ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~   作:ひきがやもとまち

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久しぶりの更新となります。…どうにも最近うまく頭が回ってくれないため読む方には不満足な出来しか書けなくなっており、今の私ではこれぐらいが限界みたいです。早めに元の調子に戻れるよう頑張りたいと思います。


第12章

 教室内は静まりかえり、空気全体が蒼ざめたように思われた。

 シェーンコップの放った方言は、泥沼をかき回して底に潜んでいた重い瘴気を解放したようなものだった、という点において遙か未来に銀河系を席巻した銀河帝国の特権階級『門閥貴族連合』最後の戦いとなったリップシュタット戦役序盤における作戦会議でのランズベルク伯アルフレッドと酷似したものだったと言えるのかもしれない。

 

 だが一方で、教室内にいたクラスメイトの面々が、灰色の髪の男性IS操縦者の言葉を聞いたときの反応が意外そうな表情になるだけで反感をそそられた者ばかりでなかった所だけを見た場合には、功利的な動機によって帝国軍の侵攻を側面から支援するため商業中立国フェザーンに唆されて前線の最高指揮官たるヤン提督を首都へと召還して精神的リンチを加えていた自由枠性同盟末期における査問会とも似た部分をも有していたとも言えるだろう。

 

 全く異なる政治制度の国同士で行われた『流血による革命劇』と『銃なき戦い』、二つの出来事の最初と最後がもつ特徴を二つながらに兼ね備えた奇怪な状況が生じてしまったのは、その責任の多くをシェーンコップ自身が意図的に選んだ言葉の曖昧さにこそ帰せられるべきものだったと断言できる。

 

 彼の言葉は多くの示唆を含むものではなかったが、多くの解釈の仕方が生じる余地が含まれているものだったのは事実だったからである。

 

 1つには、世界で二番目の男性IS操縦者であるでシェーンコップが女性に対して『男にコーヒーを煎れるために生まれた存在』と差別感情を抱いていると誤解させる余地。

 

 2つ目は、今の時点では誰もが男だと思い込んでいるシャルルとの関係性。これは誰にとっても判りやすく、それでいて悪意を引くものではない。

 

 厄介なのは3つ目の誤解する余地であり、彼がシャルルの姉とモーニングコーヒーを部屋を出た朝に『隣の部屋からシャルル自身も出てきている』という部分についてで、これではシャルルがシェーンコップと同じ女ったらしのプレイボーイだったという事になってしまう。

 おまけにシャルルが持つ貴公子的容貌は、タイプこそ逆であってもシェーンコップが持つ洗練された貴族的雰囲気と似ているところを多分に持ち合わせていたため、『あー、シャルル君もなのかぁー・・・』と妙な納得感をもってIS学園1年1組の面々に受け入れられてしまった。――という様な事情が、この沈黙には多く内包されているものだったのである。

 

「あー・・・、まぁなんだ。生徒たちが学園入学までの過去に何をやらかしてきたかを問い詰める立場に私はあるわけではないが・・・・・・」

 

 自分から事情を聞いてしまい、答えられてしまったクラス担任の織斑教諭もやや面倒くさそうな口調で頭に手をやりながら呟いて、チラリと自分の横に立つ副担任が、いい歳をして真っ赤になって口元を両手で押さえている姿に目をやり内心で溜息をついてから簡潔な結論を口にする。

 

「・・・男として結果に対しての責任は取る前提で行うように。全ては自己責任だ。以上」

「ヤー(了解)」

 

 全てではなくとも、今の状況下で生じた事情は大凡把握したらしい織斑教諭からの「黙認」という太鼓判を与えられ、異論を述べることが元世界最強の決定にケチを付けることになると既成事実化してもらったことに満足の笑みを浮かべて感謝と共に了承の意を返すシェーンコップ。

 ケツの青い小娘共と違って、一応の経験値を年齢加算に伴い持ち合わせることができていた千冬には表面的な字面に惑わされることなく理解できたからこその反応だった。

 

 最初から最後まで冷静に彼の話を聞いていた千冬には、シェーンコップの言葉の中に『年上の女性と同じ部屋でモーニングコーヒーを煎れてもらって飲んでから退室した』という状況しか著すものではなかったという事実に気づいていた。

