ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~   作:ひきがやもとまち

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*改めて書いた追加文章を付け足しときました。分かりやすいよう、「――」で線引いときましたので、再読される方はその線から下をご覧ください。
初見の方は目印ですので、お気になさらないようお願いします。

また、既に既読の方には二度手間をかけさせぬため、大まかなストーリーには影響しない余談程度の内容になっていますので、読み飛ばしても問題はありません。
ですので気楽に、自由にどうぞデス。


第19章(完成版)

「犯罪がおこなわれた時、その犯罪によって利益を受ける者こそ真犯人だ」

 

 ――この人間社会における真理の一つは、人類がまだ地球という一惑星でのみ生活と戦争を繰り返していた頃より十世紀近くを経た銀河をめぐる未来の時代にいたって尚、ウソと情報と欺瞞、それらを生み出す人の願望と誘導に基づくベクトルがかかっていることへの警句として、犯罪捜査と情報収集における真理の地位を守り続けている。

 

 では、「シャルル・デュノアは実はシャルロット・デュノアという少女であり、性別を偽って国立IS学園に留学してきている」・・・・・・という犯罪行為は、誰にとっての利益をもたらすものであったろうか?

 それは些か答えを出すのが難しい問題であると同時に、中々に興味深い命題にもなりえるものであったかもしれない。

 

 実行役であるシャルロット本人にとっては、父親の経営する会社の都合に巻き込まれただけであり、それに参加させられているという時点で利益にはなりようのないものだっただろう。

 一方で、IS学園への潜入と白式の情報奪取を命じた側のアルベール・デュノアにしても、娘には秘せられた別の思惑が込められた計画だったとはいえ、相応の費用とISコアを消費している。

 現段階では成果は上がっておらず、得られた情報が必ずしも役立つものか不明瞭でもあり、今のところ一方的な損益しか出せていない。

 成績不振が続くデュノア社への支援金を減らし、自国製IS開発許可の剥奪まで検討しているフランスも、国家代表候補としての地位を正式に与えられた人物の不祥事は一企業の独断で済ませられるレベルのものではなく。

 また、欧州で近くおこなわれる第三次イグニッション・プランの次期主力コンペに参加予定なのはイギリス、ドイツ、イタリアの三カ国であってフランスは含まれておらず、ライバルになり得ぬ企業の不祥事によって得をする立場にはない。

 

 結局のところ、ほとんどの関係者たちにとって得することなく損にしかなり得ようがなかった事件が、シャルロット・デュノアの母親の死に端を発する身分詐称と不正留学だったのやもしれない。

 

 だが他者から見れば、どれほど滑稽で無意味で愚かしい愚行としか思えぬ行為であろうと、それを実際におこない、失敗した際には被害を被る立場にある者達にとってみれば、それなりに必死にならざるを得ないのも事実ではあるのだ。

 

 その隠し続けるべき事実が今、事件の当事者の一人である織斑一夏に露見した。

 

 

 

「い、い、いち・・・・・・か・・・・・・?」

「へ・・・・・・?」

 

 自室にあるシャワールームの中で、見覚えのある全裸の少女と遭遇して、硬直したままの相手と二人、無言のまま向き合う一夏。

 それが、シャルロット・デュノアがシャルル・デュノアを演じることで隠し続けてきた秘密が明らかとなる切っ掛けになった出来事だった。

 

 その経緯は至って単純極まりなく、ただ同じ部屋の寮生でルームメイトだった一夏の帰りが遅れ、油断したシャルロットがシャワーを長く浴びすぎて鉢合わせしてしまったという、ティーンエイジャー向けの青春群像映画でさえ使い古された手法を現実で再現してしまったことが、その理由と経緯の全てだったのだ。

 

 それによりシャルロットは既に、これ以上の父親に対する『義理を果たす必要性』を感じ続けることが出来なくなってしまい、慣れないスパイ活動により精神的にも疲労していたことも重なって、一夏に全てを明かして楽になりたい気持ちを抑える気力は残されていなかった。

 

