俺はフショウの高橋だ   作:後味のらーな

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【杉元の回想】

 

会戦の帰り、兵士は民間に提供された家に泊まった。2〜3人にそれぞれ分かれ、指定された各家に向かう。俺は人数の調整から、余り者と組むことになって、その余り者が高橋だった。

 

「また会ったな、杉元」

 

「妙に縁があるな俺たち」

 

「お前とは酒が長く呑めるから楽しみだ」

 

「呑めるとは限らないだろ」

 

顔に変化がない割によく喋るのは相変わらずで、自然と俺が聞き役に回る。しかし、夜も更けてくるとだんだん人のなりが分かってきて、酒が入る頃にはお互いがくだらない話を振り合っていた。

 

 

「はあ〜〜食った食った」

 

「ほら見ろ杉元。これは自室で呑んでいいとまた渡された」

 

「アンタ、酒本当に好きだな。言っとくけど俺強くないから。ちびちび飲むから遅いだけで、同じにするなよ」

 

「分かった分かった、お前はもう呑まんというわけだな」

 

「そういう事は言ってないじゃん」

 

「どっちなんだ結局」

 

「のむぅ!」

 

「よしよしいい返事だ」

 

そう穏やかに返事をしたあの人は、一瞬笑っているように見えたが、確かめようにもあの人はすぐ晩酌の準備をしようと顔を背けてしまった。

奇妙なことに、あの人は猪口をわざわざ並べて縁側に置き、瓶から丁寧に同じ量で入るようこだわっていた。

 

「酒に月が映っているだろう杉元。見てみろ」

 

「たしかに二つとも綺麗に映ってるね。粋なことするなぁ高橋」

 

「こうやって酒に浮かべた月を飲むと、体が丈夫になり、寿命が伸びるらしい。昔祖母と訪れたある村で、教えてもらった。俺はよく大事なことをする日や何かやり遂げた日にこの飲み方をする」

 

「そりゃ縁起がいい。ここまで生き残って、嫌ってほど自分の体の丈夫さを痛感してるが、まだまだ油断してられないからなぁ」

 

「月には人間の気を自然に還す力がある、という言い伝えがその村にもあった。霊気を養い、気の巡りを整える。だから飲めば飲むほど、運も良くなるという。ツキだけにな」

 

「……………………」

 

「……………」

 

「………………」

 

「運も良くなるという、ツキだけにな」

 

「はいはい面白い面白い」

 

「目を見て言え杉元。目を」

 

「見てるじゃん」

 

「それは木目だ杉元」

 

本当、致命的に空気読めなくて洒落が下手だ。せっかく見直しかけたのにな。俺は優しいから聞かなかったことにして、注がれた猪口に手を伸ばす。しかし、パシッと手を弾かれて猪口は二つ共高橋によって没収された。「何するんだよっ」と高橋を睨む。

 

「これは俺がいただいてきた酒だ、呑みたければ俺に面白いと言え」

 

「言ったじゃん!言ったじゃん!さっき!」

 

「目を見て言うんだ杉元……目を」

 

「なんでそこまで?必死すぎじゃない?どうしたの?」

 

「早く言うんだ!!」

 

「脅されて言うもんじゃないからね高橋ぃ」

 

それで満足なら別にいいけどさぁ、と付け足して言うと即答で「いやだ」とわずかに眉を寄せた。この人の顔が珍しくはっきり動くことに、少し感動する。

 

「ほんとに言わなきゃだめぇ……?」

 

「遠慮なくどうぞ」

 

高橋はこんなに頑固なヤツだったのか。俺は頬をかきつつ、その子供っぽさに少し頬が緩んだ。

 

「アンタは面白いよ。心配しなくても、俺がそう思っているのは最初っからずっと変わってねぇ。俺はずっと、面白いと思ってたよ」

 

「杉元……」

 

「真面目な顔で堂々と全然面白くない話をするから、回り回って面白いよホント」

 

「おお。そういう『面白さ』もあるのか、そちらで極めてみるのもいいな」

 

「いやもう勘弁してぇ」

 

「ふふ、教えてくれてありがとうな杉元、ほら呑め」

 

「うん」

 

ん?まって今、笑った?確認するが涼しげな顔のままだ。見間違いか?聞き間違いか?

