ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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ではオルキスメイン回。

賛否ありそうで怖いですが、どうぞ。


人形の少女

 黒騎士はグランとジータ率いる連中に敗北した。

 そのためかつてのオルキスは取り戻さず、アダムの話では王宮のどこかにいるはずだということだったがそのままになってもらうことにした。それが黒騎士の選んだ答えで、彼女もそれに納得しているらしい。

 

 兜を取り俺にポーションやら魔法やらで介抱される彼女の顔は少しだけ晴れやかだった。

 

 とはいえ簡単に割り切れるモノでもないだろうが、それこそ時間が解決してくれるだろう。

 ただ当人のオルキスは、そんな黒騎士をじっと見つめていた。戦いの最中は迷っているようだったが、心は決まったらしい。できれば前向きな考えであることを祈るばかりだ。

 

 今は黒騎士の気持ちの整理をつけるところだ。他の連中はあまり話しかけてこなかった。

 

「団長さん達と戦って決めようって言うの、ダナンの案でしょ~?」

「ああ。よくわかったな」

「それなりに長い付き合いだからな。あたしにもわかった」

 

 普段の調子と変わらない二人は話しかけてきたが。

 

「まぁなんだ。あいつらお人好しだから断ることねぇだろうし、押しつけちまえと思ってな」

「……本人の前でいい笑顔で言わないで欲しいんだけど」

 

 俺の言葉にグランが苦笑している。

 

「まぁ、そのおかげで私の答えが見つかった。これで、いいんだ」

「アポロ……」

 

 少し言い聞かせるような言葉にオイゲンが顔を歪めた。娘の気持ちに寄り添えないことに無力さを感じているのだろうか。

 

「……ルリア」

「? オルキスちゃん?」

 

 ふとオルキスがルリアを連れて少し離れた位置までいった。なにか内緒の話でもするのだろうかと思っていたが、

 

「……ここにいて」

「え、えっと……?」

 

 オルキスはルリアをその位置で待たせるととてとてと戻ってくる。なにがしたいのだろうかと、彼女へ全員の視線が集中していた。

 

「……ダナン。こっち来て、屈んで」

 

 今度は俺にそう要求してくる。怪訝に思いつつもオルキスの方へ行って屈んだ。屈むといくらオルキスが小柄とはいえ俺の方が低くなる。

 なんの用かと思っていたのだが。

 

「……んっ」

 

 オルキスの顔が急接近してきたかと思うと唇に柔らかな感触が伝わってきた。

 

 思考を停止。再起動が必要な模様。再起動後も思考に影響が出る可能性あり。

 

 頭の中が真っ白になった。今自分がなにをされているのかという現実に頭が追いついていかない。少なくとも周囲が色めき立っていることだけはわかった。

 一瞬だったのか数十秒だったのかわからないが、オルキスが唇を離してからようやく思考が回復し始める。

 

「……」

 

 オルキスの頰には朱が差しており、そっと指で唇に触れ微笑む。

 どう応えたモノか、なんて真剣に悩み始めてしまう俺の思考回路を他所に彼女はこくんと一つ頷いた。

 そして一歩離れると告げてくる。

 

「……皆とまた一緒にご飯食べた。ダナンにも、伝えられた。もう、私は大丈夫」

 

 さっきとは別の意味で思考に空白が生まれる。オルキスの言葉がどういう意味なのか、理解しようとしても頭が働かない。

 俺を含めて誰もなにも言わないことをいいことに、オルキスはルリアの方に駆け足で向かった。

 

「お、オルキスちゃ……!?」

 

 さっきのを見てか少し顔の赤いルリアが戸惑うのも構わず、オルキスは彼女の首に下がっている飾りへと触れた。ルリアの様子が一変し直立不動になる。感情のない瞳は紫の光を放っていた。

 

「……我、アルクスの名において星晶獣デウス・エクス・マキナの発動を要請」

「――星晶獣デウス・エクス・マキナの発動要請を受諾」

 

 オルキスの言葉にルリアが無機質な声音で応じる。

 そこでようやく、オルキスがなにをしようとしているのか察した。だってもう、その星晶獣は必要なくなったはずだった。先程の黒騎士達の戦いで、全て決まったはずだった。

 それなのに。

 

