ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~   作:ひきがやもとまち

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第9章

 一夏と鈴が第一試合でぶつかり合う、クラス代表戦の試合当日。

 会場となる第二アリーナは噂の新入生同士による戦いを見逃す手はないと生徒たちで超満員となっていた。

 

 通路まで立って観戦している生徒たちで埋め尽くされた、アリーナの収容限界人数を超越しすぎた現状は、他の会場で行われている一夏や鈴と違って専用機持ち“ではない”選手たちの試合に閑古鳥を鳴かせ、注目度と集客率を根こそぎ自分たち二人で独占している事実も同時に意味するものであったが、当事者たちが現在進行形でこの手のことに考え至るケースは希である。

 熱狂の中で冷静さを保ったまま自己と周囲を冷静に批評できる観察者は永遠の少数派であり、大多数の人々から排斥されるのが常である。

 

 同盟軍がアスターテ会戦で大敗した直後に行われた戦没者の慰霊祭の場において、周囲の者すべてが戦争継続を訴える国防委員長の熱烈な煽動演説に応えて軍帽を空中高く舞わせ、近く迫った総選挙に彼への投票を舌でサインしている中にあり、一人だけ席に座ったまま万歳を叫ぶのを拒絶する自由を行使したヤン・ウェンリーがそうだった。

 

 時代は巡るのである。それは何も過去だけが現代に当てはまる事例なのではない。

 今(現代)目の前で起きていることも、遠い未来に銀河の覇権をかけて争い合う超大国の人々から見れば遠い過去に起きたとされる歴史上の出来事の一つに過ぎぬのだから・・・・・・。

 

 

 そして、未来から見た過去という名の現在。

 アリーナ内の観客たちが一夏の一挙手一投足ごとに悲鳴と歓声を上げ、熱狂のままに立ち上がって声援を送る声で満たされた中。

 前世の上官と同じく、シェーンコップは“観客席に座ったまま”舞台上で役者たちがおこなう剣劇ショーを、長い足を高々と組んだ姿勢で“見物していた”

 

 周囲の女生徒たちは試合開始直後から愕然としたまま、『全寮女子校だったIS学園』に二人しかいない男子生徒の片割れの姿に視線を集中させていたが、そのうちの一人にシェーンコップが流し目を送り軽くウインクしてやると、真っ赤になって前方へと向き直ると大声を上げて一夏への応援に参加した。

 彼女の周囲からは羨ましそうな妬ましい視線が少女の方に集められたが声には出さず、無言のまま全員の意識が試合の方へと向けられ直して応援に集中していった。

 これを、八つ当たり気味な鬱憤晴らしだったと証明する証拠はどこにもない。

 

 

「――でも、よろしかったんですの? シェーンコップさん。

 せっかく織斑先生がピット内で観戦してもいいと言って下さいましたのに断ってしまって・・・。後で問題視されても知りませんわよ?」

 

 シェーンコップの隣に座って共に試合を観戦していたセシリアが両目を細めながら、多少とげとげしい口調で今更の質問を投じてきた。

 明らかに先ほどの少女に示したシェーンコップの対応を見せられたことで不機嫌になっており、形式論で表面を鎧わせてはいても本音では何を言いたいのかは考えるまでもない。

 

 そして、聞かずとも解る程度の疑問をわざわざ声に出させて答えを言わる青さを、シェーンコップは持ち合わせていない。

 

「おや、妬いて頂けたのですかな? 貴女のように若く美しい淑女から嫉妬していただけるとは男として名誉の極み。是非ともお詫びとして今夜のディナーにお誘いすることをお許し願いたい」

 

 ・・・などと言う、月並みな口説き文句を口にする三流の色事師でもなく。

 前世においては今の自分と同じぐらいの年齢からその方面では武勲を重ね続けてきた実績を持つ古強者であり、女性関係ではオリビエ・ポプラン中佐と並んで軍民合わせて五百万人口を誇るイゼルローン要塞の双璧と呼ばれた大ベテランだ。ケツの青い若造どもとはモノが違う。

 

 

「なに、ピットから見られる試合映像はすべてカメラで撮影したものを再編集して映し出しているに過ぎません。当然、録画もされているでしょうからな。先生方が我々生徒に必要だと判断されたときには自主的に公開するのが給料分の仕事というものです。

