ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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ハーメルンのシステムはよくわかっていないのですが、徐々に読んでくださっている方が増えていると思われるので嬉しい限りです。

ちびちびとやっていきますので、よろしくお願いします。


アマルティア潜入計画

 俺達は小型騎空艇でこっそりとアマルティア島へ上陸した、のだが。

 

「侵入者はまだ近くに潜んでいるはずだ! 探せ!」

 

 ばたばたと慌ただしく秩序の騎空団団員が駆け回っている。足音が遠ざかり周辺にいなくなったことを確認した。

 

「……おい。なんで着陸と同時にバレてんだよ。全然潜入じゃねぇじゃねぇか」

「いやぁ、なに言ってるの。僕らが潜入してるのはあの秩序の騎空団の拠点だよ? 未確認の騎空艇が近づいて撃ち落とされずに上陸できただけで儲けモノだよ。しかも姿がバレないように、ね」

「最初から織り込み済みってわけかよ。なら事前に言っといてくれよ。初っ端からミスっちまったのかと思ったじゃねぇかよ」

「えぇ? ダナンならこれくらいのこと言わなくてもわかると思ったんだけどなぁ?」

「……チッ」

 

 やけに買ってくれているのか、煽られているのか。どちらにしても俺の考えが甘かったのは事実だ。……自覚はあんまりないが焦ってるんだろうな。もっと深く考えて動かねぇといつか痛い目見ることになる。気をつけよう。

 

「んで、こっからどうする? わざわざ帝国の襲撃前に来たからには、なにか理由があんだろ?」

「当然。ってことでダナン、ちょっと秩序の騎空団に潜入してきてくれないかなぁ」

「は?」

 

 俺が?

 

「まぁ一個ずつ説明してくと、秩序の騎空団の内部情報が欲しいんだよねぇ。見取り図とか配置とか。場所が場所だけにあんまり僕達も情報を入手できなくてね。現地調達しようかと思って」

「それで俺が?」

「そうだ。お前は演技が上手く観察が得意だろ。潜入して上手く溶け込めるんじゃないか?」

「……なるほどねぇ。まぁやる必要あるんならやるけどさ」

「お願いねぇ〜。ボスがどこに幽閉されてるかとか、襲撃当日どこがどんな状況に陥ってるか、とかね。隙窺ってボス連れて逃げ出したいし。できれば混乱に乗じて牢の鍵とかそういう脱出に必要なモノも奪っといて欲しいなぁ、って」

「俺やること多すぎねぇか?」

「僕達はあんまり潜入に向いてないからねぇ。当日適当に撹乱して逃げやすい状況を作るくらいしかないかな」

「あたしはこそこそするのが苦手だ。おそらく脱出の時敵に包囲されるから、そこで道を切り開くために待機している」

「有り難い。んじゃ、行くか。そろそろあいつらもこの島来るんだろ? 船団長と補佐が戻ってくる前に潜入しときたいしな」

「そうだねぇ。じゃ、お願いね。これ持ってって」

 

 俺が立ち上がるとドランクが玉を一つ渡してくる。

 

「これは?」

「魔法で通信できるようになってるから。受信した時は光るから、魔力込めれば通信できるよ。発信する時は魔力を込めてそれに向かって話すだけ。便利でしょ?」

「ホントな。じゃあ定期的に連絡入れられるようにするわ」

「オッケー。くれぐれもバレないでね」

「わかってる。あ、俺も持ち物預けていいか?」

「オッケー……あれ?」

「了解」

「頼んだ、スツルム」

「……あれ、なんで僕スルーしたのかな」

 

 首を傾げるドランクに自分の胸に聞けと言いたいのを我慢して、俺は二人と分かれて潜入するべく移動し始めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 俺は【アサシン】へと姿を変えて物陰に身を隠しながら移動していた。

 向かう先は秩序の騎空団の庁舎だ。庁舎では団員が生活していたり事務作業をしたりしている。

 

