ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~ 作:ひきがやもとまち
「なんですって!? わたくしにIS操縦技術のコーチを委託したいですって!?」
その日、一週間後に織斑一夏およびシェーンコップとクラス代表の地位を賭けて決闘することが決定していたセシリア・オルコットは、彼からその依頼を聞かされた瞬間に激高した。
「ヤー(ああ)」
対して、依頼主であるシェーンコップ自身は平然とした表情のまま頷きで返すだけ。
小憎らしい平静さと、小揺るぎもしない有刺鉄線張りの不遜で不敵な表情が相手の怒りを加速させたが、これはただの地である。素の表情がこれなのだから彼としてはどうしようもない。
――もっとも、どうにかしてやる気が微塵もないのも彼であったが・・・。
織斑一夏とセシリア・オルコット、そしてワルター・フォン・シェーンコップによるクラス代表を賭けた試合が一週間後に決定された翌日。
織斑一夏には初心者への救済措置として、彼専用機が与えられることが政府議会で承認され、支給される機体には次期主力機の開発を任されていた倉持技研が保有する《白式》が選ばれる運びになっていた。
世界初の男性IS操縦者と言う名誉に対して、日本政府は誠意を持って遇したというわけである。
これで貴重な研究サンプルである彼を繋ぎ止めておける楔となるなら安い投資というものだったからだ。
対して、シェーンコップには専用機は与えられず、操縦練習のためアリーナと訓練機を優先的に使用を許可されたに留まった。
『短期日のあいだに同国内から二人もの男性IS操縦者が発見されることは想定を上回っており、数に限りがある専用機コアを二つも用意することは出来ない』と言うのが政府からの説明だったが、その言葉の裏側に彼が『外国移民』であることが暗い影を落としていた事実を否定しきる証拠を政府が持っていたことは日本の歴史上一度もない。
それは明白すぎる事実であったから織斑千冬は憤ったものだが、形としては正論そのものであり、また全くの嘘偽り方便の類いでもなかったため決定を覆すことはできなかった。
シェーンコップ本人は意に介さなかった。
もとより政府からの嫌がらせには慣れているのがイゼルローン組である。保身的で保守的な政治家共のやることなど、世界なり時代なりが変わった程度では大差あるまいと高をくくっていた彼としては何ほどのことでもない。与えられた物資をやりくりしながら勝つしかないのが、昔も今も変わらぬヤン艦隊の流儀というものである。
だが、しかし。それでも問題は存在した。
如何にシェーンコップが同盟軍最強を誇る白兵戦技の達人だったとは言え、ISについては昨日今日習い始めたばかりの素人同然であるのは動かしがたい事実なのだから。
残り時間は一週間を切ったばかり。早急に解決策を模索する必要がある。どうするか?
――簡単だ。自分が不得意とする分野は得意な奴に一任してしまえばよいのである。「自分が楽をするため」人事の妙で(結果的にではあるが)辣腕を振るった故ヤン・ウェンリー提督のよき先例に習えばいいだけである。
その候補として彼が白羽の矢を立てた人物こそ、今彼の目の前で髪を逆立てた猫のように威嚇してきている彼女であり、イギリスの代表候補にして一週間後に戦う決闘相手セシリア・オルコットその人である。
「正気ですの!? わたくしとあなたは敵同士・・・一週間後に銃口を向け合い雌雄を決する試合相手ですのよ! 敵同士が馴れ合いをしてどうしますの!?」
「ISのことでわからないことがあれば教えてやってもいいと言っていたのは貴女だ。俺は宣言を信じて教えを請いに訪れただけですよ」
「あ・・・っ」
言った。そう言えば言っていた。自分は確かに織斑一夏と初めて会話したとき、確かにその言葉を言っていたと彼女の優れた脳と記憶力は記録している。
『ISのことでわからないことがあれば、まあ・・・泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ』
「正直なところ、入学したばかりでISのアの字も知らない俺には頼れる当てが他にない。その中で貴女は間違いなく最強のIS操縦者だ。
優れた先人に教えを請うため頭を下げるのは当然の礼儀でしょう? オルコット嬢。・・・いや、オルコット先生」
そう言って頭を垂れてくるシェーンコップの姿が、セシリアの勘に障った。
――まるで“あの人の様だ・・・”と思わずにはいられなかったからだが、それによって自分の前言を翻す恥知らずになる気は彼女にもない。
