ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~   作:ひきがやもとまち

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第4章

 ワァァァァ・・・・・・ッ!!!!

 歓声が轟く。

 

 織斑一夏とセシリア・オルコット、そしてシェーンコップによるクラス代表決定戦が行われた当日のIS学園第3アリーナに今、勝者を讃え、敗者に好奇の視線を送る観客たちからの様々な感情が綯い交ぜになった雄叫びが歓声という一つの大河に合流して響き渡る。

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

 

 アナウンスのコールに儀礼的な笑顔を浮かべて、手を振り歓声に応えてやってから会場を去り、次の試合のため席を譲ったセシリア・オルコットであったがピットへと続く廊下を歩む彼女の表情は釈然としないもの。

 とても勝利者がするものとは思えない茫洋とした顔をしている彼女に、廊下の先から声がかけられる。

 

「ナイスファイト、オルコット嬢。見事な試合ぶりでしたよ」

 

 壁により掛かりながら、キザったらしい姿勢で彼女を待ち構えていたらしい次の試合の参加選手ワルター・フォン・シェーンコップからの賞賛に対してセシリアは、ぎこちない笑みを浮かべて返事を返そうとして

 

「・・・と、言えればよかったのですが、いささか醜態でしたな。たかが試合中に敵機がファースト・シフトした程度のことで狼狽えざまを晒すなど恥以外の何物でもない」

 

 直後に告げられた補足により表情ごと凍り付かされる。

 曖昧だった表情が怒りに変わり、敵意を含んだ憎悪の視線で自分を批判してきた男を睨み付ける。

 

「・・・・・・」

「・・・フッ」

 

 相手は平然としている。嫌味ったらしく皮肉気な笑みを口元に湛えたまま、黙って睨み付けてくるセシリアの視線を真っ正面から受け止めてやるだけ。

 

 怒りと屈辱で手を震わせながら、それでもセシリアは怒気の叫び声を上げることは出来ない。相手の言ったことが“すべて真実”だからである。

 

 

 ――確かにISが試合中にファースト・シフトを実行するのも、初心者が専用機乗り相手に初期設定だけで渡り合っていたというのも異例の事態だ。

 専用機が力を発揮するには乗り手の情報を機体全体に馴染ませて最適化することが絶対条件であり、その作業が完了するまでの専用機は『使用者専用の機体』に至れていない。

 ISに内蔵されたコンピューターにより試行錯誤しながら最適化している途上にあるからだ。

 

 要は、自転車の操縦練習と同じようなものだと思えばよい。何度も転びながらも少しずつ二本の足を左右に動かし進んでゆく感覚を『ペダルをこいで前へと進む感覚』に適応させていく。

 ISも最初から完璧に操縦者と息が合うわけではなく、呼吸を合わせるため癖を理解して操縦者の動きやすいよう調整する作業中には失敗や計算ミスを多く発生してしまうのだから仕方のないことではある。

 

 

 それら不完全な状態の機体で、完全に自分とマッチさせた後の機体と押されながらでも立ち向かえていたという事実は間違いなく偉業だ。一夏のやったことは紛れもなく彼の才能を示すものであっただろう。そこに議論の余地はない。

 

 ・・・だから、問題があるとしたら一方的にセシリアの側になる・・・。

 

 

「敵が試合中にファースト・シフトするのは、確かに驚きでしょうな。実力を発揮し得ない機体で格上の自分相手に一応なりとも戦いを成立させていたのも大したものではあるのでしょう」

 

 シェーンコップは皮肉な口調で一夏を賞賛するが、賞賛するだけでは終わらないのがこの男だ。

 

「だが、はっきり言ってしまえば“それだけだ”。敵が進化したからといって自分がダメージを受けたわけではない。それまで蓄積してきた敵のダメージが回復したわけでもないし、自機が大した損害を食らっていない有利な戦況が覆されたわけでもない。

 強くなったのは“敵の都合”だ。敵と戦っている味方には関係ない。

 敵の都合に味方が合わせてやる義理など宇宙のどこを探しても存在しやしませんよ。無視して自分の都合を押しつけてやればそれでよかった・・・違いますかな?」

「・・・・・・」

 

 セシリアは答えない。

 『その通りです』の一言を、プライドが邪魔してどうしても出すことが出来なかったから。

 

 激しく睨み、手を震わせて拳を握り、それでも彼女は怒鳴り散らそうとはせず、大きく息を吸って吐いて、怒りを体の外に形だけでも追放させる。

 

「・・・・・・・・・・・・たしかに、今回の戦いはわたくしのミスにより負けてしまいました」

 

 長い沈黙を終え、セシリアはようやくその言葉を押し出すように口にする。

 

「ですが、次は負けません。

 負けても死ぬわけではないスポーツの戦いに一回負けたぐらいで歩みを止めてしまっては、父と母に会わせる綺麗な顔が台無しになってしまいますもの」

 

