セいしゅんらぶこメさぷりめント   作:負け狐

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がはまさんち


その2

「ごめんなさいね~、付き合わせちゃって」

「あ、いえ……。大丈夫です」

 

 カラコロとカートを押しながらデパートの食品売り場を歩く。そこで正月用の買い物をカゴへと詰め込みながら、結衣の母親がそんなことを述べ、そして八幡も多少ぎくしゃくとしながらも言葉を返す。彼女の母親、というどうしようもないほど気まずいこの空気を彼はどうにかしたくてたまらなかった。当の本人が気にしていないのでまだ耐えられているが、割と限界である。

 さて、では八幡の救いでありそんな二人の潤滑油たる結衣と言えば。

 

「おいガハマ」

「ん?」

「ん、じゃねぇよ。こっそりとお菓子入れんな。小学生か」

「ダメかな?」

「俺に聞くな。お前のママさんに聞け」

「お義母さんでいいわよ~」

「お前のママさんに聞け」

「ん~、流されないか。あと結衣、それはダメ」

「えー」

 

 不満げな顔をして自身の母親を眺めた結衣であったが、相手が折れないと分かると渋々棚へと戻しに向かった。何から何まで小学生である。そんな彼女の背中を眺めていた八幡は、何やってんだかと溜息を吐いた。

 

「それにしても」

 

 同じように結衣の背中を見ていた彼女の母親が、にこにこと笑顔で八幡に視線を向ける。出会った時から彼が思っていたことであるが、とても自身と同じ年齢の子供がいるとは思えないほどその見た目は若々しい。ラノベや漫画じゃねぇんだから、と思わず心中でツッコミを入れてしまうほどには年齢不相応だ。そんな彼女の視線に、当たり前だが八幡は思わずたじろいでしまう。

 

「やっぱり男の子がいると違うわぁ」

「な、何がでしょうか」

「ふふっ。ちょっと新鮮、って」

 

 息子がいるとこんな感じだろうか。そんなことを言いながら、彼女は目当ての食材を眺め、彼に少し尋ねつつこれと決めるとカゴに入れていく。

 言っている意味は八幡にはピンとこない。が、言葉自体には何となく同意できるものはあった。

 

「俺も」

「なぁに?」

「こうやってじっくりと食品売り場を眺めるのは初めてってくらいなんで、新鮮といえば新鮮、ですね」

「あら、そうなの?」

 

 基本母親や妹の小町についていくだけのことしかしていない八幡にとって、食品売り場などただ指示に従って歩くだけの場所である。だからこうして改めてその場所を見てみると、思った以上にものに溢れていることに気付く。成程、ここから目当てを探し出すのは自分には無理だな。そんな結論をとりあえず出した。

 

「後何買うの?」

「お、ようやく戻ってきたか」

「ついでに頼まれたもの取ってきたんだし」

 

 何か馬鹿にされている感があったのだろう。結衣は少しむくれながらそう述べると、はいこれと所謂正月に使う品々をカゴにぶちこむ。ここでついでに買えるのか、とそれらを眺めていた八幡は、その影に先程とは違うお菓子が紛れ込んでいることに気付いた。

 

「小学生かよ」

「酷くない!?」

「酷くねぇよ」

 

 参考書でエロ本を挟む中学生扱いよりはまだマシであろう。が、そんなことなど何の慰めにもならず、そもそもそれを彼は口にしていない。していなくとも何となく更に酷いことを考えていたと察しはしたようで、彼女は無言で八幡の脇腹を突いた。

 

「結衣、ヒッキーくんの言う通りよ。もう高校生なんだから、こっそりは駄目」

「うー……」

「……」

 

 小学生だよ。断定に感想を変えた八幡は、最早何も言うことはないとそのまま無言を貫くことにした。勿論感付かれ追加でどつかれた。

 お菓子は買った。

 

 

 

 

 

 

「どう? めっちゃ料理できそうじゃない?」

「見た目だけ取り繕ってもどうにもならないんだぞ」

「酷くない!?」

 

 再び由比ヶ浜家である。買った食材を冷蔵庫に入れ、そこから改めて今日の料理で使うものをその都度出していく。そんな姿をただ眺めているというのは案外メンタルが必要なのだ。ある程度手伝いは出来るが、人の家の冷蔵庫に手出しをしてよいのだろうかと二の足を踏むこともあるし、勝手が分からないキッチンをウロウロするのも邪魔になる。

 が、しかし。だからといって一人リビングで座ってテレビを見ているというのは八幡には無理だ。早い話が八方塞がりであった。

 そんな時、エプロンを身に付けた結衣がパタパタとやってきて述べたのがこれである。先程の状態での空気を一瞬にして霧散させたそれにより、八幡は普段通りの返しをすることが出来た。結衣的にはとてつもなく良くない。

 

