ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~   作:ひきがやもとまち

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なお、独立連載に移した最初の作品がコレなことに意味はありません。最初に出来たってだけです。


第2章

「フォン・シェーンコップ、お呼びと承り参上いたしました」

 

 それが諸事情あって、2時間目の授業から途中参加した『世界で2番目の男性IS操縦者』ワルター・フォン・シェーンコップの挨拶だった。

 恭しい口調と不謹慎な表情とが不調和なわざとらしい態度で、遅れてやってきた美丈夫の新入生はIS学園の男子用制服を一分の隙もなく着こなしている。

 

「・・・と、本人が自己紹介したとおり、コイツが我がクラスの新入生最後の一人だ。これから一年間、机を並べて学び合うもの同士問題を起こさないよう気をつけること。――以上だ。

 では、授業を始める」

 

 1年1組担任の織斑千冬先生によるフォロー(?)もあってか、無事に入学の儀を果たし終えたシェーンコップは唖然として自分を見つめてくる女子生徒たちが視線の集中砲火を浴びせる中を我が物顔で縦断しながら指定された位置の机へと向かい、着席する。

 

 そして、授業が始まった。IS学園にとって、ごく当たり前の日常の1ページ。

 ワルター・フォン・シェーンコップにとって、過去の地球世界かもしれない場所で過ごす特別なはずの一日目は、何の変哲もなくドラマもない平々凡々な形で幕を開けたのである。

 

 

 

 ――彼が、入学式と1時間目の授業に参加できなかったのには理由がある。

 なんのことはない、結局最後の最後まで『外国人移民』であることが足枷となり続けて邪魔された。只それだけの日本ではよくある平凡な理由と原因によるものでしかない。

 

 IS学園で表向きの学園長を務める怜悧な女性は根っからの女尊男卑主義者であり、汚らわしい存在であるはずの男が神聖なる女性の学び舎に入学してくることには反対であり、本当の学園長の決定であるなら仕方なくと、渋々従っているだけだったため形式面だけでも彼女を心理的に満足させてやる口実が必要だったという次第だ。

 

 彼女は男であっても学園長の命令にだけは従うが、それ以外の男性に対しては極端すぎるほどの嫌悪感を示す女性だった。

 彼女なりの主観では、そこに矛盾はない。単に彼女の学園長に対して向けられる忠誠心は学園長個人に対して向けられたものであり、彼女個人が持つ主義思想は男性差別思想の女尊男卑だったというだけのこと。

 

 人は思想に従うのではなく、思想の体現者に従うもの。その点に関して、シェーンコップを始めとするイゼルローン組に非難する権利はどこのポケットを探しても見つかるわけがないので彼は大人しく従ってやった。皮肉気な笑みを相手からの無遠慮な視線に返したのは癖であって、他意はない。

 無論、相手がそう受け取ってくれるかどうかは個人の自由なので、彼の関知するところではなかったが。

 

 

「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したISの運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」

 

 そうして始まった、IS学園入学初日2時間目の授業風景。眼鏡と豊満な肢体がセックスアピールな若い女教師が、スラスラと教科書を諳んじていくのをシェーンコップは聞くとはなしに聞き流していく。

 彼にとって、この手の法律的な基礎問題は前世において散々に慣わされたものと大差なく、細かいディティールに違いがあるとしても、それらを習わされるのは一定量の基礎を学び終えてからというのが教育の基本だということは常識として知っていた。現時点で注視すべきことは一つもなし。

 なら、せめて若く美しい女性教諭の唇から紡ぎ出される玲瓏としたハーモニーに聞き惚れながら、聞かれた内容にだけ当たり障りのない答えを返しておけばそれでいい。

 

 

 こうして彼はIS学園で過ごす初めての授業を難なくやり過ごし、次の授業に向けて準備を始めようとしていた、その矢先のこと。

 

「ちょっと、よろしくて?」

「へ?」

 

 突然、横合いからかけられた声に驚いたのか、隣席に座っていた男子生徒が素っ頓狂な声を上げるのが聞こえたため、シェーンコップの意識も彼の方に向けられる。

 

 たしか、オリムライチカとか言っただろうか? 世界で初めて発見された男性IS操縦者という触れ込みで入学を許された特例の男子生徒で、今生における自分にとっての先輩に当たる存在らしいのだが、男の少年に興味を抱く趣味は持ち合わせていない彼としては心底からどうでもいい存在でしかなかったこともあり、自己紹介し合ってから今の今までスッカリ忘れていた少年だ。

 

 黒髪黒目で中肉中背と、自分が忠誠を誓った唯一の上官と同じで東洋人らしい見た目をしているが、顔立ちはこちらの方が遙かに整っているだろう。ついでに言えば向学心についても彼の方がおそらく上だ。

 先刻まで続いていた授業中に「うー、うー・・・」唸っていたのが彼だとしたならば、わからないなりに必死になって授業を理解しようと努めていたのだろう。

 もし自分の上官が彼の立場だったとしたならば、開始五分で理解を諦めてテストの成績でも赤点スレスレの成績を取っても平然としたまま授業を受け続けていただろうから。

 