「待てッ!!」

 

 黒騎士が叫ぶが、オルキスはちらりと視線を向けただけで次の言葉を紡ぐ。こうなったら無理矢理にでも止めるしかない。

 俺と黒騎士の身体が動いたのはほぼ同時にだった。

 

 互いにオルキスへ向かって一直線へ駆けていく。

 

「「オルキスッ!!!」」

 

 声を揃えて彼女の名を呼んだ。しかし声は届いても、想いまでは受け取ってくれない。

 

「……星晶獣デウス・エクス・マキナ。我が身より仮初めの器を抜き去り、真なる主をこの身に宿せ……!」

 

 唱え終えてしまった。それでも、無駄な足掻きとわかっていても手を伸ばす。しかし光に包まれたオルキスに触れることはできず、空を切るに終わった。

 膝を突き、光に包まれて宙に昇ったモノを見ることしかできない。おそらく今デウス・エクス・マキナによって今のオルキスの精神は切り離され、この辺りにあるとされるかつてのオルキスの精神と入れ替わっているところだろう。

 

 ……クソッ! 一方的に告げて、それでいいなんてあるわけねぇだろうが!!

 

 力いっぱい拳を握る。爪が食い込んで血が流された。

 しかし、どこからか別に光が飛来して宙に浮くそれと合体する。なにが起こっているのかと注意深く見上げる中で、光は二つに分かれて降りてくる。

 

 一つは俺の下へ、もう一つは黒騎士の下へ。

 

 光を受け止めるように手を伸ばして抱き止めると、確かな重さと温かさがあって光が解けた。姿を現したのはオルキスだ。それが黒騎士の方も……いや、俺の腕の中にいるオルキスは身体に節がある。それはアダムで見たのと同じ、ゴーレムのそれだった。

 

 ゆっくりとオルキスが瞼を開ける。そして瞬きを見て、俺の顔を見て不思議そうな顔をした。

 

「……あれ、なんで私……身体が?」

 

 オルキスは黒騎士の腕の中にある自分の身体を見て戸惑いの声を上げる。

 

「……デウス・エクス・マキナが力を発動した時、もう一人のオルキスちゃんの声が聞こえてきたの。ゴーレムだったアダムさんは、魂だけの存在になったオルキスちゃんと話ができたんだって。それで、アダムさんに頼んで自分とそっくりな身体を創ってもらっていたの」

 

 事情を聞いたらしいルリアの説明を聞いてさっき飛んできた光が、保管されていたゴーレムの身体だったのではと当たりをつける。しかしそんなことよりも、俺には言うべきことがある。

 

「……この、バカ」

 

 ごつ、とオルキスの額に自分の額をぶつける。

 

「……痛い」

「当たり前だろ、バカ。怒ってるんだからな」

 

 ゴーレムではあるがちゃんと熱を持っている。おそらく人に近くするため、というよりは身体を動かすための機能による影響だろう。

 もう二度と会えないのでは、という考えが過ぎった直後ということもあり、離す気になれそうにはなかった。

 

「……ダナン。泣いてる?」

「泣いてねぇよバカ」

 

 泣くわけがない、これしきのことだ。

 

「……ダナン。顔上げて」

「ん?」

 

 言われた通り顔を上げると、オルキスが素早く俺の首に腕を回してきて、俺がなにか言う前に唇を重ねてきた。二度目、とはいえ慣れるわけもなく身体が硬直する。

 しかし今度は少し早く離れると、オルキスは顔を赤くしたまま微笑んだ。

 

「……身体が変わったから、もう一回」

 

 理屈はよくわからないがとりあえずそんなことで誤魔化される俺ではない。

 

「こんなんで誤魔化されると思うなよ。怒ってるのは変わらないからな」

 

 ごつっ、と額をぶつけてぐりぐりと頭を動かす。

 

「……痛い。ごめんなさい」

 

 そこでようやく謝った。頭を離してじっとオルキスの目を見つめる。

 

