八月三十一日。
紬が羽依里の元から消え、ツムギのところへかえるその狭間の物語。

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漸近線、その狭間

 わたしがツムギちゃんのところへかえるその日。

 すぐに元のぬいぐるみの姿に戻ると思っていました。

 自分の体が見渡せる。

 首が動くことに気づくとさらに周囲に視線が向きます。

 

「むぎゅ…? ここはー…?」

 

 見たこと無い不思議な場所。

 辺り一面には光が溢れて、輝く蝶々さんが飛んでいます。

 

 蝶々さんはある一方向に目的を持って進んでいるような気がします。

 ここにツムギちゃんが居るのでしょうか。この先に?

 

 歩くと地面は水溜りに足をつけたみたいに、波紋が広がってなんだか綺麗です。

 歩けど歩けど、同じ景色。

 歩き続けているうちに次の日になってしまいそうです。

 ここに時間が流れているのかは分かりませんが。

 あと、この蝶々さんはどこまでいくのでしょーか。

 

「あっ…」

 

 人が居ました。

 私よりも小さな女の子です。

 蝶々さんはこの子を目指して飛んでいたのでしょう。

 

「紬さん」

 

 わたしの名前が呼ばれます。

 初対面のはずなのに何故でしょうか、とてもよく知っている人の雰囲気がします。

 

「はい、紬ヴェンダースです。あなたは?」

「私は鷹原羽未です」

 

 大好きなあの人と同じ苗字。

 大好きなあの人に似た面影。

 この子はもしかしたら――

 

「あなたは…運命の先にいる未来…ですか?」

 

 こくり、と首が縦に動く。

 

 それは誰かの、きっと私以外の人との先にある可能性。

 それは悲しいことであり。

 それはその人が幸せになれる、という証拠でもあり。

 でもやっぱりちょっと悲しくなる。

 

 わたしとこの子の間には見えない壁がある。

 私が夏休みの最後にかえってしまう。

 この子はここから先を歩き続けられる。

 

 手を伸ばす。

 その指先はやっぱり見えない壁に阻まれる。

 

「時の境い目です」

「なんと、ではそちらは九月なんでしょうか」

「こちらは九月一日。今日は私の誕生日です」

 

 向こうからも手が伸び、わたしが触れているその位置にピッタリと合わさりました。

 

「そでしたか。お祝いしなきゃ、ですね。羽未ちゃん、お誕生日おめでとうございます。ちょっとだけお姉さんになれましたね」

「紬さん、ありがとうございます。誰かに祝って貰えるなんて嬉しいです」

「ですね。私も『今日』が誕生日なので、お祝いして頂けますでしょうか」

「勿論です。紬さん、素敵なお誕生日おめでとうございます。そのリボンはプレゼントですか?」

 

 頭に付けた青いリボンを見て、訊かれる。

 ハイリさんとの夏休みを思い出して、頬が熱くなる。

 

「恋人さんに頂きました。でもわたしは、これからかえらないといけないので、これも置いていかなければなりません…」

 

 恋人っぽいことをたくさんした。

 中にはドキドキすることもたくさんあった。

 刺激が強い体験も…ちょっとだけしました。

 その記憶だけはすべてわたしのもの。それだけはもっていきます。

 

「その人はきっと、とても優しくて、泣き虫で、ちょっと悪戯好きで、辛いことを自分の中で抱えがちで、それを中々表に出さなくて、やっぱり優しい人なんでしょうね」

「そですね。全くその通りです――」

 

 そこまで言葉にすると、それ以上は出てこなくなる。

 体が熱い。全身が震えているみたい。喉の奥から心から、不思議な気持ちが込み上げて来る。

 …どうやら時間のようだ。

 今度こそツムギちゃんのところへ向かわなければならない。

 

「わたしはここまでのようです…」

「…私はここから歩き続けます。諦めません」

「その意気です! ちょっとだけお姉さんになったのでらくしょーで無敵です!」

「らくしょーで無敵、ですか!」

 

 瞳を閉じる。

 わたしの体が輝く蝶々となって剥離していくのが分かる。

 

 ハイリさん。

 いつまでも『らくしょーで大好き』ですよ。

 

 貰ったリボンが地面に落ちていく。

 それはこの空間の地面をすり抜けて、さらに下へ。

 

 ちゃんと拾っておいてくださいね――

 それだけ言い残し、終着点へと至る。

 

 

* * * * *

 

 

 いくつめの夏だろう。

 

 幾度目かの夏。

 この最後の夏休み。

 

 玄関のチャイムが鳴る。

 

 あの人がやってきた。

 大急ぎで玄関の扉を開けにいく。

 

 楽しい夏休みを、あの人と過ごしたかった。

 今度こそ――『夏の思い出』を。

 

 ちょっとだけお姉さんになった私は『らくしょーで無敵』だ。

 ですよね?

 玄関を出た『私』は一瞬だけ灯台の方角を見る。

 

【漸近線、その狭間 終わり】


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