「・・・分かりましたわ。試合前日までは、コーチをお引き受けいたしましょう。専用機を与えられなかったあなたには、そのぐらいのハンデがなければフェアではありませんものね」
「感謝する、オルコット先生。このお礼は将来的には必ずお返ししに参りましょう。あなたが成長して今よりさらに美しくなった頃、大輪の薔薇の花束を持参しながらね・・・・・・」
「そ、そんなことよりも!」
映画俳優顔負けの美丈夫に定番の口説き文句を述べられ、『言われ慣れているから平気だ』と思っていた防壁をアッサリ貫通されかかってしまったセシリアは慌てて続きを口にしながら取り付くように“確認”をする。
「指導してあげるかどうかを決める条件として、今から私がする質問に答えなさい。回答次第ではコーチングの話は無しにさせて頂きます。よろしいですわね?」
「どうぞ、なんなりと。俺にお答えできる範囲の質問であればよいのですがな」
「簡単ですわよ。答えはあなた自身の中にしかありませんから。
――あなたは先ほど私に頭を下げたとき『悔しい』という気持ちは起こりませんでしたの?」
その質問はセシリアにとって、辛い過去と懐かしい過去の両側面を持つ複雑な思い出に直結していた。
――今は亡き彼女の父は名家に婿入りしてきた婿養子であり、格上の結婚相手である妻(セシリアにとっての母)に対して常に多くの引け目を感じていたように幼い娘の目には見えていた。
母が強い女性だったことも彼女の心理に大きく影響を及ぼしていたのだろう。女尊男卑以前の女性が見下されていた男尊女卑の時代から女でありながら幾つもの会社を経営して成功を収めていた母を身近で見て育ってきた彼女にとって、厳しくも優しい母は憧れでありヒーローだった。女性としての理想像が母親だったのである。
そんな一代の女傑を幼い頃から一番近くで見ながら育ったセシリアにとって、『凡人』でしかない父親が実物大以上に小さく小物に見えてしまうのは仕方がない。
比較対象が大きすぎれば、隣に並ぶ人物が多少優秀であったとしても恒星の前の惑星さながらに光が翳んでしまうのは当たり前のことだからだ。
たとえば、ラインハルト・フォン・ローエングラムの副官、ジークフリード・キルヒアイスがそうだったように。
ヤン・ウェンリーの非保護者たるユリアン・ミンツがそうであったように。
惑星の光量は、恒星の光に目を奪われない距離まで離れない限り正しく評価することなど出来はしない。
彼らとセシリアの父が違うところは、死ぬまで恒星の側に寄り添い続けたことだろう。
セシリアの両親は三年前の事故で共に他界しており、普段は別々に行動していた彼らが死ぬことになる当日だけ一緒に過ごしていたことが彼にとって幸福だったのか不幸だったのか、それは誰にも分からない。
ジークフリード・キルヒアイスは、それまで『金髪の小僧の腰巾着』と罵られ、不当に低い評価を浴び続けてきたが、独立した権限を与えられた後は貴族連合軍との戦いに悉く完勝し『辺境の王』とまで呼ばれるほどの英雄に成り上がった。
しかしそれは彼の寿命を縮めただけでなく、彼の人生の意味そのものである親友との絆に罅を入れる諸刃の剣にもなってしまう。巨大すぎる功績が疎んじられて、彼と彼の親友との間に絶対零度の義眼の男が立ちはだかる切っ掛けに繋がってしまったからだ。
そして、ユリアン・ミンツもまた恒星のもとから巣立ち成功を収めた英雄の一人ではあったが、その評価と人生が幸福であったかと言われると心許ない。
彼はヤンの下にいるとき、師父以上に才能豊かな天才児と思われていたのだが、師父の死後に地位を引き継いでからは批判と非難が相次いだことでも知られる人物になっていく。
彼が変わったのではなく、状況の変化が彼に求められる能力と役割を飛躍的に増大させた結果として、消滅した後の恒星の残光が巨大すぎたことに今更になって人々が気づいた所以である。
生きているとき、ヤン・ウェンリーは必ずしも正当な評価を受けたとは言えない人生を送っていたが、死後にその名声は加速され伝説から神話へと短期間の間に急成長を遂げていくことになるのだが、それに反比例して残された惑星たちの光は見窄らしく小さいものに人々の目には映ってしまっていくようになっていく。
――光あるところに陰がある。光は、光だけで存在し続けることは出来ない。必ず影が寄り添わなければ自らの光量で自分を見る人々の目を眩ましすぎてしまって、正当な価値を計ることは誰にも出来なくなってしまうから・・・。
とは言え、影が影としての能力しか持っていないとも言えないし、影が光となって栄光を手にしたら幸せになれると確約されているわけでもない。