猪口を受け取り、軽く互いの盃を当てる。高橋がそのまま酒を口へ運ぶのを、盗み見るように横目でうかがった。よくよく見た高橋は、心なしか機嫌よく、顔がゆるんでいるように見えなくもない。これも見間違いなんだろうか。

 

「じろじろ見るな」

 

「ア、アンタが呑み過ぎないか心配してんだよ。ほらアンタ酔ったら洒落にならないほど面白くないから」

 

「面白くないと言うが、そもそもお前だって面白い話をしてくれた試しがないじゃないか」

 

「面白い話ぃ?」

 

傾けて酒を口に含む。高橋が「お前はさぞ面白いんだろうな」と煽るのを聞き流す。面白い話をしようと思ってした事がないので、いざ話すとなっても持ち合わせてがなかった。そこでふと思い出したのが、高橋がこの前話した『笑い話』だった。

 

「面白いかどうか分からないけど、惚れた人の話ならある。話そうか?」

 

「聞かせてくれ杉元」

 

高橋が興味深そうにこちらを見ている。俺は久々に梅ちゃんの小さい頃の顔を浮かべていた。

凛としてハツラツとした表情で、彼女が名前を呼ぶ。高橋に話したのはそういう他愛も無い話だった。照れも恥じらいも隠さず話したのは、いつぶりだっただろうか。とにかく色んな梅ちゃんの話をした。そして、話してからこういう話をするのは高橋が初めてだったことに気づいた。

 

「……結局お前達は結ばれなかったという訳か」

 

「こうやって浸れる思い出があるだけでありがてぇよ。それに、梅ちゃんは寅次というヤツと結ばれた。俺より頼りになる男だったよ、寅次は。アイツは本当に良いやつだった、ただ今回の会戦でアイツは…」

 

「なるほど。じゃあ彼が寅次か」

 

高橋が指をさす先には、俺の荷物があった。中には布で包んだ寅次の指が入っている。静かに猪口運ぶ手を止める。

 

 

「……荷物を見たのか。勝手に」

 

「見ていない。なぜ見る必要がある」

 

「なら俺の荷物に寅次の指が入ってると分かったんだ?」

 

「親しい者の形見を持ち帰るのは当たり前だろ」

 

「…………そうだな」

 

あまりにも当たり前の顔をして言うので、俺は酔いも覚めて高橋を睨んでいた。それにもかかわらず、高橋の方は変わらず涼しい顔でいるもんだから、疑うのも馬鹿らしくなる。たしかに荷物見られたところで盗られて困る物はない、金なら懐にある。

その頃、ふと魔がさした。それが失言だと気づいたのは口をついたあとだ。

 

 

「よく考えりゃ、知り合って日が浅かったしな俺たち」

 

「……………」

 

 

縁があると言ったのは俺の方だった。それなのに一度信頼が揺るげばすぐ突き放す、その身勝手さに我ながら呆れた。失言だった。

 

「悪い」

 

「謝るな。間違いない。生き残っただけで信用できるわけじゃないからな。所詮赤の他人だろ」

 

くいと、傾けて高橋は言った。

 

「………たまたま同じ師団で、たまたま特別支援隊に選抜され、たまたま生き残って、たまたま帰りの船で近くに座り、たまたま同じ宿で泊まってるだけだ。信用なんてするもんじゃない」

 

「拗ねてんじゃん……」

 

「拗ねてないぞ」

 

「やだぁ〜面倒臭ぁ…」

 

「……」

 

 

そよ風が吹いて、二人の頬を撫でた。酔いが回ってきた分、風は涼しくて心地いい。虫の鳴く声だけが残る。ついこの間まで死ぬ思いで銃声の中を駆け抜けていたのが、少し遠く感じられた。

そう、あれが悪い夢であってほしいと、どれほど願ったことだろう。寅次はもう、梅ちゃんのそばに戻ることはできない。

俺は言った。

 

「お前、いくつ?」

 

「22だ」

 

「帰ったら満期か……出るのか?」

 

「いや残る、お前は?」

 

聞きながら、高橋はまた酒をあおいだ。自分の身の上を聞かれて、一瞬正直に答えようか迷ったが、さっき高橋が拗ねた事を思い出し、それに免じて答えてやるかと思った。

 

「満期だし、他にやる事があるからな。出て行くよ」

 

「やる事?」

 

めいいっぱい事情を省略して答えた。

 

「金を稼ぐために、すぐ北海道へ?」

 

「そうだ」

 

「……骨は直接渡すんだよな?」

 

「…………」

 

高橋はこちらを見て言った。なかなか率直に聞いてくる。赤の他人と互いに言っておいて、遠慮ない。俺はここまで話したのならと、酒に任せて口を滑らせた。

 

「梅ちゃんは俺の顔を見てなんて言うだろうな。恨み言を言われるかも知れん。それとも会ったところで俺に気づいてくれないかもしれない。なんたって、以前の俺とは違う。もうすっかり人を殺しすぎたんだ。手が血で汚れすぎた」

 

「……会わないつもりなのか?」

 

「正直、分からない。今梅ちゃんに会わせる顔が俺にあるのか」

 

「会わせる為の顔?」

 

「……なあ、お前何人殺したか覚えてるか?」

 

「…………だいたいは」

 

「俺は顔が見えるほど近くで殺した奴は顔だって忘れない。殺した過去は清算できんが、忘れないのが償いなんだ」

 

「……俺たち命令されたんだから、償いも何もない。そう思ってないと死んでただろ」

 

「たしかに殺さなきゃ殺されてる。命あってのものだねだ」

 

「そのおかげで生きてる」

 

「そうだよ、寅次じゃなくて俺が」

 