 後でも見れるもののために、今しか見れない見世物を見逃す手はないでしょう?」

 

 建前として用いただけの形式論に、礼儀正しく完璧な回答を返されたセシリアは眉を急角度に上昇させて、先ほど以上に「わたくし不機嫌ですわ」アピールを増していくが、しかし――

 

「それに、現場で実物を見なければわからないものもありますからな。モニター毎に区分された映像は1シーンずつ分析できる反面、戦場全体を同時に見渡すことは不可能でしょう。

 前線に立って雄々しく戦う戦場の花も美しいとは思われますが、後学のためにも後方から戦局全体を監視する経験も積んでおくにしくはない」

「!! そ、そうですわね! さすがはシェーンコップさんですわ! 勉強になります! ・・・いえ、勉強させていただきますわね!!」

 

 続く言葉であっさりと手の平を返すように機嫌を急浮上させ、赤みを帯びた頬を隠すため急いで試合の方へと視線を戻して固定すると、その後は食い入るように凝視しはじめる。

 

 シェーンコップの言う『後学のための戦局全体を監視する経験』が、ブルー・ディアーズのBT兵器を操る自分のためにこそ必要なモノだと察したからだ。

 たしかにブルー・ディアーズの第三世代武装は、セシリアがもつ空間認識能力の高さによって性能を大きく上下動させる武装であり、一夏と戦ったときと同じように一対一の決闘方式で、ビットの軌道をさまたげる障害物がない戦場ばかりで戦えるとは限らない以上、様々な状況を想定するため戦局全体を俯瞰視点で見下ろせるようになっておくことはBT兵器をメインに戦っていく彼女にとってメリットにはなってもデメリットになる点は一つもない。

 

 逆に言えば、BT兵器を搭載した初の機体を与えられた彼女以外のIS操縦者には必ずしも必須の能力というほどのものではなく、まして一夏と互角以上の接近白兵戦技能をもつシェーンコップに必要なものだとはセシリアにはどうしても思うことができない。

 

 つまり今回の観客席からの試合観戦は、『自分のためにシェーンコップが気を利かせてくれた』ものだったと言うことになり、セシリアとしては淡い乙女心と女としての自尊心を大いに満足された形となる。

 そうなると人の心とは現金なもので、『気になる男性から試合観戦に誘われた一人だけの女性』という今の自分が置かれたポジションが特別なものに思えてきて仕方がない。

 だからセシリアは試合から目を離すことなく戦況分析に没入することで、惑乱中の乙女心をごまかす手段に利用していたのである。

 

 そのため、口元がニヤけるのを必死に堪えている横顔を苦笑しながら横目で一瞥しただけでステージに視線を戻したシェーンコップの真意には気づけない。

 

 

 ――彼としては、お偉方(織斑千冬担任教師)と同席してスポーツの試合を観戦する苦行など心底から御免被りたかっただけであって、史上最大の征服者カイザー・ラインハルトが犯した数少ない人事の失敗で最たるもの『古典バレエを見物するのに猛将のフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将をともなった』という笑話を模倣させられる愚だけは犯したくなかっただけであったのだが、純粋な子供の夢を壊すほどに無粋な大人になった覚えもないシェーンコップとしては、黙って相手の解釈に付き合ってやるのが経験豊富な年長者としての役割だろうと心得ていた。

 

 

 だが、その時――

 

 

「・・・あら? 今一瞬だけ空に光ったような気がしたアレは一体・・・?」

 

 試合会場を見ながらも、目のいいセシリアが最初に気づき、間を置かずに戦場経験豊富なシェーンコップも気づいた“其れ”は、空の彼方からまっすぐIS第二アリーナ目指して飛来してくる二機のIS・・・・・・いや。

 

 二つの――敵影だった。

 

 

 

 

 

「な、なんだ? いったい何が起こったんだ・・・!?」

 

 空から降ってきてアリーナの遮断バリアーを貫通し、ステージの中央部まで煙を上げながら入ってきた突然の乱入者の奇襲に一夏は状況が解らず混乱してしまい、同盟軍第四艦隊司令官パストーレ中将のごとき奇妙な質問を思わず独りごちてしまっていた。

 