 華やかな作り笑顔を浮かべてセシリアは言い切る。

 言外に『文句あるか? 言ってみろ』と凄味を滲ませながらの淑女らしい華やかで気品あふれるイギリス貴族の意地と矜持を全力で込めた強がりな負け惜しみを。

 

「フッ・・・・・・」

 

 シェーンコップは声に出しては何も答えず、キザに一笑するだけで彼女の脇を通り過ぎていく。

 無言のまま『上出来だ』と言う、言葉にしない賞賛を彼女の勇気に与えながら。

 

 

 最初の敗北が人生最後の敗北になりやすい実戦に慣れた兵士というものは、往々にして『次は負けない』という表現を使う者を『平和ボケ』と解釈しがちだ。

 しかし実際の戦争で一度も負けずに古参兵となった者はまずいない。負けても生き延びた兵士たちだからこそ不利な情勢に陥っても絶望することなく継戦可能な粘り強さを得ることが出来るのだから。

 

 戦い続けていれば、いつか必ず負ける。

 常勝の天才ラインハルト・フォン・ローエングラムでもそうだった。

 不敗の魔術師ヤン・ウェンリーも彼個人が負けなかっただけで、戦略的にはラインハルトから常に後手後手に回らざるを得ない状況を押しつけられることしか出来なかった。

 

 負けない人間はいないのだ。

 重要なのは、『負けた後に自分はどうするのか?』だけ。

 『絶対に負けたくない』などという都合のいい夢想を実現させる方法を考えようとするから却って人は敗北に弱くなる。

 負けたことがなく、負けを知らず、一度の敗戦がいつまでも尾を引く最強の兵士こそが、実は最弱の兵士なのだ。

 負けて再び立ち上がることが出来なくなる兵士など、少なくともヤン艦隊には必要ない。なにしろ、敗走させたら右に出る者がいないアッテンボローとかいう青二才が分艦隊司令官を務めていたほど勝てない戦いには慣れている者の集まりだったのだから・・・・・・

 

 

「ワルターさん」

 

 不意にセシリアがシェーンコップの背中を呼び止める。

 

「試合の後で・・・少しお話を聞いていただけませんかしら? わたくしの大事な人たちのことで、あなたに知っておいてほしい方たちがおりますの」

「うら若く、見目麗しい女性からのお誘いを無碍にしたのでは男が廃りますからな。喜んで相席させて頂きましょう」

「ええ、お願いします。――ご武運を」

 

 そう言い残してセシリアは、迷いない足取りで自分の控え室に指定されているピットへと戻っていく。

 そんな彼女の後ろ尻を軽く一瞥して見送ってから、シェーンコップは試合に出るため自分用に貸し与えられた量産型ISの置かれたISハンガーへ向かうのだった。

 

 

 

 

 そして、シェーンコップと一夏の試合が開始された。

 

 

「来たみたいだな、シェーンコップ。今日は遠慮なく戦わせてもらうぜ!」

 

 一夏が純白のIS『白式』に大太刀状の接近戦武装を構えながら宣誓するように叫び、シェーンコップは「ニヤリ」と笑って返すだけだ。

 

 

 ――余談だが、彼らの試合がセシリアと一夏が戦った後に行われたのには幾つかの理由が存在した。

 

 もともと専用機と量産機では性能的に勝負にならないこと。

 ならば初戦で専用機同士がぶつかり合って、それを量産機乗りが観戦すれば知識面で性能差を補填することが可能になること。

 最初の戦いで負けた方と戦って敗北すれば、1戦目の勝者より弱いことが証明されて自動的に勝者が決定されること等が主な理由である。

 

 仮に勝った場合にはセシリアと戦う可能性も出てくるのだが、学園執行部はその場合シェーンコップからリタイアするよう促すことを既に決定事項としていた。

 

『専用機乗りが所属するクラスから量産機乗りを代表にするのには無理がある』

 

 という理屈が彼女たちの主張である。

 本音は見え透いているが、またしても形だけは正論だったため千冬は臍を噬む思いで受け入れざるを得ない。

 横暴に見える彼女だが、国立高校に雇われている公務員なのだ。宮仕えの悲しさで規則と正論を振りかざして盾に使われてしまうと反撃する手札にすら事欠いてしまう。

 給料とは紙ではなく、人を縛る鋼鉄の鎖で出来ているものなのだから・・・。

 

 

「おおおっ!!」

 

 試合開始直後、一夏はシェーンコップのラファール目掛けて猛スピードで突撃を敢行する。

 猪突猛進に見えるが、基本的に接近戦武装が一本しか装備されていない白式には突撃以外の攻撃手段が存在していない。

 距離を置かれたままでは攻撃することすら出来ない以上、最も近い距離にいる試合開始直後に肉薄して接近戦に持ち込む戦法は理に叶っている。

 まして、機動性重視で装甲が薄く、防御力の低いラファールが相手なら尚更だ。

 

 ・・・とは言え、戦いの勝敗、敵との優劣とは相対的なものだ。

 敵が強いからと言って正面から堂々と打倒しなければ勝ちと認められない道理もない以上、性能的に勝る相手には自分の優れた部分を敵の弱い一点にぶつけるのは当然の戦術と言えるだろう。

 

「――なにっ!?」

 

 だが、少なくとも一夏にとってシェーンコップが取ってきた対応は当然の選択と呼べるものではなかった。むしろ、どちらかと言えば頭がおかしい、イカレていると酷評されても仕方のない無謀すぎる愚行。

 

(自分からも突っ込んで来る・・・・・・だとぉっ!?)

