次の更新は今のところ未定ですね。次に書く話を別の番外編にしようか、本編に戻ろうか決めかねているところもあるので。
ただエイプリルフールにはまた番外編を投稿する予定ですね。次の更新はエイプリルフールになりそうですねぇ。あ、その番外編はるっ関係ではないので悪しからず。
スカイグランデ・ファイト第九回戦。
ほとんど同じ恰好をしたエヴィルマスクとサイファーマスクの試合が開始される。
「ファイトッ!!」
審判の合図と同時に二人が駆け出す。突進時の構えからなにをしようとしているのかがわかった。
「これは両者ラリアットをするつもりだぁ!!」
審判の言葉通り、二人がラリアットをする。どちらも首に直撃はせず、腕同士がぶつかる結果となった。リング中央でぶつかり合って、しかしどちらも弾かれない。
「これは両者互角の模様!」
声を返す余裕があったのなら、エヴィルマスクの中の人は「互角じゃねぇよギリギリだアホ」と言っているだろうが、傍目からでは互角にしか見えない。
一瞬二人の視線が交錯して同時に離れた。そこからは殴り合いだ。
まずは小手調べとばかりに拳を放っては腕で防御するというまともな殴り合いである。思いの外真っ向勝負で始まった試合に会場はちゃんとした盛り上がりを見せ始めていた。
「クラウディアさんの時と違って真っ向勝負ですね」
「うん。でも絶対なにか狙ってると思う」
ちゃんとした試合になりそうだとほっとするルリアだが、ジータはじっと疑いの眼差しを向けている。片方の日頃の行いというヤツだろう。
「おっとここでサイファーマスクが突如タックルーッ! エヴィルマスクに直撃した、ように見えるが!?」
拳の打ち合いから流れを変えるためかサイファーマスクが低い姿勢でタックルをかます。当たりはしたのだが、エヴィルマスクは吹き飛ばされることなく受け止める。そのまま上からサイファーマスクの身体を抱え込んで持ち上げた。
そして相手を叩きつけるように倒れ込む。
「これは決まったぁー! だが両者ほぼ同時に起き上がったためダウンはなし! だがそこにエヴィルマスクが膝蹴りを入れたーっ!」
サイファーマスクはすぐに起き上がってみせたのだが、起き上がり直後を狙う気満々だったエヴィルマスクの跳び膝蹴りが顔面に直撃してしまう。威力の高い攻撃によろめくサイファーマスクに殴って追撃を行った。
「おおっとこれはサイファーマスク劣勢か!?」
何発も直撃を受けてしまってサイファーマスクがこのまま負けてしまうのではないかと観客に思わせてしまう。だがラッシュの合間を縫ったカウンターがエヴィルマスクの左頬を捉えて後退させた。その間に体勢を立て直して、仕切り直させる。エヴィルマスクもぺっと血を吐き捨ててから構え直した。
「なんとか仕切り直したサイファーマスク! 実力は拮抗に近いが、ややエヴィルマスクが有利か?」
「やっちまえサイファーマスク!!」
「そんなヤツに負けんじゃねぇ!!」
審判の言葉に少しずつサイファーマスクを応援する声が増えていく。サイファーマスクの証拠のない噂よりも実際に見たエヴィルマスクのヒールっぷりが印象に残っているのだろう。
「サイファーマスクを応援する声が聞こえてきます! さて彼は声援を力に変えて勝利することができるのでしょうか!?」
審判の声を待っていたわけではないだろうが、言葉の直後にサイファーマスクが突っ込んだ。果敢な姿勢に観客の心も傾き続けていく。エヴィルマスクもそれに迎え撃つ形で殴り合いが再会された。
「う~ん……サイファーマスクが応援されてるのはいいんだけどよぅ。ちょっと複雑な気分だぜ」
「はい……」
お人好し勢の二人はサイファーマスクの味方をしてくれる会場を嬉しく思うことよりも、エヴィルマスクにアウェイな会場を気にしていた。