「――とまぁ、そんなところかな。でも一夏にバレちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ・・・・・・潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」

「・・・・・・」

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今までウソをついていてゴメンね」

 

 どこかスッキリした憑きもののの落ちたような表情で言い切られ、深々と頭を下げられた一夏だったが、その手が不意に相手の肩を掴んで顔を上げさせたのは、決して相手のことを思ってのこと“ではなかった”

 

「――いいのか、それで」

「え・・・・・・?」

「それでいいのか? いいはずないだろ。親が何だっていうんだ。どうして親だからってだけで子供の自由を奪う権利がある。おかしいだろう、そんなものは!」

「い、一夏・・・・・・?」

「親がいなけりゃ子供は生まれない。そりゃそうだろうよ。でも、だからって親が子供に何をしてもいいなんて、そんな馬鹿なことがあるか! 生き方を選ぶ権利は誰にだってあるはずだ。それを、親なんかに邪魔されるいわれなんて無いはずだ!」

 

 それは、未だ本名を知らぬシャルルに向かって叫ぶように言いながらも、一夏自身が途中から気づいていた事だった。

 彼の言葉は、自分自身が自分の親に向かって言っている言葉であり、会ったこともない両親の無責任ぶりに対しての糾弾でもあった。

 

 一夏は幼いころに姉共々、借金を苦にした両親に捨てられて育った複雑な家庭の事情を有する少年だった。

 正確には姉の口から、そのような事情で我が家は姉弟二人だけの家族なのだと説明されて育った過去を持つ少年が彼だったのである。

 

 それは特殊な出生事情をもつ千冬が、弟に事実をそのまま知らせるわけにもいかずに、微妙に事実を湾曲した表現を用いながらも一部に真実を残した言い回しによって隠蔽しようとした欺瞞情報を、姉を絶対視している弟が信じ込んでしまったことで生じてしまった微妙な歪さを持つ認識だった。

 

 その感情を一夏自身は、自分を養うため姉に苦労をかけさせてきた要因として、幼い子供だけを捨てて自分たちだけで逃げた親たちの身勝手さに、激しい怒りを抱いてのものだと認識している。

 

 ――だが事実はおそらく今少し異なっており、年の離れた姉に養われてきた自分の立場に引け目を感じ続け、未だ年齢の縛りによって姉にとっての経済的な足かせにしか成り得ない現在の無力な己自身に対してこそ、彼は内心で怒りを感じており、働いて稼ぎを得たい想いを『年齢』によって阻害されている社会に不条理さと理不尽を感じていたが、努力や強さでどうにか出来る問題ではなく、内心もどかしさを抱いてもいた。

 

 それらが混在となって、『姉一人に生活費を稼ぐための仕事を押しつけている原因』として、姉から教え込まれた身勝手な両親を責めることで『将来的には働いて恩返しをする自分』は、現時点で彼らと同じであっても別物だと信じたい―――そういう願望に基づくベクトルが一夏の思考には掛かってしまっていた。

 

 遙か未来の銀河で、『時間の女神に愛された男』と称されたブルース・アッシュビー提督が『50年前の国家的英雄』となった時代に語られた謀殺説にまつわる事件の中で、後に黒髪の魔術師の幕僚となるアレックス・キャゼルヌ中佐は、こう語っている。

 

 

「真実は常に複数なんだろうな。

 “戦争をする奴の真実”、“戦争をさせる奴の真実”、“戦争をさせられる奴の真実”

 ひとつひとつ皆違うのさ」

 

 

 ――彼の考えの是非は別として、仮のこの言葉が正しいとした場合。

 千冬には『弟のため出生の秘密を知られたくないウソを教えた』という真実があり、一夏は『姉に教えられたウソを真実だと思うことで両親と自分は違うと信じたい』という事情が真実となるものだっただろう。

 

 それは本人同士が持つ願望と理由の違いによって、誘導を意図した情報にベクトルが掛かり、当初の目的とは全く異なる方向へと影響するようになってしまった不正確な情報がもたらした結果であったが、本人がそれを真実だと信じたまま、事実を確認する手段のない状況下では、それはまさに真実たり得るものとなる。

