ナルメアの実家帰りに付き添い、彼女の両親と話している最中にナルメアが鍛錬をしに行った道場の方から物音が聞こえてきた。
流石に実家へ行くだけで問題は起きないだろうと周辺の感知を怠っていたので事前に察知できなかった。ガムシラさんとラルナさんと一緒に慌てて道場の方へ向かうと、驚くべき光景が広がっていた。
ナルメアの身体が縮んでしまっていた!
……いくらなんでも唖然とするしかない。
ただ瞬時に分析をかけると、どうやら子供姿のナルメアの首を掴んでいるドラフの持っている刀が原因のようだ。この気配、うちの団にも持っているヤツがいるが、おそらく妖刀と呼ばれるモノだ。身体だけなら俺もワールドの能力でやろうとすればできるかもしれない、というか昔子供になる経験をした気がするが。ただ今回明らかにおかしいのは、服装まで縮んでしまっていることだ。超常の力でなければあり得ない。
「ふん」
ナルメアの首を絞め上げるドラフの女性は、こちらに向かって彼女を投げ飛ばしてきた。丁度俺の真ん前だったこともあり、ナルメアを受け止める。
「うぅっ……ダナン、ちゃん……」
「ナルメア!!」
呻く彼女を見てラルナさんが心配そうに呼びかけていた。
俺はナルメアを抱えつつ警戒して相手を見据える。
「決着は後日必ず。……その姿で刀が振るえるのなら、だが」
女性はそう言って踵を返し、道場を立ち去ろうとする。
「待て、アズサ!!」
ガムシラさんが怒声を上げて呼び止めるが、アズサと呼ばれた彼女は一切反応せずに姿を消した。どうやらガムシラさんは彼女のことを知っているようだ。
「アズ……サ?」
なにか引っかかるモノがあったのか、ナルメアは苦し気に声を吐き出したが意識を失ってしまう。……呼吸は安定しているので大丈夫だろうが、なにかすぐにはわからない影響があるかもしれない。心配だな。アズサとやらのことは後回しにするしかないか。
「あなた! 今はナルメアよ!」
「く……ああ……! 早急に手当をせねば!」
俺はガムシラさんに案内されて道場の医務室へと向かった。
医務室に運んだナルメアは、道場に常駐しているという医者に治療を施される。俺が【ドクター】で診ても良かったが、うっかり余計なことを言いかねないからな。二人を驚かせてしまうだろうし、ここは任せるとしよう。
「う、うぅ……」
しばらくしてナルメアが目を覚ます。
「ナルメア! あぁ、目が覚めたのね……。良かった……」
ラルナさんが傍に寄り、ほっと胸を撫で下ろした。
「お母さん、お父さん……ダナンちゃん……。心配かけて、ごめんね」
謝ることじゃない。
「謝るな。お前はなにも悪くなどない。子の身を案ずるが親の性だ」
ガムシラさんも同じことを思ったようだ。
「でも、まさか……。あなたが負けるなんて……」
ラルナさんが言う。確かにそうだ。ナルメアが負けるほどの相手がそういるとは思えない。確かに腕利きのようではあったが。
「なにがあったんだ?」
尋ねると、ナルメアはしばし沈黙してから答えてくれた。
「斬られたの。たった、薄皮一枚だけど。凄い気迫だった。けど、とても歪な一撃。まるで最初から薄皮一枚しか、斬る気がなかったような……執念が籠もっていたわ……」
薄皮一枚、か。おそらくそれだけで妖刀の能力が発揮できるからだろう。
「まさか気圧されるなんて……油断、していたのかも」
ナルメアの顔には反省の色が見えていた。
「修羅のままであれば、油断など生まれなかっただろうな。皮肉なことだ」
「…………」
「勘違いしちゃダメよ? 修羅に戻って欲しいなんて、全く望んでないんだから」
「えっ……?」
ラルナさんに言われて少し驚いていたが。
「余計なことを口走ってしまった。次に活かせばいい。ただそれだけのことだ」
ガムシラさんの言葉に俺も頷く。
「……しかし、そうか。たった一太刀でその姿に……ふぅむ」
彼は顎に手を当てて考え込む様子を見せた。
「歩くのは……まだ難しそうだな。ラルナ」
「ううん、私じゃダメよ。ナルメアもきっとダナンさんの方がいいはず」
うん?