 あるいは彼女自身も『年の離れた弟』を持つ身だという事情を考慮したシェーンコップらしい比喩だったのかもしれない。

 

 ・・・弟と同年齢の男の子を部屋に入れてやって、コーヒーを煎れてやって飲ませてやった経験なら彼女自身にも、そして遙か未来に銀河系を統一した歴史上最大の覇王の姉君で太后妃殿下にも存在していた。

 自分の年齢という枷に囚われた視界で物事を見て、自分の見ている世界だけが世界の全てだと思い込むことができる人間たちだけが誤解する余地を無数に持ち合わせられてしまう発言が先ほどのシェーンコップが放った方言だったのである。

 

 ・・・・・・そして往々にして大多数の民衆というものは、つまらない現実よりも夢のある創作をこそ現実だと信じたがる性質を持ち合わせているものである・・・・・・。

 

 

「え、ちょっ、待っ・・・!?」

『えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?』

 

 いきなり「年上女性と一夜を共にするのに慣れた女ったらし」にさせられてしまったと誤解して慌てたシャルルと、彼女が誤解を解くため放とうとした言葉にかぶせるように黄色い悲鳴の大合唱を響かせる1年1組の姦しい女子生徒たちの半数近く。

 

『―――――』

 

 そして残る半数には満たなかったが三分の一ぐらいを占める「女尊男卑思想」を持っていた女子生徒たちは、程度の差こそあれ不機嫌そうな表情になりながらシェーンコップたちを睨み付けたまま沈黙を貫いている。

 

 当のシェーンコップ自身は平然としたまま、面白そうな表情で睨み付けてくる相手を見返すだけで何も言ってこようとはせず、ただ意味深に笑って見せたり苦笑したりと、誤解を煽るような仕草に徹するのみ。

 

 これがこの男が類い希なる武勲を持ち、裏切り者の先先代連隊長を自分の手で始末しても尚、『次に味方を裏切るのはアイツに違いない』と後ろ指を指され続けた自由惑星同盟軍最強の白兵戦部隊13番目の連隊長がもつ致命的な欠点だった。

 自分から誤解されるような言葉を言ったり仕草をしてみせることで、周囲が見当違いな誤解をしあって自分を見るよう仕向けるのを好むのである。

 

 明らかに人の悪い露悪趣味であったが、どういうわけだか自由惑星同盟軍の有能な幹部たちには似たような悪癖をもった人物が輩出されやすいという特徴を持っていたらしく、彼の時代より半世紀ほど昔に活躍した国家的英雄のブルース・アッシュビー提督もまた、意図的な発言で問題定義をしてみせては自分から上役の政治家たちに煙たがられる言葉を言い放ったことが再三だったほどなのだから。

 

 どちらにせよ、この方言によって『フランスから来た美形留学生シャルル・デュノア』は、自分の姉と一夜を共にした男と平然と挨拶し合えるほどに腐れ縁の深い仲をもつ『女ったらし仲間』であるという認識がケツの青い夢見がちな少女たちの間には定着した訳である。

 そして噂は放課後までに全校生徒中に知れ渡っていることだろう。言葉というものは人間の足より速く移動して噂を広めてくれる。まして女が広める噂の浸透速度はどんなに優秀な情報操作の達人だろうと絶対に敵うことのない『疾風ウォルフ』以上の速度で以て侵攻していくものなのだから・・・・・・。

 

 ともあれ、シャルル・デュノアことシャルロット・デュノアの素性に関する秘密はこうして、しばらくの間は確実に保たれるであろう事が確定した訳である。

 

 

 

「・・・・・・シェーンコップの奴、またやってるな。まったく、やれやれだぜ」

 

 周囲の熱狂に対して、世界初の男性IS操縦者たる織斑一夏は、一人冷静に苦笑しながら友人の悪癖による効果を大人しく見物する道を選択していた。

 その姿もやはり、参加者全員が扇動演説者の熱弁に応えて席を立ち「バンザイ!」を叫んでいる中で一人だけ目前と座り続けて不平を買った、在りし日の戦没者慰霊祭におけるヤン・ウェンリー准将を彷彿させるものがあったが、あの時の英雄と比べて彼の方はだいぶ周囲に向けている目が優しかった。