 外には訓練場もあり厳戒態勢が敷かれない限り大半の団員はここで訓練している、とは傭兵二人からの情報だ。一応上空から見た簡単な地図は持っていて、庁舎がどこにあるかはわかっていた。とはいえ庁舎と訓練場、どこが港で物資搬入口はどこかなどしかわかっていないようだ。犯罪者がどこに捕えられているかは外部に漏らすわけにはいかないのか一切の情報がない。まぁ、当然か。

 

 物音を立てず庁舎へと近づいていく。

 

 見回りに出ているヤツから拝借しようかとも思ったんだが、単独行動していなかったので流石にやめておいた。あとできれば俺と背丈が近くて声が似ているヤツがいれば有り難い。かつ入団したてであんまり馴染んでいなさそうなヤツだと尚良し。……まぁそんな都合のいいヤツはいねぇか、流石に。

 

「全く。なにをやっているんだ。抜剣する時に手を斬るなんて……」

「す、すみません……」

「お前ももう入団して一ヶ月経つんだ。そろそろ冷静に武器持てるようにならないとな」

「はい」

「お前もいつまでも新入りなんて呼ばれたくないだろ?」

「そうですね、頑張ります……」

「うむ。もう養護室の場所はわかるな? 一人で行けるか?」

「はい、大丈夫です」

 

 ……おいおい。俺がもう一人いるのかと思うほど声が似てるじゃねぇか。しかも俺と同じ黒髪で、背丈もほぼ一緒。更には入団してから一ヶ月の新入りと来たもんだ。これから養護室行くっつってたが……。

 

 俺は隠れている建物の一番近い窓からこっそりと中を覗く。……ポーションや包帯、白いベッドにカーテン、と。ここじゃねぇか? 養護室ってのは。

 

 こんな都合のいいことがあっていいのかよ。まるで神様が俺に潜入してどうぞ、って言ってるみたいじゃねぇか。まぁ神はそんな都合のいいもんじゃねぇんだろうが。

 しかも換気中なのか窓が開いていて、中には誰もいない。

 

「……やるっきゃねぇな」

 

 この機会を逃したら潜入できない気がする。俺は開いた窓の下に移動して息を潜めた。

 

 しばらくしてこんこんと扉をノックする音が聞こえ、返事がないことを確認してがちゃりと開けられる。

 

「あれ、誰もいない。不在だったのか。失礼しますねー」

 

 ヤツの声だ。多分中をきょろきょろしてるだろうからまだ顔は出せない。

 

「じゃあちょっとポーション一個貰いますねー」

 

 続けてなにかを開けてごそごそと漁る音がする。……まだだ。まだ動くな。

 

「あったあった。これをかけて、と。後は薬使用に署名しなきゃいけないんだったな……」

 

 署名か。筆跡とかでバレることを考えると、その後だな。

 じゃーっと水を流す音が聞こえた。ポーションを洗い流してるのか。足音がして移動し、字を書く時の小刻みに板を叩くような音が聞こえてきた。……よし、やるか。

 

 俺は周囲に誰もいないことを確認して窓枠を跳び越え音もなく着地する。そして一つの暗器を取り出し忍び足で近づいていく。

 

「……はぁ。先輩には頑張るって言ったけど、俺向いてないのかなぁ。この仕事辞めちゃおうかなぁ」

 

 そうかそうか。なら丁度いい。俺が代わってやろう。

 

 俺は背後から忍び寄ると素早く持った針を首筋に突き立てる。

 

「うっ」

 

 僅かに声を上げるが、それだけだった。全く動かなくなったそいつは、触ると石のように硬くなっている。

 

「これが石化針か。強力だな」

 

 石化は衝撃を受けて砕け散るか薬がないと解除されない。厄介な点は時間経過では治らないこと。これならしばらくの間隠せるだろう。

 俺はそいつから服などの私物を剥ぎ取っていく……帽子を取って顔を確認したが、全然俺に似てねぇな。目つきが悪くないからか。ってことは逆に帽子を目深に被って目元隠せば変装は完璧ということになる。