「それもそうか。野暮だな、己は」
二人の間で話が進んでいて、話題に挙げられている俺の方がついていけていない。
「え、えっと……?」
それはナルメアも同じようで、戸惑っていた。
「ダナン君、ナルメアを頼む。二人に見せたいモノがある。ついてきてくれ」
言われてようやく二人の意図を理解した。俺は小さくなったナルメアを背負う。受け止めた時にも思ったが、軽くて小さい。
「ひゃあっ!? ダナンちゃん!?」
急に背負われたナルメアが驚きの声を上げていた。
「あぅ……お、おんぶって……私、お姉さんなのに……」
少し恥ずかしいようだ。普段の年齢や立場もあるか。可笑しくなって少し笑ってしまう。
「今は妹だな」
俺には家族の情なるモノがよくわからない部分はある、が。
「妹……なら……もっと甘えちゃおっかな……。ううん、ダメ。お姉さんはお姉さんだもん……今だけだもん……」
別に普段から甘えられる分には構わないのだが、彼女の中で譲れない部分のようだ。
ただ今だけは大人しく甘えるらしく、俺の背中に顔を埋めた。
俺はナルメアの小さな温もりを感じながら、歩みを進めるのだった。
◇◆◇◆◇◆
ガムシラさんとラルナさんの後についていくと、なにやら武具がたくさん置いてある部屋に連れてこられた。
……収集癖のあるグランが来たら発狂しそうな武具の数々だな。
「ここは……お父さんの蒐集部屋?」
どうやらガムシラさんの部屋らしい。
「小さい頃に来た時よりも、いっぱいあるでしょう? この人武具だったらなんでも集めてきちゃうんだから」
「……武芸百般極めし者なら武具に興味が湧くのも必然」
少し呆れたようなラルナさんの言葉に、ガムシラさんはバツが悪そうに言う。それから部屋の奥から鞘に札が貼られた妖しき刀を持ってきた。……間違いない、妖刀だ。まさかガムシラさんが持っているとは。だがさっき見たモノなどと違って、妖しい気配がやや鳴りを潜めている気がする。鞘に貼ってある札の効果だろうか。
「抜くぞ」
ガムシラさんが刀を鞘から引き抜いた。
「ッ!?」
瞬間、全身に水を吹っかけられたような悪寒が突き刺さる。
ガムシラさんがすぐに刀を鞘に納めるが、この一瞬で衣服が湿るほどに冷や汗を掻いていた。ナルメアも同じのようだ。……こいつは相当だな。なんて言えばいいか。“害する”気配が強い。
「今の感じ……あの人が持ってた刀と同じ……」
「やはり、か。ナルメア、お前は妖刀による呪いを受けたのだ」
ナルメアの呟いた言葉にガムシラさんが告げる。わかってはいたが、呪いと来たか。まぁゼオの持っている妖刀も生き血を啜り持ち主が鬼と化すモノだったわけだが。
「この空に数多とある、強い呪いが込められた忌まわしき刀……。武器を手繰るモノ、斬られたモノ、全てに牙を剥く」
「お父さんの顔の傷も……妖刀の代償で出来たモノよ」
「そう、だったの……?」
「若き頃、未熟だった故、こんなモノを使ってしまった。二度と使おうとは思わんがな」
やけに実感が籠っていると思ったら、どうやら実際に妖刀の代償を受けていたようだ。
「おそらくアズサもなんらかの代償を刀に払い、お前を幼子の姿へ変えたのだ」
「……」
ナルメアは彼の話を聞いてなにか思い返しているようだ。多分アズサに襲われた時のことだろう。代償と思われるようななにかがあったのかもしれない。
ともあれ、ナルメアがこうなった理由がわかったのなら、後はどうすれば元に戻るかだ。……まぁこのまま連れ帰ってアネンサに見せてやりたい気持ちはあるが。自重しよう。
「どうすればいいですか?」
俺はガムシラさんに尋ねた。
「呪いの根源を破壊すれば、大抵の妖刀は呪力を失う。……支払った代償まで戻ってくるかどうかは、わからんがな」
俺の聞きたいところを察して答えてくれた。
「あの子がそんな恐ろしい刀をナルメアに使うだなんて……信じられないわ」
「道場を去った時既に予感はあった。すまぬ、ナルメア、己の責任だ」
「ナルメアもショックよね……」
ガムシラさんだけでなくラルナさんも当然のようにアズサのことを知っている様子だ。ただ、ナルメアは微妙な表情をしていた。
「あの人のこと、二人は知ってるの?」
彼女が聞く。すると、ナルメアがアズサのことを知らない様子であることに驚いているようだった。……ん? どういうことだ?