 

 言葉よりも速く走る思考で叫ぶことしか出来ない極小の時間の中で、一夏は見た。

 シェーンコップは自分の突撃に合わせる様に自らもまた機体を加速させて、突撃してくる一夏に対して同じように自機のラファールを猛スピードで突撃させてきたのである。

 

 彼は自分の攻撃を、敵が受け止めるか、避けるか、あるいは後退して躱そうとするかまでは想定していたが、突進してくることまでは考えていない。

 だからと言って一度全速力で加速をかけた機体が急に止まれるわけがないし、敵が突撃してくる前で立ち止まってしまえば只の的である。

 

(――腹をくくってやるしかない!)

 

 そう決意して一夏は踏みとどまることなく更に加速したが、このとき彼は既に大失敗を犯していることに気づけていない。

 

 両者が激突して、互いの接近戦武装が相手の機体を捉えるが、それは観客たちから見た視点での出来事であって、当事者たちのそれとは全く事情が異なっていた。

 

「開幕直後の先制攻撃は正しい選択だが、想定が甘すぎたな。自分の予測範囲内でしか動いてくれない都合のいい敵などそうはいないものだ」

「くっ! て、テメェ・・・っ」

 

 一夏は悔しそうに呻き声を上げ、そして見つめる。

 自分が振り下ろそうとした刃の『鍔元を握りしめて止めている敵の右手』と、『自分の機体に突き立てられたコンバットナイフ型の接近戦武装』を。

 

 白式が持つ『雪片・弐型』は大振りの化け物刀であり、刀身がバカみたいに長く『物干し竿』と名付けた方が分かり易いほど大型武装だ。

 当然、剣が届く間合いは長いが、逆に言えば振り下ろすタイミングが難しくなる。

 敵との相対距離によって振り下ろしを、どの距離で行うかの見極めが重要になってくる。

 

 一夏には、それが出来るほど大太刀を使った経験値が存在しない。

 『雪片・弐型』については頭の中に数値として送り込まれて理解できてはいるが、それだけの長さを持つ長刀を『自分の経験していない間合い』で振るったことがないのでは目測を誤るのは当然のことでしかない。

 

 その事が、自分の記憶にある千冬から学んだことをトレースするだけだった一夏には理解できない。理解しないまま、理解できていないことを自覚せずに斬りかかってしまった。

 それを見抜かれていた。敵の構えと得物の長さとの間にある違和感に感づかれてしまったのだ。

 

 敵の意表を突いて攻撃するのは当然の戦法であり、戦場で敵がこちらの予想しない武器を用意してきている可能性は常に存在する。

 ちょうどアムリッツァ星域会戦で、帝国軍が指向性ゼッフル粒子を持ち出してきたのと同じ要領によって。

 

 それらを完全に予測しきることは人の身では不可能だろう。人は全知でも全能でもないのだから当然のことだ。

 

 だが同時に、それを予測できなかったからこそアムリッツァで2000万人の命が無駄に失われてしまったのも事実である。

 

 人間は完璧ではない。だが、『人間として可能な限りの完璧さ』を求められるのが部下を無駄死にさせない指揮官という役職でもある。

 シェーンコップは其れをするため、彼なりに彼流の努力をし続けてきた。だから出来た。其れだけのことだ。

 

 ・・・もっとも、ビール瓶やベルトとかを使ったプライベートな戦闘において実戦経験豊富すぎていただけ。と言う見方も出来なくはないのがシェーンコップのシェーンコップたる所以でもあるのだが・・・。

 

 

 

「お前さんの戦い方は素直すぎるのさ。それだと相手に自分の動きを読んでくれと言ってるようなものだ。もう少し自分の心に嘘をつくことも覚えた方がいい。師に忠実なのは結構だが、もう少し謀反気を持った方が強くなれると俺は思うがね。

 なにしろ実戦でもっとも役立つのは、はったりの技術だからな。

 お前さん、ご希望なら各種取りそろえてご教授して差し上げてもよいが? 無論、労働条件次第ではあるが、労働者の権利と自由は保障するのが民主国家だからな。当然だろう?

 少なくとも、政治家たちはそう言っている」

 

つづく


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