ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~   作:ひきがやもとまち

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第14章

 IS学園転校初日。ラウラ・ボーデヴッヒは不機嫌だった。

 かつての恩師であり恩人でもある織斑千冬“元”教官から、自分の実力を『正しく評価されていないこと』を実感させられたからである。

 

 ラウラは、一夏を千冬の見ている前で叩きのめすことで恩師を取り戻せると考え、日本へとやって来ていた。

 『何の実力もなく姉からの寵愛を利用して現在の地位を得たスカートの中の軟弱な男』など、少し痛めつけてやれば泣いて姉にすがって失望され、『血縁を理由に過大評価していた』という事実を知った教官は自分の元に帰ってきてくれると、そう信じ込んでいたからだ。

 

 その推論と、それに基づく奪還計画には幾つもの穴があったが、ラウラ自身は成功を確信して日本へと来日した。彼女だけが自己の正しさを信じ込んでいた。

 

 ・・・あるいは“自分は正しい”と、信じたかっただけかもしれない。

 ラウラが『弟に恩師を奪われた』と感じさせられた自分の感情を『醜い女の嫉妬』と認めるには、彼女の年齢はまだプライドが高すぎる十代半ばにしか達していなかったから・・・。

 

 

 

 ――一方で、とある理由によって本人以上にラウラの生まれ育った事情と出自に詳しい知識をもつ千冬にとって、ラウラからの強すぎる好意は些か持て余さざるを得ないものになっていた。

 彼女の目には、ラウラが調子に乗って天狗になっている部分があることは明らかであったし、そうなった原因が自分に強く憧れるあまり『自分と千冬とを同一視したがっている』という願望に基づくものであることもまた明白だったからである。

 

 ラウラが自分に寄せる感情の正体が、『自分を持つことなく他者からの評価に依存してきた精神的弱さ故』でしかないことを、千冬はこのとき正確に把握していたことは間違いはない。

 軍事的エリートとして育てられ、教えられたことを最も上手くこなしてさえいれば誰からも賞賛される人生を送らされてきた少女にとって、『自分という存在』を『他人から与えてもらう評価』でしかイメージできなくなってしまうのは必然的な帰結でしかなく、その一つだけの価値判断に自分の存在価値のすべてを依存してきてしまった者が唯一の存在価値を失って絶望し、その絶望から拾い上げてくれた存在に新たな依存対象を設定し直すことも不自然な流れでは全くなかったからである。

 

 ラウラは『一番の自分』に依存している。だからこそ『元世界最強の千冬』こそが自分の上に立つべき唯一の存在だと思いたがっている。

 ラウラには、『自分以外の者に負ける必要がある』と千冬は確信していた。そう思う理由には“自分が戦いたくない、ラウラを負かす役を担いたくない”という彼女個人が抱える事情に絡んだ願望も介在してはいたものの、その推測自体は正確にラウラの将来を予言していたと言ってもおそらくは間違っていなかっただろう。

 

 千冬はその役を当初、一夏にやってもらいたいと考え、まだ経験不足な彼が成長するまで時期を待つつもりでいたのだが、ある人物と知古を得たことで気が変わり、現時点で学園最強のIS乗りを打ち負かす役目を彼に譲ることを決断していた。

 

 それがラウラのコーチ役に、シェーンコップが指名された理由であった。

 いつもであれば、危険な役回りを自分たちの事情と関係しない他人の、しかも一般学生でしかない量産機乗りにさせたりするような彼女ではなかったが、この不敵すぎる男の場合、危険の方が尻尾を巻いて退散するのではないか? という妙な気にさせられてしまって何となく任せてしまったのである。

 

 千冬はラウラが、いつもの毒舌によってシェーンコップ相手に激発することを望んでいたし、ラウラは恩師から下された不当な人事に爆発することを決意していた。

 その求める結果を違っていれども、リアクション自体は同じものを期待して、この人事は行われたものであったのだが、幸か不幸か期待と懸念は現実にならず、うやむやの内に片付けられてしまうことになる。

 

 ラウラの指導役に指名された男が、教師として意外なほど親切で優秀だったからである。

 

 

「0,0023秒。流石は、ドイツの国家代表候補であらせられますな少佐殿。PICにより発生された疑似重力下での無重力戦闘に慣れておられる。

 現状のIS学園生では上級生であっても、貴女に勝る者は片手の指を超えることはないでしょう」

「・・・・・・どうも」

「ですが、咄嗟の折に左手を前に出したがってしまう癖だけは改めた方がよろしいでしょうな。如何にAICが強力な兵器とはいえ、多用しすぎれば癖と射程距離を見抜かれ対応策を考案されるようになっていくのは必然の帰結ですからね。