 

 そのため一夏は、正直に自分が激した感情の理由を語り、家族の事情も隠そうとしなかった。

 

「あ・・・・・・その・・・・・・ゴメン」

「気にしなくていい。俺の家族は千冬姉だけだから、別に親になんて今さら会いたいとも思わない」

 

 明快にそう言い切る一夏に迷いはなく、心にやましい部分や後ろめたさなどの負の感情も一切存在しないスッキリしたものだった。

 そして、それはおそらく事実であったろう。

 何故なら一夏には、両親に対して思うところがある“理由がない”からだ。

 

 あくまで一夏が、自分たちの両親について気にしているのは、『姉だけに働かせて稼ぐことが出来ない子供の自分』に負い目を感じている故のものであって、会ったこともない両親についてはイメージ上の存在としか認識したことが彼にはない。

 

 仮に、一夏の家の生活が厳しく、両親が蓄えを残さなかったことで千冬に大きな経済的負担が掛かっている事実があったなら別だったかもしれない。

 だが現実に彼の生活は、姉の稼ぎがいい労働報酬によって貧乏になったことはなく、経済的負担については一夏本人の心の中だけにしか存在していない問題にしかなったことが一度も無い。

 

 それが彼の唱える、『身勝手な親という存在への否定的感情』が、実質を欠いていることを示す証拠になり得る部分ではあったのだが・・・・・・一夏自身がそれに気づくには、彼の願望は強く思考に影響を与えており、冷静に自分の考えを客観視するには情が強すぎる性格の持ち主でもある。

 

「それより今はお前の方が重要だ。シャルルは、これからどうするんだ?」

「どうって言われても・・・・・・僕には選ぶ権利がないからね。良いも悪いも関係なく、時間の問題なんじゃないかな。

 フランス政府もことの真相を知ったら黙っていないだろうし、僕は代表候補生をおろされて、よくて牢屋とかだと思う」

「それでいいのか?」

「だから、良いも悪いもないんだよ。僕には権利がないんだから、仕方がないんだ」

 

 そう言って痛々しく微笑んで見せたシャルルの笑顔に、一夏は許せない想いを感じて、猛烈な勢いで脳細胞を活性化させていく。

 自覚的にやっているものではなかったため、彼が気づくことはなかったが、生まれつき肉体に埋め込まれていた幾つかの遺伝子が『目的達成のための最適回答』を記憶巣の中を高速で飛び回り引っ繰り返し、どこかで見つけて意識されることなくインプットされていた情報を検索する作業を高速でおこなわせた、その結果。

 

「――だったら、ここにいればいい」

「え?」

「“特記事項第二一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする”

 ――つまり、この学園にいれば少なくとも三年間は大丈夫ってことだろ? それだけ時間があれば、なんとかなる方法だって見つけられる。別に急ぐ必要だってないはずだ。そうだろ?」

 

 スラスラと暗記していたテキストを諳んじるように語って聞かせた一夏の顔を、シャルルは唖然として見つめ、やがて破顔した。

 それは彼女本来の優しい雰囲気をまとわせた柔らかいものであったことから思わず一夏は見取れてしまい、己の中に生じた多少よこしまな感情から心と話題を逸らすように言葉を紡ぎ、

 

「ま、まぁ、とにかく決めるのはシャルルなんだから、考えてみてくれ」

「う、うん。そうするよ―――――って、あ」

 

 照れくさそうに笑いながら話を切り上げようとした直後。

 急に何かを、あるいは“誰かのこと”を思い出したような呟きをシャルルが漏らし、そして急速に顔色を悪くする原因となり得る“もう一人の秘密を暴かれてしまっている少年”について失念していた事実を思い出す。

 

