俺はフショウの高橋だ   作:後味のらーな

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【杉元の回想】

 

 

「一発芸をやるよ杉元」

 

奉天からの帰り道の船、艦内ではほとんどの者が昨日の呑み過ぎで意気消沈する中、高橋が平然とした様子で声をかけてきた。

 

 

「ちょ……せっかく休憩時間なんだから、面倒なことやめてぇ?」

 

「面倒とは失礼だな。俺が寝ずに考えた芸だぞ、今聞かずしていつ聞くんだ貴様」

 

「いつまでも聞きたくないよ…やだよ絶対面白くないもん」

 

「聞いてもないのに決めつけるな、面白いかもしれないだろ」

 

「やだぁ」

 

「仕方ない、じゃあこうしよう。芸ではなく話のネタをやろう。応用がきくだろう」

 

「いらないってばぁ。何、なんで自信満々なの?嫌な予感しかしない」

 

「聞け。あのな、昨日お前が眠ったあと、」

 

「やだっつってんじゃん、ねぇ!?そういう強引なのだめなんだよぉ!?だめなんだよぉ!?」

 

「お前が眠ったあと、俺は何も喋らない三輪と山田があまりにつまらないので、2人に断って席を外したんだ」

 

「この時点で笑えないよ……?」

 

「俺は厠に行くフリをして、廊下の窓を眺めていた。すると窓に二つの白い点が並んでいてな。俺はそれが何故かすごく気になった。汚れか?とよくよく目を凝らして見てみると、だんだんその汚れが楕円になっていく。それで、じっとしばらくして見ていると、ふと気がついた」

 

「な、何に?」

 

○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

【杉元一派:釧路海沿いの道中】

 

 

「『汚れじゃなくて目玉だったんだ、それ』って」

 

杉元が沈んだ顔色で言うと、アシリパと白石は身を寄せ合って息を飲んだ。白石が震える声で言う。

 

「そ、それでぇ?」

 

「それで、あの人平然と続けたんだ。『女が窓の向こうから俺を見ていて、その瞳だけが白く浮かび上がって見えてたんだ』と。」

 

「ずっと見つめ合ってたという事か?」

 

「そうなんだよ。でさぁ、それから『俺はそれに気づいて、急に恥ずかしくなってな。名も知らない婦人を無遠慮に見てしまったから、とっさにこう口走ってしまった』」

 

「な、なんと言ったんだ」

 

「高橋のやつ、無表情で…顔真っ赤にしながら…『あなたがあまりにお綺麗なもので、見惚れてしまいました。よければ一緒に寝ませんか』って」

 

「ん?」

 

予期せぬ話の展開に、白石もアシリパも固まった。この状態で?いきなり?と一気に言ってやりたい言葉が浮かんでいく。白石が困惑気味に杉元に聞いた。

 

「ちよっ………え、まって、え〜……、これどういう話?」

 

杉元は答えず話を進める。

 

「高橋がそう言うと、その女、次の瞬間消えたんだって。で、そこまで話すとあの人すごい自信満々に『どうだ、これは笑えるだろ』って」

 

「あ……うん?」

 

話について行けず、置いてけぼりになった白石とアシリパが真顔で黙り込んだ。なんとか話を飲み込もうとはするが、考えても考えても疑問が尽きない。

 

「いやもぉ、笑えばいいのか泣けばいいのか……」

 

「怖い話なのか?」

 

「一応船にある窓は外側についてる窓しかない。外から誰かが覗けるはずないし………船内に居たとしても、看護婦さんは別移動だから実質船には男しかいないはずだ」

 

「じゃ、じゃあ洒落にならない話じゃんソレ」

 

「確かに面白くないな」

 

「なんだよ〜こんな出先に怖い話すんなよぉ!」

 

そんなチカパシの嘆きに、聞いていただけの谷垣も頷く。

 

「網走への旅路のげん担ぎにと、面白い話を頼んだはずだが?」

 

「面白いと言えば昨日の高橋が浮かんで。白石も興味ありそうだっただろ」

 

「そういう話だと思わないじゃん」

 

口を尖らせる白石は、昨日の宴で高橋の話が話題になったとアシリパから聞いて、最初「俺にも教えろ」とせがんでいた。「本当に笑えないぞ」とアシリパと杉元を始め4人から忠告されたにも関わらず、教えろと言ったのだ。

聞いたあとで杉元が責められるいわれはどこにもなかった。

 

「変なヤツだな、高橋って男。とんでもない変態じゃん」

 

「変態はお前だよ。むしろあの人は常識のある人だったぞ。ちょっとズレてるけど」

 

隣で杉元が言う。それに谷垣も「その通りだ」と付け足した。

 

「俺が見た限り、アイツは面白くないのと空気が読めない事以外は普通だった」

 

海が近くなり、潮風が肩をすり抜ける。肌寒さが残る中、一行は気持ちも新たに、網走へのっぺら坊と会うべく向かっていた。これらはその道中の、ほんの世間話にすぎなかったはずだった。