 わざわざ敵が有利に慣れるような情報をくれてやる義理もない」

「・・・・・・」

 

 評価すべきところは素直に絶賛した上で、本人にも自覚のある弱点となり得る部分を指摘されると、ラウラのようなタイプは対応に窮することになる。褒められた部分を“都合よく無視して”注意された部分だけをやり玉に挙げて噛みつき返すような子供じみたマネをすることに抵抗感を感じざるを得なくなってしまうのである。

 

 何のことはない、ラウラ・ボーデヴィッヒは戦争の天才ラインハルト・フォン・ローエングラムと精神的に似通った「小物相手にケンカを売るのを躊躇う格好つけ」という潔癖さを性質として持っていることがシェーンコップの目にはハッキリと見えていたのだ。

 ・・・尤も、彼の黄金の獅子帝と比べて能力的にも地位身分に伴う権限の及ぼしうる範囲的にも小粒感が否めないのは致し方ない部分でもあったが。

 

 

 周囲の生徒たちから寄せられる不安そうな視線とは裏腹に、何事もなく平穏無事に進行していく授業風景は、千冬的には期待外れの結果であり、ラウラとしても決して本意ではなかったことだろう。

 

 だが、ラウラの押さえ役を仰せつかっただけのシェーンコップとしては、どちらの思惑に乗ってやらねばならぬ義理がある訳でもない。

 彼なりにラウラの心情を察して多少の同情・・・と言うよりも憐憫を感じていたし、学級責任者の千冬から「ラウラに対してケンカを売れ」と命じられたわけでもなかったため、レディーの前で守るべき礼節を優先することにしただけのことである。

 

 あるいは自分の前世を知る者が、この学園にもう一人だけでもいた場合には『軍人でありながら私的な理由で民間人の一夏に暴力を振るった』という一件を持って免責することを黒髪の提督は由とするはずがない、と主張するかもしれなかったが、それを主張する者はヤン艦隊以外の部外者でしかないのは明白すぎる無責任な意見でもあるため彼は歯牙にもかけなかったことだろう。

 

 なぜなら今のラウラは「軍人ではない」

 IS学園はどの国の権力機構にも所属しない治外法権の地であり、軍隊というものは国家権力と権力者を守る側に属する存在に最たるものでしかないからだ。

 建前として『軍隊は国民の生命と財産を守る義務を負っている』・・・事になってはいるが、その建前を本気で信じこんで一度ならず実行してみせた軍人をシェーンコップは一人しか知らない。

 

 ――彼の偉大なる黒髪の魔術師だけにしか成し遂げられなかった偉業を、“たかが学生軍人”がマネできなかったとしても、彼女だけを責める気にはシェーンコップはなれなかった。

 

 

 

 結局、当事者たちの誰にとっても不完全燃焼のまま実習授業は終わりを迎え、訓練用のISを格納庫に戻す作業も終了させ、同じ作業を行った一夏の半分以下の手間と時間と体力消費だけで完了させてしまったシェーンコップは「何なら手伝ってやろうか?坊や」などという、わざとらしい発破掛けをすることもないままに片手だけを上げて颯爽と去って行き、恨めしげに背中を見送る一夏の無言の講義を完全に無視して着替えを済ませ、更衣室から出た瞬間。

 

 ある意味で、思わぬ人物と鉢合わせすることになる・・・・・・。

 

 

「“ダルマさんが転んだ”・・・とでも言えばよろしいのですかな? フロイライン・デュノア」

「ひゃあんッ!?」

 

 気取った口調で背後から声をかけ、更衣室から格納庫へと続く道のりを壁に隠れながら監視していたシャルル・デュノアは、愛らしく素っ頓狂な絶叫を叫びながら文字通り飛び上がって驚きを表した。

 

 まるで幽霊でも見るような瞳で怖々と後ろを後ろを振り返る姿からは、先ほどまでクラスの女子たちに見せていた凜々しい貴公子的な面影は微塵も感じられず、この“少女”の本質が同世代の少女たちと比べても乙女的な部分を多分に有していることが窺える。

 

「し、しししシェーンコップ君!? い、何時からそこに・・・ッ!?」

「つい今し方、声をかけさせていただ瞬間からですかな。卿の方こそ今更このような場所で何をしておいでかな?