「ん? どうかしたかシャルル? そんな鳩が豆鉄砲食らったようなって言うか、この世の終わりみたいな顔して。

 ・・・・・・ひょっとして俺以外の誰かに、今の話を知られちまってる奴でもいたりするのか・・・・・・?」

「う、うん・・・・・・そのぉ・・・・・・ちょっとだけ厄介な人に知られている、かもしれないってゆーか・・・。でも多分、証拠は何もない――と思うんだけど、持ってた場合でも僕たちには判別できそうにないってゆーか・・・・・・」

 

 曖昧で婉曲な表現を用いることで、問題となっている人物と直接的に対峙するのを避けたい気持ちを行動によって表してみたシャルルであったが、そこは女子生徒達の間で『鈍感王』として有名になりつつある一夏である。

 こういうときだけ都合良く相手の思いを、言わずとも察してくれる鋭敏さを発揮してくれるはずもなく。

 

 結局シャルロットは、自分の秘密をおそらくは知られているが、証拠はないように見えている人物の名を一夏に伝え、等しく絶望を共有する羽目になる・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 そして――――

 

 

 

 

 

「ほう、デュノア嬢もついに乙女の秘密を、男に委ねるようになりましたか。

 ちゃんと儀式も無事に済ませられたようで、心身共に何よりですな」

「な、何を言ってるのさ!? 僕と一夏はその・・・・・・そういう秘密を共有したことなんて一度もないし! それにそんな、儀式なんて・・・・・・済ませてなんて一度もないしッ!!」

 

 人に言えぬ秘密を知られているかもしれぬ者と、秘密の密会をするため夜分訪れた相手の自室に招かれる成り、出だしに語られた内容に思わず赤面させられて真っ赤になって反論し、自分たちの無実と“純血”について全力で主張してしまうシャルロット。

 

 無論そのような“誤解を招かせる言葉”を放った側には、青臭い反応に真面目くさって言い訳がましい理屈を並べ立てるほどの可愛さなど微塵も残っている訳もなく。

 

「まぁ、このさい冗談は良いとして、デュノア嬢が一人で抱え続けていた重荷を背負ってくれそうな他人を作ることに成功したのは成果だったでしょうな。

 元々あなたに秘密主義が肌に合っていたとは到底思えない。遠からず破綻は目に見えていたのだから、その相手が坊やだったことは幸運だと思っておくべきでしょう」

 

 もはやシャルロットとしては、言い返す気力すら根こそぎ奪われる、シェーンコップからの論評だった。

 彼女なりに覚悟を持って秘密を打ち明け、一夏に救ってもらえそうな現在の状況に至れるとは想像すらできなかった状態で秘密を抱え、更衣室でも教室でも寮の自室でも関係なく、緊張感を持って生活し続けてきた転校してきてから今日までの努力が全て無駄だったように思うことしかできない評価は、これでもかと言うほどに彼女から反論する意思を完全に奪い去ってしまっていた。

 

 一方で一夏には、今し方語られた友達とも師匠とも呼びうる微妙な立場の男の発言内容に、流すことの出来ない気になる部分があったため、そちらの方に意識が傾き、赤面したシャルロットの恥態に意識を割くことは出来なかった。

 

 前世での上司や教え子と同じく、妙に異性の気を引きやすい一夏であったが、シェーンコップからは『まだまだ青い子供だな』と内心で評される由縁である。

 

「ちょっと待てシェーンコップ。さっきの言い方だとお前、シャルルが秘密を知っているだけじゃなく、我慢しててキツくなってたことまで把握してたってことになる」

「それがどうかしたかい、坊や?」

「知ってて今まで何もしてやらなかったのか?」

「そういうのは柄じゃない」

 

 ・・・・・・などとシェーンコップは言わない。

 その手の、ありきたりな三文映画の定番台詞は、王道好きで見境なしな女好きの空戦隊長でもある青二才エースにでも席を譲ってやり、自分は嫌われ者のダーティーな配役だけで我慢してやる謙虚さを発揮し、

 

「そうだな。それで、それがどうかしたのかい坊や?」

「・・・・・・」

 

 先ほどとは似て非なる言い回しの、だが全く同じ意味の言葉を返され、一夏は責任追求の言葉を見失い、口をパクパクさせて言葉を探し・・・・・・やがて黙り込んで沈黙する。

 

 相手から言い訳なり自己正当化の詭弁なりが返ってきた場合には、それを論破し、問題点を指摘するなどの会話術で相手を非難することが可能になるが、非難すべき議題を自分から持ち出さねばならないのでは、逆の立場になってしまう。

 

「それで、このような夜分遅くに小生ごときの居室まで如何な御用かな?

