告白されたら緊張とドギマギで死ぬだけで後はだいたい普通の男子高校生、習志野社(ならしのやしろ)がヤンデレに修羅場られるだけの習作。

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何も考えてません。
修羅場の練習をしたかっただけの短編。


死ねど死ねない

 

 初めに何から語ろうか……そうそう。

 俺が初めて死んだ日の話をしよう。

 

 あれは中学校に入って1ヶ月経った頃の話だった。

 

 桜が散って新しい学校生活にも馴染んだ放課後、俺は屋上に呼び出された。昼休みに机の中に入っていたラブレターから用件は何となく想像できる。

 人生初の告白。

 ムズ痒さと期待感がごっちゃに混ざった心中を抑えながら、放課後の屋上へと向かう足取りは羽が生えたように軽かった。

 屋上のドアを開けて直ぐに、一人の女子生徒が立っているのが目に入った。彼女は落下防止用の柵の隙間から外の景色を眺めていて、落ち着きのない様子で頭を振ったり手をパタパタさせたりしている。

 

 確か、クラスメイトだったはずだ。

 あまり話したことが無いから名前も上手く思い出せない。それを申し訳なく思いながら前へ進む。

 

「あ、あの!」

 

 足音に気付いた彼女は振り返ると、俺の姿を視認して改めて緊張してしまったのか上手く言葉を紡げずに俯いてしまう。

 

「ゆっくりで良いからな、落ち着いて」

 

 これから一世一代の発言をする彼女に、俺はフォローを入れた。

 意外にも俺の思考は脳内でクーラーがガンガンに効いてるみたいに冷静だった。初めて人から告白されるというのに、いつも通りの振る舞いが出来る。

 スー、ハー、と3度ほど繰り返して深く呼吸すると、彼女は訥々と話し始める。

 

「来てくれて、ありがと……」

「ああ」

 

 この時点で漸くと言うべきか。

 俺の胸に熱が灯った。ドキドキで頭が良く回らなくなってくる。鼓動の音はまるで縁日で叩かれる和太鼓みたいな重低音で、しかもそのリズムはどんどん早くなる。

 

「実は今日は……習志野君に言いたいことがあって」

 

 再び彼女は深呼吸を一回。胸の中の感情を溜めるかの如く、息を吐いた。掠れるような吐息の音が耳を震わす。

 これが、告白。

 どう返事するのかも決めてなかった。

 彼女は至極真剣に俺と対峙していて、俺にも真剣な返事が求められている。

 ……言い訳してるつもりはないけど、唐突過ぎる。

 俺は全然彼女の事を知らない。

 趣味とか人となりどころか名前も交友関係も。クラスの席だって近くは無いのに。

 

 まあ、告白されてから判断しよう。

 考えても分からず、未来の俺にその責任を放り投げる。

 

 そして彼女は自分の胸元を握り締めて、火照った顔をこちらへと向けて口を開けた。

 

「習志野君……私。習志野君のこ、事が、す」

 

 ──────す?

 

 突如止まった告白の言葉に訝しんでいると、唐突に俺の視界は暗転した。

 そこで俺は何か自分の身体に異常が起こっているのだと理解する。

 

 

 ドサッ!と身体の平衡感覚が崩れた音がした。

 心臓が破裂するような衝動がした。

 胃がパンクするような痛感があった。

 

 

 朦朧としていく意識の中、俺はとにかくその先を聞こうと、彼女の告白をこんな無為に終わらせてはいけないとばかりに耳を澄ませて手を伸ばす。

 しかしその指は虚しく地面へと平行に落ち切って、俺の意識は飲まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、これが4年前の春の話だ。

 

 結末を先んじて言えば、俺はその時死んだ。

 死因は不整脈による心肺停止。

 原因は不明と医者は言っていたが、当時の事情を話すと「じゃあアレかもね、告白されてドキドキし過ぎちゃった?」とか冗談交じりに言われる始末。

 

 それから俺は理解したんだよ、告られたら死ぬ病だって」

 

「……ふ〜〜ん」

 