 たしか卿の担当した班では、他のフロイラインたちが片付けを引き受けてしまい、IS格納庫に一人で残るための口実はなくなっていたはずだが」

 

 辛辣な返しによって、フランスIS企業からの企業スパイであるシャルルは「ぐっ・・・」と言葉に詰まり、言い訳を探して視線を左右に彷徨わせる。

 だが、やがて言い訳のしようはなく、相手にも既に大凡の事情は察せられているのだからと割り切って見上げる視点で睨み返し。

 

「・・・・・・いちゃ悪い?」

 

 と頬を膨らませた仏頂面で居直ることに決したようである。

 それは見ようによっては、犯罪の証拠を突きつけられた犯人が開き直って取り調べに応じる不貞不貞しい姿と重なり合わないこともなかったものの、やっているのが美少年の格好をした美少女の姿をして、内心が口で言っている言葉と別物であることは明白すぎるものでしかなかったため、反抗期の子供が必死に虚勢を張っていると表現した方がむしろ近く、どちらかと言えば愛らしい。

 

 対して、可愛気のない不良中年から返す場合には、こうなる。

 

「いや、悪くはないさ。だが、そういうことは堂々とやった方がいい。こういうマネは存外、正面から乗り込んでいった方がバレにくいものだからな」

 

 ニヤリと笑って、平然と犯罪の片棒を担ぐようなアドバイスをしてくる映画俳優顔負けの美少年。

  余人が聞けば、そんなバカな理屈がと失笑されるようなセリフだったが、この男の言葉には妙な実感と説得力がこもっており、頭ごなしに否定で返すことが躊躇われる何かを感じさせられてシャルルはどう返していいのか分からぬまま再び沈黙しなおすことしか出来なくなってしまっていた。

 

 ・・・かつて帝国軍が築いた難攻不落のイゼルローン要塞を、上官の奇策――と言うよりも奇計、もしくは小細工――によって味方の血を一滴も流すことなく奪取した銀河の趨勢を動かした“詐欺の実行犯役”を全うして成功に導いた立役者としての実績がある彼にとってみれば、シャルルが今回やろうとしていることなど可愛いものでしかなく、自分に害が及ばぬ限りは黙認してしまって構わぬ児戯だと断じる程度のものとしか思っていないのだ。

 

 仮にシャルルが白式のデータか、一夏のデータなりを盗み出すことに成功し、無事にフランスの本社にまで持ち帰ることが出来たことでデュノア社が大勢の民衆に害を及ぼす兵器を完成させる結果を招いてしまったとしても、シェーンコップはその責任がシャルルにあったなどとは思うことは決してない。

 

 その二つを繋げて考えることは、ヤン・ウェンリーがイゼルローン要塞の無血占領に成功したことと、奪取したイゼルローンを橋頭堡として帝国領内へと逆侵攻する計画を立案したフォーク准将や政権維持を目的として彼の提案を採用した自由枠性同盟最高評議会メンバー達によるアムリッツァでの大敗とを縦糸で繋げて、同じ罪だと考えられる愚考の極みでしかないからだ。

 

 シャルルが白式や一夏のデータを盗み出してきたからといって、それを悪用しなければならない義務を、彼女に企業スパイを命じた側が負っているわけでもないのだ。

 安全なところから命令と決定だけしていればいいお偉方の都合を守ってやるために、シェーンコップは気に入っている少女を官憲に売り飛ばす気はない。

 

 付け加えれば、シェーンコップは元々MPとか「官憲」が嫌いな前線軍人らしい好みを持っている。

 同盟軍内では最上の雰囲気を持っていたイゼルローン駐留艦隊でさえ憲兵隊の責任者だったコリンズ大佐から『歩く風俗壊乱』などと根も葉もない誹謗をされたことさえある。

 たとえ義務づけられていようと、律儀に協力してやりたい連中では全くなかったのだった。

 

「とはいえ、今はやめておいた方がいいだろうな。

 俺の古い知己に、信頼できる人物が多くなかったことから危険を承知で人選され敵の只中に派遣されてきたスパイがいたのだが、コイツは潜入初日に一人の男に正体を怪しまれたことから全ての任務はご破算に終わらせられたことがある。

 アンタの現状は、そいつとよく似ている。験を担ぐ意味でなくとも、来た早々に危険を冒すことはなかろうよ」

 

 前世における救国軍事会議のクーデター時に、第11艦隊襲来の急報を伝えに来たバクダッシュ大佐のことを比喩に使って、シェーンコップは最もらしく嘯いて見せた。その時に正体を怪しんでスパイの任務をご破算にさせた張本人が自分だったという所までは当然のように伏せた上でだったが、シャルルから見ても後半は説得力を有する言だったため無碍にする気にはなれなかったようである。

 

「・・・・・・わかった。今日のところは大人しく退いておく・・・」

 