 見目麗しい乙女であるデュノア嬢が部屋を訪ねてくれるのは男として歓迎だが、男同伴で夜の密会という訳でもあるまい?

 坊やと一緒にきたところから見て、デュノア嬢の秘密に関することで俺に確認なり口止め成りを頼みたい部分でもあったかい、坊や」

 

 アッサリと消灯時間を過ぎた後に、自室まで密かに訪ねてきた目的まで言い当てられた一夏達は、素直に両手を挙げて降伏し、自分が知った事情とシャルロットの秘密を厳守してくれるよう頼み込んだ。

 学園特記事項を使った防衛策についても隠さなかった。

 この友人相手に自分が、秘密を知られることなく隠し続けられる自信が一夏には持つことが出来そうになかったから・・・・・・。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「なるほどね。まぁ、そういうことなら了解した。デュノア嬢の秘密は墓場まで持って行くことを約束しよう。

 最低でも、本人が自分から明かすような事態にならない限りは絶対にな」

「そうか・・・ありがとう。そう言ってもらえると安心できる、助かったぜ」

「もっとも、その必要もないかもしれんがね」

 

 話を終えて部屋に帰ろうとしていた一夏は、相手が何気なく放った最後の一言を、危うく聞き流す寸前に意識野で聞き取ると、驚いているシャルロットを横目にシェーンコップへと詰め寄り説明を求める。

 

「どういう意味だシェーンコップ、詳しく説明してくれ」

「なに、大したことじゃあない。仮にデュノア嬢の正体が他人にバレたところで、結果はさほど変わらん可能性が高いかもしれんということさ」

 

 露悪的な笑みを浮かべながら、シェーンコップはそう言い切る。

 シャルロットの身分詐称の件は、深く突っ込んで穿り回しても得する者は誰もなく、むしろ今のまま放置していた方がメリットがある者が多数派だというのが、その主張の根拠だった。

 

 ――シャルロットが性別を偽ってIS学園に転校させていたという一件は、当然ながらデュノア社に対して強力な脅しの材料となる。それは支援金のカットよりも余程有効な絞首刑用のロープとしてデュノア社の首根っこを抑える理由となり得る。

 むしろ法的な裁きを与えるため、公的な裁判にかけようという事にでもなれば、『フランス国家代表候補』としての資格を与えていた側にも責任が問われることになる。野党にとってはともかく、現政権にとっては面白いはずもない不祥事に発展する羽目になりかねない。

 

 欧州各国にとっては、今でこそフランスは第三世代開発の後発組として出遅れているが、現時点で市場の優位性を独占できている者達が、将来的に自分たちと並び立つライバルの登場する可能性を喜ぶ事は決してない。

 デュノア社の秘密を手に入れれば、率先して頭を押さえつける材料として手を取り合い、秘密保持と自国内における地位の独占維持のため水面下で協力し合う方が企業エゴとしては非常に正しい。

 

 各社が自由に競い合うことで質を高め合う、競合の原理に基づく資本主義とはいえ、所詮それは国家政府にとっての有益な成長戦略であり、国益優先の方針であるからには建前の側面を多分に含むのは避けられないものだ。

 たとえ国内企業の大手が潰れようと、それが競合の結果である限りは、より有益な企業と入れ替わっただけであり、国家全体にとっての収益そのものが大幅に減るという結果にはなりづらい。

 

 だが、自社の企業努力によって築いた大手の地位を、国家全体のためという美辞麗句による市場原理に基づき、新たに台頭してきた成り上がり企業に奪われることを美徳として潔く身を退くものだろうか?