「……折角話がつきそうだったのに、お前だけの判断で勝手するんじゃねぇよ。今のは、誰にも褒められないぞ」

「……ん。ごめん、なさい」

 

 ちゃんと叱ってやると顔を伏せて謝った。そこで隣にいた黒騎士へ目を向けると、ただぎゅっとオルキスを抱き締めていた。確かに息があることを確認して感無量の状態なのだろう。

 

「……アポロ」

 

 オルキスが黒騎士へと声をかけると顔を上げた。泣きはしていなかったが、今にも泣きそうな顔に見える。

 

「……文句は山ほどある」

「……ごめんなさい」

「私が悩んで、諦めようと思っていたことを無理矢理変えたことに怒りがないわけでもない」

「……ごめんなさい」

「だが、ありがとう」

「……」

「お前のおかげで、私はオルキスを取り戻すことができた。礼を言う」

 

 謝り倒すオルキスに対し、アポロは少しだけ優しげな笑みを浮かべて告げた。オルキスは少し驚いた様子だったが。

 

「これで、一件落着かな」

「うん。これぞハッピーエンドだね」

 

 グランとジータの声が聞こえてはっとし、ヤバい俺ちょっと気恥ずかしいかもしれんとオルキスから離れようとするが、オルキスが抱き着いていて離れることができない。目を向けるとじっと見つめてくる。どうやらもう少しこのままでいないといけないようだ。

 

「……そうだ。ルリア、イオ」

 

 オルキスは俺に抱えられたままの体勢で二人の名前を呼ぶ。二人共なんだかちょっと顔が赤いのはオルキスのせいだと思うが。

 

「な、なに、オルキス?」

 

 動揺したままのイオが尋ねると、

 

「……ちがう」

 

 人形の少女はふるふると首を横に振った。

 

「えっ?」

 

 イオはきょとんとして聞き返す。ゴーレムの身体となった彼女は少しだけ嬉しそうに答えた。

 

「……私はオルキスじゃ、ない。でも、オルキスから貰った名前がある」

 

 前置きして名乗る。

 

「……オーキス。私の名前は、オーキス」

 

 少女は、オーキスはそう告げた。

 

「……名前も、身体も変わった。だから、改めて……私と友達になってくれませんか?」

 

 続けて二人に声をかけた本題に入る。すっと二人の方へと手を伸ばして尋ねた。一瞬きょとんとしたルリアとイオだったが、顔を見合わせてから笑顔になるとそれぞれ手を差し出してオーキスの差し出した手を包んだ。

 

「もちろん、これまでも、これからもずっと友達だよ!」

「改めて言うことないじゃない。当然でしょ?」

 

 二人の迷いのない返答を聞いて、オーキスは顔を綻ばせる。

 

「……ん」

 

 頷いたオーキスの顔は本当に嬉しそうで、消えなくて良かったと心から思うばかりだった。

 

「……オーキス。今まですまなかった。お前を蔑ろにして、切り捨てようとした」

 

 気持ちが落ち着いてきたらしい黒騎士がそう言ってくる。

 

「……アポロは、私とオルキスのどっちかで、悩んでくれた。信念を揺らがせるくらいに、悩んでくれた。それがとても嬉しかった」

「オーキス」

「……だから、気にしなくていい。今二人共無事。それが、一番」

「結果論だからな」

 

 二人の話に割り込むようで悪いが、まるでいいように言ったオーキスの頭に拳骨を落とす。

 

「……痛い」

「当たり前だ、痛くしてるからな。わかったら反省しろ。もう、自分を蔑ろにするんじゃねぇぞ」

「……ん」

 

 とりあえず今は、頷いてくれた。とはいえルーマシーの時も同じようなことを言って、今回のこれなので少し信用ならない。ちゃんと見ておかないとダメかもしれないな。

 と思っていると不意にオーキスが初めて見るような妖しげな微笑を浮かべていた。

 

「……ダナンが大切に想ってくれるなら、ダナンを悲しませないために大切にする」

 

 見蕩れるようなことはなかったが思わず顔が引き攣ってしまった。

 

「……はぁ。まぁ、考えとく。だから反省しろよ」

「……ん」

 

