ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~   作:ひきがやもとまち

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第8章

 織斑一夏のセカンド幼なじみ凰鈴音が、転校生としてIS学園に登校してきた日の夜八時頃。

 本来の時間軸には存在しない未来からの来訪者である不良中年のシェーンコップと出会っていた彼女は、悪感情の全てを彼一人に向けさせられるほど最悪すぎる相性を感じ取り、結果的に一夏をはじめとする他の者たちとの間には敵対関係に直結するほどの衝突を起こさないまま登校一日目を終えようとしていた。

 

 学生寮にある一夏たちの自室に押しかけてくると、ルームメイトの箒と一悶着起こしながらもなんとか予定調和の内に収まりがつき、平和裏に幼なじみとの再会と幼なじみ同士の出会いを終えられる可能性も少なからず存在できていたのである。

 

 ――だが、勝敗とか優劣とか善悪などの人間関係は相対的なものであり、当事者の片割れから激突する理由が失われたからと言って衝突しなくて済む未来が確定するわけでもない。

 相手の自滅に救われることもあれば、味方の善意に足を掬われることもある。

 戦いに限らず、相手あっての人間関係である。片方だけの善意で成り立つ関係などあり得ない。事実として今回もまた、あり得なかった。

 

「まったく! ヒドいもんよ、あの薄らデカいだけが取り柄の木偶の坊は! 親の顔が見てみたいわ!」

「まぁ、アイツはアイツで味のある性格してるからなぁ-。慣れれば意外と悪い奴じゃないんだが・・・」

「・・・・・・ふん!」

 

 三者三様、一夏と箒の自室に鈴も加わった三人で和気藹々と談話している途中。

 ふと一夏が、思い出したように口を開いた。

 

「――ん? そういえば鈴。お前、約束がどうとか言ってたよな?」

「う、うん。覚えてる・・・・・・よね?」

「えーと。あれか? たしか鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を――」

「そ、そうっ。それ!」

「――おごってくれるってヤツか?」

「・・・・・・・・・はい?」

「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって約束だろ?」

 

 

 ・・・そこから先は急転直下の下り坂だった。

 涙目で鈴は一夏の頬を叩いて部屋を飛び出し、残された一夏を冷たい瞳で一瞥しながら声に出して突き放してくる箒。

 翌日も悪影響はつづき、いつも以上に一夏に対してキツく当たる箒と、理由は告げずに謝罪だけを求め続けてくる鈴。そんな理不尽すぎる状況に義憤を燃やす織斑一夏。

 

 それぞれの線と線が重なっているようで、全く交わっていない見当違いの方向へ暴走し、時にワープしながら口論は継続した末、互いに互いが売り言葉に買い言葉で放たれ合ったこの一言同士に集約される結果を招くことになる。

 

 

「じゃあこうしましょう! 来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」

「おう、いいぜ。俺が勝ったら怒ってる理由を説明してもらうからな!」

 

 

 

 ――こうして人類は、またしても話し合えば解決できる程度の問題を戦い合うことで解決する道を選び取る。

 人類一人一人がこのような愚行を続けていった遙か未来に銀河の覇権を巡る戦いがあるとするならば。

 あの時代に、人類の歴史は戦争の歴史だと言われても暴言だと言い切れる者がいなくなっていたとしても納得せざるを得ない現在が今ここに少年と少女の形を借りて体現されていたのかもしれない―――

 

 

 

 

「――それで? それを俺に話して、どうして欲しかったんだ坊や」

「ど、どうって・・・」

 

 一夏は相談のために訪れた室内で「こう言うことに絶対詳しい友人」のワルター・フォン・シェーンコップから、予想の斜め上いく返答を聞かされて精神的に大きく数歩よろめかされる。

 別に慰めや煽りが欲しかった訳ではないのだが、彼からの返答は間違いなく一夏の意表を突く奇襲として有効打たり得るものだったようである。

 

「お嬢ちゃんがお前さんに怒っている理由は、今の話を聞いて大凡の察しはついた。教えてやっても良いし、お代はいらない。この程度のことならタダで情報提供してやるさ。

 もっとも、それでお前さんとお嬢ちゃんが仲直りできるとは思えんのだがね」

「・・・なんでだよ」

「それが事実だからさ。違うかね、坊や?」

「・・・・・・」

 