「え……?」
「覚えていないのか?」
「わ、私の知り合いなの?」
二人とナルメアの間で食い違いが起きている。第三者である俺には事の成り行きを見守ることしかできないが、おそらく二人の方が正しいとは思う。ナルメアが道場を出る前のことだろうし、その頃はオクトーの背を追って、二人の言葉を借りれば修羅の道を歩んでいだ。他者のことなど眼中になかったのかもしれない。
ガムシラさんとラルナさんは目を合わせてから、改めてナルメアに問いかける。
「ナルメアよ。昔のことをどこまで覚えている?」
「えっと……ザンバの背中を追って……ひたすら刀を振って……。振って、振って、振り続けて。このままだとダメだと思って、家を出て…………」
聞かれたナルメアは記憶を思い出すようにして言った。
「なんと……。それしか、記憶がないのか……?」
「そう……。もう、あの頃のあなたは、既に修羅になっていたのね」
ガムシラさんが驚き、ラルナさんは悲しげに言う。
「全ては巡り合わせか。よりによってあの頃の姿になったのも。奇妙なことだ」
「どういうこと……?」
「思い出せ、ナルメア。ここに留まり、幼き日の記憶を。それがきっと、お前の現状の行き詰まりを解消する手立てにもなるはずだ」
それ以降二人はアズサについて語らず、俺とナルメアを部屋へと戻した。……二人の様子や話から予想すると、多分ナルメアとアズサは今のナルメアくらいの年齢の時、会っていた。どころかここで一緒に鍛錬していたんじゃないだろうか。となるとアズサのことを眼中に入れていなかったナルメアを襲ったアズサのことを少しは見えてくる。当時のナルメアはザンバにちゃんと見て欲しかったわけだが、ナルメア自身もアズサに対して同じようにしていたということになる。いや、もっと重症か。あいつは一応ナルメアのことを覚えていたようだが、ナルメアはアズサのことを全く覚えていないようだから。
とりあえず部屋に戻ってきたわけだが、ナルメアの消耗は思ったよりも激しかったのだろう。すぐに寝ついてしまった。体力面まで子供になってしまったかのようだ。
「ダナン君」
その時を見計らったかのように、ガムシラさんとラルナさんが俺を呼び出した。俺に聞かせたい話があるのだろう。
「すまないな。訳がわからぬままだろう。君には話しておこうと思う。アズサとナルメアは……かつて同じ道場で腕を磨き合った、同門なのだ」
「アズサちゃんはナルメアを慕っていたわ。それこそ、ザンバさんを慕っていたナルメアのようにね」
二人の切り出しから、ある程度立てていた予想と食い違いがなかったので相槌を打ち耳を傾ける。
「あの頃のナルメアは修羅に堕ちかけていた。憧憬の狂気に駆られ、周りが一切見えなくなってしまっていたのだ。ザンバ以外はつまらぬモノと言いかねない勢いだった。己ですら畏怖を感じた」
「アズサちゃんはね。そんなナルメアに必死に追い縋ろうとしたの。けど、ある時のナルメアとの稽古を最後にアズサちゃんは道場を出たわ」
少しずつ状況が見えてきた。となると、アズサが出て行った理由もナルメアが道場を出た理由とほとんど同じか。
「ナルメアに負けたから、ですか?」
合っていたようだ。二人が頷く。
「それがきっかけで、アズサは去った。よもや忌まわしき妖刀を手にして戻ってくるとは、夢にも思わなんだ」