 

 もともと周囲にいる者たち、ほぼ全員と一応は面識がある知己であり、付き合いと呼べるほどのものでなくとも嫌な人間と思えるほどの奴は一人もいないクラスであることは承知していた一夏である。

 周囲がシェーンコップに向けてくる視線の中にはカチンと来るものもなくはなかったが、彼の忍耐心の限界を超えるほどのものは一つたりと含まれていなかった。

 

「わ、わたくしより先に出会って猫をかぶり、シェーンコップさんを誑かしていた女性がいただなんて・・・!! 許せませんわ、ええ、許せませんわよ絶対に・・・! 絶対に・・・絶対にぃぃ・・・っ」

 

 まぁ強いていえば一際強く、しかも周囲とは微妙に違う意味で恨みがましい視線をシェーンコップではなく、会ったこともない留学生シャルルの姉に対して嫉妬の炎で身を焼いてそうな英国貴族令嬢の暗い瞳が怖いものにはなっていたものの、それこそ一夏の関知するところではなかったし、自分が口出ししたところで余計に悪化させるだけだろうと分別を働かせられる程度には彼も経験値を得られていた。

 女の気持ちだけでなく、男女関係の機微も自分にはわからん、という理解を得られた経験である。

 シェーンコップという、良くも悪くも女の扱いに慣れすぎた元不良軍人の男子高校生は、かつての教え子だったユリアン・ミンツと同じく教えなくていいことまで色々と一夏に教えてくれていたのであったが、その割には女性に対して誠実であり『あくまで自分は美女好きであって、少女は口説いても一線は越えない』という彼なりの節度を保ちながら接していることは近くで見てきて友人付き合いしてきたおかげで知っていたため反感をそそられなかったという事情もある。

 

 また何かしらの口八丁手八丁で解決してしまえるだろうから、男女関係のもつれ問題で素人の自分が考えてやることなど一つもないと、一夏は一夏なりにシェーンコップを信頼していた。奇妙な形での信頼関係ではあったが、それが彼らとの間で交わされ会っていた絆のあり方ではあったから。

 

「やれやれ・・・・・・ん?」

「・・・・・・」

 

 肩をすくめて割り切ってから頭を振って前を向くと、気づかぬ内に一人の少女が自分の席の眼前にまで近づいてきていたことに、今になってようやく気づく。

 銀髪の長い髪に左目の眼帯。姿勢正しく冷厳そうな雰囲気を纏った、如何にもな『軍人』という印象の見慣れない女生徒・・・。

 

 たしか名前は、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 二人来た転校生の片割れがそういう名前であったことを思い出すため、わずかながら時間を必要とした一夏が「俺に何か用でもあるのか?」と普通に問いかけた方がいいかどうか考えていたところ、

 

「・・・・・・貴様が―――ッ!!」

 

 と突然、何事かを呟くと同時に手をひらめかせ、一夏の頬を思いっきり引っぱ叩かれる。

 

「・・・え?」

「・・・・・・」

 

 いきなり何の前触れもない不意打ちで意識が現実に追いつくまでタイムラグが発生し、ズキズキと痛み出す頬の鈍痛を徐々に意識し始められてくると、少しずつ理不尽に対する怒りも湧いてくる。

 

「いきなり何しやがる!」

「ふん・・・・・・」

 

 だが相手の怒りは彼のそれを勝っていたらしく、恨みに満ちた憎々しげな片眼で彼の目を睨み続けながら、相変わらず訳のわからない恨み言を独白し続けてくる始末。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、絶対に認めてなどやるものか・・・ッ!!」

 

 それだけ言って、スタスタと空いている席へと座るために元来た道を戻っていくラウラ・ボーデヴィッヒという名の少女。

 当然のことながら、彼らの謎めいたやり取りにはクラス中から注目が集まっており、彼に対して明らかな好意を寄せている幼なじみの少女・篠ノ之箒に至っては口をぽかんと開けて呆然としていたが、事がある程度落ち着いてくると完全に誤解した瞳で一夏の方を睨んでくる表情へと変化してしまった。

 

「・・・勘弁してくれよ、本当に・・・」

 

