ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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本編に戻ります。

アマルティアを訪れたヴァルフリートとリーシャが話しているところにヤツが乱入するだけの話です。



碧の騎士

 秩序の騎空団第四騎空挺団本部のある、アマルティア島。

 第四騎空挺団はファータ・グランデ空域の秩序を守るために存在しており、他の騎空挺団より若干船団長の年齢が若いのだがそれが退廃に繋がるようなことはなかった。むしろ盛り上がっているまである。

 

「リーシャ船団長! モニカ船団長補佐! ヴァルフリート団長がお見えになりました!」

 

 団員の一人が姿勢良く敬礼して報告する。その報告にリーシャの身体が硬直し自然と背筋が伸びてしまう。

 

「そう緊張するな。久し振りの再会だから気持ちはわからなくもないが……」

 

 見てわかる程度に緊張する彼女に、いつでも変わらず自然体なモニカが苦笑して告げた。

 

「す、すみませんモニカさん。その、再会というよりその後の申し出のことを考えてしまって……」

「ああ、なるほどな。確かにあの申し出は団長に直談判するには少し勇気がいることだろう。しかし自分で決めたことだ。そうだろう?」

「は、はい。ありがとうございます、モニカさん」

 

 頼りになる船団長補佐の言葉に、リーシャはある程度緊張が解れたらしく笑顔を見せる。

 

 こつこつこつ、と一定間隔で足音が聞こえて表情を引き締め、既に道を挟むように敬礼して整列した団員達と同じように、敬礼して彼を出迎える。

 やがて、茶髪を後ろに流しダンディな口髭を生やした男が整列した団員の間を歩いてきた。

 

 顔から歳を感じるが、厳格さと歴戦の風格が見ている者の緊張を助長させる。リーシャからしても最後に見た時とほとんど変わっていない父の様子に無事だったという安堵やら相変わらず険しい表情だという感想やらが湧いてきた。

 

「出迎えご苦労」

 

 彼の一言で一斉に敬礼を解き、足を肩幅に開いて姿勢を楽にする。

 

「元気そうでなによりだ、ヴァルフリート団長」

 

 かつて右腕として従っていたモニカが気さくに声をかける。

 

「お、お久し振りです、ヴァルフリート団長」

 

 続けてリーシャも堅苦しく挨拶した。そんな娘の様子にヴァルフリートはふっと口元を緩める。

 

「久し振りだな、リーシャ。そう畏まらなくてもいい。気を楽にしてくれ」

「は、はい。父さん」

 

 形式上ではなく、普段呼んでいるように直すリーシャ。ヴァルフリートは一つ頷くと表情を引き締めて二人を見据える。

 

「……一つ、お前達に頼みたいことがある。極秘の任務だ。話は中で行いたいが構わないか?」

 

 彼の言葉に一体どんな用件なのだろうかと二人が顔を見合わせる。しかしその話をされる前に、モニカから視線で「先に申し出を伝えておけ」と合図される。確かに重大な用件を聞いてしまえば申し出を口にする機会がなくなってしまう。先に話しておくべきだろう。

 

「あの、父さん」

 

 リーシャは勇気を振り絞ってヴァルフリートに声をかける。

 

「なんだ、リーシャ」

「えっと、その……実は、聞いて欲しい話があるんです」

 

 非常に言いづらそうな様子の彼女に、ヴァルフリートは小首を傾げる。

 

「それは今申し出る必要のあることか? 一応火急の用件なのだが」

 

 言外に「時と場合を考えろ」と言われてしまう。だが彼女としては今言わなければ言えないまま終わってしまうかもしれないという懸念もあるので、言うしかなかった。なにより言わなかった場合なし崩し的に任務を続けてしまいそうでもある。

 

「は、はい。今言っておかなければならないと思います」

 

 リーシャは一呼吸置いてからきっぱりと告げた。真っ直ぐ自分を見据えてくる娘に、精神的な成長を感じてしまう。それで話を聞いてしまう辺り、彼も人の親である。

 