「……このことを教えてあげるのは簡単。けどこればっかりは自分で思い出せなければ、意味がない……と思うの」
「ダナン君。今の話はナルメアには黙っていて欲しい。あの子に真に必要なのはアズサとの記憶を思い出すことではない。記憶を閉ざした理由を思い出し、それと向き合い克服することが必要なのだ。だが……支えてやってくれ。もちろん、己らも娘の力になれるようにはするが」
言われなくてもそのつもりだ。俺は頷いて応えた。
ただ、思っていたよりも厄介みたいだな。まぁ、俺にできることはナルメアの手助けくらいしかないわけだが。
◇◆◇◆◇◆
ナルメアは……切り伏せた相手に決まってこう告げた。
「さよなら、『つまらぬもの』よ」
見下しているはずなのに、その冷たい瞳には倒した相手の姿すら映っていない。
此方の相手をする時も……ずぅっと、あの目で……。
あぁ、あの目だ……。あの目……言葉に出さずとも、此方のことも、『つまらぬもの』と……。
ナルメア……。
人気のない木々の下、アズサは全身の痛みに嗚咽を漏らしていた。
「はぁ……うぐぁ……。たった、薄皮一枚斬って、この代償、か……」
今のアズサは妖刀による代償に苛まれている状態だった。
「はぁ……目が霞む……。だが、は、はは……」
それでも苦し気な表情を押して笑みを浮かべる。
「ははは、ナルメアのあの姿! 此方に敵うものか! はは、ははは」
大きな代償を払ったが、彼女は妙な達成感に包まれていた。
「あぁ、早く来い。決着をつけよう。もう此方は『つまらぬもの』ではない。そうだろう、ナルメア。はははははは」
アズサは嗤った。目から、口から、鼻から、血をだらりと垂れ流しながら。
その表情は硬く、虚しいまま、嗤っていた。
◇◆◇◆◇◆
一方、ナルメアは回復し、アズサと対峙するため基礎の修行を積んでいた。懐かしいはずなのだが、なにも思い出せぬ道場で。
まぁ、身体は小さいままなんだが。
とはいえ流石ナルメアと言うべきか。
「む」
打ち合いをしていたガムシラさんから一本取ってみせた。
「一本。ナルメアの勝ちね」
「流石だな。その姿でも己から一本取れるとは……」
ガムシラさんも感嘆していたが、傍から見ていた俺も同じ気持ちだった。流石としか言いようがない。決してガムシラさんが弱いわけではない。むしろ強いと言える実力を持っていたのだが。
「身体の動かし方に慣れてきたからかな。それになんだか動きやすいの」
「……記憶の方はどうだ?」
「……ダメ、思い出せない。アズサさんだけじゃない。今まで立ち会ってきた人、全員。なぜ、私が昔使った道具にこれほどまでに傷がついてるの? 一体私はどれだけの人と稽古を積んできたの? ただひたすら刀を振って……ザンバを追い続けていたことしか、思い出せない……」
「ナルメア……」
実力は今の彼女に追いついてきているが、どうあっても記憶は取り戻せないようだ。人の記憶というのは厄介なモノで、都合がいいように改竄してしまう。
「ねぇ、お父さん。お母さん。ダナンちゃん。皆は、今までに相対してきた人たちのこと、ちゃんと覚えてきている?」
尋ねられて少し考える。
旅に出る前から考えても、大体のヤツのことは覚えていると思う。……旅に出る前はあの日以外俺が負ける前提だったから、いつか絶対ぶっ殺すと思ってたなので忘れるわけがないが。