しかし二人もそんなことを気にしていられなくなる事態が発生する。
「エヴィルマスクのカウンターが決まったぁ!」
殴り合いの流れが変わり、サイファーマスクが大きくよろけたのだ。追撃を避けようと放った拳も回避されてカウンターを決められてしまう。
「こ、この流れはソリッズの時と同じ!? サイファーマスクの攻撃が悉くカウンターで返されてしまうぅ!!」
「クソッ、負けんな!」
「頑張ってサイファーマスク!」
同じパターンを以前見ていたため、一方的な試合になってしまうことを懸念した多くの観客から声援が送られる。ビィとルリアも堪らず応援する中、声援が力になったのか力強い一撃がエヴィルマスクの腹部に深々と突き刺さった。だがエヴィルマスクはそれを耐えると、突き出された左腕を右手で掴み左手で二の腕を外側から掴む。
「ま、まさか……!?」
審判が引き攣った声音で言った直後、エヴィルマスクは左手を左側に、右手を右側にズラした。今の状態でそんなことをすれば、サイファーマスクの左腕の肘から先が逆側にへし折れてしまう。実際、ぼぎりという嫌な音が響いてサイファーマスクの左腕が変な方向に折れた。
「っつ~~~!!?」
真顔を保っていたサイファーマスクも流石に腕を折られては苦悶の表情に変わり、怯んでしまう。
「な、なんて野郎だ!」
「正々堂々戦え卑怯者!」
明確に禁止されていないとはいえ、故意にやったとなれば反感を買うのは当然のことだ。会場中がブーイングに包まれる。だが本人は気にした風もなく、怯んだだけでダウンしてねぇだろ? とでも言うかのようにサイファーマスクの顔面に跳び膝蹴りをかました。直撃して後ろによろめき、跳ね上がった顔から血が飛び散る。
「こ、これは酷い! 腕を折るだけでなく容赦のない追撃を行ったぁ!」
「なんて野郎だ、この外道!」
「最低!」
またしてもブーイングの嵐が巻き起こる。だが当の本人は相変わらずニヤリとした笑みを浮かべたままだ。というかその上にまたサイファーマスクに攻撃を仕かけている。情け容赦の一切ない全力攻撃を、片腕で受けなければならないサイファーマスクの被弾は見る見る内に増えていく。観客も精いっぱいの声援を送っているが、一方的に嬲られるばかりだ。直撃も何度かあったせいでがくんと膝が折れるが、それをエヴィルマスクがアッパーで無理矢理立ち直らせる。
「ひ、膝が折れるサイファーマスクを無理矢理立ち直させた!? これは酷い、残虐非道だ!」
数多くの勝負を見てきた審判も完全に引いていた。一方的に殴られ蹴られ、ダウンすることも許されないサイファーマスクを応援する声よりも、心配する声が増えてくる。
「見てらんねぇよこんなの……」
「そろそろヤバいんじゃないか?」
「し、審判! 勝負を止めてやってくれ!」
観客から審判に声が飛ぶ。強制的に中断する方向に向いていた。審判もそれは考えていたのでリングに上がろうと近づき、しかしその前にサイファーマスクの拳がエヴィルマスクの顔面を捉えて吹っ飛ばした。空中で一回転させるほどの威力である。エヴィルマスクは難なく着地してみせたが、豪快な一撃にサイファーマスクを心配する声がやんだ。そして次の瞬間には歓声が上がり、サイファーマスクを応援する声に変わっていく。
「これはサイファーマスクからのまだ戦えるという意思表示なのか!? エヴィルマスクを豪快に吹っ飛ばしたーぁ!!」
「いいぞ、サイファーマスク!」
「そんなヤツ叩きのめしちまえ!」
「頑張ってーっ!」
「観客席から声援が送られる! 果たしてサイファーマスクはこの声援に応えることができるのか!?」
会場を味方につけたサイファーマスクはそこから反撃に出る。実際中の人は応援を力に変えるタイプの人間だ。孤高の戦いにはあまり向いていない。むしろ孤高が向いているのは相手の方なのだが。
