俺はフショウの高橋だ   作:後味のらーな

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【第七師団:小樽の病院】

 

「あれだけ他人に無神経で無関心なヤツ、初めて見ました」

 

 

医者が愚痴をこぼすのを、内心「俺もそう思う」と頷きつつ、その言葉は飲み込んで俺は言った。

こうして夕食の後軍医のところへ訪れたのは、他でもない鶴見中尉殿のお達しがあったからだ。まだ高橋の真意を探っているらしい。

 

「高橋がまた何かやらかしましたか?」

 

「そうですよ!!」

 

吐き捨てた先生が手近な机に帳面を投げた。乱暴に置かれたものを、静かに手に取る。記録されているものを、ひと通り見てみるが頭が痛くなって途中で閉じた。

 

「昨日はまだ割れた窓の数は少なかったようですが」

 

「いつもは4枚だったのが3枚になっただけです!今日も3枚割って、1枚足りないと言いたいところですよ!皿屋敷じゃあるまいし!」

 

パリーーン!

悲痛な叫びの直後、ちょうどタイミングよく破裂音が廊下に響いた。先生がこちらを見る。

 

「…….今日は気前が良いようですね」

 

偏頭痛のする頭を押さえながら、早足で俺は音の鳴った方へ向かった。近づくにつれて、男の言い争う声がはっきり聞こえてくる。

 

「ヤダーッ!ヤダヤダヤダヤダヤダ!ヤーダーッ!!」

 

「大丈夫だ、二階堂。怖くない怖なくない、何にもしないから」

 

「嘘つき!するもん!絶対するもんッ!」

 

医務室の扉の前で取っ組み合いをする男が二人。扉の窓ガラスが割れて散らばったのをそのままに、押し引きを繰り返していた。

 

「何をしているんだ貴様ら」

 

「月島軍曹殿………あっ」

 

俺に気を取られ、返事をした際に二階堂が掴まれていた腕を振りほどいて逃げ出す。医務室の中に入っていき、おそらく布団にこもっただろう。

 

「……なぜ破損が絶えないのか説明してもらおう」

 

「まってください軍曹。昨日は風呂に入れさせることができました。口も二言ぐらいは聞いてくれるようになり、今順調に…」

 

「モルヒネの残量が少ない。以前とあまり変わっていないようだが?」

 

「………改善しています、効果はしばらくすればでてくるはずです」

 

「そのようだな」

 

 

先ほど頭痛を誘った手元の帳面を、もう一度開く。医者が嘆くのも無理はない。期待していなかったが、目を疑うものばかりだった。

 

「窓の破損4件」

 

「散歩と運動を兼ねて連れ出そうとしたのですが、抵抗され、その際に何箇所か銃が暴発し…」

 

「モルヒネが3瓶紛失」

 

「毎晩、俺の目を盗んで二階堂が徘徊しており、後をつけるのですが見失うので、その隙に盗ったと思われます」

 

「風呂ガマの破損」

 

「入浴の際、湯加減が気に入らないと言って暴れました」

 

「廊下が水浸しになったようだが」

 

「火傷をしていたので冷水をかけていたら逃げられました」

 

「他諸々の件にも事情があるのか?」

 

「はい」

 

「ふー…」

 

一旦冷静になろう。こいつは真顔で嘘をつくほど器用な男じゃない。ただ、致命的に対処が間違っているだけだ。鶴見中尉がここまでのことを想定していたかは分からないが、こればっかりは人選を誤ったとしか思えない。

 

「二階堂」

 

布団の近くまで寄り、呼びかけてはみるが動きはない。隣に高橋が来て、その様子を静かに見ていた。だが二階堂に返事をする気がないと分かるや否や、布団を鷲掴みした。

 

「む」

 

「ほら二階堂、軍曹殿がいらっしゃってる……ぞ!」

 

 

ガバ!と大振りに布団をはがし、軽々しく後ろへ投げた。

 

「ピピッ」

 

縮こまって震える二階堂と目が合う。すると二階堂はすぐさま寝台から腹ばいになって降り、俺の足元に隠れた。

 

「二階堂が怯えている。高橋上等兵、やり方を考えろ」

 

「分かりました月島軍曹。二階堂、こっちに来い。縄でくくりつけて連れて行ってやる」

 

「分かってない。お前全然分かってないぞ高橋」

 

片手に縄の束を持ってジリジリ歩み寄るので、二階堂を背にして距離を取る。目が真剣で笑えん。

 