「まぁ、時と場合によるかな」
とはいえそれからの全てを覚えているかと言われれば怪しいところだ。
「ふむ、全ては流石に覚えてはいないか。だが、ダナン君も相対した人との戦いを糧にしてきているはずだ」
「ナルメアも無意識にきっとしているはず……。けど、あなたは強すぎるのよね」
「故に相対した人までは記憶に留まらない……のやもしれぬ」
「そう、なのかも……」
確かにな。俺は『ジョブ』があるから段階的に強さを調整できる。ぶっちゃけ『ジョブ』なしだとナルメアに及ぶべくもない。その辺のチンピラにも全力で挑む必要があるだろう。兎に角、俺は相手の強さに合わせて自分の強さを調整できるので、実力差が開きすぎないことが多いというのもある。
「ナルメア。あなたが今までしてきたことが、間違いだった……なんてことは絶対にないわ、それだけは安心して。かと言って修羅であり続けることは、私は悲しいと思うけど……あなたが選択した道なら間違いじゃない。こうして人に戻った今も、間違いじゃないの。ただお父さんや私みたいな武士道もある、というだけよ。それをきちんと踏まえて今、あなたがどうするべきか。考えてみて?」
「お母さん……」
ラルナさんの言葉を、ナルメアは神妙な面持ちで聞いていた。
「思い出せないことも罪ではない。決して自分を強く責めるなよ。今をどうするかが大事だ」
「うん……」
ナルメアは両親の言を聞いて少し考え込む。それから面を上げた。
「どうすべきか……なんとなく、わかった気がする。アズサさんに会いに行くよ」
「一人で行く気か?」
「お姉さんね、アズサさんときちんと向き合った方がいいと思うの。二人っきりでお話してくるわ。大丈夫、無理はしないから」
子供の身体になっているのにか、と思わないでもなかったが。
ナルメアの力強い笑みを見て、彼女を送り出すことを決めた。
「わかった。そこまで言うなら、いってらっしゃい」
「うん」
少しばかり不安だが、今回の件は他人が介入してもあまり意味がない。ここはナルメアを信じることにしよう。
「決めたならば急いだ方がいい。アズサも……苦しんでいるはずだ」
ナルメアは頷くと、足早にアズサの下へ向かっていった。
◇◆◇◆◇◆
(アズサさんのことは、全く思い出せない……。けど、どこで私を待っているか、なんとなくだけどわかる……)
道中、ナルメアはこれから対峙するアズサのことを考えていた。
(因縁の場所、なのかな)
ナルメアは霞がかかる記憶を頼りに、アズサが待つ因縁の場所を目指す。
そうして、彼女はアズサの下へと辿り着いた。
「アズサさん」
「来た、か。此方を……思い出したか?」
「……ごめんなさい。やっぱり、あなたのことを私、思い出せなくて……」
ナルメアはアズサの問いに、正直に答える。
「よい。よいよい。構わん、期待など微塵もしていない。此方が望むのは其方の――」
言いながらアズサが刀の柄に手をかける。
「首のみだ!!」
そして地面を蹴り、ナルメアに斬りかかった。
ナルメアも刀を抜き、繰り出される凶悪な斬撃を往なす。
「ほう」
「くっ……」
子供の姿になっても一撃を受けたナルメアに、アズサは感心していた。だがナルメアの表情は芳しくない。
(やっぱり今の私の膂力じゃ、往なすだけで刀を折るなんて……できない……。ううん、そんなことよりも!)