「…………」

 

最後の言葉は小さく、独り言のようになったが、高橋の耳には聞こえだろう。高橋が無言で戸惑うのを察して、俺は明るく笑った。

 

「不思議だな。こんな話、誰にもした事なかったのに、アンタが初めてだよ」

 

「…………」

 

「なあ高橋、ここまできたのも何かの縁だ。ひとつ頼まれてほしい。俺の未練、代わりに果たしちゃくれねぇか」

 

「寅次の骨を俺が渡せと?」

 

「頼む高橋」

 

「杉元………佐一…」

 

高橋は少し寂しげに微笑んだ。あの高橋に人間らしい表情を見たのはこの時が初めてで、違和感を感じた。

 

「杉元佐一、俺はお前が羨ましかった」

 

「………」

 

「……俺はどこに行っても厄介者だが、お前は違う。気取りのないお前は、誰からも好かれる。おまけに度胸もあって漢気もある。眩しくてしょうがなかったよ。だがな、幸せにできるのは俺だとばかり思ってたんだ」

 

「……高橋?」

 

語調がやや強くなって、高橋らしくなかった。

何か変だ、そう思いつつもしばらく黙って話を聞く。

 

 

「今は……お前も幸せにならなきゃならん。梅がお前を拒もうが拒ままいが、会わねばならん。お前は死ぬために生きるのとは違う。佐一、幸せになるために生きろ。うだうだ、くだらねぇこと言ってんじゃねぇ。さっさと、梅に会ってやってくれ、お前じゃなきゃいけねぇんだ」

 

「……お前っ」

 

熱弁を振るう高橋を見ると、目から滝のように涙が溢れていた。俺が目を丸くしていると、水が絶えるところが見えず、それどころかさらに水量は増していた。飲んだ酒全部目から流れてるんじゃないか。

 

 

「酔いすぎだろ高橋!あれだけ言ったじゃん、もう飲むなよ」

 

「佐一ぃ待て、酒返せぇ。俺ぁはまだ呑める」

 

「いやいや無理だって、顔ぐちゃぐちゃだもんアンタ。自分で何言ってるか分かってんのか?」

 

ついに体が震えて、前のめりに倒れる高橋。なんとか肩を持って支えるが、熱が冷める気配はない。「聞け、きけぇよ、」と呂律の回らない高橋に「うん、うんうん」と相槌する。

 

「聞けよ佐一。必ず梅に伝えろよ。お前が生きている事を。梅の目に光ぃ灯すのはお前だろ。なあ。お前、俺とアイツの光だ。お前も晴れた顔ぉしてくんなきゃ浮かばれねえ」

 

月光に照らされる泣き崩れた横顔、その横が妙にアイツと重なった。あの馴染みのある面影と。

 

「…寅次………?」

 

ゴトン、その問いの答えを聞く前に高橋の手から猪口が落ちる。

 

 

 

「……………杉元、どうした?」

 

「えっ」

 

 

仏教面の高橋が、こちらをのぞきこんでいた。先ほどの乱れようとは変わって、背はピンとしっかりしている。足元が冷たい。俺の猪口が転がって、酒が足先を濡らしていた。

なんと猪口を落としていたのは俺の方だったらしい。

 

「俺、寝てた?」

 

「少しぼうっとしているように見えた。大丈夫か?」

 

「あ、ああ……」

 

寅次に重ねた顔は、もう高橋にない。高橋が落としたと思った酒も、実際は俺が落としていた。現実と記憶の辻褄が合わないが、おおかた酔いが回って、寝ぼけてたんだろう。そういう風に納得して、俺は酒をついだ。

 

「それとさっきの頼み、聞けないからな」

 

「え?」

 

「言っただろさっき。自分で渡すべきだと」

 

「ブフッ!!!!!」

 

やっぱり現実じゃん!寅次みたいな事言ってたんじゃん!夢だけど夢じゃなかった!

 

「汚いぞ杉元」

 

「おまっ、えっ!?泣いてたよね?ね?ねぇ!?」

 

口を拭く俺を、心底蔑んだ目で高橋が見る。

 

「うるさいぞ杉元」

 

「いやだって…」

 

「杉元」

 

名前を呼びかけた高橋は、肩をガシッと持って俺の動きを止めた。もう一度「杉元」とひと息つくと、また真を迫った顔で言った。

 

「世間はいつもうるさいが、大事なのは杉元にとって何が大切なのかだと思う」

 

高橋が眉ひとつ動かさず、鼻だけすすった。なんでお前がまた泣きそうなんだ。

 

「…………高橋、お前さぁ」

 

「なんだ」

 

「……アンタせっかく、すげぇお人好しの良い奴なのに。やっぱすげぇ笑えない」

 

脱力しながら言った。その様子に高橋が目の縁に涙を溜めながら、首を傾けた。

 

 

「笑ったな。今言いながら笑ったな杉元」

 

「はいはい気のせいだろぉ」

 

 

 

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