俺はフショウの高橋だ   作:後味のらーな

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【第七師団:小樽】

 

病院の医務室に入ると、すぐハエの音が耳を横切る。姿はないが、確かに数匹の羽音がまとわりつくのだ。

 

「中尉殿、申し訳ありませんが二階堂が先程からこの状態で……」

 

「いいんですよ医師殿。それとすまないが、医師殿はしばらく席を外していただけるかな?」

 

医者は中尉の申し出に了承すると、静かにその場を去った。それを見届け、中尉は数個並ぶ内のひとつのベッドに歩み寄る。

 

「調子はどうだ二階堂。右足は痛むか?」

 

「…………」

 

饅頭のような布団がポツンとベッドに乗っており、おそらく二階堂がその中にくるまっているのだろうと分かった。

そして、その右隣のベッドで三島は息絶えたらしい。三島が無言でそこを指している。

 

「………顔を出しなさい二階堂」

 

中尉が語りかけるが、二階堂は饅頭になったまま口をきかない。痺れを切らした様子で、「二階堂いい加減にしろ」と軍曹が叱るが、中尉がそれを制して、もう一度顔を近づけて言った。

 

「どうしたんだ二階堂ぉ?チッチッチ、お前が好きなモルヒネも持ってきたぞ?出ておいで出ておいで」

 

「中尉、二階堂は先ほどモルヒネを吸ったばかりでお腹いっぱいです」

 

「んもぉ!それならそうと早く言え!」

 

モルヒネをさっさとしまい、中尉が貼り付けた笑みを消して囁いた。

 

「二階堂、お前が杉元を殺したい気持ちはよぉ〜く分かる。我々もお前に杉元を巡り合わせてやりたいが、いかんせん金塊の件で手一杯でなぁ」

 

 

杉元、という名前にほんの一瞬「誰だろう」と思ったが、すぐに懐かしい顔が頭に浮かぶ。会戦の帰り以来顔を合わせることは無かったが、あの男とは妙に馬があったのでよく覚えている。

それにしても、なぜ二階堂は杉元を恨んでいるんだろうか。

 

 

「今度もまた金塊にありつく刺青人皮を狩るため、ある賭博場に向かわねばならん。相手は仁義も義理もない囚人だ。手が足りん。お前の力が必要なんだ」

 

「…………」

 

「次の件が解決しさえすれば、早いうちに杉元に会えるぞ」

 

「ほんとぉ!!?」

 

 

いっそう低く囁かれた中尉の言葉に、二階堂が無邪気な声で顔を出した。

その瞬間に俺の毛穴から鳥肌が立つ。変わり果てた二階堂の顔にもはや何も言葉が出ない。

 

「………!」

 

あまりに凝視していたからか、二階堂が俺の存在に気付いた途端、また布団の中へ頭を引っ込めた。

 

「おや、なぜ隠れるのだ二階堂。せっかく高橋が見舞いに来たというのに」

 

中尉が布団に呼びかけども、布団はなんの反応もない。

 

「よもや、この顔忘れたわけではあるまい。お前を売ったことで上等兵になった男だろう。もっとよく近くで顔を見たくないかぁ?」

 

中尉はさらに猫なで声で語りかけ続けた。月島が「二階堂っ」と厳しくたしなめるが、その声にも布団は動かなかった。いよいよ俺も何か言うべきか、と掛ける言葉を探す。だが口を開きかけたところで、中尉が「まぁいい」と区切りをつけたので、何も言えなかった。それどころか、それに続いた中尉の言葉に開いた口がそのまま塞がらなくなった。

 

「まぁいい二階堂。どうせ今日から嫌という程顔を合わせることになる。なんせ毎日会えるのだからな」

 

「………」

 

どういうことなんだろう、と頭を働かせる。その前に月島軍曹が俺に付け足すように言った。

 

「お前は今日から臨時使役として、二階堂の生活介助および病院の医務室周辺の不寝番を行ってもらう」

 