 多くの者達にとって、その道は魅力的なものと映ることはないであろう。

 

 おそらくは自分たちが成功するまで競合の原理を尊重し続け、現状の社会で既得権益層になった時点で、国家社会に貢献しつつも他の成功者たちと手を結び、自分たちの地位を脅かす可能性の根を見つけ出して摘み取ることで既得権益を維持する共犯者となる道を選ぶのではなかろうか。

 

 大手同士が競合することにより、互いを潰し合うことで得を得るのは、若く新鮮な可能性を持った新勢力だけであり、それは現在の社会で満足な地位を得ている既得権益層の老人達にとって『秩序の壊乱者』にしかなりようがない。

 

 遙か未来の銀河帝国を改革したラインハルト・フォン・ローエングラムがそうだった。

 自由惑星同盟の古株達にとって護国の英雄ヤン・ウェンリーもそうだった。

 因果は過去においても巡るものなのだ。

 

 そして、そういう者達にとってシャルロットの一件は、知っていながら気づかぬ素振りで表向き無視していた方が都合が良い交渉カードになりえる出来事ではあったのである。

 その点でIS学園は、シャルロットの保管場所として都合がいい条件が整っている。

 一夏が発見した条項により各国の権力が、少なくとも表向き届きづらい場所であったし、保管と管理は国内に学園施設を持つ日本に責任を押しつけることが可能な立地にある。

 

 もし仮に、なにか不慮の事態が発生して生きた証拠であるシャルロットが死ぬような事態になったとしても、大事なのは彼女の『本当の性別』であり『性別を偽っていた国家代表候補』という肩書きにある事案である以上、「生きた証拠」が「死んだ証拠」になるだけで企業側や政権側にとって差して重要な違いと思われる類いの変化にはなるまい。

 

「今回のことで問題扱いされるとしたら、デュノア嬢が卒業した直後からが本番というところだろう。

 『今まで見過ごされていた政府の不正に関する査察調査』とでも銘打って、大勢のマスコミを引き連れながらテレビの前で大見得を切りたい連中が、学園内にまで乗り込んできて他の国より先に証拠物件を確保したがる大活劇が拝める未来が来るかもしれん。

 そういうものさ、経済ってヤツはな。

 俺の古いなじみに昔、学生時代の論文が目にとまって大手企業からスカウトされた奴が言っていた話だが、“政治や軍事と違って経済に理念はなく、現実のみがある”その点では戦争や軍事よりシビアかもしれんと。

 まぁ、そこら辺は政治家やら起業家やらの範疇であって、俺の関知するところではないがね」

「・・・・・・そうかなぁ」

 

 崩壊間際の同盟軍を後方から支えた補給の名人アレックス・キャゼルヌ中将から聞かされた説をシェーンコップは語ってみせたが、伝聞形式の又聞きでしかなかったためシャルロットの心に簡明と納得を与えるまでには至らなかったらしい。

 

 自分が悲観的になっているのを自覚してはいたものの、素直に改めてやるほど良い思い出のある相手では特になかったこともあり、不審さを隠そうともしない表情のままシェーンコップの論に異議を唱える。

 

「フランス政府はデュノア社に対して、ISの開発許可剥奪まで言ってきてるんだよ? たかだか言うことに逆らえなくするだけで許してくれるほど甘くないと、僕は思うけど・・・」

「その通り、ISを開発する資格を奪おうとしている。“ISを造るのを禁止する”とは言っていない」

「――あっ!?」

 

 さり気なく放たれた相手の指摘に、シャルロットは思わず声を上げ、頬を叩かれたような心理的衝撃を受けずにはいられなかった。

 

 もともと第三次イグニッション・プランは欧州の統合防衛計画として、造るのに大金が必要となる最新鋭ISを、欧州全体で同じ一つの機体を量産していこうとする開発費節約の面が強く、フランスとデュノア社もプランから除外されているとはいえ第三世代の開発を急務と考えるのは、この計画のトライアルに自国製の新型を参加させて欧州諸国全体を市場にしたいという狙いが含まれてのものだったはずである。