 仏頂面のまま恨みがましい目線で、相手を見上げながら鷹揚に妥協してみせようとするシャルル。

 それは秘密を握られている側として、できるだけ強気な態度で接しなければ何を要求されるか分かったものではない彼女の立場では当然のものであったものの、元来の優しげな風貌が完全に意図を裏切ってしまって思ったほどには強気な印象を与えられていないことに本人はいまいち実感が持てていない。

 

 また、愛情あふれる母親に育てられてきた過去を持つ彼女は、根が正直すぎる気質を持ってしまっており、こういうスパイとか騙し合いとか腹の探り合いなどという行為は苦手とするところでもあったので、正直やらずに済んでホッとした部分もないことはなかったという事情も関連してはいた。

 

 無論、そんな内心の感謝を、このムカつく大男に伝えてやるほどには正直でも素直でもない程度にはプライドが高いのが彼女たちの年齢でもありはした訳でもあるが。

 

「でも、その代わりに昼休みには一夏を誘う予定の昼食に付き合ってもらうからね?」

「ほう? 美しいご婦人の方から昼食に招待していただけるとは光栄の極みですな。

 折角ですし返礼として、今度の休日に最高級ホテルのラウンジでのディナーと薔薇の花束とをセットで予約しておきますが?」

「違う! そういう意味じゃなくて! 僕の正体を見てないところで他の人にバラされないためにっていう意味でッ!!」

 

 真っ赤になって否定し、その内心と表面的な言葉面とが真逆であることを大声で自白している事実に気づかぬままにシャルルは強引に約束を取り付けた後、その場から教室へと歩み去って行く。

 その真っ赤になった顔を隠すために見せつけられた背中を、シェーンコップは苦笑とともに見送ってから、数歩遅れて相手の顔が見えない角度を維持したまま追随し、互いに沈黙したまま同じ最終目標値点である1年1組の教室まで後少しという距離まで迫った時に。

 

「・・・ねぇ、そういえばさ」

 

 とシャルルの方から立ち止まり、背後のシェーンコップへと声をかけてきた。

 その声には僅かな躊躇いが込められており、どこか縋るようにも助けを求めるようにも感じられ、まるで「諦めてはいる」が「諦めきれない何か」を同時に内包している不安定さに揺れた声音で彼女はシェーンコップに・・・・・・『任務に失敗したスパイの前例を知る者』にだけ答えることができる問いを発した。

 

「・・・・・・君が知ってるその人は・・・・・・正体がバレて、任務に失敗してその場にいられなくなってしまったスパイの人は・・・・・・その後、いったいどうなってしまったの・・・?」

 

 それは同じ立場に立つかもしれない年若い少女にとって、何よりも深刻な将来にまつわる重大な問題。直近に迫った危機的状況に陥るかもしれない可能性。

 不安になるなと言う方がおかしい悲惨な状況にあり、前例がいるものなら藁にも縋る思いで聞くだけでも聞いておきたくなってしまう、悲惨な答えが返ってくる恐れを多分に含んだ聞くも恐ろしく聞かぬのも恐ろしい矛盾に満ちた重要な問いかけ・・・・・・ではあったのだが。

 

 

 ハッキリ言って、事情を知るシェーンコップにとってこそ最も答えづらく、言っていい答えなのかどうか判断に迷わされたシャルル最大の反撃になっていたことは、誰にとっての誰が与えた皮肉であったのか見当もつかない。

 

「・・・そうだな。俺はその場に居合わせただけで本人から直接言われた言葉ってわけじゃないのだが・・・」

 

 珍しく表情の選択に困った顔で、返事の前に間を開けてから答えられた内容はフランスから来た国家代表候補生にして企業スパイでもある男装の美少女シャルル・デュノアことシャルロット・デュノアにとって、『少女という年齢』では受け入れるのが難しい大人の“屁理屈”・・・・・・。

 

 

「“主義主張なんてもは生きるための方便。それが生きるのに邪魔なら捨てるだけだ”・・・と言っていたな。

 また別の機会にはこうも言っていた。

 “今さら後悔して戻っても年金をくれるはずもない、諦めて自立せざるをえない。諦めがいいのだけが自分の取り柄だ”・・・・・・とね」

 

 

 ――時は移り、所は変われども・・・・・・この手の話を聞かされて純粋な十代半ばの若者たちが、卑怯な裏切り者を非難する気持ちになることは変わることなく続いていき遙か未来に魔術師の後継者まで受け継がれ続ける。

 

 そのバトンリレーを若者たちは青春と呼び、年をとった大人になった後の者たちは若気の至りと呼ぶ。

 人類の中で法制度化されることもなく、だが延々と続けられていく暗黙の了解。

 

 それもまた人類が終わらぬ限り続いていくであろう、歴史を形作る重要な要素の一つであり続けることに変わることはない・・・・・・。

 

 

つづく

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