 すぐに答えを出すことはできないが、とりあえずそう言うことで納得してもらう。

 とそこへ、第三者の声が聞こえてきた。

 

「では皆様。盛り上がっているところ申し訳ないのですが、そろそろ宴へと参りましょう」

「「「っ!!?」」」

 

 抑揚のない男性の声が聞こえてきて、全員揃って驚愕し声のした方を向く。そこには白い軍服を着込んだ黒髪の男が佇んでいた。

 

「お、お化けぇ! ……はわぁ」

 

 紛れもない大将アダムの姿にルリアが顔を真っ青にしてフラつき、グランが駆け寄って支える。二人の顔が近くにあって互いになぜか顔を赤くしていた。……あれは、オーキスのせいか? 断じて俺達のせいとは言わない。

 

「き、貴様、死んだはずでは……」

 

 黒騎士も予想外だったのか腰を浮かせて少し身構えていた。

 

「ええ。あの時あなた方の前に現れた私は、というのが正しい表現になりますが」

 

 しかしアダムは淡々と語る。

 

「なに? つまり、どういうことだ?」

「私は皆様知っての通り、ゴーレムです。エルステ王国が誇る、最高のゴーレム。とはいえ私単体では人に近くそれなりに強いとはいえ最高とは言い切れません。ですので、同じ身体を複数保持しているのです。私の意識は複数の身体に宿る統合された意識。無論あなた方と過ごした記憶も持ち合わせております」

「……それを、信じろってぇのか?」

「信じられないのならば、どうぞ先程作っていただいた私の墓を掘り起こしていただければ。死体はそのまま残っておりますよ。それでも信じられないということでしたら、保管してある私の身体を四体ほど来させましょうか?」

「い、いえ。そこまでしてもらわなくても結構よ」

 

 普段は余裕たっぷりのロゼッタも珍しく意表を突かれたようだ。

 確かにロゼッタの言う通りそれを証明してもらわなくてもいいだろう。同じ顔が複数並んでいる様子はあまり見たくない。オルキスとオーキスで充分だ。

 

「因みに私は密かにシェロカルテさんと連絡を取っていた個体です。そのシェロカルテさんから宴の主役が来ればいつでも始められるとの連絡が来ましたので、伝言に来ました」

 

 仮にもエルステ帝国大将を伝言係として使えるって何者、という疑問が浮かんでいるだろうがあいつのことだから考えるだけ無駄だ。

 

「私は立場上宴には参加できませんので、オルキス王女をお預かりします。元の私室で安静にさせた方がよろしいでしょう」

「そう、だな。任せたぞ、アダム」

「はい、お任せを。文字通り命を懸けて守り抜きます」

 

 アダムが黒騎士に声をかけた。黒騎士は逡巡したようだが今は安静にという言葉に納得したのか眠っているオルキスをアダムへ手渡す。

 

「では皆様、存分に楽しんできてください」

 

 オルキス王女を抱えたアダムに見送られて、俺達は宴の会場であるというアウギュステへと向かう。

 

「おいドランク、いつもの小型騎空挺はあるか?」

「え? 一応呼んではあるけど……折角だから一緒に行った方がいいんじゃないの?」

「バカ野郎。宴だぞ? 一足先に行って飯の用意しなきゃいけねぇだろ?」

「……えぇ」

 

 俺としては至極当然のことだったが、ドランクは呆れていた。いやドランク以外も呆れている。

 

「俺は先に行くからな。なんなら俺一人で先行くからいいぞ」

「……一緒に行く」

「そういうことなら私も行くか。この五人で行動するのも、随分と久し振りなことだしな」

「ちょっとボス~。断りもなく僕達も入れないで欲しいんだけどって、痛ってぇ!」

「いいから早くしろドランク。飯が待ってる」

 

 バラバラになる前から考えると、この五人だけで過ごすのは久し振りだ。

 苦笑したり微笑んだりしているグラン達に「先行ってるわ」とか適当に告げてグランサイファーの隣に到着していた小型騎空挺に乗り込む。俺達は一足先に、宴が開かれるアウギュステへと向かったのだった。


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