 

 一方で、それが叶わなかった場合を想定して動くのも政治家の役割であり仕事でもある。

 フランス以外の欧州各国がプランの恩恵を受けて同じ新型機を量産していく中で、自分たちだけ金食い虫の自国オリジナルIS造りをし続けられるほど、フランス人の気位は現実に対して相対的に強くない。

 

 現在の時点でさえフランス警察などでは、頑なに拘り続けたフランス製拳銃からベレッタなどの外国製の銃器へと現場に持ち込ませるものは機種変換がおこなわれている。

 ならば、「外国製の新型IS」を「自国の大手IS企業が量産する」という形を取るのが、プライドと予算双方にとっての妥協案と成り得ると考える者がいたとしてもおかしくはない。

 

 そして、その際。あくまで自国製の品にプライドを持つ古参の熟練工たちを納得させ、反対意見に説得力と影響力を持たせないため予め力を奪っておこうとする方針が、フランス政府内でも生じている可能性があるお国柄だという事実を、シャルロットは身を以て思い知る立場にあったのだから・・・・・・。

 

 しかし――

 

 

「シェーンコップ、お前の言うとおりなのかもしれないけどさ・・・・・・。

 だとしたら、俺たちが今やってきたのは、何のために、何をやっていた事になるんだ?」

 

 憮然とした表情で、一夏としてはそう言わざるを得ない。

 シャルロットは言葉にして不満を口に出そうとしなかったものの、想いは一夏と同じである。

 

 差もあろう。今まで隠してきた秘密がバレようがバレまいが結果は変わらず、一夏なり誰かに卒業までにはなんとかしてもらう必要があるのも変わっておらず、政府と企業の都合で振り回される立場に欧州各国の思惑がプラスされただけで自分たちがやることに何一つとして変化がもたらされるものではないとするなら、シャルロットが父親と出会って日本に来てから今までの間におこなってきた苦労と努力と精神面での疲労の数々は、やってもやらなくても同じようなものだったという事になってしまうのではないか?

 

 それはシャルロット本人だけでなく、親の都合で子が振り回される現象に否定的な意見を主張している一夏にとっても面白いことでは決してない。

 

 そんな二人に向かってシェーンコップは「にやり」と笑い、

 

「分からないか? 坊や」

 

 と、なんとなく素直に「分からないから教えてくれ」と頭を下げたい気分になれない口調と態度で告げた後。

 

 

 

「無論、人生勉強さ。悩めよ、“性”少年」

 

 

 

 そう言って、元不良中年の少年IS操縦者は不満顔の同級生二人を、楽しそうな笑顔で見物し、ノンアルコールジュースの風情のなさを慰める肴とするだけで、その夜の密会の幕は下りた。

 

 所詮、若い時分の親の都合で勝手に生まれていた認知していない子供を、「存在していることを知らなかっただけで隠していたつもりはないな」と不敵にうそぶく身勝手な親だった過去を持つ男から碌なアドバイスがもらえる話題ではなく、必然の結果であり帰結とも言うべき終わり方だったかもしれないが・・・・・・一夏達がシェーンコップの真実を知って納得が得られるのには、まだ十世紀近い月日の経過を待たなければならない事柄であった。

 

 

 

つづく




*先ほど誤字報告されて、説明が必要だったことに気付かされましたので補足です。
最後にシェーンコップが一夏に言っている、【性少年】という表現は、わざとです。

理由はまぁ……言うまでもないと思われますので割愛ということで(;^ω^)
ただ念の為に、【“”】を付け足させてもらいましたわ(微苦笑)


また、今の所【男性IS操縦者シャルル・デュノア】として、一夏にバレた後も性別を偽り続けるのを協力する立場上、【儀式を済ませたらしいシャルロット】に対しても皮肉を込めたダブルニーミングにしてみた次第。

気付いた方は、どれだけいてくれたか、ちょっと楽しみな作者です(^^♪
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