「わかった、話を聞こう。場所を変えた方がいいか?」

「い、いえ、ここで。モニカさんや他の団員の方々には既に伝えていますので」

 

 リーシャはそう言うと、胸の真ん中に手を置き深呼吸して心を落ち着かせる。

 彼女が一時秩序の騎空団を離れたことをきっかけに得た経験の数々と、色々な人の影響もあり、戻ってきてからモニカにも相談した結果決めたことを頭で整理していって、意を決し口を開く。

 

「……父さん。私、秩序の騎空団を辞めようと思うんです」

 

 悩んで決めた結論をまず告げる。

 

「なに?」

 

 ヴァルフリートの眉間の皺が深くなる。確かにこれから重大な任務を告げようと思っていた団員から辞めると告げられれば責めるような顔にもなる。

 

「……リーシャ。一体どういう理由だ? 空の秩序を守るためと日々精進してきたお前が、ここに来て脱退するなど……」

「空の秩序と、私が彼らに同行している中で得たやりたいことを両立するためです」

 

 苦言を呈するヴァルフリートに一歩も退かず、リーシャは言葉を続ける。彼女の「彼ら」という言葉を聞いてヴァルフリートは「ああ、そういえばあいつの子供の騎空団に同行していたのだったか」と頭の中で理解する。

 

「両立か。空の秩序を守ることが、そんな片手間にできると思っているとでも?」

 

 ヴァルフリートはリーシャの覚悟を試すかのように鋭い視線を向ける。平団員が向けられればチビってしまいそうな迫力があった。

 

「いえ。でも私は、これまで……父さんに憧れて、理念に共感して秩序の騎空団に入団して活動してきました。今もその気持ちは変わりません。ただそれは結局のところ人から与えられたモノだと思います。私は彼らとの旅を通じて、やりたいことを見つけたんです」

 

 彼の迫力にも退かずきっぱりと自分の気持ちを口にする。娘から憧れている、と言われて喜ばない父親はいないが今までそういった雰囲気はあったが正面から口にすることはなかった。そういった面も彼女の成長と言えるだろう。

 

「そうか。それで、そのやりたいこととはなんだ?」

 

 ヴァルフリートの目が「覚悟を問う団長の目」から「娘を温かく見守る父親の目」に変わったのだが、リーシャは尋ねられたことに視線を泳がせてしまい気づいていない。傍に立つモニカだけが二人を微笑ましいモノを見るような目で眺めていた。

 

「その……“彼”の傍にいることです……」

 

 頬を染め俯き気味にもじもじしながらそう口にした娘の様子に、ヴァルフリートが半歩たじろいだ。内心で「ま、まさかこれは……!」と雷に打たれたのだ。

 彼も一児の父である。リーシャの表情に心当たりがあった。具体的に言うと彼女の母親が子供が出来たと告白してきた時とのデジャヴがあった。

 

 いや待てしかし娘も二十一歳。彼が今四十五歳と考えると彼女の誕生が二十四歳の頃だ。そういう相手ができたとしても不思議ではない年齢ではある。むしろ遅いかもしれない。多感な十代の年頃を実力の研鑽のために注ぎ込ませてしまった身でもあるのでもしかして娘の貰い手は現れないのでは? と懸念を抱きそうになった夜もあったくらいだ。モニカはもう遅――いや殺気がしたので考えるのをやめておこう。しかし父親としてはそういう相手ができたということを素直に受け入れ難い面もある。

 と考えている中でリーシャのこれまでの話を整理していき、一つの答えに行き着いた。

 

 「彼らの騎空団に同行している中で“彼”の傍にいたいと思った」=その“彼”とは騎空団の人間である=つまり“彼”は団長を務めるあいつの息子。

 

