ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~   作:ひきがやもとまち

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第6章

 セシリアとシェーンコップの両名と連戦して連敗した翌日、朝のSHRがはじまる前。

 織斑一夏は昨日までと変わらぬ態度に、セシリアへの若干刺々しさを削られた穏やかさを加えて学園内に登校してきた。

 敗戦による悪影響を多少は懸念していたクラスメイトたちは安堵し、セシリアの方でも今までの非礼について誠意を示した後に謝ろうと心に決めていたので教室の空気は一気に弛緩したものへと変貌したのだが。

 

 

「どうした坊や、不機嫌そうだな。なにか嫌な思いでもさせられたのか?」

 

 

 ・・・シェーンコップの放った一言により、席に着いたばかりの一夏が「ぎしり」と音を立てて動きを止めたことから一変させられてしまった。

 周囲の誰もが顔色を蒼白にして彼らを見つめ、徐々に距離を取り始めて遠巻きにしながら二人を眺めている。そんな状況。

 

 激発するかに見えた一夏は、だが周囲の予想に反して穏やかだった。

 

「いや、確かに昨日負けたのはスゲェ悔しかったよ。けどさ、それをいつまでも引き摺るようじゃ男らしくないだろ? 負けは負けなんだ。

 自分が未熟だってことも思い知ったし、次までにはもっと練習して勝てばいい。そう思って昨日の夜までに割り切ったつもりだ。だから今はもう大丈夫だ」

 

 大人の態度で応じる一夏に周囲は感心の目を向けてくる中、シェーンコップの反応は長広舌の一夏とは真逆で簡潔なものだった。

 

「無理しなさんな、俺たちに負けて悔しいくせに」

「・・・・・・」

 

 平然と言って、自分の席へと立ち去っていった大人の背中に一夏は二の句がつげず、絶句したまま見送ってしまい、直後に入室してきた担任教師である織斑千冬が「席に着け、授業前のHRをはじめる」と告げられてしまったため反論の機会を逸してしまわされたのである。

 

 消化不良でHRへと臨むことになった一夏であるが、彼にとって不本意な出来事はまだ終わりではなかったことを開始直後に知らされることになる。

 

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 副担任の山田真耶教諭が嬉々として、つまらないジョークと共に発した言葉の内容は一夏にとって予想の斜め上を行くものであり、思わず暗い顔をしてしまうのを避けようがなかった。

 

「先生、質問です。俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

「それは――」

「それはわたくしが辞退したからですわ」

 

 山田教諭が一夏の質問に答えようとしたとき、がたんと音を立てて立ち上がったセシリア・オルコットが、いつかと同じようなポーズを取りながら、それでも礼儀正しく声量を抑えた声で説明役を副担任から奪い取り解説してくれた。

 

「勝負はたしかに、あなたの負けでしたが勝負の内容自体は互角に近く、なによりあなたの敗北理由はエネルギー切れによる自滅です。それを以て勝利を誇るほど、わたくしは安い女になった覚えはありません。ですから、辞退をと昨晩の内に織斑先生へ願い出ておいたのです」

「オルコット・・・いや、だけどさ――」

「それに何より、考えてみるまでもなく専用機持ちの代表候補生が、昨日今日ISについて学びはじめたばかりの素人相手に挑発して対等の勝負を持ちかけるのはフェアではありませんでした。

 ――織斑さん、わたくしにも代表候補生という立場がありますので軽々に頭を下げるわけには参りませんが、あの時の非礼も含めて今回のことで謝罪の代わりとさせて頂きたく思っているのですが、お受け取り頂きませんでしょうか・・・?」

「う゛・・・・・・」

 

 礼儀正しく誠意に溢れた涙目の少女から示された謝罪の意思。こういうのに一夏は弱い。

 下心云々と言った下世話な話としてではなく、男として受け入れないのは恥だと感じてしまうタイプなのである。

 彼は視線をさまよわせ、助けを求めるように姉を見ながら、もう一人いるクラス代表候補にして昨日の対決の勝者の名を持ち出す。

 

「だ、だったら別にシェーンコップでもいいんじゃ・・・」

「確かにな。クラス代表決定戦に勝ったものがクラス代表の地位を手に入れられるというルールでおこなわれた試合だったのだから、当然シェーンコップにもその権利があるだろう。

 ・・・で? どうなんだシェーンコップ。お前はクラス代表をやってくれるのか?」

「冗談じゃありません」

 