アズサを妖刀の呪いから解放するには、呪いの根源である妖刀を壊すしかないと考えているところはあった。
「アズサさん、私と話をして欲しいの……! ちゃんと、あなたと話したい!」
「五月蠅い。剣士なら言葉でなく刀で語れ!!」
戦いではなく対話を試みようとするナルメアに、オクトーと斬り合ってフュンフに止められた時との違い、変化が見受けられた。
だがアズサは容赦なく襲いかかってくる。
「ッ!?」
「はは、ははは!」
「……くっ!」
嵐のように繰り出される斬撃にナルメアは幾度も姿勢を崩しかける。だがその不安定な姿勢の中でも、ナルメアは確実にアズサの斬撃を往なし続けた。
「チッ……小賢しい。幼子の姿に慣れてきたというのか。修羅め……」
仕留め切れない状況にアズサが舌打ちする。
「だが此方はもう『つまらぬもの』ではない! 力の差は一目瞭然!! はは、ははは! 散れ、ナルメアァ!」
吹き荒ぶ風をやませるほどの力が乗せられた一撃に、ナルメアは倒れ込んだ。
「しまっ――」
すかさず、アズサは倒れ込んだナルメアに馬乗りになり、刃を向ける。
「ははは、この時を……どれだけ待ち望んだことか。其方のその冷たい目! 見下しすらせぬ、誰も映さぬ冷たい目! その目から、ようやく解放される! あぁ、なんと喜ばしいことか! ははは、はははは!」
「……ならどうして。あなたは笑っていないの」
確かに嗤うアズサは、満身創痍のナルメアの問いに硬直した。
「は……?」
「ちゃんばらじゃ……なにも伝わらないよ。大切な友達がね、昔、私とザンバに……そう言ってくれたんだ」
「……」
「ごめんなさい。苦しかったよね。人に振り向いてもらえない苦しみは……よくわかっていたはずだったのに……」
「五月蠅い、五月蠅い!! 後悔などあの世で聞いてやる」
アズサは聞き分けのない子供のように頭を振ると、彼女に向けた刃を振り下ろす――。
◇◆◇◆◇◆
さて、ナルメアを送り出した俺だが
やはり手出しをしたい気持ちはある。
ナルメアを信じていないわけではない。信じていないわけではないが、心配とはまた別の話だ。
そうして俺がそわそわしているのがわかったのか、ガムシラさんが声をかけてきた。
「ナルメアは負けん。あの姿のナルメアならば、なおのこと」
彼には確信めいたなにかがあるようだ。大人しく次の言葉を待つ。
「ザンバ越え。信じ難いかと思うが、あの子は既に成し遂げていた。丁度あの姿の年の時に」
……それは流石に、と思ってしまうが。過去のナルメアを見てきた人だ。もちろん、親バカという線もある。
ただナルメアが強いのは間違いなく、また自分の強さへのマイナスな思い込みが強いことはわかっていた。だからこそ「私は強い」が魔法の言葉になったわけだが。
真偽はさておき、ガムシラさんがそう思うほどのモノが当時のナルメアにあったことは間違いないだろう。
「あの子は天才だ。故に追い詰められれば――必ずあの技を思い出す。ザンバに見てもらえず、届きはしないと捨てた……あの技を」
どうやらなにか奥の手があるようだ。
そういえば、小さくなってからのナルメアの剣は普段と違っていた。縮んだ身体に剣術の最適化が行われた結果だと思っていたが、ガムシラさんの剣に近かったような気がする。おそらくだが、今のナルメアが使っている剣術は、道場を出た後に独学で学んだモノなのだろう。
助けには行かないが、彼がそこまで言う技は気になる。ワールドの能力で戦いの様子を把握するくらいはしておくとするか。
◇◆◇◆◇◆
空気が、爆ぜた。
「ッ!?」
ナルメアは最小限の動きで、尚且つ爆音を発するほどの速度で刀を突き上げたのだ。
アズサはナルメアに馬乗りになっていたが、その衝撃で宙へ浮かぶ。
「は、え……? こ、この、技は……」
訳のわからぬまま空中で硬直するアズサは気づけなかった。