「訊いてます? お返事は?」

「あ、ああ。訊いてるけど・・・どういう用件だ?」

「まあ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

「・・・・・・」

 

 少女からの尊大な調子で紡がれる言葉に、織斑一夏が「ムッ」としたのが伝わってきたのを感じて、思わず内心で肩をすくめてしまったが声に出しては何も言わなかった。

 せっかく彼が彼女との話し相手を一人で担ってくれているのだから、任せてしまうのが筋というものだろう。人間、苦手なものを出来るようになるより、やりたい奴に任せてしまう方が良い結果がついてくるもの。それがイゼルローン流のやり方だった。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡・・・幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」

「そうか。それはラッキーだ」

「・・・・・・馬鹿にしていますの?」

 

 徐々に雲行きが悪化していく織斑少年とセシリア・オルコットという名前らしい美少女とのやり取り。

 明らかに織斑少年はオルコット嬢の自慢話めいた上から目線での物言いに腹を立てており、オルコット嬢の方はその事実に気がついていない。

 生まれや育ちも関係しているのかもしれないが、それよりも彼の目には彼女がヒドく気負っているように見えていた。

 

(カリンの奴も、俺と最初に顔を合わせに来たときにはこんな風に苛立ちを隠そうと躍起になってたからな。

 表面をどれだけ飾って自分を大きく見せたところで、成熟さと中身が伴わなければただの格好付けに過ぎんものだが・・・まぁ、それもまた若さ故の失敗から学べる教訓だからな。励めよ、少年少女たち)

 

 前世で昔付き合ったことのある少女と自分との間で知らぬ間に生まれていた結果論的には隠し子の少女で、自分の実の娘を思い出しながら、そんなことは露とも悟らせない完全なポーカーフェイスを決め込んで沈黙を続けるシェーンコップ。

 外見年齢は同世代になろうとも、彼の中身は同盟軍随一の不良中年であり、最高評議会議長と統合作戦本部長とを口先三寸で手玉にとった毒舌家であるという事実に変わりはない。

 

 たかが一回死んで生まれ変わっただけで、己の今までを後悔して反省して人格を一変させるほど安っぽい人格に陶冶した覚えはない。

 男が人格を変えるのは女を口説くときだけでいい。「ありのままの自分を好きになってもらわなければ意味がない」などという青臭い青春群像劇めいた台詞を尊ぶのはミドルスクールの学生の間だけで十分だ。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

「っ・・・・・・! また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」

 

 三時間目が開始されるチャイムの音に割って入られたオルコット嬢は、悔しそうに表情をゆがめながら捨て台詞を吐くと、自分の席へと小走りに戻っていった。

 その後ろ姿を目だけ動かして見送りながら、織斑一夏は福音の音色に救われたと言いたげな表情で吐息する。

 

 ――と、一瞬シェーンコップの意味深そうで意地の悪い笑顔を直視してしまい、思わず反射的に反発の声を上げてしまっていた。

 

「なんだよ? 何か言いたいことでもあるのかよシェーンコップ」

「言ってほしいのかい? 坊や」

 

 脊髄反射じみた反発心から出てきた悪態に、即答で返された一夏は鼻白まされた。

 てっきり当たり障りのない嫌みな返答『別に・・・』とかが帰ってくるものとばかり思っていた彼は、初手から先手を取られてしまったわけである。

 

 こういう時、どのような言葉を返すべきなのか今まで歩んできた自分の人生から参照してみるが、適切な答えはどこにも見当たらない。

 中学生にして苦学生でもあった彼は、同世代の男連中よりかは人生経験豊富であるという自負があったが、それさえも所詮は平和で豊かな現代日本で学生として生きていた間に得られたものに過ぎず、二百五十年間も星空の海で戦争し続けていた国家の、平和を記録上でしか見たことのない時代に生きた男を相手に通用するほど大した難易度のある代物では全くなかったからである。

 

 とはいえ、公平を期するなら比べる相手がそもそもおかしい。比較対象として適切とは到底いえない時代背景がある者同士だ。一夏が悔しさを感じる必要性は微塵もない。

 その事実をシェーンコップは承知していたが、一夏は知っていたとしても悔しさを感じる気持ちは割り切れなかっただろう。

 それこそが人生経験の差であり、大人と子供の埋めがたい決定的な違いなのだという事実を彼が知るのは何時になることなのやら。

 

「余計なお節介なのを承知で、忠告させてもらうがね。坊や、女が自慢話をしているときには黙って聞いていてやるのが男の甲斐性ってものだ。自分がイラつかされたから、相手の女に当たるのは感心しないな。同じ男としてはね」

「・・・・・・」

 

 どう言い返せばいいのか思いつかないうちに、考え込んでいたところを追撃されて、一夏は頭の先から冷や水をぶっかけられたような気分を味あわされて黙り込む。

 