 

「装備と一緒にどっか隠しとくか」

 

 石化したこいつを放っておくとマズい。どうせ明日には脱出するだろうからとりあえずの隠し場所……ベッドの下でいいか。替えの布団が入った箱があるし。衝撃与えられて砕けたら流石に申し訳ないのでベッドに包ませてパンツ一丁のまま入れておく。俺の元の服は上の方に、ただし見えないように。

 

「うし。俺はこれから一ヶ月前に入団したハリソン・ラフォードだ。ちょっと頼りない感じで悩みがち、と」

 

 鏡を見て制服に身を包んだ俺の姿を見る。……どっからどう見ても秩序の騎空団の団員だな。後はボロを出さずに過ごせるかが問題だ。

 残念ながら見た目は俺に近くても利き手が違うらしく剣が左腰に、銃が右腰に下がっていた。二刀流のこともあって右手で剣が使えるようになっていて助かった。

 

「さて、行くとしますかね」

 

 俺は見た目を整えてから養護室を出て訓練場の方へと向かう。

 

「お、遅かったな、新入り」

 

 訓練場の脇に先程ハリソンと話していた団員がいた。こちらに気づいて声をかけてくる。……なにも気づいていなさそうだな。よし。

 

「す、すみません。ポーションを探すのに手間取ってしまって……」

 

 俺は先程までの喋り方や声音を思い出して言い訳をする。

 

「そうか。今いなかったのか。怪我は治ったな? では訓練を再開するぞ」

「はい」

 

 先輩団員は俺の声を聞いても怪訝に思わなかったようだ。その様子にほっとしながら先輩の言う通りに訓練を行った。悩みがちだったのでそんなに上手くないんだろうな、と思って適当にやっていたのだが。

 

「見直したぞ、新入り! やればできるじゃないか!」

 

 と凄く嬉しそうにばしばしと肩を叩かれてしまった。……おい。あいつどこまで下手くそだったんだよ。それは多分向いてねぇわ。再就職先探した方がいいかもしれん。

 小一時間ほど訓練したが、緩いな。いや黒騎士の訓練が厳しすぎるだけか。

 

「よぅし、午前の訓練はここまでにしよう」

「はい」

 

 途中からとはいえ短かったな。もう昼休憩なんだろうか? まだ一時間ぐらいあると思うんだが。まぁ見回りとかもあるだろうから交代で飯にしてるんだろう、と思ったのだが。

 

「忘れてないだろうな、今日は新入りが食事当番だぞ」

「えっ?」

「……全く。少し上達したかと思えば……。やはり忘れていたのか。もう一ヶ月も経ったからな。そろそろ食事の準備を任せてもいい頃だろう。他にも何人か担当がいるから、厨房へ行って準備をしてくるといい」

「わ、わかりました」

 

 おいおい当番制なのかよ……。ハリソン君には悪いが手は抜けないぜ?

 初めての食事当番だそうだから思い切りやっても良さそうだ。

 

 俺は庁舎の中に入って料理の匂いが漂ってくる方へと歩いていく。途中案内図のようなモノがあったのでざっと確認しておいた。

 

「エリク・ハルメン、入ります」

 

 厨房まで行くと二回ノックをしてからそう名乗って入っていく団員を見かけた。……なるほど、ああやればいいのな。

 俺は扉の前まで行って背筋を伸ばし二回ノックをする。

 

「ハリソン・ラフォード、入ります」

 

 言ってからがちゃりと扉を開ける。ここは入ってすぐは更衣室になっているようだ。

 

「おう、新入り君か。今日食事当番は初めてだったよな?」

「は、はい」

「じゃあそこに並んでるロッカーの中から鍵の刺さってるヤツを適当に開けて。帽子と武器外したら入れて、中に入ってるエプロンと布巾とマスク着けて奥の厨房に行こう」

「わかりました。ありがとうございます」

「いいってことよ。……なにせ人数少ないのに大人数の料理作らされる激務だからなぁ。新入り君が逃げ出さないか不安だよ……」

「ははは……」

 