 長い語りを終えて、俺は一息吐いた。座っていた椅子がギシリと軋む。

 目の前の少女。俺と同じ高校の制服を着たあどけない顔立ちの女子生徒。

 泊長祈色(はくながきいろ)

 この高校に入って出会ったクラスメイトにして、俺の死体の第一目撃者。

 

「告られたら死ぬなんて、随分ハイカラだね」

 

 笑顔でそう告げてくるこの美少女に、俺は肩を竦めて返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超能力というものがある。

 

 発火能力とか冷却能力、発電能力と様々なものが確認されており、現代においてそれは有り触れた既知の現象の1つに数えられている。

 能力者は珍しいと言えば珍しい。ただ日本人の三人に一人は能力を持っているからしてそれ程レアという訳でもなく、その為恐れられて隔離されるとかも無い。マイノリティーと言うほどマイノリティーでは無いのだ。

 能力者が発端で起こる諸問題も多く存在しているが、能力者によって社会が豊かになる事実もあってその扱いは現代社会において少し複雑だ。

 

 まあ難しいことはさて置いて。

 

 絶賛そんな3分の1の中に入っている俺の能力は不死。ハッピーセットで不老は付いてない。非不老不死だ。分かり辛い。

 まあ簡単に言えば普通に老いるけど、死なない。

 例えスカイツリーのてっぺんから落ちても、チェーンソーで心臓を抉られたとしても、超絶ブラックに痛いだけで死なない。

 正確には1回死んでも5分くらいすると無条件で元の状態で生き返る。

 だからまあ、絶対に死なないのだ。

 

 

 しかし1つ、俺には明確に弱点と言うものがある。死ぬ訳ではないが、死ぬほど痛みを味わう弱点が。

 

 それは、他人から告白されること。

 

 好きと言われると心臓が止まるし、愛してますと言われても不整脈が起こる。お慕いしておりましたとかI Love Youだとか言われても俺は心肺停止に陥った挙げ句死ぬ。

 まるで呪いだった。非リアの神様が「お前だけには絶対華やかな青春は送らせねえからな」と悔恨込めて呪ったかの如く俺は告白を受けると死んでしまう。心室細動が起こり、バタンキューと倒れてしまうのだ。なのでもし俺に不死の能力が無ければ中学1年生なんていう一番青春な時期で死んでたりする。良かった不死で。

 

 ダイジェスト的に語れば今日もそんな一日だった。

 昼休み、校舎裏に呼び出された俺はとある女子生徒に呼び出され告白されて死んだ。

 そこを泊長にバッチリ見られてしまったわけで。

 

 

 で、放課後な今。

 空き教室で事情を説明しろと求めてきた泊長に仕方なく俺は椅子を傾けて、話す事になったのだった。

 

 前に座っている泊長は目を細めて、その酷薄な眼差しを俺に向ける。

 その淡いピンクが引かれた上唇を噛むように湿らせると、口元はニヤリと弧を描いた。

 

「ウンウン。告られたら死ぬ、ね〜」

 

 声音だけは楽しげに弾むが、表情はピクリとも動かさず髪の毛をかき上げる。蒼色の髪の毛が昼下がりの湖畔みたいに煌めいた。

 

 泊長祈色(はくながきいろ)とはクラスメイトだ。1年3組、出席番号は26番。俺が27番だから必然的に教室では俺の前の席で、班も同じ。

 とは言え、そう多く会話をした記憶は無い。この一ヶ月強見てきた所感として泊長はあまり人と喋るタイプじゃないのだ。

 話したことと言えば精々掃除の時の分担とか、移動教室の授業とか、その程度だ。

 性格も深くは知らないが敢えて言及するならば好奇心旺盛で天衣無縫。猫みたいにあっちこっちと行っては色々とやってるよなぁ、なんて思ってたりもする。

 後頭部を手でポリポリと毟りつつ、泊長の目を見つめた。

 

「まあ、死んだり死ななかったりしてるしな……信じられないのは分かるぞ」

 

「や、キミ。疑ってるわけじゃないんだ。僕はこの目で見たことのない物には懐疑的だけど、実際に見たものに関しては絶対の信頼を置いてるのさ。僕が関心を持ってるのはその死因自体さ」

 

「死因?そんなの言っただろ。その、告白を受けたら心拍数が加速するって」

 

「初心レベル億千万ってところだねそれ。どれだけ経験値稼げばそんなレベルアップ出来るのさキミ」

 

「う、うるせ!緊張するんだって!それにこんくらい普通だろ!」

 

「それが普通だったら今頃日本滅んでるよ」

 

 反論しようとして、口をパクパクさせるが何も言葉が出ない。

 正論すぎる……!