「むぅ……」

「いやそんな顔されても」

「……似合わないかな?」

「いや、似合う似合わないでいったら似合うが」

「そか。じゃあいいや」

 

 ぱぁ、とその表情を笑顔に戻した結衣は、じゃあ早速料理をしようとキッチンへと突撃していく。あまりにも自然に彼女が動いたのでその意味に気付くのが遅れた。は、と我に返ると、八幡はちょっと待てと結衣を追いかけキッチンへと足を踏み入れた。

 

「どしたの?」

「どうしたもこうしたも。お前何をする気だ」

「お夕飯作るんだけど」

「誰が?」

「あたしが」

「……まさかラスト一日で年が越せなくなるとはな」

「どういう意味だっ!」

 

 こんちくしょう、と結衣が八幡へと食って掛かる。そんな彼女を押し戻しながら、残当な評価だと思うのだがと彼は返した。心当たりがないということもないわけで。結衣は割と真面目にそう言われたことで眉尻を下げ一歩下がる。

 

「これでも、結構練習してるし……」

「……まあ、だろうな。そのエプロン、結構使い込んでるしな」

 

 努力は認める。が、結果は認めん。口にはしていないが早い話がそういうことである。認めて欲しかったら結果を出せ、ということでもある。

 つまりそうなると八幡としてはこれからその判定を下すために結衣の料理を食べなくてはいけないわけで。

 

「あれ? 俺詰んだ?」

「だから練習したの! というか、基本的にはママが作るし」

「……手伝いなら手伝いって最初から言えよ」

「……あたしも一品作るもん」

 

 ぶすぅ、とどう見ても機嫌を損ねている表情で結衣が呟く。そうした後、気合を入れるように、目の前のこんちくしょうをぶっ飛ばすかのように彼女は拳を振り上げた。

 

「ヒッキー!」

「お、おう」

「とりあえず食べられるもの作るから、首洗って待ってろ!」

「何でその勢いで物凄く妥協した発言なんだよ……」

 

 ズビシィ、と勢いよく指を突き付けた結衣は、そのまま手際よく料理をしている母親のもとへと駆けていった。先程のやり取りを彼女へ伝え、そういうわけだからと拳を握る。はいはい、と料理をしながらやり取りを見ていた結衣の母親は、何か出来そうな一品を己のレシピの中から検索を行った。

 

「よし、じゃあ~」

「うん」

「とりあえずヒッキーくんは向こうで待っていてもらっていいかしら」

 

 ちらりと二人の様子を、正確には結衣を見ていた八幡にそう告げる。あ、やっぱり邪魔ですよねという彼に、結衣の母親はそうじゃないのよと微笑んだ。

 

「こういうのは、出来上がるまで秘密の方が面白いでしょう?」

「そういう、もんですか……?」

「そういうものなのよ~」

 

 手をぽんと叩きながら笑顔で言われると一も二もなく頷いてしまいたくなるのだが、しかし八幡としてはそれを全肯定する気にはどうしてもなれない。理由は簡単で、たった一つのシンプルな答えだ。

 どれが爆弾か分からなくなる。

 

「いや……どう考えても失敗したようなやつがガハマ作か」

「酷くない!?」

「ふふっ。だめよ~、ヒッキーくん。そういうのは心の中に留めておかなくちゃ」

「ママも酷い!?」

「冗談よ。結衣、とびきり美味しいの作って、ヒッキーくんを惚れ直させちゃいましょう」

 

 おー、と母娘で気合を入れているのを見ながら、八幡はやれやれと溜息を吐く。取り残されている、というと後ろ向きな意見に思えるが、しかし輪の中に入っているかと言えばそれも少し違う。ただ、間違いなく話の中心には八幡がいた。

 どうにも歯痒い、と頭を掻いた八幡は、とりあえずここは大人しく待っておこうとキッチンを後にした。テレビでも見ながら、せっかくだしくつろがせてもらおう。そんなことを考える程度には気が抜けたらしい。

 

 

 

 

 

 

 では召し上がれ。そんな言葉を受け、八幡は並んでいる料理を見る。せっかくだからと腕を奮ったらしい結衣の母親の料理はどれも美味しそうだ。比企谷家の料理とどちらが上ということはないが、しかし少なくとも手の込みようは完全敗北だろう。

 

「じゃあ、いただきます」

「はい、ど~ぞ」

 

 でん、と日本昔話並みに盛られた茶碗に箸を向ける。個別に盛られた煮物やパーティオードブルもかくやと思うような大皿の料理、ついでとばかりに用意された刺し身など。和洋折衷のそれらが元々の予定だったとすれば、とてもではないが女性二人で食べるような量ではなさそうで。かといって結衣の父親を加えた三人でも少しばかり多いような気さえした。

 

「ちょっと作り過ぎちゃったかしら」

「かも」

 