サイファーマスクの攻撃がエヴィルマスクにかわされなくなっていく。観客にはまるでサイファーマスクが声援を力にパワーアップして逆転するかのように。……当然直撃した一撃がかなり膝に来ているというのも理由の一つではあるのだが。
どちらにも直撃が増えて、足を止めての殴り合いになる。サイファーマスクは片腕しか振るえないこともあるが、エヴィルマスクもノーガードで正面から殴り合っていた。
「激しい殴り合いだぁ!! サイファーマスクには声援が飛んでいるが、果たして制するのはどちらだぁ!?」
やがてサイファーマスクを応援する声がサイファーマスクコールに変わって会場を揺らす。
「会場全体がサイファーマスクを応援しているッ!! しかし片腕の影響で徐々に押されているか!?」
審判が言うように、いくら頑張っても限度がある。勝利はエヴィルマスクに傾き始めていた。
「ここでてめえを倒しさえしちまえば、もう小細工を使う必要もねぇなぁ!」
突如、エヴィルマスクは攻勢に出ると同時に叫んだ。一瞬会場は今更なにを、と思うのだが次の言葉に歓声が鳴りやんだ。
「魔物の襲撃を、ちゃんとてめえに
「「「っ!!?」」」
会場に動揺が走る。もちろん一番驚いているのは
エヴィルマスクの非道ですっかり忘れていたが、サイファーマスクには対戦相手に魔物をけしかけている疑いがあったのだ。
「やっぱり俺もちゃんと怪我負っておけば良かったなぁ。……てめえがちゃんと悪者になれるように」
エヴィルマスクが覆面の奥でニタリと笑う。その表情を見てサイファーマスクの中の人の正義感に火が灯った。更には観客のブーイングも酷いモノになり、サイファーマスクを応援する声が強まっていく。
「審判! あの野郎を反則負けにしろ!」
「そうだそうだ!」
「おいおい、反則なんてしてねぇじゃねぇか。だって“俺”は手出ししてないんだぜ? それに、証拠もないのにでっち上げるなんて最低だな」
観客の野次に本人が答えた。自分のことを棚に上げての様子に怒りがブーイングへと変換され罵詈雑言が飛び交う。本人は全く気にしていないのだが。内心でも「おぉ、凄い煽れてるわ」と呑気に思っているくらいだった。
「……悔しいがエヴィルマスクの言う通り、証拠がない以上反則負けにすることはできない! だから頼むしかない! サイファーマスクに、勝ってくれと!!」
審判の言葉に、ブーイングも全てサイファーマスクを応援する声へと変わっていく。声援を胸にサイファーマスクはエヴィルマスクに向かっていった。また二人の殴り合いが再開されるが、妙にサイファーマスクの攻撃が通る。本当に応援が力に変わるタイプの彼は、動きが良くなっていたのだ。
渾身の右拳がエヴィルマスクをガード越しに吹き飛ばす。間髪入れずに突っ込んで、まずはガードを崩すための一発を見舞った。両腕が弾かれた恰好になったエヴィルマスクに、サイファーマスクは思い切り力を溜めて最後の一撃を放つ。ガードを崩されて対処できない……ということはないのだが。
……ま、ここまでやれば及第点だろ。
わざとガードを戻さずに溜めの大きいアッパーを顎に直撃させられた。フルパワーの一撃はエヴィルマスクの身体を高々と吹き飛ばす。
「サイファーマスク怒りのアッパーがエヴィルマスクに突き刺さるゥ!! エヴィルマスクは宙を舞い、そのままリング外へと――!!」
審判のそんな声を聞きながらエヴィルマスクことダナンは観客席にいたハーヴィンの男性と目が合った。そして口だけで告げる。
お前の思い通りになると思うなよ、と。
結局はそのままリング外へと落ちて、気絶したフリをするために目を閉じる。しかし薄目でリング上を見れば、アッパーを打ち終わり拳を突き上げた姿勢で立つサイファーマスクの姿があった。
一拍置いて、会場を震動させるほどの大歓声が湧き起こる。