セシリアの亡父が、真実臆病で情けない男であったのか、それとも能を隠した鷹であったのか、あるいは己の程度を弁えて影に徹しようとした賢者であったのか。それは彼の死によって答えの存在しない永遠の謎かけとなってしまった。
物言わぬ物体に真実など求めても与えてくれることは決してない。
ただ、それを見た人々がそれぞれの尺度と価値基準をもとに真実を妄想して『こうだったに違いない』と判ったように決めつけるだけが生きている人間にできる死者への待遇のすべてである。例外はない。死者が反論するため蘇り、真実を伝えに来ることもない。
『死人に口なし』。それは人類の歴史上ずっと否定され続けられてきた概念であり、延々と使い続けられてきた処世術の一つ。
そして人類から死が亡くなるまで、未来永劫使い続けられるであろう永久不変の真理でもある。
「直接的すぎる聞き方かもしれませんが、お聞きしたいものですわね」
セシリアは髪を手でかき上げながら、尊大な態度で言い切ってみせる。
無論のこと彼女は自分の抱える事情のすべてを話した訳ではないし、話すつもりもない。少なくとも今この時点で『大切な家族との思い出話』を赤の他人に話してやる気は少しもない。
だからこそ逆に聞いておく必要があったのだ。
余計な戯言を口にして、自分の家族と過ごした記憶に泥を塗るかもしれない人間など側に置きたくないし、事情を語れぬ家庭の問題で怒鳴られるのは相手にとっても迷惑なだけだろうと考えたからである。
そんな悲喜こもごもが数多く詰まった彼女からの質問に対してシェーンコップの回答は、反比例するかの如くシンプル克つ割り切りすぎるものでしかなかった。
「あいにく俺は、脊髄反射じみた反発心をプライドだ誇りだのと巧言令色で飾り立てる恥知らずに成り下がる気は持ち合わせていないのものでしてね。
出来もしないことを、やる前から『出来る』と大言壮語して失敗した途端に言い訳を並べはじめる卑怯者にはなりたくないと、常日頃から思っておりますよ」
「あ・・・・・・」
その言葉を聞いたとき、セシリアの胸の支えていたモノがストンと落ちる音がした。
大切な記憶はなにも変わらぬまま、別視点から見た映像が記憶のフィルムに今までとは異なる色味を追加されたのだ。
父は確かに卑屈な男だった。常にペコペコ頭を下げてまわり、自分の意見を強く主張することもなく、婿養子でしかない立場の弱い存在として最後の最期まで地位と立場を強化しようなどとは思いもしなかったであろう気弱そうな人物だった。
――では、もし仮に父がオルコット家における自分の立場を強化するため動き出したらどうなっていただろう?
婿養子でしかない立場で自己を主張し、自分の意見の正しさを強硬に押しつけ続けて貫き通していたらオルコット家は今頃どうなっていたことだろう。
考えるまでもない。内部分裂による一族全体の崩壊だ。同族同士が敵対して啀み合えば、オルコット家の財産を狙うハイエナ達が無数に群がり食いあさり、後には柱一本残さずしゃぶり尽くされた伝統と格式ある家名だけが残された『名ばかり貴族』のオルコット家という商品名だけが自分にタグとして付けられ売り飛ばされていたことは疑いない。
父がそこまで考えて行動していたかどうかは判らない。ただ、少なくとも父は出来もしないことを『出来る』と言ったことは一度もなく。
出来ないことを人に『やってください』と頭を下げてお願いすることを嫌がったことは一度もない人だった。
それは確かに情けないことだったろう。恥ずかしいことでもあっただろうし、周りから見たらプライドを持たない恥知らずの所業にしか見えなくても仕方のない行為だった事だろう。
だが、それら全ての『受ける事が分かり切ってる悪意と見下しを承知の上で頭を下げる』のは臆病な行為だろうか? 情けないことだろうか? 勇気のかけらもない、見栄とプライドをごっちゃにした卑怯者にできる行為なのだろうか?
侮辱に対して自分の正当な地位と権利を、力づくでも守ろうと立ち向かうのは勇気だ。間違いない。それは断言できる。
では、侮辱に対して自分のプライドを曲げてまで『守りたいもののため頭を下げ続ける』のは勇気と呼ぶに値しないのか? ――否だ。少なくとも今のセシリアにはそうは思えない。
そう思えるようにしてくれた男性が目の前にいるのに、それを気づかないフリをするのは誇りあるイギリス貴族オルコット家の名を継ぐ者として恥ずかしすぎる行為だったから・・・・・・。
「今のが俺の出せる答えの全てでしたが、不合格でしたかな?」
「・・・いいえ、充分ですわ。期待以上の答えを頂きました。この上は私もコーチとして微力を尽くすといたしましょう。
試合当日まであなたを鍛える、期間限定の勤めを果たすために」
つづく