 

「にしたって、その人死んだ人見ちゃっても幽霊だと気づいてないって事だろ?んじゃあーよっぽど鈍感の間抜けか、キチガイに違いねぇよぉ」

 

「いや高橋は死んだ人だと分かってる」

 

「どぉゆこと?」

 

昨日の宴で話した杉元の話も、谷垣と杉元が簡単にだが説明する。

 

「つまり死んだ人だと分かってるのに、生きてる人みたいに扱うってこと?」

 

「整理すると、そういうことらしい」

 

谷垣が言うと、白石は自分の肩を抱いて叫んだ。

 

「へ、変態っ!それ紛うこと無き変態じゃねぇか!なんだその無茶苦茶な思考!」

 

「そうなんだよなぁ。しかもその話をネタにするからさぁ」

 

「こわぁ………」

 

「だよねぇ、こわいよねぇ」

 

「お二人、そんなに怯える事はありませんよ。その方のお話、偽りが混ざっています」

 

肩を寄せて震える杉元と白石に、谷垣の大きな影から顔を出したインカラマッがそう言った。

 

「先程から聞いていましたが、タカハシという男は『死者と交流できる』という嘘を言っているのです」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

アシリパが心なしか声を低くして尋ねた。あっけらかんと言ったインカラマッは、変わらず笑みを浮かべて穏やかに答える。

 

「タカハシという男は、私達アイヌでいう霊(アイヌ・トゥカプ)と同義である『幽霊』が見たことがないと最初に自分からおっしゃった。これは事実なのでしょう。その証拠に、祖母から家業の『幽霊と喋る仕事』を継ぐ事はなかった。もし継いでいたら、出兵なんてできませんから」

 

「た、確かに!!」

 

白石が思わず同意すると、インカラマッはいよいよ真剣な面持ちで続けた。

 

「これは私の推測にすぎませんが、タカハシという男は周りに自分はシャーマン的な力がある事と示すことで、威厳を保とうとしたのではありませんか?失礼ですが、その男は仲間内での軽口が苦手だったようにうかがえました。扱いにくい存在に思われていたとしても不思議じゃありません、その際劣勢になった男は自分の保身として『シャーマンの神聖な血が自分にも流れている』と周りに思いこませるべく……」

 

「もういいインカラマッ」

 

どんどん広がっていく高橋の仮説を止めたのは、すぐ隣にいた谷垣だった。険しい顔でインカラマッに言う。

 

「アイツは口数が少ない分、大切なことしか喋らなかった。それに剣術に長けていたから、不思議な奴だと思われても、疎まれたり邪険に扱われる事もない。憧れる者もいたくらいだし、俺も奴の真面目さには目を見張る事があった。お前が考えるほど姑息で素っ頓狂な野郎じゃない」

 

「すみません谷垣ニシパ。タカハシニシパはあなたのご友人であったのですね、そうとは知らず私、本当に失礼な事を言いました」

 

頭をさげる彼女に、谷垣はすぐかぶりを振った。そうじゃない。と下げる頭をあげさせて言った。

 

「……いいんだ謝らなくて。悪気があったわけじゃないんだろう。それに序盤の話は的を得ていると俺は思う」

 

「フフ優しいですね、許してくださるんですか谷垣ニシパ」

 

「そもそも俺は怒っていない。あまり気にしなくていい」

 

「ありがとうございます谷垣ニシパ」

 

インカラマッがそう朗らかに笑うと谷垣は同じ表情で軽く頷いた。すると、じっと話を聞いていたアシリパが杉元の隣から顔をのぞかせる。

 

「しかし谷垣、私もタカハシが言っていることには半信半疑だ。いくら誠実な奴であっだと言っても、言い分があまりにチグハグだ」

 

「アシリパがそういうのも無理はない。俺も、そういう『死者が見える』といった類の話を、高橋としていなかったから詳しく聞いていなくてな」

 

「えっそうなの?俺めちゃくちゃそういう話されたんだけど」

 

驚く杉元を見て、白石が思いついたように言う。

 

 

「ひょっとして高橋って奴は、取り憑かれてたんじゃねぇの」

 

「とり憑かれた?お前高橋が死んだ奴に言わされてたって言いたいのか?」

 

「幽霊なら幽霊見えてもおかしくねぇよ。それにほら、杉元と喋った時って奉天のあとだって言ってたろ。つまり仏さんになったヤツがうようよしてたから、可能性はあるぜ」

 

表面的にまともに聞こえるので、杉元も白石の言い分に少々納得している。だがその隣でアシリパはピシャリと言ってのけた。

 

「それはない白石。死者がこの世の人間に入り込むのは、女じゃないとダメなんだ。私達アイヌは人は死ぬと神と同じ世界に行くと考えている。神聖な存在は普通男にしか寄り付かないが、死んで神と同等になった者に限り女に宿って会話する事が出来る。」