眉ひとつ動かさない様子で突飛もない事をおっしゃったので、俺はとっさにポンと手のひらに拳を打った。

 

「なるほど素晴らしい洒落ですね爆笑王」

 

「月島だ、高橋上等兵」

 

「冗談です軍曹」

 

「高橋〜…お前は本当に面白くない男だ。真面目に言っているのか、ふざけているのかまったく検討がつかん」

 

「すみません」

 

茶化したつもりはなく、純粋に洒落が通じるか俺を試しているのだと思ったのだが違ったようだ。なんせ不寝番という見回り役を始め介助の仕事は本来看護婦の仕事。兵士がわざわざ行うものではなかった。

しかしここは大人しく中尉に頭を下げて詫びる。爆笑王もとい月島軍曹が同じ調子で言った。

 

「詳しいことはお医者様を交え、後ほど説明する」

 

「分かりました。ただ、今週は週番があたっておりますので、その説明は点呼を終えてからでもよろしいでしょうか」

 

時計を見るとまだ6時だが、残っている週番の仕事があるため、それも片付けておかなくてはならない。ついでに内務班で就寝前の点呼をとるのも週番の私の役目だ。どんなに早くても雑務は30分はかかる。説明を聞いていたら点呼に間に合わないだろう。

と、そういう時間の勘定をしていれば、月島軍曹はかぶりを振った。

 

「臨時使役が優先だ。今日の就寝前の点呼は他の者に代わってもらうよう俺から言っておく。明日以降も高橋の番は飛ばして回すように指示しておくから、気にしなくていい。お前は臨時使役に専念しなさい」

 

「分かりました」

 

それならなんの問題もない、と納得する。するとその様子を見ていた中尉が言った。

 

「ほお………ずいぶん聞き分けがいいじゃないか。不寝番を一人でやる自信がよっぽどあるようだな?」

 

「はい。幼い頃から眠りが浅いもので、寝ずの番でもほとんど疲れを感じないのです」

 

中尉の問いに正直に答える。親元から離れ祖母と暮らすようになってから今に至るまで、夜にぐっすり眠りにつくことは二週間に一回ほどだった。ほとんどが、目が覚めた状態で寝具に縫い付けられたように身動きがとれなくなる。原因は不明だ。他にも、見ず知らずの兵が話しかけて来たり、頭がやけに重くなった。こちらも原因が分かっておらず、止むまでやり過ごすしかない。

 

「では当面は頼んだぞ高橋上等兵。くれぐれも薬品の紛失が起こらぬよう、一晩中役目を果たしなさい」

 

「はっ、精進致します」

 

苦ではないが、気を引き締めて中尉に応える。だが俺がそう答えた後、一瞬水を打ったような静けさが部屋を包み、次にフッと空気の抜ける音が響いた。音のでどころは鶴見中尉だ。

 

 

「……フハハッ。一晩中は冗談だ。お前があまりに面白くないからイジワルしちゃったんだ。怒ったか?」

 

「いいえ。むしろ冗談の新しい使い方を学びました。ありがとうございます中尉」

 

「ふー、本当にからかいがいの無いヤツだ高橋。次に会うまでに洒落の五つや六つ考えておきなさい」

 

「分かりました」

 

まったくもぉ、と呟き中尉はまた、フルフル首を振りながらその場を去っていった。てっきり後に続いて月島軍曹も出ていかれるのかと思ったが、軍曹はその場でじっと俺の顔を見てらっしゃった。

 

「……軍曹殿、少しでいいので持ちネタを分けていただけないでしょうか」

 

「お前は俺の事をまだ誤解しているようだな」

 

「では、臨時使役の勤務について詳しく聞かせてください。二階堂の介助が主になるのでしょう?」

 

「……………頼まれんでも、そのつもりだ。待っていろ。お医者様を呼んでくる」

 

「ありがとございます」

 

「……………」

 

月島軍曹は目を伏せた後、また俺の顔に一瞥くれてから部屋を出た。

何か言いたげだったが、結局何も仰らなかった。

 

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