 怒りを抑えるためにも声に出して、理不尽な思いを吐き出すと、叫び声を上げて糾弾するため立ち上がっていた身体を椅子に戻す。

 

 ――と、至近距離から自席に座ったまま自分のことを訳知り顔で見つめてきていたシェーンコップの灰色の瞳と目が合う。

 なんとなく嫌な予感がして、余計なことを言われる前に口を塞いでおこうと声を出そうとしたのだが、一歩遅かった。

 

「やるな、坊や。黒髪の前には銀髪とは・・・なかなかに女の趣味がいい。見直したよ」

「え? ・・・・・・・・・あぁッ!?」

 

 相手の言葉を正しく認識できるまでに時間のかかる青さを発揮し、その青さを共有しているケツの青いクラスメイトの姦しい女子生徒共もほぼ同時に気がつく。

 

「違う! 俺はアイツとは今初めて会ったばかりだし、箒とは只の幼なじみで―――」

『きゃぁぁぁぁぁぁッ!!! 織斑君もだったの――――ッ!?』

 

 それぞれが各々の事情と誤解で声を上げ、数の力で一夏一人の声が圧倒されて押しつぶされて消えていく。いつの時代の戦も最終的には数の力に敵わない。

 

「いや、違ッ!? そうじゃなくて! みな聞いてくれ! 俺は別に―――ッ!!」

「・・・・・・織斑、少し話しを聞いておきたいことがある。今から生徒指導室へ来い。どうやらお前とは人生というものについて話し合う必要性があったようだな・・・」

「千冬姉!? 違ッ!! 俺は何もやってない! 本当だ! 話を聞いてくれ千冬姉! 違うんだー!!」

 

 無実を叫びながらも教室内から担任に引きずられるようにして強制退室させられていく世界初の男性IS操縦者・織斑一夏。その姿を様々な憶測を交えた瞳と黄色い悲鳴で見送る少女たちの群れ。

 

 騒ぎ立てる周囲の雑音を無視してズカズカと歩み去って行く織斑千冬は、森の中に隠された木のように目礼だけして、シェーンコップの座る席の前も通り過ぎ、礼を施された側も横や後ろにいる者たちには見えないようウィンクだけして返礼として二人の背中を教室の外へと追い出していくのを黙って見送る。

 

 知らずとも全ての事情を察することができる超能力者がいなければ、世界情勢と目の前で起きている現象を鑑みて今までの多くを予測できる魔術師もまたいなくても。

 経験と蓄積から来る勘によって、必要最小限の事情を察するだけのことならば特別な才能や能力など必要もなくできてしまう程度のこと。

 

 少なくとも今の時点でラウラと一夏を同じ教室内に居続けさせることは得策ではなく、もしもドイツ政府からたっての希望でなければ、そしてフランス政府とデュノア社からの無理な要求を受け入れてしまった直後でなければ、せめて隣のクラスに配属させておくべきだったのが二人の立ち位置であるという認識において、この時彼らの方針は一致していた。

 

 千冬にとってラウラは、『所詮は教え子の一人で、一夏と比べれば他人事でしかない』と割り切ることのできない事情をもった相手であったのと同様に、シェーンコップにとってもラウラはあまり完全なる他人事として突き放すのもなんだな、と思える程度には気になる「眼」をしている少女でもあったからだ。

 

 ・・・彼女の赤い瞳は、どこか自分の隠し子がもっていた青紫色の瞳を彷彿させるものが感じさせられていた。

 それは出来るだけ早めに治してやった方が良いものではあったし、自分自身だけの知識ではそれができる術を知らんというなら年長者の側が出口へ誘ってやる手助けぐらいはしてやってもよいと思えたからである。

 

 曰く、オリビエ・ポプラン如き青二才の言葉を剽窃して使うのは業腹ではあったものの、一般論としてラウラに対してはこの様に思うのだ。

 

 

「不幸を売り物にするのは、うちの教室の気風にもあわない。早めに改めさせるのが本人のためだ」

 

 

 ・・・・・・要するにラウラの持て余している感情と過去へのこだわりぶりは、シェーンコップの目から見て酷く青臭いものでしかなかったのである。

 

 

つづく


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