 一夏は反論することが出来なかった。当たらずとも遠からずだと自分でも思ってしまったからだった。

 仮にここでシェーンコップから正解を聞かされたとしても、今までの鈴の理不尽な対応をなかったことにして大人な態度で流しながら仲良くできる自信は一夏にない。必ずや途中で限界が訪れて暴発してしまうだろう。

 感情論を交える必要もなく、冷静になって考えられる状況でなら一夏もその程度の自己客観視はできなくもなかった。

 

「無論、ご希望ならケンカしている男女の仲を平和裏に取り持ち、仲良く生きていける方法も各種取りそろえてご教授して差し上げてあげてもよろしいのだが・・・・・・今のお前さんには無理だろうからな。正攻法でいくことをお奨めさせてもらおう。

 最低でも恋愛の十や二十はこなしてからでないと、この手法は少々難易度が高い」

 

 「今のお前には無理だ」と言われたとき反射的に反論しそうになった一夏だが、続く言葉で声を飲み込み、立ち上がりかけた身体を椅子へと戻す。

 たしかにそれは無理だ。絶対に不可能だ。と言うより今でなくても出来ない気がするし、出来るようにもなりたくない。何より不誠実すぎる。

 

「・・・敢えて今議題として上がっているお前さんとお嬢ちゃんによる痴話ゲンカだけに限定した上での話だが・・・」

 

 言い返そうとして、負けそうになったから何事も成そうとしなかったように取り繕おうとした一夏を「青いな」と目でつぶやきながらシェーンコップは声に出してはこういった。

 

「お嬢ちゃんがどうして怒っているかについては、お嬢ちゃん自身が解決すべき問題だと割り切るべきだろうな。

 お前さんは、お前さんが考えるべき問題を考えることに頭を悩ませたほうがいいと、人生経験豊富な先達として忠告させて頂こう」

「俺が考えるべき問題? そんなものあったか?」

「あるじゃないか。非常に重要なヤツが」

「どれだよ?」

「お前さんが数年ぶりに再会したお嬢ちゃんと、どういう関係として付き合っていきたいと思っているのかさ」

 

 このときシェーンコップは戦闘とは無関係な分野で、一夏に対して勝負を決せられる隙だらけの一部分から強烈な一撃を与えることに成功した記念すべき最初の一人となっていた。

 一夏は完全に失念していた死角からの一撃をモロに食らって、精神的によろめいており反撃どころか反論のための屁理屈さえ考えつけない状況に陥らされてしまっていたのである。

 

 シェーンコップは地上戦担当の指揮官として、容赦なく追撃を開始する。

 

「別に恋人になるとか、そこまで考える必要はない。いや、無論そこまで考えたければ考えてくれて一向に構わんのだが、無理矢理にでも考えなければいけない重要な問題でもない。

 重要なのはお前さんが彼女を、自分の中でどの様な位置づけで遇する気でいるのかという点だ。それ以外のことは相手の気持ちとも関わってくる事柄だろうからな。お前さん一人で考えたところで意味はない。

 お前さんが考えなければならない問題は、どこまで行ってもお前さん自身の心の問題だけであって、他人のことは他人に任せる以外にどうすることもできん。

 当事者がいない場所で、当事者以外が頭をいくら使っても他人の考えていることまで読むことはできないからな、普通なら。

 ・・・もっとも坊やが、魔術師であるというなら話は別かもしれないがね・・・」

 

 シェーンコップは遠い目をして天井を見上げ、その上に広がる夜空の彼方へと精神の手を伸ばして星に届かないかと夢想する。

 

 「戦場の心理学者」「魔術師ヤン」「奇跡のヤン」と呼ばれた、あの不敗の魔術師ならもしかしたら考えるだけで人の心の隅々まで読み取ることが可能かもしれないなと、過大評価なのを承知の上で彼はそう思わずにはいられない。

 人間には限界があり、全知も全能もないことは最初からわかりきっていること。

 それでも“あの魔術師だけは”例外が許されるように感じてしまう。

 それがイゼルローン要塞で彼のために働き、彼の指揮下で敵と戦い続けたヤン艦隊に属する軍人たちの嘘偽りなき本心からの願望。

 

 それは帝国軍最高の勇将ミッターマイヤー元帥が、人間に不老不死は許されないことを知りながらカイザー・ラインハルトにだけは例外が許されてもいいように感じていたことと酷似した感情論。

 

 彼らヤン艦隊のメンバーが忠誠を誓った唯一の対象、ヤン・ウェンリー提督は自分たちに一個人への忠誠ではなく、民主共和制の理念のために戦ってくれることを求めていたのは知っている。