 どうやら厳しい仕事だから最初は優しくしようという魂胆だったらしい。

 俺は愛想笑いをしつつ適当なロッカーを開けて武器と帽子を外してエプロンを身に着けて布巾を被りマスクを装着した。

 

「行きましょうか」

 

 準備を終えて先輩に行って厨房へ行く。

 

「おい、まだ炊けねぇのか!」

「あと五分はかかります!」

「クソッ! 腹空かせて待ってるヤツが結構いんだぞ!」

「誰か野菜、野菜切ってくれねぇか!?」

「バカ野郎ッ! どこも手がいっぱいだっての!」

 

 怒号飛び交う厨房がそこにはあった。

 

「ね、激務でしょ?」

 

 先輩は苦笑している。……いいじゃねぇか。俄然燃えてきたぜ。

 

「エリク! ぼーっと突っ立ってねぇで手ぇ洗って手伝え! お前は……新入りか? お前も手ぇ洗ってこい。話はそれからだ!」

「は、はいっ!」

「はい」

 

 エリクは怒鳴られて背筋をぴんと伸ばしていた。……あんたが嫌がってるんじゃねぇかよ。

 俺は彼についていって手を洗ってくる。

 

「よし、エリクはガルドンガの方を手伝え! 新入りは……そうだな、適当にスープだ!」

「食材はどこにあるんですか?」

「そこの大きな冷蔵庫に詰め込んである! 調味料の大半は各台の棚にある! 他に質問は?」

「何人分作ればいいんですか?」

「とりあえず百だ!」

「百人分ですね、わかりました」

「お、おう」

 

 食材は自由に使っていいと来たか。こうなりゃ全力全開でいくしかねぇよなぁ。

 

 俺は早速冷蔵庫へ向かい豚肉を大量に抱えて空いている台へと移動する。

 

「よしっ。始めるとするか」

 

 まずは鍋の準備だ。とりあえずデカい鍋に水を入れて味をつける。火にかけて放置、と。……さて。ここからが俺の腕の見せどころだな。腹減ったと煩いオルキスを唸らせてきた俺の腕前、とくと見せてやんよ!

 

 気合いを入れて豚肉を処理していく。軽く洗って水気を拭き取りまな板の上で一口サイズに切る。切ったヤツはボウルに入れておく。ボウルがいっぱいになったら胡椒やらで味をつけながら揉み込む。終わったら次の処理、と続けていって鍋が沸騰する頃には全て処理を終えた。

 肉を鍋に放り込んだら次は野菜だ。流しで手を洗ってから野菜を取りに冷蔵庫へ。キャベツなどは大きいので仕方なく二回に分けて野菜を取りに行った。洗って下処理をした根野菜から鍋に入れる準備をしておく。野菜を切り終えてから鍋を覗き込むといい匂いが正面から漂ってきた。お玉で掬って味見、良し。

 根野菜を放り込み、鍋を混ぜながらタイミングを見て野菜を入れていく。ちゃんと味が均等になっているか、薄くなっていないかもう一度味見してから鍋に蓋をした。後は煮込むだけだ。

 

「あの! スープあと煮込むだけなんで手が空きました! 次はなにをすればいいですか?」

 

 俺はまな板をさっと洗い流してから大きな声で尋ねる。

 

「え、もう?」

「はい」

「え、えっとじゃあ手が足りないとこ頼んでいい?」

「わかりました」

「新入り! こっちで野菜切るの手伝ってくれ!」

「わかりました」

 

 最初に指示してくれた人が驚いていたが、他の先輩が仕事をくれた。……まだまだこんなもんじゃ消化不良だ。もっと作らせろ。

 