「怖いよおッ!!お風呂行きたくないよおッ!また火傷しちゃうよおッ!!うわあああん!」

 

しがみつく二階堂が、今回ばかりはかわいそうでならない。そして、二階堂の『また』という言葉が引っかかった。

 

「高橋、お前いつもどういう風に二階堂の入浴補助をしているんだ」

 

「はい。義足ごと入れない為、まず義足を取り外した後、二階堂の様子を見ながら風呂場に入ります」

 

うむ、ここまでは問題ない。

 

「湯船に浸かる前に、3分程度顔面を湯に浸し、念入りに湯をかけ続けます。次に垢が落ちやすいよう体を48度の湯で流し続けます。そして」

 

「待て待て待て待て」

 

 

説明を遮られた理由が分からないのか、高橋はパチパチ目を瞬いている。なるほど、それで二階堂がこの有様だったか。

 

「高橋、本来42〜45度が推奨された風呂の温度だ。48度は熱いに決まっている」

 

「患者である二階堂と補助の俺は、入浴が一番最後ですから、入る時には湯が冷めています。ですから、あらかじめ沸かした湯を用意しておいて、できるだけ温かい湯で垢を落とせるようにと」

 

「それはわかったが、やはり湯が熱すぎる。もっと冷ませ。それと3分も顔を湯に沈めるとはどういうことだ。溺れさせたいのか」

 

「俺は子供の頃から入浴の際、必ず祖母にそうされてました。ただ二階堂には特別に何回か息継ぎをさせてやっています。溺れることはまずありません」

 

「お前のその習慣は特殊な例だ。普通入浴はそういう拷問じみた事はせず、静かに行う」

 

「そんな……嘘ですよね」

 

「お前普段、兵の奴らと一緒に風呂入ってただろ。なぜ気づかない」

 

「みんな俺の知らないところで早めに済ませているのだとばかり………どおりで俺が顔面洗浄しているのところを、やけにジロジロ見られていたはずだ」

 

 

顔面洗浄……変わった祖母のせいでおかしな習慣を身につけていた高橋にも同情するが、それ以上に、付き合わされる二階堂が不憫だ。足元に隠れ、涙目でこちらを見上げる二階堂。その姿に、医者の愚痴が頭をよぎった。

 

『あれだけ他人に無神経で無関心なヤツ、初めて見ました』

 

「……………」

 

高橋は変わった男だとは思っていたが、これほど人を思いやれない男だとは思わなかった。いよいよ人の世話は向いていないかもしれない。

 

「とにかく、普通に入浴させろ。いいな」

 

「はい………」

 

少し不服そうだが高橋は頷いた。若干の不安が残るが、入浴の件で釘を刺すのはこれでいいだろう。問題はモルヒネ紛失の件だ。高橋が二階堂の世話役に抜擢されたのは、ひとえにこの件を解決する見込みがあったからと言ってもいい。

もしこのまま役立たずであるようなら、鶴見中尉から本当に見放されるだろう。見放される、つまり破棄だ。使い物にならず、懐柔できそうにない者は、情報を漏らされるより先に排除しなければならない。

 

「お前は第一師団からこの間ここへ移ってきたばかりだ、戻りたいと思うか?」

 

「いいえ。ここより他に行く当てはありません」

 

「第一師団では剣術と武道共に優れていた為、期待されていたのだろう。それでも戻るつもりはないと?」

 

「はい。俺は北の地で骨を埋める覚悟です」

 

「ならしっかり態度で示せ。分かっているだろうがこの任が満足にこなせければ、鶴見中尉から信用を得ることは出来ないと思え。もし信用できない者と分かれば、お前の処分は変わるだろう」

 

「善処します」

 

高橋は少し塩らしく返事をした、ように見えた。鶴見中尉に気に入られたいと言っていたが、本心は読めない。相変わらず食えない男だ。

とりあえず今日のところはこれぐらいでいいだろう。そう安心したそばから、高橋が突然二階堂の肩を掴み、サッと腹に縄をかけた。

 

「では気を取り直して浴室に行くぞ、二階堂。そろそろ最後の兵士が出てきて俺たちの番だ。今日は軍曹殿の言う通り、湯は冷まして47度にする。顔面洗浄も2分にしようか」

 

「ヤダヤダヤダヤダ〜〜〜ッ!!!!」

 

 

縄で引きずられる二階堂を見ながら、俺は思わず声を張り上げた。

 