 彼とて冷静になってから考えてみれば、先ほどの会話で途中から自分が感情的になっていたことを自覚できないほど愚か者ではないのだ。

 たしかにセシリアの方に非は多くあったのは事実だが、だからといって一夏が感情的になって子供みたいな口喧嘩をしてしまった愚劣さを正当化できる理由にはならない。それくらいの分別は彼も持ち合わせていた。冷静にさえなれれば、その程度の道理は弁えられる程度には男として成長している自信とプライドが彼にだってある。

 

「・・・・・・坊やはやめろよ。俺には織斑一夏って名前がちゃんとある」

 

 そして、だからこそ素直に謝罪できないところが今の彼の至れる限界点。男としてのプライドと自信が、正しかった側の自分が謝らせることを受け入れることが出来なくさせていたのである。

 

 たしかにセシリアの挑発的な物言いに「カチン」ときて売り言葉に買い言葉で応じてしまったのは自分だ。それはガキっぽくて恥ずかしい行為だったと自分でも思う。

 

 だがしかし、それは“あくまでも結果論”に過ぎない。最初から最後まで自分勝手な傲慢な態度で接してきていたセシリアの方が非は大きく、ことの最初において自分の感じた怒りは正当なものだったはず。

 結果的に自分も小悪をなしてしまったけれど、最初から最後まで間違え続けていたセシリアと比べた場合には自分の方が人として上の対応を出来ていたはず・・・一夏はそう信じて確信していた。

 

「そうか、悪かったな。気をつけるよ、坊や」

「・・・・・・」

 

 今度は一夏が無視する番だった。分が悪いし、それにシェーンコップが言っているのは呼称はともかく、内容は正しい。だから何も言えない。言い返せない。

 これ以上、悪足掻きして格好の悪い無様な姿を尊敬する姉のクラスで見せるわけにはいかなかったから。

 

「それでは三時間目の授業は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 三時間目が始まり、教壇にクラス担任の織斑千冬が立って授業の説明を開始していたが、それが唐突に言葉を途切れさせる。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけなかったな。

 誰か、立候補したい奴、させたい奴はいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

 

 クラス代表とは、文字通りクラスの代表として委員会に出席したり、クラスを代表して対抗戦に出場したりと言った顔役を指して用いられる単語。基本的な部分はIS学園も他の普通科高校と変わりない。面倒な雑用仕事を押しつけられる役割であることも含めてだ。

 

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

「私はシェーンコップくんが良いと思います!」

 

 そして案の定、他のクラスにはないアドバンテージで目立つため1年1組女子たちは一斉に世界初と二番目の男性IS操縦者二人の名を次々と連呼していく。

 

 分かり切っていたことなので、今更慌てふためく可愛らしさなどシェーンコップの人生には持ち合わせがない。あったとしても少年時代に初めて抱いた女の味とともに記憶の深層部に葬ってから忘却し尽くてしまっている。思い出せるのは、当時の自分にとって女という生き物が新鮮で瑞々しく魅力に溢れて見えていた青い青春の残滓ぐらいなものしかない。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 そして、予測したとおりに割り込んでくる気の強そうな、それでいてイヤに気負っているのが見え隠れしているイギリス貴族の末裔らしいお嬢さんセシリア・オルコット。

 

「そのような選出は認められません! 実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされても困ります! いいですか!?

 クラス代表は実力トップがなるべきであり、そしてそれはわたくしセシリア・オルコットですわ!

 ・・・大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐えがたい苦痛で――」

 

 そうして、あれよあれよという間に話は脱線。

 やれ、世界一まずい料理で何年覇者だとかなんとか、極東の猿でサーカスがどうのこうのだとか、先の授業で私的運用を禁止されてるISを使って決闘がどうだとか。

 あまりにも本筋から逸れていって、イゼルローン要塞まで長距離ワープしてしまいそうなほど盛り上がっていく二人・・・織斑一夏とセシリア・オルコット。

 

「・・・さて、話はまとまったようだな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコットはそれぞれ用意をしておくように」

 

 やがて、調停役として何の役にも立たなかったクラス担任が、オルコット並みの尊大な態度と口調で決定事項を改めて伝えてやると二人はうなずいて了承。

 最後に残ったクラス代表に他薦されていた、もう一人の男子生徒にも同じ質問を投げかける。

 

「シェーンコップもそれでいいな?」

「ヤー(了解)」

 

 短く答えて、了解した旨を相手に伝えるシェーンコップ。不敵な表情でふてぶてしく笑う彼であったが、その内面は表面ほど穏やかなものとは到底いえない。

 

 なにしろ久々の戦場なのだ。たまには身体を本気で動かさないと鈍ってしまって仕方がない。

 第一、祭りが行われると聞けば、いの一番に駆けつけて誰よりもケンカ祭りを楽しんでこその軍人であり、ローゼンリッター連隊というものなのだ。もはやこれは本能と言っていい。

 後天的に付与された、第4の欲求と呼ぶべき快楽が本能として胸の内からフツフツと燃え上がってくるのを感じて久しぶりに高揚してくる。

 

 

「やはり、薔薇の騎士はこうでなくてはな。

 ――ドライロット、ドライロット、我が生と死を染めるは呪われし色。血と炎と赤い薔薇・・・せいぜい俺を退屈させんよう頑張ってくれよ、お嬢様方」


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