 今IS学園の校舎内は試合で警備が薄くなり、保管されているIS関連の超希少データが詰まったデータバンクが普段よりも容易に盗み出せる状況が作り出されてしまっていたが、突然の乱入者はそれらに目を向けることなく、世界最高戦力の最新鋭機二機と、その使い手たち以外には何一つとして奇襲するだけの戦略的価値がないISアリーナを襲撃してきたのだ。

 

 それだけでも、乱入者の意図は自分か鈴のどちらかであるのは明らかなはずであったが、平和な日本で平和に暮らしてきた一夏にとって、異常事態における当たり前のことは当たり前のこととして理解することができずに思わず平和ボケしたセリフを口走ってしまっていたのだった。

 

『一夏、試合は中止よ! すぐにピットへ戻って!』

 

 そんな彼と違い、代表候補生として緊急事態での訓練を受けていた鈴からプライベート・チャンネルで避難指示が届けられ、彼はようやくこれが“未確認ISからの襲撃”であり、敵の持つ武装が試合用に威力を押さえられたものではなく“高火力の実戦仕様”であることを理解して一瞬だけ息を詰まらせられる。

 

『一夏、早く!』

「お前はどうするんだよ!?」

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

「逃げるって・・・女をおいてそんなことできるか!」

「馬鹿! アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」

 

 経験不足故に回線の開き方もわからない一夏のため、鈴の方で途中からオープン・チャンネルに切り替えてもらう為体でありながら、それでも『男』としての在り方に固執する一夏に対し鈴は熟練者として常識を説かざるを得なくなるが、逆に一夏は初心者故に熟練者の常識を共有していない。

 

 敵の攻撃が始まる中で、しばらく言い合いを続けていた彼らの元に副担任の山田真耶からも避難指示が届けられるが、これも拒否。

 

『織斑くん! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧に行きます!』

「――いや、先生たちが来るまで俺たちで食い止めます。いいな、鈴?」

『織斑くん!? ダメですよ! 生徒さんにもしものことがあったら―――』

 

 言葉の途中で通信を切ると、敵と向き合い“勝つつもり”で剣を構える織斑一夏と、そんな彼を放っておけない、認められたい隣に立ちたい凰鈴音はピット内から呼びかけ続けている山田先生からの悲鳴じみた避難指示を一顧だにせず突撃していき、真耶は千冬にからかわれながらも、教師なのに何もできない自分の無力感に打ちひしがれる羽目になるのだが。

 

 

 実はこのとき、アリーナ中に流れていた避難指示に耳を傾けることなく堂々と居座り続けていた生徒が、彼らの他に二名ほど存在していたことを今の彼女たちは感知していない。

 

 彼らは観客席から試合を見物していた一年生の専用機乗りと量産機乗り一人ずつのカップルだったのだが、避難を呼びかける少女の声に男の方が肩をすくめるだけで言うことを聞いてもらえず焦りを募らせている最中だったのである。

 

 

 だが、その内情は一夏たちとは少し毛色が異なっているようでもあった・・・・・・。

 

 

 

「シェーンコップさん! ここは危険です! 早く観客席から避難してください! さぁ、立って!」

 

 セシリアは焦燥のあまり貴族らしい優雅さなど保っていられるはずもなく、大声を出して避難を呼びかけながら、何度も何度も謎の敵との戦闘を続けている一夏たちの方を振り返っていた。

 

 彼女としては一夏に対して、敗れた直後のような淡い気持ちを持ってはいなかったが、別に嫌いになったわけでもない。恋心と言うほどの好意は抱いていないが、友情としての好意は持ち合わせている。できれば加勢して助けに行ってやりたい気持ちは十分すぎるほどある。

 

 だが一方で、彼は彼女にとっての“一番ではない”

 彼女が他の誰より優先して守りたいのは今目の前で座っているキザな伊達男であって、熱血漢で朴念仁なサムライ少年ではなくなっていた。

 だから動けない。少なくともシェーンコップが避難してくれるまでは、動きたくても動けないのだ。

 

 専用機を与えられた自分と違いシェーンコップは量産機乗りのため、いつでも展開可能なISによるバリアーで敵の攻撃を防ぐことができない。

 彼が如何に強かろうとも、さすがにIS相手に素手で勝てるほどの超人ではない以上、万が一に備えて自分が側にいて守ってやる必要性が絶対的に存在する生身の人間であり、自分がいなくなった後で彼が流れ弾にでも当たって戦死してしまったらと思うと怖くて側を離れるわけにはいかなくなっているのが今のセシリアの心境だった。