 

「もっと優しくしなさい高橋ぃ!!!!」

 

○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

【第七師団:小樽の病院:夜】

 

月島軍曹に怒鳴られながら、二階堂の入浴を手伝い、なんとか今日も医務室まで戻ってくることができた。しかし、また明日も同じように上手くいくかは正直分からない。今まで二階堂の腹と俺の腹を縄でくくり、逃げないように移動させていたのだが、月島軍曹の命により縄を使うことは出来なくなった。二階堂はまだ義足に慣れていないとはいえ、以前よりだいぶ回復して動けるようになった。部屋二つ分の距離なら駆け足で動くことだってできる。それに加えて、物陰に隠れるのが上手い為、取り逃せば一巻の終わりだ。

 

 

「……明日は午後の演習には参加できるそうだ、この調子だと完全復帰は早そうだ。よかったな二階堂」

 

「……………」

 

むくれたまま二階堂はそっぽを向いている。寝台に座るまではいいが、やはりこちらと言葉を交わしてはくれない。世話係を始めてから、俺はろくに二階堂と会話らしい会話をしたことがなかった。

 

「服を着替えよう、二階堂」

 

「……自分でできる」

 

寝台の脇に置いてあった跨下(こした)と襦袢(じゅばん)を手にとってサッサと始めてしまう。普通、兵士達は昼間着ていたままの衣服で寝入るが患者は衛星面に気を遣われる為に、毎回の着替えは義務になる。しかし襦袢は一人でできるとして、下の着替えはさすがに無理だろ。

 

「できたッ!」

 

彼は自信満々に言ってのけるが、俺は眉をひそめた。

 

「できてない、腰までしか履けてない」

 

「これでいいもん」

 

「良くない。俺が履かせてやる」

 

「ヤダ!これでいいもん!!!」

 

「二階堂っ!!」

 

手で抵抗され、たちまち布団饅頭が出来上がってしまった。こうなれば二階堂は動かない。この数日間、この籠城戦法を使われた俺には分かる。毎回着替えを手伝わせてくれないのは、初日に紐を締めすぎて、ちぎってしまったことが原因かもしれない。あれは謝ったのだが、それ以来俺が服の乱れを整える事さえ二階堂は嫌がる。

 

「二階堂」

 

 

俺はピタッと不動の山となった布団に、ゆっくり語りかけた。

 

「………申し訳ないとは思っているんだ」

 

駄々をこねながら「ヤダ」と叫ぶ二階堂を見るたび、俺は悔しさを抱えていた。

 

「多分俺は、気づかないうちにお前を何度も傷つけているんだろう。月島軍曹の言う通り、俺は面倒見が悪い分、色々我慢させてるはずだ。もし本当に俺のやる事が耐えられないなら、迷わず月島軍曹なり鶴見中尉になり言ってくれ。そうすればすぐ、代わりの兵を連れてきてくれるだろう。俺より上手く世話ができる奴が、おそらく」

 

月島軍曹が夕方、俺に言った言葉がよみがえる。

要するにこの世話役が上手くいかなければ、第七師団から外される。もしくは、命さえ危ういだろう。だがこの際、祖母が亡くなった今身寄りもないため、命は惜しくない。

 

「でも勘違いするなよ。俺はお前の世話が嫌な訳じゃない」

 

そう、ただ叶う事ならこの師団では役に立ってみたかった。前の師団では厄介者扱いが常であったので、なおの事。

 

 

「……二階堂、俺は器用じゃない。服を着せることさえ、うまくできなかった。でも雑にお前を扱ったつもりは一度もないんだ。お前の為にできる事はなんだって……」

 

俺は区切り悪く口を閉じた。気づいたからだ。

これらは俺のわがままに過ぎず、俺のエゴに二階堂を付き合わせる訳にはいかない。

 

 

「悪い、喋りすぎた」

 

軽く布団を撫でて、部屋を出る。二階堂は何も言わなかった。少しだけ虚しかったが、無反応には慣れている。

 

「おやすみ二階堂」

 

点呼と報告のため、軍医殿のところへ向かう。それが終われば肝心の不寝番が待っている。今日こそ脱走した二階堂を捕まえて、モルヒネの紛失をゼロにしなければならない。

 

「よし……………」

 

「……………」

 

そう意気込む姿を、背後から月島軍曹が見ていたのを俺はまだ知る由もなかった。

 

 

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