 泊長は思案顔で自分の下唇を人差し指で突いた。

 

「つまり告られて死んだけど、能力で何とか生き延びたと。キミの初めてのお話は聞いた訳だし、次に聞きたいのは彼女についてかな」

 

「彼女……ああ、アイツか。氷取杏歌(ひとりきょうか)」

 

 へえ知り合いなんだね、と泊長は呟いた。

 

 氷取は昼休みに告白して来た件の人物だ。

 いや、付き合いを言えばそんなもんじゃない。

 最初に屋上で俺に告白したのは氷取杏歌だし、中学時代に34回告白して俺を34killせしめたのも氷取杏歌だし、何故か俺の進学先を知っていて同じ高校に入って来たのも氷取杏歌だ。

 

「どんな関係性なんだい?」

 

 だからその疑問の答えはとても簡単だ。

 

「ああ……普通にストーカーだな。道を歩いてて視線を感じたら9割氷取だ。その時は大概電柱の後ろにアホ毛が見える。自分の机の中に見知らぬボールペンとかあったらそれも氷取だ。ペン型カメラとか良く使ってるしな。後上空をドローンが滑空していたらそれも氷取の仕業だ。奴は20万円くらいするハイエンドモデルのドローンを持っている」

 

「……何なんだい氷取さんって。企業スパイか何かかい?」

 

 そんなの俺が聞きたい。一応含めておくが企業の御曹司とか高校生起業家とかでもないしな。

 

「まあ、実害は無いぞ?放っておいても何も無いし」

 

「キミはもうちょっと危機感を覚えたほうが良い。ストーカーはつけ上がらせると何をしでかすか分からないからね?」

 

 本気で心配そうな声色でこちらを見遣ってくる泊長。ただ表情は張り付いたように動かないが。

 ……俺、コイツのことやっぱよく分からねえわ。

 

「それにねえ、キミ。実害は無いと言うけど死んでるんだろう?」

 

「ん、それは俺が悪い。寧ろ毎回勇気を出して告白をしてくる氷取には悪いと思ってる」

 

「甘くないかい?」

 

「そうか?」

 

 別にそんな事はないと思うけどな。

 嫌だったら注意するし、向こうだってその辺は弁えてる。と思ってる。

 

「というか、今毎回って言ったよね?何回告白されて死んでるんだい?」

 

「今日で36回記念日だな」

 

「死にすぎだよ。……まさか1ヶ月に1回ペース?」

 

「良く分かったな。天才か」

 

「逆算すればなんてことない、基礎的な推測だよ。中1の5月に告白されて今日で36回なら大体そうなるだろ?こんなんで褒められる方が恥ずかしいというものだぜ?」

 

 ……の割には顔、赤くなってるような気がするんだけど。多弁だし。

 気にしない方が良いんだろうな。うん、気にしないようにしとくか。

 

「36回ね……。やっぱりキミ、氷取さんに甘いよ」

 

「そうか?」

 

「死ぬ時、痛いんだろう?」

 

「まあそうだけど」

 

「ならキミは本来、氷取さんを遠ざけるか拒絶するべきだよ」

 

「いやいや、それは極端すぎるだろ泊長」

 

「極端過ぎるもんか。別に一生ってわけじゃない、その奇病みたいな初心が治るまではリスクヘッジするべきだ」

 

「奇病って止めろ。俺が可笑しいみたいだろ」

 

「可笑しいに決まっているだろう。自覚なかったのかい?」

 

 泊長は能面に近い表情のまま、小首を傾げた。

 自覚は当然あったけども奇病扱いされるのはやっぱ心外だ。

 

「てかさ。思ったんだが何でお前は氷取対策会議みたいな会話をしようとしてるんだ。別に良いだろ、俺の事情だ」

 