「エヴィルマスクリングアウトーッ!! サイファーマスクの勝利ですッ!! 不利な状況下からの逆転劇に会場が湧いていますッ!!」
歓声の後、サイファーマスクコールが巻き起こる。だが結局力尽きたサイファーマスクは気絶フリをしたエヴィルマスクと共に医務室へ運ばれることになったのだった。
ビィとルリアはサイファーマスクの勝利に喜びを見せたが、ジータは不機嫌オーラ全開だった。
「じ、ジータはなにをそんなに怒ってるの?」
アリーザが恐る恐る尋ねると、不機嫌なことを隠そうともせずに答えた。
「……なにもかも掌の上で、ムカつく」
「えっ?」
「だってそうでしょ? エヴィルマスクがサイファーマスクを嵌める利点がないし、そもそもあんなわかりやすい気絶したフリないし。最後の一撃だって防げたのをわざと受けて、むしろ派手に飛ぶために自分からちょっと跳んでたし」
「最後のを防げたかはわからないけど、気絶したフリなんてこの距離でわかる?」
「うん。だってあれ、『ジョブ』の【レスラー】だもん」
「えっ!?」
ジータのネタ晴らしアリーザが驚く。だが戻ってきた他の選手、クラウディアとファスティバに驚きはなかった。
「じゃ、じゃあサイファーマスクっていうのがグランで、エヴィルマスクっていうのがいつか見たあの……?」
「うん」
今の今まで気づかなかった彼女は驚いて尋ねるが、呆気なく頷かれる。
「で、『ジョブ』は気を失うと解除されちゃうからあれは気絶したフリなの。大体一対一なら小細工なしでも勝ってくるのに、わざわざ策を練る必要なんてないでしょ」
「な、なるほど?」
「よし。私ちょっと行ってくる」
「どこに?」
「決まってるでしょ、医務室だよ。一発ぶん殴らないと気が済まないし」
「ど、どっちを?」
「決まってるでしょ、ダナン君をだよ」
そう言ってジータは席を立ったのだという。ご愁傷様、と全員が思ったのは言うまでもない。
「あれ、そういえばクラウディアさんって結構怪我してたんじゃ」
「はい。ですが試合の後に本人が治しに来ましたよ」
「そうなんだ」
その答えにもしかしてサイファーマスクの汚名を被るためにわざと悪く振舞っていたのかな、と考える。
多分素ですとは誰もツッコまなかった。
一方、試合終了後になぜか同じ部屋に寝かされたダブルマスク。
「あー、やっと終わった」
誰もいなくなったことを確認してあっさり起き上がったダナン。既に『ジョブ』は解除している。
「……」
グランも『ジョブ』は解除していたが声は上げなかった。
「なんだよ、まだ怒ってんのか?」
怪我が治っていないのを確認して【セージ】となり回復してやる。
「……疑ってごめん」
ぽつりとグランが口にした。
「なにが?」
本当に謝られる理由がわからずに聞き返すと、
「……ダナンは魔物に襲撃させるとかそういう手段を取りそうだけど、僕達とは真っ向から戦うと思うから。一瞬でもそこを疑った」
「そうかよ」
茶化すよりも少しだけ妙な信頼を気恥ずかしく思いそう言うだけに留めた。
「そうだ、一つ頼みたいんだが」
「僕に? ダナンが?」
思わぬ申し出にグランはダナンを振り返ってしまう。
「なんだよ。できることならしない方がいいんだけどな。まぁ成り行きだ。……その頼みっていうのは簡単で、決勝戦、誰になにを言われても真っ向から勝ってやって欲しいんだ」
ダナンは妙に真剣な表情で告げた。
「変な頼みだね」
「ああ。だが必要なことだ。……頼めるか?」
「もちろん」
彼の問いに、お人好し代表は快く頷く。
「じゃあ任せた。俺はそろそろ乗り込んでくるだろうジータから逃げないといけないんでな」
「なにそれ」
ダナンの言葉に吹き出すと、
「お前だって気づいてただろ? 試合中ずっとあいつが俺のこと睨んでたんだよ。絶対説教するつもりだぞあれ」