 改めて眺めながら結衣の母親が苦笑する。隣の結衣もあははと頬を掻いていた。そんな二人を気にしつつ、八幡はこっそり気合を入れるとそれらを口に運ぶ。どれが地雷原か分からないのだ。油断は死を招く。

 

「あ、うまい」

「あら、ありがとう」

 

 そんな気合はすぐに霧散した。口に入れた料理はどれも美味しく、当初はマジかよと少し引いた山盛りご飯も順調に消費出来ていく。それどころか、気付くと茶碗が空になっているほどだ。

 

「流石男の子ね。あの量をぺろりといっちゃうなんて」

「ヒッキー意外と食べるんだ……」

「ママさんはともかく、何でお前が驚いてんだよ」

「いやだって。あたしと一緒にいる時はそんなに食べてないし」

「男同士でバカやる時はともかく、普通はそんなもんだろ」

「ふーん。……え? ヒッキーそういうのやるの?」

「いや、やらんけど。世間一般の話だ」

 

 そもそも男友達がいない。そう続けお茶を飲んで一息ついた八幡は、結衣の母親がおかわりどうかしらというので謹んで貰い受けることにした。

 

「いやいるじゃん、ヒッキー男友達」

「いねぇよ。ボッチ嘗めんな」

「さいちゃんとか、中二とか」

「まあ、戸塚は、そうだな。材木座は断じて友達じゃない」

「とべっちとか」

「俺が一方的に絡まれてるだけだろ」

「隼人くん」

「あいつと友達とか虫酸が走る」

「ほら、結構いるじゃん」

 

 へへへ、と笑う結衣を見ながら、八幡は心底嫌そうな顔をした。お前人の話聞いてたのかよ。そんなことを言いながら、彼は死んだ魚の眼をジト目にして彼女を睨む。

 勿論結衣には通用しない。ちゃんと聞いてたよ、と笑顔のまま人差し指をクルクルとさせた。

 

「ヒッキーさ、気付いてないでしょ」

「何をだ」

「今行った人達、きちんと一人一人思い浮かべて、これまでのことを振り返って。でもって気安い感じに結論出してた」

「……はぁ?」

 

 意味が分からない。どう考えても、どれだけ振り返っても八幡の先程の答えは変わらないし彩加以外肯定していない。だから、目の前のこいつのそれは分かった気になった一方的な押し付けでしかない。そんなことを思いながら、八幡は結衣の言葉の続きを待つ。

 それを察したのか、彼女はしょうがないなとばかりに息を吐いた。ならば分かりやすく言ってやろうと無駄に胸を張った。おかげで八幡の目の前でどどんとボリューミーなそれが突き出される。

 

「早い話が」

「……お、おう?」

「折本ちゃんとか、ゆきのん相手にするみたいな反応してた」

「え? じゃあそれ絶対友達じゃないじゃん」

 

 よりにもよってその二人。八幡にとってそれらを友達と認めたら死ぬレベルの相手である。じゃあ違うかと言われたら即答するレベルの相手である。事実今した。

 だが、結衣はその反応を見て満足そうに笑う。まあつまりそういうことなのだよ、となんだかえらく勝ち誇ったような顔で言葉を締めた。

 

「何だよお前何様だ」

「ん? ヒッキーのことを全部分かりたいと思ってる人」

 

 即答された。うぐ、とその言葉を聞いて言葉を止めた。迷いなく、真っ直ぐにこちらを見てそう言われたことで、なんだか気恥ずかしくなって八幡は彼女から視線を逸らしてしまう。

 お互い様だ、と言いかけた言葉を飲み込むと、代わりに盛大に溜息を吐いた。さっき平らげたはずのご飯が、全てエネルギーに使われてしまったかのような錯覚を抱いた。

 

「いいわね、若いって」

 

 クスクスと笑いながら、結衣の母親が先程より盛りの少なくなったご飯を八幡の前に置く。はいどうぞ、という言葉に、ありがとうございますと彼は返した。そのまま何かを誤魔化すように一心不乱に飯をかっこむ。

 

「やっぱり男の子ね~」

「それさっきも言ってたじゃん」

「ふふっ、そう?」

「あれ? 違った?」

「さて、どうだったかしら~」

 

 結衣に笑顔を見せながら、まだまだ全部分かるのは無理みたいねと心中で微笑む。とはいえ、こういうのは経験だ。一緒にいれば、分かってくる。それがどんなに捻くれた相手でも、こうしている限りは、きっと。

 

「さ、結衣も食べなさい」

「いやあたしはヒッキーみたいに食べるの無理だし」

「でも、残っちゃうわよ?」

「そうだけどぉ……」

 

 太りそう。うう、と唸りつつ、でも美味しいと結衣は目の前の食事をぱくつき始めた。

 そのまま暫し、ひたすらご飯を食べる二人を面白そうに眺める結衣の母親という光景が広がったそうな。

 

 




今んとこ投げっぱなし
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