「違うね、偶然に目撃してしまったにせよ僕にも関わる権利はある。僕の大事なクラスメイトが死んでるとなれば尚更さ」

 

「大事って……あんま言いたかないがお前、そんなクラスメイトと仲良くないだろ?」

 

 俺の冷静かつ的確な指摘はクリティカルにヒットしたみたいで、おどけた様に泊長は胸を抑えた。

 

「痛いとこを突くじゃないか。確かに僕はキミ以外のクラスメイトと殆ど話してない。でも僕は総じて彼らのことは学友だと思っているし、深い縁があると思っている」

 

「…………言いにくいんだけど俺、泊長とそんな話した記憶ないんだけど」

 

「え」

 

 今度こそ泊長は僅かにあっけに取られたような表情をした。

 えっと、ごめん。俺も困る。

 本当に業務的な会話以上の記憶無いんだって。

 吃りながら綺麗な頬をピクピクと震わせる。

 

「そ、そうなんだ。何かごめん、勝手に親近感を感じちゃって」

 

「こちらこそ悪いな……ってそうじゃねえよ!泊長、何でそんな氷取のことに突っ込むんだ?」

 

 妙に食い下がる泊長に、どうしても疑問を感じずにはいられない。

 氷取は別クラスだ。具体的には1組。3組で、加えてクラスメイトとも折り合いの良くない泊長が知っているはずもなければ関わり合おうと思う理由も無いはず。

 泊長はポツポツと断続的に言葉を並べる。

 

「そりゃ……ねえ?分かるだろう?」

 

「は?分からん」

 

「……チッ。死ぬかい?」

 

 なんで不快そうに舌打ちしてんの?

 分かるだろ?とか突然のように言われても知らねえよ。何なんだコイツ。

 何も言わず数秒が経って、今まで吸った息を全て放つみたいに泊長は長い溜息を吐いた。

 

「……まあ良いよ。キミに理解を求めるのはどうやら間違っていたようだ」

 

「人を勝手に馬鹿扱いしてんじゃねえよ。んで、俺の事情は大体話したぞ?満足か?」

 

「ああ、有意義な時間だった。感謝するよ習志野 社(ならしのやしろ)

 

 泊長はペンを一度指で器用に回すと、懐へメモ用紙とペンを仕舞った。

 この会話にメモする内容なんて無かったと思うけどな……。

 まあ、別にいい。

 俺はスクールバックの持ち手を掴んでバックを肩に掛けた。

 

「そりゃ何よりだ。もう行っていいか?」

 

「ちょっと待ってくれ。僕も一緒に帰ろうじゃないか」

 

「はぁ?」

 

「別に良いだろう?駅まではどうせ一緒じゃないか。話し相手になってくれよ」

 

「おい待て。お前、なんで俺の家の方向知ってるんだ」

 

 再三言うが俺はこいつと話したことはあまり無い。プライベートな話など皆無だ。

 ……ストーカー、じゃないよな?

 

「朝に駅で見かけたことがあるのさ」

 

 俺の疑懼を嘲笑うみたいにあっけらかんと、数学の公式でも教えるように泊長は優しい声色を出す。

 

「……怪しいが、まあいい。じゃあな」

 

「そうだね。空き教室をずっと占領するのも悪いからね、行こうか」

 

「なにナチュラルに着いて来ようとしてんだお前!?」

 

 

 ──────この時振り切っていれば、と。

 5分後の俺は後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下駄箱で上履きから靴に変えると、緩んでいた靴紐を結び直す。

 

「キミ、ところで彼女はいるのかい?」

 

 その横で靴を履き終えていた泊長が唐突にちゃんちゃら変なことを聞いてきた。

 

「はあ?彼女?いねえよんなもん」

 

「そうなのかい。事前のアセスメント通りだね」

 

 そうかそうか、とちょっとイラッとするほど小気味良く泊長は頷いた。

 アセスメントとか何のことだか。

 

「つかそれ言うならお前だって容姿は良いだろ?告白されねえのか?」

 

「おや?僕に興味あるのかい?」

 

「恋愛的興味じゃねえよ」

 