眉を顰めて口にしたのを聞いて少し押し黙る。グランはあの試合、全く以って余裕がなかったのだ。観客席の誰がどんな顔をしていたとかを見ていなかった。
……試合には勝ったけど、それもダナンの思いのままなんだろうなぁ。
勝てたというのに全然勝った気のしないグランなのであった。
「じゃあな」
そう言うとダナンはさっさと医務室を出ていってしまう。その数分後にジータが凄い形相で医務室に飛び込んできた。その後も追いかけたそうだが、結局は撒かれてしまったようだ。
準決勝二戦目、漆黒の断罪者VSアルハリードは序盤互角の戦いを見せ、シスが上回ったのだが。突如アルハリードの動きが加速してシスを大きく上回り、結局はアルハリードの勝利に終わった。
その後シスがグランに試合中鋭敏な聴覚で聞いた機械音から、首の後ろに装置があるのだと告げられる。
だがグランはダナンの頼みもあったので、それはそうと真っ向勝負を仕かけるつもりだとシスに告げるのだった。
その裏で。
「よぉ、アルハリード」
「……君は、エヴィルマスクか」
ジータから逃げ切ったダナンはアルハリードの下を訪れていた。
「よくもやってくれたモノだ。私の計画を悉く不意にするとは」
「なんだ、隠さないのか?」
「君達の動きは知っている。……魔物を駆逐し、シェロカルテの居場所の情報を流したんだろう?」
「バレてるならしょうがねぇな」
アルハリードの鋭い視線にも肩を竦めて取り合わない。
「……サイファーマスクに支持を集めて、なにが目的だ」
「誰かの思い通りになるのが嫌だから、ってのもあるが。……あんたに本物の英雄に挑む権利をやろうと思ってな」
「なに?」
アルハリードは眉を寄せるが、不敵に笑うダナンの真意は読み取れない。
「あんたの目論見は、推測だが英雄になりたいってところだ。しかもただの英雄じゃない、己が拳で戦う英雄だ」
「……」
一部の者しか知らないはずのことをなぜ、という疑問に答えるように彼は続ける。
「ただの英雄ならもうあんたはなってる。民に慕われる英雄にな。だがあんたはこうして自ら武闘大会を催し、そして出場している。名声は貰っているならなぜか? と考えたところで俺はあんたが拳で戦う英雄に憧れてるんじゃないかと推測した。確信はあのあんたの憧れを体現したような巨体――ガンダゴウザの試合を見ている時のあんたの表情で持ったんだけどな」
「……なるほど、面白い推測だな」
「だろ?」
そんな事実はないと言ったつもりだが、笑って返されてしまう。それが事実かどうかはなによりも本人がわかっているのだから、話を聞かせるだけで充分なのだ。
「だがあんたはハーヴィンだ。ハーヴィンが全員弱く生まれるかと言われれば否だが、拳一発で道を切り拓くような拳豪になるには、種族という限界があった。……だからあんたはその装置を使って本来以上の実力を発揮して、この大会で夢に見た英雄になろうとしている」
どこまでこちらの事情を知っているのかはわからない。推測だと言ってはいるが、口振りからすると確信を持っているようにも見える。
「だが、あんたもわかっている通り姑息にも魔物を使ったり身体能力を上げる装置を使ったりするのは英雄に相応しくない」
彼の言葉はアルハリードの心に的確に突き刺さった。
「だからそんなあんたが英雄になるために、真っ向から英雄の座を勝ち取る場を用意してやったんだ」
「……」
「今のあいつを嵌めるような真似をすれば、いくらあんたとはいえ不信感を持たれてしまう可能性がある。それはダメだ。となればあんたはあいつに真っ向から挑み、優勝という栄誉を勝ち取らなければならない。それでこそ英雄、民衆が期待するアルハリードの姿ってヤツだ」
「……」
ダナンの言うことも一理ある。というよりは、そうしなければ英雄になれない状況に追い込まれてしまっていた。
