出しましたね」

 

砂利が跳ねるほどの大雨だ。この男が講談を披露すると同時にポツリポツリときて、言葉を重ねるたびその雨脚が増していたのだ。

自称高橋の弟子が挑発するように視線をよこす。俺は何も答えなかった。

話を振った賭博客が「ほお、」と息を吐いて続けた。

 

「………そうかいそれならいいんだ。それにしてもアンタの声はよく通る。壺振りに向いてるな。それより賭けの手が止まってやがらぁ、さっさと続きを始めろアンタ」

 

「はいはいただいま。ほら、旦那も早くいらっしゃい、仲直りといきましょう。それともなんですか、怖気付きましたか」

 

「……………」

 

分かりやすく焚きつけようとしていることぐらい、察しの悪いと言われることの多い俺でも分かっていた。いい加減に、拳で決着をつけても構わないだろうとも思う。ただその行動の裏が読めないまま、安安と喧嘩を買うわけにもいかない。

もしこの場を荒らだて、我々が第七師団であると知られれば潜入作戦の意味をなさない。

 

「……………二階堂、俺はこの場はから引き上げる」

 

俺が消えれば済む話。後は頼むと背後に立つであろう二階堂の方へ首を回す。

しかし暖簾をくぐった人影に、俺はその目を見開いた。

 

「なにを怖気付いとるのだ貴様。早くあの男の隣に座れ。私も座ろう」

 

「なぜここに………?」

 

その方は紺の衣を淡く濡らしていた。頭から雨に降られたようで、整った艶髪の先から大粒が肩へ足へと滴り落ちる。外で走ったんだろう、少し着崩れして身なりは平民に等しい。けれどもこちらに向けてゆったりと称えた笑みには、場違いなほどの気品があった。

 

「まったく貴様は気の弱い男だな。高橋じょ…」

 

遮るように新たに現れた人影が嗜めた。

 

「コイツのことはここでは高橋とお呼びください鯉戸さん」

 

「あなたまで………」

 

鯉登少尉殿の後から姿を見せた軍曹殿も、農奴とも似た身なりであった。二人して散々降られたようだ。

 

「通り雨に降られたんだ。しばらく賭けに興じて止むのを待つ」

 

「でも、それだと」

 

こう、ぞろぞろと駆け込めば怪しまれてしまう。今でさえ客の面々はこの状況を嫌に静かに眺めていた。ボロをだそうものなら、それこそすぐに兵隊であると暴(あば)かれる。

しかし、鯉登少尉殿の視線はあくまで正面で、俺や他の客には一瞥もくれない。

 

「さあ賭けを続けろ。私はニシンで稼いだ金を集めてきた。これで賭博ができるんだろう?」

 

そう言いながら、牽制を含む客の視線を押し分けて、壺振りの正面へドシリと腰を据えた。

その堂々たるや、これは只者ではないと思ったか、客もその勢いに呑まれて口を閉ざす。

たとえ見え見えの嘘であっても、こう自信満々に振る舞えば成金ニシン屋の息子ぐらいには見えてくる。

 

「お前も座ればいい。ちょうどそこが空いているぞ」

 

賭場なんて入ったことないどないはずなのに、少尉殿は勝手知ったる風にして壺振りの隣を顎でしゃくった。

 

「………あの」

 

どうしたらいいか、月島軍曹殿へ指示を求める。だが軽く肩を突かれただけで、なんの言葉も掛けてはくれなかった。

二人に雨宿り以外の目論見があるのは明らかだ。それも俺に関係する企みだろう。

月島軍曹殿は静かに少尉殿の右隣に腰を下ろした。

それに続いて二階堂や他の兵も奥の座敷に各々場所を作って、あぐらをかいていく。

俺は玄関口で置いていかていた。状況を飲み込めないでいるのは、俺だけだ。

 

「…………わかりました」

 

腹を括り、流れに身を任せることにする。俺は草履を脱ぎ揃え、用意された席へ腰を下ろした。

 

「そいじゃ旦那方、仕切り直しといきましょうかァ」

 

張りのある声が場の空気を一変させた。

木札を囲み、男たちは壺振りの手元に集中する。そんな中で、壺振りの隣に座する俺は男たちと同じく賭けに挑もうとされる少尉殿の姿をどこか不安に思っていた。

 

 

 

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