 何でそういう方向に振ろうとしたがるんだコイツは。

 きっと白けた顔になってるだろう俺は眉間に手を当てる。

 泊長は靴を履き終えた俺を追うように隣に並ぶと、バイオリンみたいに流麗な、吐息混じりの声で囁いた。

 

「僕はキミに恋愛的興味、あるけどね」

 

 泊長の白い頬は湯立ったタコみたいに赤みが増す。多分、夕焼けのせいだけじゃないだろう。

 

 潤んだ淡いエメラルドの瞳を上目遣いで覗き込み、かと思えば次に瞬きすると再び無味乾燥な何を考えているか分からない表情に逆戻りになる。

 何がしたかったんだお前。

 

「……確信はなかったけど、口説き文句くらいじゃキミは死なないみたいだね。実験した意味があったよ」

 

「こ、殺す気かよ!マジ止めろ!」

 

「僕も恥ずかしかったんだ。おあいこさ」

 

 じゃあやるなよという言葉が喉まで出かけて、飲み込む。

 泊長の新雪が降り積もったみたいに冷たい顔色には、ほんの少し赤みが残っていた。どうやら恥ずかしいという発言は本当らしいな。ただこっちまで気恥ずかしくなるから勘弁して欲しい。

 

「あのな、俺は告白に命を賭けてるんだ。今後そういう実験は止めろよな」

 

「わ〜お、文字通りの意味だね。そうだね、分かった。僕はキミに嫌われたくないからね」

 

 無駄にドキッとする台詞を能面で言ってくるからタチが悪い。本気で止めようと思ってんのか?

 

 溜息を付きながら校門を出ようとした瞬間、泊長は足を止めた。足先を後ろに向けて、校舎側へと振り向いた。 

 

「…………キミ、彼女は氷取さんじゃないかな」

 

 釣られて俺も視線を追った。

 人混みに紛れて氷取は校舎の隣に立っていた。その姿を視認して、視線が交差する。

 見られてる。ガン見だ。

 

「すまないね習志野君、少し待っていてくれないかな」

 

「お、おい」

 

 何処か言葉に棘を含みつつ、早足で校舎に戻ろうとする泊長を追いかける。

 かつてなく嫌な予感がする。俺の皮膚が泊長から放たれる剣呑さを孕んだ空気にピリピリと痺れが出る。

 

 泊長は氷取の前に立つと、ふーん、と旋毛から足先まで睨むように観察した。

 

「キミが氷取杏歌ねぇ。ご機嫌よう、調子はどうだい?」

 

「……なんですか、貴方」

 

「僕は泊長祈色。習志野君のクラスメイトさ」

 

 名乗ると、泊長はジロリと。

 氷取は獲物を横取りされたライオンみたいにガンを飛ばした。

 

「何ですか。私に何の用ですか」

 

「端的に言おう。習志野君に近寄るのは今後止めたまえ」

 

 ……は?

 なに、そんな縄張り争いみたいな事言っちゃってんのこの女。

 しかも、本気。表情がガチだ。

 氷取は氷みたいに冷たい眼差しを泊長に突き刺した。

 

「ちょっと何言ってるか分からないです。知らない人からそんな事を言われても困ります」

 

「IQが低いのなら丁寧に説明することも吝かじゃない。キミの告白は習志野君にとって害でしかないんだよ。辞めてもらえないかな?」

 

「嫌です。貴方の指図を受けたくありません」

 

 修羅場。

 その一言が脳裏を掠める。

 周りの視線が刺さるのを感じながら俺は頭を抱える。

 何でこうなった。何で泊長は氷取に噛み付いてるんだ……。

 

「何でだい?キミは習志野君の事が好きな筈だ。習志野君の為を思うならその気持ちを控える方が良いというものだよ」

 

「習志野君は分かってくれています。死ぬと分かっていても私の気持ちを聞こうと毎回頑張ってくれています。両想いなんです。貴方の入る隙間なんてありせん」

 

 いや、違うけど。

 両想いじゃないけど。

 否定する言葉を出すより先に泊長が嘲るように見下した息を吐いた。

 

「両想いだって?そんな訳あるもんか。胎児のように、キミは習志野君の優しさに甘えてるだけだ。」

 