「装置を使っても構わない。だから最後ぐらい、真っ向勝負で勝ち取ってみろよ。英雄の称号ってヤツを」
その言葉は、どこかアルハリードに最後の一線を守らせようとするような印象さえある。怪訝に思いながら表情を読み取ろうとするが、やはり彼の真意はわからない。
「……私を、告発しようとは思わないのか?」
「別に」
尋ねると即答された。ダナンにとって、アルハリードがグランを嵌めようとしていたことや武器や魔法なしの武闘大会でなんらかの装置を使っていることなどはどうでも良かった。
「あんたはどんな手段を使っても、なんて思ってるのかもしれないが。わかったような口を利かせてもらうが、それで優勝したとして、あんたの心は納得するのか? 最終的にはシェロカルテを人質に取って脅すんだろうが、それで勝ったとして納得できるのか? それで英雄になったとして、英雄になるために仕方がないと自分に言い聞かせ続けるのか? ――それで本当に英雄になれるとでも?」
「っ……!」
言われて、冷静さを保っていたアルハリードの表情が歪む。怒りや悔しさ、哀しみなど様々な感情が渦巻いていた。
「断言してやる。
そんな彼に、ダナンは容赦なく告げる。
「憧れを夢に掲げているのはあんた自身だ。だから、あんた自身が一番よくわかってる。そんなことをして勝ち取った英雄の称号に、価値なんてないってことをな。自分が欲しい英雄の称号とは違うってな」
だから、
「最後ぐらい、全力でぶつかってみろよ。装置を使った全力を尽くして真っ向から挑んでみろ。……あいつは、世界を救った本物の英雄だぞ」
下げて、そこから上げる。詐欺で学んだ手口だ。突くのが当人の深いところであればあるほど効果を発揮する。
「偽物なりに足掻いて、本物を体感してこい」
そう告げると、言いたいことは言ったとばかりに踵を返す。
「……なぜ、私にそこまでする?」
「計画の邪魔をしただけだろ。……まぁ、あいつよりはあんたの方が気持ちがわかるってだけのことだよ」
アルハリードの問いに答えると、そのまま立ち去っていった。
最後の言葉だけは、少し本心が混じっているように思う。立てた計画を悉く邪魔してきた相手は、わざわざ本物とぶつかり合う場を用意するためだったらしい。
そのことに苦笑して、一つ呟いた。
「……装置を使った上でも全力でぶつかる、か。なるほど。確かにそちらの方が楽しそうだ」
どんな手でも、手を汚してでも勝ち取ろうとしていたが、その時の彼は真っ向から挑んだ方が面白そうだと心から思っていたのだった。
その後、遂に始まった決勝戦は。
互いに死力を尽くしたスカイグランデ・ファイトの決勝に相応しい激闘だったという。
武闘大会屈指の名勝負とも言われたが、その後準優勝となったアルハリードがそれを辞退。装置のことを告白するという騒動もあった。
だがそれでも戦いを盛り上げてくれた彼に観客は感謝を示し、今度は純粋な実力で、と彼の再起を待つ答えを示した。……年齢と共に衰える身体を考えればもう無理だと思うのだが、アルハリードはその気持ちに表面上応えるのだった。
魔物襲撃についても告白したのだが、観客席の一部から「アルハリードさんは優しいからエヴィルマスクを庇ってるんだよ」という声が聞こえて観客もそれに納得し、結局エヴィルマスクの仕業とされた。最初の一声を上げた主は黒いローブを羽織って顔を隠した男だったという。
……余談だが。
その後アルハリードはサングラスをかけた謎のハーヴィン爺さんに声をかけられ、アストラルという謎の物質を吸うことで身体を維持する術を会得し、アストラルを吸うことによって魔力的な補助を獲得したのだとか。
アルハリードが魔法ありの亜種スカイグランデ・ファイトで見事優勝を果たしたのは、また別の話である。