「これを全部切ってくれ」

「わかりました。なにに使う野菜ですか?」

「え、と、炒め物だな。肉と一緒にやるヤツ」

「わかりました。切っておきますね」

「お、おう」

 

 既に洗っているようだったのでがんがん処理していく。……ヤバいな。楽しくなってきたぜ。

 というところで野菜を切り終えてしまった。

 

「あ、終わりました」

「え、もう?」

「はい。次手伝ってきますね」

「あ、ああ。ありがとう」

 

 クソッ、これじゃまだ足りない。もっと作らせろ。全ての料理を俺一人で作りたくなってくる。

 

「新入り、次はこっちで魚切るの手伝ってくれ!」

「わかりました」

 

 そうして俺は先輩達に呼ばれながら手伝っていった。

 

「な、なんということだ……っ!」

「ど、どうしたんですか?」

「……主菜が足りない」

「えっ?」

「昼時になって大勢来た中で、主菜が足りないんだ! なにか、なにか、誰か作ってないのか……!?」

 

 厨房を仕切っていたらしい先輩が頭を抱えていた。

 

「……いえ、誰も作っていません……」

 

 周囲を見渡して確認した団員が重苦しく呟いた。……ん? なんかピンチっぽいんだけど?

 

「作ってないなら作ればいいんじゃないですか?」

「し、新入り! 下処理にも時間がかかる! もう皆空腹で苛立って……正直これ以上待ってもらうわけには」

「大丈夫です。焼くのは難しいかもしれませんけど、刺身なら生でいけます」

「そうか……いや、魚はダメだ。切り身がもうないんだ……もう捌く時間は……」

「では自分が捌きます。ただ間に合わせるには味つけとかの行程を手伝っていただく必要がありますが……」

「お、俺こいつを信じます」

「俺も! こいつ凄い包丁捌きだったんです!」

「確かに、賭ける余地はありそうだな」

「……わかった。一時期的に厨房を任せる。皆も新入りの指示に従うように! 絶対間に合わせるぞ!」

「「「はいっ!」」」

 

 他からの援護もあって俺が仕切ることになった。……おぉ、有り難い。これで思う存分やれるぜ。

 

「とりあえず炙りサーモンのレモンソースがけを作りたいので、炙る人とレモンソース作る人に分かれていただけますか?」

「おぉ、そんなモノを。で、そのソースの作り方は?」

「捌きながら口頭で説明します。とりあえず材料を運んでください」

 

 俺は早口で説明して材料を伝える。俺自身は冷凍庫に眠る鮭を何体か連れていった。

 

「……やるか」

 

 凍った鮭を捌くのは手強い。もう一体は流しで解凍中だ。もし解凍が間に合わなかった時のために炙って無理矢理融かすという手を使うための炙りだ。

 俺は冷凍鮭に包丁を入れながらソース作り隊に指示を出す。

 

「まずはレモンを半分に切って思い切り絞ってください! 種は取り除いて、実はそのままでいいので! それをボウル半分くらいまでお願いします!」

 

 頭を落とし無理矢理刃を入れて切り開き捌いていく。

 

「炙り担当の方は表面に焦げめがつくぐらいに炙ったら皿に五つずつ盛ってソースの方へ!」

 

 一皿分切り終わったら渡し、と繰り返して一匹捌き終える。次の鮭を流しから持ち上げて冷凍庫から次を流しへ。そしてまた捌いていった。

 

「……あのこれ、シャッター上げた方がいいんじゃないですか?」

「……ああ。見事な手際だ」

 

 流石に余裕がなくなってきて雑音など耳に入ってこない。ちょっと手元が明るくなった気がしたがそんなこと気にしていられない。指示を出し質問に答え手がずっと鮭を捌き、と動き続けてどれくらい経っただろうか。

 

「とりあえず、百人分はいきましたかね」

 

 額の汗を拭って顔を上げる――と目の前がガラス張りになっており向かい側に大量の人だかりができていた。布巾がズレてなければバレてたんじゃないか?