己よりも遥か上に跳躍したナルメアが、流星が如く空から落ちてくることに。
「――胡蝶刃・屠龍」
放たれた技がアズサを勢いよく地面へと叩きつける。
「がぁっ……!?」
形勢は逆転し、今やナルメアがアズサに馬乗りとなっていた。先ほどの一撃で妖刀が砕け、ナルメアの姿が元に戻っていく。
「……屠龍技。ザンバに敵わぬと思い込んで、記憶の底に封印していた技」
「……数度見た。幼い頃、数度だけ。いや、それどころか……」
「アズサにも昔、使ったわね。丁度、この場所で。それが……きっかけになっちゃったんだよね」
「……」
妖刀が砕けたことに加え、ナルメアが過去を思い出したからだろう。アズサからは妖刀を持ってきた時のような狂気は感じ取れなかった。
「アズサ、あなたのことをこの技と一緒に思い出したよ。ずっと私の傍で……私と一緒に刀を振るって……何度も稽古に付き合ってくれた。
「……ああ」
「ごめんなさい。だというのに私は……あなたのことを忘れていた。ザンバを追う余り、かけがえのない繋がりすらも切り捨ててしまっていた」
「……」
「『つまらぬもの』なんかじゃない。妖刀なんかに頼らなくとも、既にアズサの刃は私に届き得る」
「っ!!」
ナルメアの言葉にアズサは戸惑いを露わにする。
「此方は薄皮一枚しか切れぬ、……未熟者だ」
「そんなことない。あなたの努力は本物だよ。私には……わかる。アズサは強いよ」
アズサから戦意が消えたと見て、ナルメアは彼女の上から退いた。
「う、うぅ、うぅうう……」
アズサは目から涙をボロボロと零した。血ではなく、純粋な涙を。
「歪んでしまった。全部おかしくなってしまった。其方に見て欲しくて、其方に振り向いて欲しくて……ならばどうすればいかと。気がつけば忌まわしき武器に、心を奪われ、これならば、これならば其方に見てもらえると」
「そうだよね……。おかしく、なっちゃったよね。でも、もう大丈夫だから……。アズサを『つまらぬもの』なんて思ったことは一度もないよ……。私がなにも見えてなかっただけなの……」
誰かを追いかけて正道が外れる。ある意味では、二人は似た者同士と言うべきか。
「ああ……そうだ、思えば一度たりとも其方から『つまらぬもの』などと言われていない。だが、だが、あの目が恐ろしく……ずぅっと、ずぅっと……此方に焼きついて離れなかった。此方も『つまらぬもの』なのだと、思われていると、感じてしまった……。勝手に、怯え、怒り、狂ってしまった。あぁ、あぁ。其方にとって此方は『つまらぬもの』ではないのだな?」
「当たり前よ。ごめんなさい、アズサ」
子供のように泣きじゃくるアズサを、ナルメアは優しく抱き締めた。
「それで、その……。もし、やり直せるのなら……私とまた友達になってくれるかな。あなたとのこれからの時間を、『つまらぬもの』になんか、絶対にさせないから……」
「っ……! うう、ううううう……!!」
アズサはナルメアを抱き締め返し、何度も、何度も強く頷いた。
まるで幼子をあやすように、ナルメアはしばらく彼女の頭を撫で続けるのだった。
◇◆◇◆◇◆
しばらくしてナルメアは、アズサさんと共に道場へ戻ってきた。
事の顛末は把握しているが、やはりこの目で見るとほっとする。
「ただいま、ダナンちゃん」
「おかえり」
「心配かけちゃったね。でも、もう大丈夫! お姉さん、完全復活! アズサとも仲直りできたから!」
嬉しそうにしている様子を眺めて笑う。知ってはいたが、思い込みが強いところがあるので自分でもそう思えているのはいいことだ。
「……迷惑をかけた。ガムシラ師範も、奥様にも。すまない」
ナルメアと共に帰ってきたアズサさんは憑き物が取れたような顔をしていた。実際に取れたわけだが。折れた妖刀には力の残滓も残っていないだろう。