「3年。何の数字か分かりますか?私と習志野君の出会ってからの年月です。連綿と私達の関係は続いているんです、高々1ヶ月2ヶ月の貴方には分からないでしょうけど」

 

「つまり3年もの長い間キミは習志野君におんぶに抱っこで寄りかかってる憐れな人間ということじゃないか。見直したよ、自身の醜さをメタ認知出来ていたんだね」

 

「私達の関係は貴方の想像の埒外にあるのでその推理は間違ってますよ、探偵さん。そもそも貴方は何です?突然現れてこんな言い掛かりつけて、目障りです。消えて下さい」

 

 その時、背筋にヒンヤリと寒気がにじり寄る。

 背筋だけじゃない。

 全身が突如引き締まるような冷気に震える。

 

 …………冷却能力だ、これ。

 

 そう、泊長の目の前で不快そうに眉を上げる氷取の超能力。

 対象を凍らせ、万年でも億年でも永久と凍てつかせる強能力。

 それが感情の暴走で漏れ出ているのか。

 

 泊長は全く気にならない様子で嗤った。

 

「僕は習志野君のクラスメイト。学友が人生で何回も死んでるなんて見過ごせない話だ」

 

「へぇー、たかがクラスメイトですか。その程度の関係性で私の目の前に立ち塞がってるんですか」

 

「彼は僕の完璧なクラスメイト、それだけでここに立つ理由は十分だよ。要求は一つ。キミにはそのテロみたいな告白を辞めてもらいたい」

 

「嫌です。貴方こそ、そんな押し付けがましい善意で習志野君に関わるのは辞めてもらえませんか?迷惑してますよ?」

 

「迷惑してるねぇ?それは君のそうあってほしいという願望でしか無いだろう?それに判断するのは習志野君本人だ、君じゃない」

 

「そうですか。じゃあ聞いてみましょう。習志野君、どうなんですか?」

 

「そうだね。分かり切ったことだけど一応聞いておこうか。習志野君、どうなんだい?」

 

「………………は?」

 

 何その流れ。聞いてないんだけど。

 視線が集まる。

 二人だけじゃない。下校しようとしていた周囲の生徒まで態々立ち止まってこの場の行く末を見守ろうとこちらを見ている。何でオーディエンスいるの。何で俺こんなに注目されてんの。何なのこれ。

 

「……別にどうとも無いぞ。泊長はただのクラスメイトだ」

 

「ほら、そうだろう氷取さん。僕と習志野君は完全で完璧で将来性のある関係性のクラスメイトなんだよ」

 

「そこまで言ってねえよ」

 

 さっきも言ってたが完全完璧なクラスメイトって何なんだ?

 意味分からねえよ。

 勝ち誇るように泊長は前髪を額に抑えて、上がった声を出す。

 

「そういう事だよ氷取杏歌。だからもう利己的に告白するのは止めてほしい。それは習志野君の為にならない」

 

 また場の気温が数度下がった。

 感情的なやつじゃない、物理的にだ。

 まるで冬の北海道みたいな刺すような酷寒。

 

 不味い。

 止めないと、このままじゃ氷取は犯罪者になってしまう。

 俺は反射的に泊長を押し退けようと、足を動かした。

 超能力乱用防止法5条によって、許可なく周りに被害を出す恐れのある能力を恣意的に使用するのは禁止されている。

 つまり、犯罪行為一歩手前の状況下に今氷取はいる。

 

「落ち着け氷取!一旦この話は止めよう、な?」

 

「私は習志野君を愛」

 

 え。

 ズキッ!と俺の心臓が痛み始める。痛いだけじゃない、不快感と不安感までミックスされて俺は立ってられなくなる。

 ……こんなところで告白なんて何考えてるんだ!?

 死ぬだろ!?

 俺が!

 死んじゃうだろ!?

 俺は!

 

 その内に何も考えられなくなり、意識が漆黒へと流転した。

 今日二度目の死亡事故だ。

 死因は告白死。いつも通り。

 だから何というか。

 ああ、ツイてないな。

 

 

 

 

 




続きはあんまり考えてないです


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