 だから彼を神聖化することは彼らが忠誠を誓う絶対の対象の恣意に背くことになると承知している。

 

 それでも彼らは民主共和制のために命を捨てて戦うことはできなかっただろう。それしか戦う理由がないのだとしたら大半の者たちがカイザーの支配を受け入れて妥協案を探すことに狂奔したはずだと、彼自身でさえそう思う。

 

 人は所詮、人に従い、人に尽くす生き物だ。主義や思想ではなく、主義や思想を体現した人のために命を賭けて戦いに赴く。

 革命のために戦うのではなく、革命家のために戦いの場へ赴くのだ。

 

 かつて腐敗した自由惑星同盟を再生させるため軍事クーデターを起こした『自由惑星同盟救国軍事会議』のメンバーたちでさえ、議長となったドワイト・グリーンヒル大将を信望していたからこそヤンの予想を超えて大規模で高位の軍高官までもが参加した国を二分する勢力たり得たのだから。

 

 これは故人の遺志とは真逆の思想であり、ヤンはあくまで民主共和制を守る一軍人としての立場にこだわり続けて、シェーンコップが何度権力者になるよう誘いをかけても、その手を取ろうとはしなかった。

 

 

 これは間違いなく矛盾する感情論だろう。

 忠誠を誓った対象の意思を無視するのだから、正しくはないし、筋も通らない。

 

 

 だが、正しさと正論で身を固め、矛盾なく生きていく人生を全うするのは『帝国軍絶対零度の剃刀』だけで十分すぎる。

 

 

「人の心なんてものは、そういうものだ。方程式や公式を具象化する要素としてのみ人が存在する生き物ではない以上、正しくもなければ筋の通らない発言もするし行動もとる。

 逆に相手が正しかったせいで、反発や嫌悪を覚えてしまうときだってあるだろう。事実と異なっているからと、それが間違いであるかどうかは必ずしも断定できない。

 俺はそう思っているんだが・・・お前さんは違うのかね? 織斑一夏少年」

 

 そうなのかもしれない。黙ったまま一夏は心の中でうなずいていた。自分の中で今まで漠然として形のなかった存在が具体的なイメージとして再現されていく家庭が実感できる心地であった。

 

「なんにせよ、今のお前さんは来週に迫った対抗戦に勝つことだけを考えていればそれでいい。どのみちお嬢ちゃんみたいなタイプは、戦い終わった後にまで尾を引きずることはないだろう。存外、戦って勝利した後に握手を求めれば簡単に解決してしまう問題なのかもしれからな」

「そ、そうかな? そこまで簡単な問題だとは思わないけど・・・」

「絶対さ。俺が保証する。お前さんはただ勝つことだけ考えて練習してればそれでいい」

 

 頼れる友人からの自信に満ちた絶対の保証。これを信じないで安心しないようでは、織斑一夏の存在価値はない。

 あっさりと納得して受け入れて、すっきりした顔で部屋を出て行く一夏の背中を見送った後。

 

 シェーンコップは椅子に深く座ったまま肩をすくめて、自分のペテンに心の中で皮肉な評価を与えていた。

 

 このとき彼は忠誠を誓った上司が、『ヤン・ザ・マジシャン』ではなく『ヤン・ザ・ドジャー』になった時と同じように口先だけのペテンで、純粋すぎる少年の疑問を解消させて元気よくいさましく任務を全うできるようペテンにかけてやっただけなのであった。

 

 

 

 ・・・実のところ、二人の例外を除いて全員が女子という仲間同士のかばい合いが起きやすいIS学園において、今回の一件は一夏の方に問題があると思っている者たちが大半のようであったが・・・・・・ハッキリ言って今回の件は一夏以上に鈴の側に問題がありすぎている。

 

 鈴は、過去に交わした約束を一夏が正しく理解せぬまま受け入れていたことに腹を立てているように見えるが、これは誤解である。

 

 そもそも、理解の仕方が間違っていたのが問題というなら正せばいいだけでしかない。

 伝聞形式だと詳細までは判然としなかったが、当時の一夏に正しく想いが伝わらずに額面通り受け取られたことに腹を立てていることと、今現在の凰鈴音が間違いを正さず謝罪だけを求め続けることとはイコールで直結できる問題ではない。

 真実を自分の口から告げられない鈴の臆病さと、言わなくても分かってくれない一夏の鈍感さとは全く別の問題なのだから当然のことだ。

 