「謝るのはむしろ己だ。お前の……いや、お前達の苦悩にきちんと向き合えていなかった」
「とんでもない……全ては此方のせいだ」
「代償は……大丈夫?」
「偶に目が霞む。だが、もう痛みも血の涙も出ない。ナルメアが刀を折ってくれたおかげか」
「そうか……。その程度で済んで良かった。しばらくすれば完全に回復するだろう」
「アズサちゃん。良ければまた家にいらっしゃい。ここならゆっくり療養できるわよ」
「え……?」
「賛成! アズサがいてくれるなら、またここに帰ってくるのも楽しみになるわ」
「己らだけでは楽しみではないと?」
「あ、ち、違うよ? 今のは言葉の綾で……」
「冗談だ」
「うう、お父さんのいじわる……」
「本当に、いいのか?」
「お前の名前はまだウチの門下生の名簿に残っているぞ? ナルメアと共にな」
「そ、そう、なのか……てっきり破門されたのかと……。私は思い込んでばかりだな……」
「また一緒に稽古できるね。アズサ」
「あ、ああ……」
アズサさんは戸惑うも、次第に表情が和らいでいく。そしてもう一度深く頷いた。ナルメアの言葉を強く、心に沁み込ませるように。
「……ああ」
一件落着、一家団欒という感じだ。問題が解決したのなら言うべきことはない。
ただ折角仲直りできたわけだし、ここはゆっくり話す機会を設けた方がいいか。
「ところで、お茶にしないか?」
「は?」
俺の発言にアズサさんはきょとんとしていたが、
「あら、いい考えね。折角だし、皆でお茶しましょう」
ラルナさんがすかさず賛成してくれた。
「ダナンちゃん! アズサとの想い出思い出したの! いっぱいお話してあげよっか!」
ナルメアが近寄ってきて言う。……それ話したいだけでは。
「あ、あまり恥ずかしいことは話してくれるなよ……」
「うふふ……。逆にアズサにも私の話、いっぱいして欲しいな」
仲がいいことはいいことだ。俺は二人の思い出話に耳を傾ける。
ナルメアは過去と向き合い、忘却していた数々のことを思い出した。
過去最強の技と共に繋がりを取り戻した彼女はすぐにでも、限界の壁を突破することだろう。
俺も精々置いていかれないように努めるだけだ。
しばらくナルメアの実家でアズサ含めのんびりと過ごした。
それから、アズサを残して俺とナルメアはここを発つことになった。
「じゃあね、アズサ。また来るから。ゆっくり療養してね」
「ああ」
すっかり仲良しになったナルメアはアズサに別れを告げる。
「今度はもう少し早く帰ってくるのよ」
「お前の家はここだということを忘れるな」
何年も、下手をすれば十年以上帰ってきていなかったナルメアへ、両親が言った。
「うん。お母さん、お父さん。またすぐ会いに来るから」
それに苦笑しつつも、ナルメアは頷く。
今度来る時はアネンサも連れてきてもいいかもしれない。若しくはザンバことオクトーを来させてみるか。面白そうだし。
「ダナン君」
家族の別れを邪魔しないよう控えていた俺に、ラルナさんが声をかけてきた。
「今度はちゃんと
「え……?」
一瞬なんのことを言っているのかわからず、聞き返してしまう。……まさかな。
「? ラルナ、どういうことだ?」
「さあ、どういうことでしょうね」
ガムシラさんはわかっていない様子だ。ラルナさんもここで明言する気はないらしい。
ナルメアの方を見ると、意味がわかったのか顔を赤くしていた。
……。
…………。
「だ、ダナンちゃん! そろそろ行こっか!」
俺が逡巡していると、ナルメアが腕を引っ張ってくる。
「あ。えっと、お世話になりました」
とりあえずそれだけ言って、慌てて退散することとなった。
……下手に隠そうとしない方が良かったのか。なんにせよ、勘繰られてしまったようだ。
果たして、そういう意味でここを訪れる機会があるかはわからないけどな。