 

「ああ、助かったよ! だが一つ問題があってだな」

「え、まだなにかあるんですか?」

「あ、ああ。実は……」

 

 先輩が言いづらそうにする中、ガラスの向こうにいる人達が声をかけてきた。

 

「凄い美味かったぞ、新入り!」

「ああ! もっと食べたくなった!」

「悪いがお代わりを頼めるか?」

 

 などと凄く嬉しそうな顔で口々に叫んでくる。……おいおい、マジかよ。

 

「もう本当なら終わっていい時間なのだが、お代わりしたいと言ってくるヤツが多くてな。すまないが残って作ってくれないか?」

 

 先輩は少し申し訳なさそうに言ってくる。……ったく。しょうがねぇヤツらだ。

 

「わかりました、微力ながら全力を尽くしましょう」

 

 俺が答えると、ガラスの向こうで雄叫びが上がった。……悪いな、ハリソン。お前が意識取り戻した時めっちゃがっかりされるかもしれん。

 

「新入りが微力だったら俺達はなんだって話だ。すまないが美味い飯のためにもう少しだけ頑張るぞ!」

「「「はい!」」」

 

 厨房の士気も高い。やはり自分達が作ったモノで喜んでもらえると嬉しいのだろう。気持ちはわかる。

 そうして俺達は、お代わりを強請ってくる団員達に料理を振る舞い続けるのだった。

 

「おーい、新入りー!」

「あっ、先輩」

 

 俺に訓練をしてくれている先輩が厨房に入ってきた。

 

「おぉ、まだやってるのか。午後の訓練ができないだろう? そろそろ終わりにしたらどうだ?」

「あ、悪い。この新入り滅茶苦茶料理上手でな、つい延長してもらった」

「ああ、妙に評判がいいと思ったらそういうことか。やるじゃないか」

「ありがとうございます」

「しかしそうか……それはマズいな」

「?」

 

 先輩の表情が曇った。

 

「新入りに任せたい仕事が一つあったんだが、まだ空きそうにないか?」

「悪いな、もうちょっと借りたい」

「そうか。では代わりに任せないといけないが、食事担当で誰かに任せてもいいか?」

「いいがどんな仕事だ?」

 

 聞かれて、先輩は重く呟く。

 

「……黒騎士への食事運搬だ」

「「「っ!!」」」

 

 その内容を聞いて誰もが顔を逸らした。……あいつ捕まってからもなんかやったのか?

 

「……やはり誰もやりたがらないか。新入りは借りていくぞ。終わったらここに戻すようにする」

「……おう、悪いな」

 

 どうやら俺は黒騎士へ飯を持っていく係をやるようだ。なぜそんなにやりたくないのか不思議だ。

 

「えっと、なんでそんなにやりたくないんですか? ただ食事を運ぶだけでしょう?」

「そうだ、仕事内容はな。ただ黒騎士が物凄い殺気を放ってくるんだ。毒を警戒してのことではという説が有力だが、おかげで食事を運ぶ者が気絶するというのが通例になっていてな……」

 

 なるほど。捕まっていても七曜の騎士は七曜の騎士ということか。

 

「わかりました。覚悟して行ってきます」

「ああ、任せたぞ」

 

 先輩の目が「生きて帰ってこいよ」と語りかけてくる。……まぁ俺だったら大丈夫だろう。

 

「それで黒騎士はどこにいるんでしたか」

「庁舎の西、監獄塔の地下だ」

「わかりました、では届けに行ってきますね」

 

 俺は言って、盆に料理を載せ蓋をして厨房を出る。

 

 そして言われた通りの場所へ行く。……出入口には見張りが二人、か。

 

「ハリソン・ラフォード。黒騎士へ食事を持ってきました」

「そうか、今日はお前か。気をしっかり持てよ」

「はい」

 