 鈴が一夏に対して『誰にでも伝わる告白の言葉を分かってくれなかった鈍感さ』を怒る権利があるとするならば、一夏にも『鈍感な自分にも分かるような言葉で伝えてこなかった鈴の無理解』を怒る権利が当然与えられることになるだろう。

 

 言葉とは相手に自分の想いを伝えるために用いられる情報伝達手段であり、『正しく伝わらない言葉』など、いくら耳触りのいい美辞麗句で飾りたてたところで馬の耳に念仏にしかなりえないのだから。

 

 

「まぁ、結局のところ、相手の気持ちが解かっていなかったのはお互い様ということだな…」

 

 

 シェーンコップはそう思い、そう結論付ける。

 

 ・・・年頃のレディーに対して、あまり言いたくはないし、だからこそ一夏に対して煙に巻くような詭弁を弄してトリューニヒト議長の猿真似を演じてやったわけでもあるが、鈴が怒っているのはシンプルに恥ずかしさから来る八つ当たりに過ぎないのだろうとシェーンコップは推測していた。

 

 離ればなれになる寸前、片思いの男の子に想いを伝えた気になって乙女チックな夢を見ながら帰ってきてみれば、サンタさんのくれた箱の中身はプレゼントではなくビックリ箱だった。

 これでは数年間見続けてきた夢も興ざめするのは避けようがないし、ずっと信じ続けて夢を見てきた自分がバカみたいで恥ずかしくて許せなくなるのも宜なるかなだ。

 

 

 要するに彼女は、今までずっと片思いの幼馴染みと仲良く過ごせる夢を見続けていた乙女であり、それが苦い現実の吐息によって目覚めさせられたことで夢と現実とのギャップに向き合わされざるを得なくなってしまった。

 挙げ句、自分が夢見る乙女でいる間に片思いの男の子の周囲には綺麗どころが量産されており、想いが伝わって両思いになったつもりになっていた幼なじみは相も変わらず幼なじみのままだったという始末。

 

 独り善がりな一人芝居もいいところであり、完全無欠の道化である。これでは鈴でなくても暴れて叫んで誤魔化そうとするのが普通の反応だと納得せざるを得ないほどに。

 

 そして鈴もまた、出口のない状況の中で一夏だけを見て、目の前に待つ彼との戦いだけ集中している。

 そうしていれば左右に横たわる、都合の悪い諸々のものを視界に入れなくて済むからだ。

 

 だが、現実はそれほど甘くもなければ優しくもない。祭りは終わる。どれほど楽しいことにも終わりは必ずやってくる。彼女にも祭りの後の後始末をしなければならない時期が必ず訪れる。

 

 そのために今度のクラス対抗戦は都合がいい。

 

「祭りの後というのは、なんとなく手持ち無沙汰になるものだからな。

 エネルギーを前日のうちに使い果たし、食事はパーティーの残り物。昨日は気づかなかった疲れが身体と頭の芯にわだかまり、食欲もあまりないし、ゲームをやっても集中力が続かない。

 ・・・そんな状態になってしまえば、子供たちはあっさり仲直りできるものだからな。無邪気に遊んで、遊び疲れた子供が仲良く一緒に同じ布団でねむりに付けるとわかりきっているのだから、その日まで時間稼ぎをしてやればそれでよかろう。

 別に終わらぬ祭りの終わりが訪れるわけでもないことだしな・・・・・・」

 

 

 そう呟いて彼が再び見上げた先にあるのは、夜空の先のそのまた先に広がる別世界。

 はたしてあの銀河で自分が死んだ後に残された人々は、どのような人生を生き、それぞれの旅を続けていたのだろうかと、ふと感慨を抱いてしまう。

 

 戦争が終わっても、黄金時代に終わりが訪れても、生きている限り人の旅は続く。いつか死者たちと合流する日まで、飛ぶことを許されず、その日まで歩き続けなくてはならない義務を負わされて生きていくのだ。

 

 その長い旅路の中で、学校で友達と過ごせる時間は一瞬の光でしかない瞬きの時間。

 大人になれば自然と守るようになるプライドなどを守るために無駄にしていい時間ではなかろう。

 

 そのためならば、詭弁も巧言も美辞麗句もトリューニヒトも時にはよいだろう。

 少なくとも大人たちで構成された銀河を支配した大帝国の皇帝はこう言っていたそうだから。

 

 

「もう寝なさい。子供には夢見る時間が必要だ・・・・・・」

 

つづく


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