 話を振られたシェーンコップは笑い飛ばして曰く。

 

「自分が雑用係をやらなくてはならなくなるなら、あんなアホらしい勝負に勝ったりはしませんよ。わざと負けて残り二人に押しつけておりました。

 雑用係の座をめぐって本気で勝負し合う物好きなお調子者が他にいるでしょう?」

「う・・・ぐぅ・・・・・・」

 

 その物好きなお調子者である一夏としては反論する余地がない。

 そもそもにおいて彼はクラス代表になどなりたかった訳ではなく、ただセシリアとの勝負に負けたくなかっただけであり、勝った後のことなど大して考えていなかったのだから、その結果として三人中ただ一人勝ちを納められなかった自分に負債が押しつけられてしまうのも勝負における勝敗の結果としては必然的なものだったとも言えるのだから。

 

 敗者は勝者に対して、何ひとつ主張する権利を持たない。あらゆる正義と正しさは敗北という名の二文字によって黙り込まざるをえなくさせられる。

 旧銀河帝国の門閥貴族がそうだった。自由惑星同盟もそうだった。双方共に彼らなりとは言え、それぞれに信ずる正義と主張は存在していたのだが、ラインハルトに敗北した後、それを認める者は後世の歴史家たちと彼ら自身のシンパぐらいなものしかいなくなってしまった。

 

 無条件降伏後に同盟政府首班の座についた最後の議長、ジョアン・レベロの国家に対する忠誠心と責任感は疑問の余地のないものであり、良心的でいられる範囲においては最期の瞬間まで彼は良心的な政治家で在り続けられていたにも関わらず、戦争に敗れた国家の置かれた状況が彼を国家的英雄ヤン・ウェンリー暗殺未遂と逃亡という致命的スキャンダルへと追い込んでいくことになる。

 

 詰まるところ、戦いに敗れると言うことは、そう言うことなのだ。

 勝者が敗者の権利と自由を認めるのは、勝者の都合で認めてくれた範囲までに限られる。敗れた側の主張が正しかったから認められた訳では決してない。

 

 バーラトの和約で同盟が名目上の存続を許されたのは、帝国側の経済的、軍事的事情によるものでしかなかった。結局は勝者の都合が敗者の側に押しつけられ、拒絶することが出来ないのが敗戦国の定めなのである。

 

 

「・・・わかったよ。やるよ、クラス代表・・・」

 

 一夏はそこまで深く考えたわけではなかったが、それでも負けた側が勝った側に自分の都合を押しつけるのが理不尽であることぐらいは理解できたので、溜息と共に引き受けるより他なかった。

 

 歓声に沸くクラスメイトたちを尻目に、一夏は暗い表情のままうつむき続けて、そんな彼の横顔をシェーンコップは値踏みするように横目で見物し続けるのだった。

 

 

 

 ――授業が終わった、その日の夕暮れ時。

 一夏とシェーンコップは千冬に命じられて、教室の掃除をおこなわされていた。

 

 あらゆる分野で最新設備が完備されたIS学園において、教室に限らず清掃というものは専門業者に委託するのが常であり、生徒にやらせるのは問題行為を起こしてしまったときなどに下す軽い処分としての『罰掃除』として存在することが許されている“必要な無駄使い”である。

 

 普通の生徒であれば『わずかな時間でもIS教育に回せる時間が削られる』ことを嫌がる風潮にあるのがIS学園だが、何事にも例外は存在する。

 

 一夏は家事のできない姉に代わって自宅の炊事洗濯料理をすべてこなせるうえ、普段世話になっている建物への感謝を込めて掃除できることが喜びとなり、鬱屈した感情をスッキリさせることにも繋げられる今時珍しい青少年なのである。

 

 それを踏まえて千冬は、先の戦いで『デカい口を叩きながら二度も負けた弟』に公私混同して甘やかすつもりはないと言う意思表示も込めて罰掃除を命じた。

 シェーンコップは彼の手伝いで助手役だ。戦いの勝者である彼が選ばれたのは、男の手伝いを女にやらせると言うのは女尊男卑時代にあっては反発を招きやすく、なにより純粋な腕力勝負で一夏に優る生徒はセシリアと、公的には今回の件に無関係だった箒しか存在しなかったから。“そういう大義名分”を口実として説明されている。

 

 ――織斑女史も見かけによらず、なかなか“あざとい”手を使うものだな。

 