 盆片手に敬礼すると見張りが気の毒そうな笑みを浮かべて言い扉を開けてくれる。重そうな扉だ。視線で合図をしていたことを考えると両開きのそれぞれを同時に開かないとダメな仕組みだな。相当力がなければ片手ずつでは開けられないのかもしれない。

 中に通されると正面に看守室のようなモノがあった。

 

「ハリソン・ラフォード。黒騎士へ食事を持ってきました」

 

 入り口の時と同じように敬礼して名乗る。

 

「ご苦労。では署名をしてくれ」

「はい」

 

 署名があった。まぁ厳重管理するなら当然か。良かった、一度署名を目にしてて。

 俺は右手で少し苦労しながらも養護室で見た本人の筆跡をなぞるように記入する。

 

「よし。では地下への鍵を開けるならちょっと待ってくれ」

「はい」

 

 中で壁にかけられた鍵を手に取っているのが見えた。……あそこにあるのが黒騎士が閉じ込められているとこの鍵か。一応覚えておこう。

 扉から出てきた担当の団員についていく。その先には地下へと続く扉が床に設置されていた。そこに鍵を差し込むと魔方陣が扉に描かれて鍵を回した様子がないのにかちゃりと開く音がする。……魔法で開錠するのかよ。覚えておいて損はなかったな。

 

「暗いから足を踏み外さないように。あと聞いていると思うが気絶していることが多いため十分経って戻ってこなかったら俺も入る」

「はい」

 

 俺は頷いてから足元に気をつけて地下へ続く階段を下りていく。扉が閉められると暗さが増す。足音が鳴ったからか下から物凄い殺気が放たれてくる。肌がヒリつくような殺気だ。こんなモノを正面から受けては流石に嫌になるよな。

 一番まで下に辿り着くと多少明るく、そこに一人の女性が座り込んでいた。壁を背にこちらを睨みつけ、容赦なく殺気を叩きつけている。手には特殊な枷がつけられているが、微塵もこちらが有利だとは思えない。

 

「食事をお持ちしました」

 

 俺が平静を装って言うと、

 

「……必要ないと言っているだろう」

 

 刺々しい声が返ってきた。だが付き合いのある俺ならわかる。何日も食べていないそうだから流石に限界なのだろう。そう思って多めに持ってきて良かったぜ。しかし、黒騎士でも俺の声がわからないとはな。

 

「……おいおい。俺の飯が食えないなんて随分変わっちまったなぁ、黒騎士?」

 

 俺は仕方なく帽子を取って声音を戻してにやりと笑う。

 

「っ!? だ、ダナン!? なぜここに……というかやはり死んでいなかったか」

 

 黒騎士は驚愕に目を見開く。

 

「俺がそう簡単に死ぬかよ。どうせリーシャか誰かに聞かされたんだろ?」

「ああ。お前が乗った騎空艇を落とした、とな」

「やっぱりか。まぁこの通りぴんぴんしてる」

「ふん。元より死んだとは思っていない」

「そうかい。それよりほら、折角作ってきたんだ。食えよ。もう何日も食べてないんだろ?」

「お前が作ったのか?」

「ああ。食事当番だったみたいでな。大丈夫、全部俺が作ったヤツだから毒は入ってねぇよ。冷めても美味しいってのも保証する」

「ふん。それこそ疑っていない。有り難くいただこう」

 

 やけに素直に受け取ってくれた。それくらいには信頼されているようだ。盆を持って近づき、少し離れた正面に座る。

 

「美味いな。数日しか経っていないはずだが久し振りに感じる」

「そうか。ってか器用に食べるな」

「ふん。こんな枷一つで困るようなモノでもないだろう」

 

 こいつも大概逞しいな。というか……。

 

「お前……鎧の下はそんな……なんて言うか変態というか奇抜な恰好してたんだな」

「おい。この状態でも枷で殴り殺すぐらいできるぞ」

 

 ドスの効いた声で言われてしまった。だけど、なぁ?