 という図式が成り立ったのだ。

 そう考えるとどこの馬の骨ともわからないヤツよりも多少信頼が置ける気はする。色々な問題を抱えていることになるのだが、まぁそれはそれ。

 あいつの息子か、ならあいつに似てきっと周囲を振り回したりそれでいて引っ張っていったりしているんだろうなぁ、と若い頃旅した記憶を辿って思いを馳せる。少なくとも極悪人ではないという確証は持てた。とはいえヴァルフリートの親友である彼は自分と同じでほとんど家に帰っていない状態なので育てたと言えるかどうかは怪しいところだ。だがあの二人の子供ならきっと世界の醜悪さに負けず強く育っているだろうという確信もあった。

 

 そうなってくると心が多少落ち着いてくる。

 

「……えぇと、彼がいたから私が成長できたと言うか……。その、元秩序の騎空団のガンダルヴァが帝国の手の者として攻めてきて戦った時も、モニカさんのお力添えがあったとはいえガンダルヴァに勝てたのは彼との出会いがあったからで……」

 

 リーシャは惚気始めている。いや、惚気ていると言うより一言では伝わらない可能性を考えて気持ちを言葉にしようと話しているような状態らしい。

 

「いや、リーシャ一人でもガンダルヴァに拮抗していた。私もそろそろ超えられてしまうかもしれないな」

「そ、そんな……。私はまだまだですよ。結局アガスティアでもカタリナさんに手を貸してもらってしまいましたし。もっと精進しないと」

 

 二人がそんな会話をしているのを聞いて、ほうあのガンダルヴァとと感心する。

 行動に問題があり、ひたすらに強さを求める彼は秩序の騎空団に相応しくないとして決闘後追放したのだが。あの時から更に強くなっていることを考えると、戦いが拮抗していたという話が本当なら大した成長である。精神面の成長も色々わかってきたが、実力面も相当に成長しているらしい。

 

 相手の推測を立て、娘の成長を理解したヴァルフリートはいよいよ口を開く。

 

「……事情はわかった。秩序の騎空団団長代理の命を断ったのもそれが理由だな?」

「はい。すみません、父さん」

「謝る必要はない。しかし、それならなぜ今“彼”の騎空団と一緒に行っていない?」

「それはその、船団長という立場を放り投げるわけにはいかず、退団するための準備をしなければと思って……」

 

 彼女の生真面目な言葉に納得して頷く。

 

「わかった。私は秩序の騎空団団長ではあるが、無論団員の退団を止める権利はない。引き止めはするが本人の意思次第だ」

 

 ヴァルフリートの言葉にリーシャの顔があからさまに晴れた。わかりやすい反応に苦笑を湛えつつ、

 

「しかし秩序の騎空団は他所の騎空団との兼任を、許可があれば認めるとしているはずだ。“彼”の騎空団に入るからと言って辞める必要はあるのか? もちろんその場合役職を降りてもらうことにはなるが……」

 

 疑問点を挙げていく。

 

「あの、それなんですが。彼は完全に無実とは言えない黒騎士の脱獄を手助けしました。脱獄の手引きは犯罪です。黒騎士の罪状全てが事実でなかったとしても彼女が帝国に加担したことは間違いない事実です。理由があったとしても脱獄の手引きをしたという罪は消えません。なのでその、犯罪を犯した騎空団に入るのは秩序の騎空団としてどうかと思うところがありまして。中途半端も良くないので、辞めようと思いました」

 

 リーシャは事前に話し合ったこともある答えをすらすらと告げる

 

「そうか……。だが彼らの活躍によって帝国の支配という秩序の混乱が防がれたのも事実だろう? だとしたら情状酌量の余地はあるかもしれない」

「それはそうですが……」

「それに、団長としては有望な団員を退団させるのは惜しいと考えている。彼らとの旅が終わった後のために籍を残しておきたいとは思っている」

「父さん……」

 

 ヴァルフリートの考えを聞いてリーシャが感激していた。

 

「私、実は父さんに反対されると思っていたんです」

「そうか? 私も認めるところは認める。お前が成長した結果出した答えなら当然だ」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 リーシャとしてはヴァルフリートも大層嫌っている人物の息子が相手なので、という意味合いなのだが。

 

「それで辞めるタイミングは考えているのか?」

「はい。彼が迎えに来てくれますから。その時が来たら退団します」

「そうか」

 