 シェーンコップはそう思ったが、わざわざ口に出すほど野暮でもなかったから大人しく命令に従って一夏の罰掃除の手伝いに従事してやっている。

 その動きは速く、的確で効率が良く、無駄も少ない。長年の軍人生活がなせるベテランの技である。

 

 軍隊では、布団のたたみ方や食事を直角に口へ持っていく等、どうでもいいような規則をいくつも作って規律の重要性を学ばせていく。

 それは兵役に付く前の予備役扱いである士官学校生であろうとも変わることのできない常識である。

 軍隊において、部下がいちいち上官の命令に疑義を呈して説明を求めていたのでは敵に先手先手を取られるばかりで不利益しかもたらさない。

 命令される側の兵士は筋肉を使い、命令する側の士官たちは頭を使う。役割分担して効率よくことを進めていかなければ勝利など覚束ないのだから当然のことと言えるだろう。

 

 シェーンコップは士官学校を受験して合格はしたものの、「士官学校の校則が俺を嫌ったから」という理由で入学はせず、かわって彼は二年制で各部門の一線に立つ下士官を養成する『軍専科学校』の陸戦部門に入学して学年中九位の成績で卒業している。

 その後、二十一歳の時に士官の推薦を受けて第一六幹部候補生養成所に入り、二十二歳で卒業して少尉に任官したのが前世での彼が残した学歴だ。

 

 要するに彼は、織斑千冬が担任を務めるIS学園一年一組よりも遙かに厳しい規律の敷かれた学校に合計で三年間も在籍していた経験と記憶を持ち合わせているため、罰としてしかやらせることのなくなった時代の掃除など、掃除をやってる内に入らない程度には慣れきっていたのである。

 

 将官に昇進してからは久しくやる機会のなかった掃除の“猿マネ”を、同窓会気分で懐かしく感じながら気楽にこなし、一夏が重い口を開くのを大人しく黙って待っていてやると。

 

「・・・・・・本当はさ、わかっているんだよ・・・」

 

 と、絞り出すような声音で一夏が語り出す声が、ようやく耳に届けられた。

 

「自分でもわかっているんだよ。俺はお前に負けたことを悔しく思っていて、まだ割り切れてないんだって事ぐらい・・・。

 最初のセシリアの時は自分のヘマでもあったから受け入れられた。でも、二度も続けば十分だって気持ちになってくる。挙げ句、お前は何ひとつ卑怯な手段は使ってきていない。だから余計に割り切れなくて腹立たしく思ってるんだって、自分でもわかってはいるんだ・・・」

 

 振り返って一夏を見て、一瞥したシェーンコップは何も言わない。

 その手のお節介は彼の好みではなかったし、それを言われなかった程度で割り切れなくなるなら、その程度の奴だったんだと逆に自分の方が割り切ることができる。そういう男なのである。こればかりは、どうすることもできないから仕方がない。

 

「ただ、ガキみたいに怒鳴ったりするのは嫌だから、それだけはしない。絶対にな」

「そうか。まぁ、分かっているのはいいことさ。たとえ頭の中だけでもな」

 

 辛辣な返しで一夏を絶句させてから、掃除が終わるまでの間に二人が会話を再開することは一度もなく、その日以降に二人の間で今日のことが話題に上ることもまた一度もなかった。

 そして一夏も数日後には、元の精神状態を取り戻しており、シェーンコップとの関係性も通常の状態に回帰している。

 

 彼らは、そういう間柄の二人しかいない男のIS学園クラスメイトだった。

 

 

 

 

 そんな、ある日の夜に嵐はやってきた。

 

 

「ふうん、ここがそうなんだ。

 一年ちょっと会わなかっただけだけど、あたしってわかるかな? アイツ・・・」

 

「でも、その前に落とし前を付けさせなきゃいけない奴がいるから、そっちが先よね。普通に考えて。それを最初に優先すべきこととしときましょ」

 

「・・・アイツをブン投げてくれた男は、あたしが一発ブン殴ってやんなきゃ気が済まない。

 アイツを・・・一夏を地面に叩きつけてくれたワルターなんちゃらシェーンコップとか言う生意気な男は、あたしがぶっ飛ばす!

 この中国代表の専用機持ち凰鈴音が絶対にシェーンコップの野郎をぶっ飛ばして、アンタの仇を取ってやるから、楽しみに待ってなさいよ一夏!!!」

 

つづく


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