 今の黒騎士の恰好はノースリーブで太腿の付け根より上で途切れた白いレオタードのようなモノ一枚だった。前にも見たがスタイルが抜群の美女ではあるのだ。正直目に毒、というのが際立っている。

 

「とりあえず、あんまり長いことはいられないから手短に話すな」

「ああ」

「明日ここを帝国が攻めてくるらしい。狙いはあんただ」

「だろうな」

「加えてグラン達がここに来る」

「ああ、一足早くここに来たぞ」

「そうか。で、折角だから帝国が攻め込んできた混乱に乗じてあんたを救出する、準備中だな」

「それでその恰好か」

「そういうことだ。スツルムとドランクも来てるぞ」

「そうか、二人も無事か」

 

 とりあえず伝えなきゃいけないことはこれくらい、か。

 

「しかし特殊な枷だな。外せるのか、それ?」

「私では無理だ。力を抑えるモノのようでな、少なくとも以前ほどの力は出ない」

「そりゃそうか。でなけりゃ引き千切ってるよな」

「ああ」

 

 ってことは試したなこいつ。

 

「だがここに鍵穴がある。特定の鍵があれば外せるだろう。壊せるかどうかは、試してみないことにはわからんが。壁に叩きつける程度では無理だった」

「了解。ってことはその鍵ってのを入手するのが確実ってことか。それは俺の方で探ってみるしかねぇか。一応新入り団員なんだけどなぁ」

「私を救出するのだろう? それくらいできないでどうする?」

「わかってるよ。まぁ信じて待っとけ。ちゃんと食って寝て、力残しとけよ。脱出までに鍵が間に合えばすぐ振るってもらう可能性だってあるんだしな」

「ああ。そうしよう」

 

 よし、これくらいにしておくか。

 

「んじゃ、そろそろ行くわ。――元気そうで良かった。全然折れてねぇみたいだしな」

「……ふん。私の心配をするとは偉くなったモノだ。――当然だろう。私が一度の敗北で折れると思うか?」

「それもそうか。じゃあな」

「ああ」

 

 挨拶を交わしてから俺は立ち上がり階段を上がっていく。扉は閉まっているらしく持ち上げようとしても開かなかった。こんこん叩いているとかちゃりと鍵が開いて外に出してもらえる。

 

「おぉ……まさか無事に出てくるとはな」

「美味しそうな匂いに屈したのかもしれませんよ? 散々毒見をさせられましたけど」

「そうか。まぁいい。ならどうだ、次からもお前がやるか?」

「そうですね……訓練をサボるいい口実になりそうです」

「ふふっ。正直なヤツめ。いいだろう、俺から話をつけておいてやる。夜にも来ることになるだろう」

「わかりました」

 

 これで当面の飯は問題なさそうだな。俺が用意したモノとわかれば食べるだろうしな。

 監獄塔の一階から上は牢屋になっているようだ。黒騎士は広い地下に一人だったが、あれは特別待遇なのだろう。牢屋に何人もの人が入れられている。

 確か犯罪者は犯した罪の大きさに応じて段階が分けられているんだったか。黒騎士はもちろん最上位のS級犯罪者。その下がA、Bと続いていくような形だったはずだ。

 

「おぉ! 戻ったか、新入り! これは奇跡だ!」

 

 厨房の方に戻ってきたら先輩に物凄く感激された。大袈裟だな。

 

「大袈裟ですよ……」

「いいや、よく無事戻ってきた! それで話し合ったのだが、とりあえず夕飯の食事当番をしてもらっていいか?」

「えっ?」

「いやぁ……お前の料理を食べられなかった団員が不満をぶつけてきてな。今から余裕を持って料理をしてくれないか」

「……まぁ、いいですけど。訓練はいいんですか?」

「……食べ物の恨みは恐ろしい」

 

 確かに。

 

「わかりました。料理の方が得意、っていうのもありますけど承ります」

「おぉ……! すまないが、頼んだ」

「はい」

 

 というわけで、俺はなぜか夕食分の食事当番にも任命されてしまうのだった。


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