 しかし彼の騎空団は今隣のナル・グランデ空域に入っていると情報が入ってきている。真王が動いていることを知っている彼はそれなら用件も丁度いいかと考えた。

 

「大体わかった。団長としての結論を告げよう。――第四騎空挺団船団長リーシャ。本日を以って第四騎空挺団船団長の役職を解任する。尚第四騎空挺団の船団長は補佐のモニカが務めることとする。新たな船団長補佐の任命は後日改めて行う。そしてリーシャを他騎空団特別派遣団員とし、派遣先騎空団の団員として各空域へ向かうことを許可する」

 

 ヴァルフリートは表情を引き締めて秩序の騎空団団長としての辞令を出す。

 

「これで他の騎空団にいながら各空域の秩序の騎空団の協力を得られるだろう」

「ありがとうございます、ヴァルフリート団長!」

 

 リーシャは彼の寛大な処置に深々と頭を下げた。

 

「……それにしても、リーシャもそんな年頃になったか……」

 

 話は一段落したところでヴァルフリートがそんなことを言った。彼の言っている意味を理解し、リーシャが恥じらうように頬を染める。

 

「全くだ。未熟だったリーシャを一晩で変えたほどの出会いだったぞ」

「も、モニカさん!」

 

 彼が秩序の騎空団に潜入した時のことは、言ってしまえば馴れ初めの一つである。今から思い出しても夜の中庭で押し倒された時の動悸は変わらない。いやむしろ酷くなっているかもしれない。

 

「ほう? それはそれは……」

「父さんもニヤニヤしないでください!」

 

 頬を染めて一々言及する彼女は、確かにからかいやすい部類に入るだろう。

 

「……まぁ、なんにせよお前が幸せならそれでいい。いつかお前の口から彼を紹介して欲しいものだな」

 

 ヴァルフリートは優しく微笑んでそう告げた。

 

「っ……。は、はい! いつか、必ず!」

 

 リーシャは弾けるような笑顔でそう応えた。

 そんな親子の微笑ましいやり取りを繰り広げる最中。

 

 ヴァルフリートは「しかしあいつの息子と私の娘が……奇妙な縁もあるモノだな」などと呑気に考えつつ、迎えに来るまでは退団しないということなので用件を任せること自体に問題ないと考え話を本題に戻そうと思う。

 

 ――そこに、ヤツがやってきた。

 

「あ、いたいた。よぉ、リーシャ。迎えに来てやったぜ」

 

 その少年の声を聞いた途端、目の前のリーシャの顔が明らかに輝く。その“彼”とやらが来たのだと、彼のセリフと娘の表情から察して振り返る時に、はてあいつの子供は空域を越えたはずでは? という疑問が発生した。

 しかしその答えが出ることはなく、振り返り終わって“彼”を視界に入れる。

 

 黒髪黒目。黒い衣服の上に灰色の胸当てを装着しており、その更に上には黒いフードつきのローブを着込んでいた。

 

 その顔立ちにヴァルフリートは見覚えがあった。なにせ一緒に旅をした。同じ団で旅をしていたあの男の若かりし頃にそっくりな見た目だ。精々瞳の色が違うくらいで、実は「あ、もうちょい生愉しむために若返ってみたんだわ」とけろっとした表情で言ってきてもおかしくはないと思えた。

 

 娘はその少年に駆け寄って笑顔で話しかけている。

 しかしヴァルフリートにとってそんなことはどうでも良かった。

 

「……前言撤回だ、リーシャ」

 

 ぼそりと呟いた彼の言葉に、リーシャが「えっ?」と振り返ってくる。

 

「……寄りにも寄ってあの男の息子だと!? 認めん、認めんぞぉ!!」

 

 その時ヴァルフリートの全身から憤怒のオーラが立ち昇っているように見えたと言う。

 ここに、父の怒りが炸裂する――。




キャラ崩壊タグを追加した方が良さそうなら言ってくださると幸いです。
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