 

「宿るってことは、口寄せの術みたいなことかい?」

 

そう尋ねた杉元に、アシリパは少し考えてから顎を引く。

 

「口寄せが何かわからないが、死者がこの世の人間の体を借りるという意味なら同じことだ。とにかく、タカハシは男だから霊が宿ることはできない」

 

「アイヌの話に限らず、秋田に伝わる霊を体に宿すという術師も女しかいない。やはり霊に取り憑かれて、まともにいられるのは女でないといけないのかもしれない」

 

「そっかぁ、じゃあもう謎が深まっただけじゃん」

 

「でもあの人は確かに見えてる前提で、幽霊の話をしていた。嘘じゃなく、死者と生者の区別がまるでない、みたいな」

 

「でも杉元に『幽霊は信じてない』って言ったんだろー?」

 

「言った。あの人は確かに言った」

 

「もぉ分かんねえ〜〜!どぉいうことお?」

 

頭を抱えて叫ぶ白石同様、ほとんどの者が腕を組んで悩み、うんうんとうなる。道の真ん中を、涼しい風がまた通り抜けていく。しばらくの沈黙のあと、

 

 

「もしかして、」

 

 

チカパシがそう口をつくと、とたんに他の者の視線が集まる。チカパシは谷垣の方へ顔を向けて言った。

 

 

「その人『幽霊』のことおばけの仲間だと思ったんじゃない?だってオレ、『死んだ姿のままの人』のこと『死んだ人』って呼ぶけど『幽霊』って呼んだこと無いもん!」

 

「それは要するにどういうことだ?」

 

「えーーっと……うーーんっと……」

 

「チカパシは、言葉のとらえ方を言っているのでしょう。いわゆる典型的な…不気味な姿の死者を『幽霊』と皆さん呼ばれますが、『死者』は死んだ人の総称です。化け物の意は含みません」

 

「つまりどぉいうこと?」

 

白石が首をかしげる。インカラマッもこれ以上砕けた言い方が浮かばず、言いよどんでしまった。話を聞くほとんどが、やはり煮え切らない気分で考えこむ。その時1人だけ杉元が「あ」と口を開く、と同時にびゅうっと大きな風が一行にぶつかった。

 

「あ!海だ〜〜〜〜!!!!」

 

「コラ!走ると危ないぞチカパシ!」

 

爽快な景色が一行の前に現れ、思わず駆け出したチカパシを谷垣、インカラマッの順から後を追う。ただ杉元だけは、後を追うこと無く考え込んでいた。

 

○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

【杉元の回想】

 

長い船旅の後、俺たちは民家を数名に分かれて借り、一晩を越すことになった。

ちょうど俺は高橋と一緒になって、さっき思い出したのはその時の会話だ。

 

 

「これ、幽霊画か?」

 

仏間に掛かっていた掛軸を見かけて、俺は高橋に尋ねた。

 

「どうもそうらしい」

 

「おっかないねぇ」

 

「安心しろ。これは絵だ」

 

「見りゃ分かるよ」

 

俺をなだめようとしてか、または真面目に指摘したつもりなのか、高橋は眉ひとつ動かさずそう言っていた。そして、この後何か引っかかりのあることを言っていたのだ。

 

「杉元考えてみろ。この絵にかいている『幽霊』、実在するわけがないだろ。死後、わざわざ死装束に着替えた女なんか居るわけない」

 

「死人がみんな『死装束の女』な訳ねぇだろ」

 

「そりゃそうだ。だから幽霊はいない。そもそも俺はこんな格好した者見たことない」

 

「うん?」

 

「………しかしこの絵の女はえらく別嬪だな。生きていたら嫁に欲しい」

 

○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

【杉元一派:釧路海沿いの道中】

 

こんな格好、つまり典型的な『幽霊』の格好をしている者は見たことない、というだけで、死者自体は見たことあるという意味にも考えられる。

もしそういうことなら、高橋にとって『幽霊』とはいわゆる、『死装束を着た女』のことだけ指す。結果的に死者は見えていたわけだ。

 

という風に、考えがまとまりかけたかけた時、尾形の肩がすれ違う寸前でピタと止まった。

 

 

「なんだよ」

 

「………ヤツが嘘をついているとは言ったが、言い分に信憑性は高い」

 

「根拠は」

 

「ヤツのばあさん、『幽霊と話す仕事』と濁していたが、実際は『幽霊を宿して話す仕事』だったらしいのさ」

 

「おい、それって……」

 

「『イタコ』の類だと」

 

ごくりと杉元は固唾を呑む。その様子に小さく尾形は喉を鳴らしていた。

 

「なんでお前がそんなこと知ってるんだよ」

 

「さァ、なんでかねぇ?」

 

尾形は前髪を後ろへ撫で付け、睨む杉元をそのままに、砂浜へ向かっていった。

 

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