 

 だが、シェーンコップは一夏やセシリア、そして千冬や山田真耶たちとも大きく違う。別の時代の人間だ。

 別の時代で難攻不落の代名詞と言われた要塞を、味方の血を一滴も流さずに奪取した作戦の実行役を担った英傑なのである。

 

 その彼の経験則が“ここを動かない方がいい”事実を教えてくれていた。

 だから彼こそ今は、動くことができずにいたのである・・・・・・。

 

「今出たら動きを封じられて、逃げることができなくなりますよ」

「なんですって!? それは一体どうゆうことですの!?」

「敵の目的が、標的とそれ以外とを分断して各個に孤立させることにある可能性が高いと言っているのです」

「!!!」

 

 思わずセシリアは沈黙し、冷や水をかけられたように冷静さが急激に戻ってきていた。

 

「聞くところによればIS学園のセキュリティは最新技術がふんだんに用いられ、ほとんどがコンピューター操作による全自動化されているとか。

 警備網を機械だけに頼り切った難攻不落の要塞というのは存外脆いものでしてな・・・管制コンピューターを乗っ取られただけで体細胞をガンで犯されたように全要塞の機能を奪われてしまう。コンピューターさえ乗っ取ってしまえば、後はシャッターなり催眠ガスなりで避難しようとした生徒たちを隔離することも監禁してしまうことも容易にできるようになる。

 経験則から言わせていただくなら、ハードウェアの絶対性を称えて信仰している者ほど、それらを封じられたときには役立たずになるものです」

 

 こう言い切られてしまえばセシリアとしても、返す言葉が一つも思いつかなくなる。

 IS学園の設備に使われている機械は最新鋭のものばかりだから、と言う屁理屈も今となっては空しいものでしかない。

 現に敵は計ったようなタイミングでアリーナを襲撃してきており、緊急時には生徒を守るために出撃するはずの教師部隊は一向に姿を見せる気配もない。

 誰がどう見てもIS学園のコンピューターがハッキングされており、機能不全に陥らされていることは明らかだったから・・・・・・。

 

 どれほど科学技術が進もうとも、機械を使うものが人間である以上、最も重要なのは人なのである。

 機械に出す指示を決定し、どう動かすかを決める者一人だけが敵に捕らわれてしまっては意味がない。

 

 遠い未来、科学技術が進みすぎてレーダーが索敵装置として用をなさなくなった時代に、ヤン・ウェンリーが英雄となる切っ掛けとなった『エル・ファシル脱出行』において帝国軍は科学技術を盲信した結果、レーダーに映る以上は人工物ではないと考え、みすみすヤン率いる民間船だけの脱出船団を見逃してしまうミスを犯し、勝利の杯を床に叩きつけて砕くことになるのだが。

 

 それと似て非なる状況が、銀河の戦いより千年以上さかのぼった時代の科学力に対する信仰心によって作り出されていることは歴史の皮肉によるものなのか? あるいは科学が進むだけで人類は何も学ぼうとしないと言う現実を示すものでしかないのか、それは解らない。

 

 解ることはただ一つ。

 

「・・・こうなっては仕方がありませんわね・・・。シェーンコップさんを守りながら織斑さんたちの援護もして、敵を倒して勝つ。無謀を承知で挑戦する以外にはないのですから・・・っ」

 

 セシリアが、『二兎を追う者一兎をも得ず』という日本の警句は知らないながらも概念は重々承知した上で、それでも“やらねばならない”というマスト・ビーを理由として決意を固めたとき。

 

「フロイライン・オルコット。ひとつ実戦訓練をして差し上げましょう」

「え?」

 

 シェーンコップが彼女の耳にささやきかけて、先ほど頭上を見上げて三十秒ほど思案して思いついた作戦を伝えるとセシリアは驚いたように瞳を見開き彼を見て、相手は「にやり」と不敵に笑って答えに変えた。

 

 

 そして作戦は、実行に移される―――

 

 

 

 

「くっそ・・・・・・!」

「一夏っ、馬鹿! ちゃんと狙いなさいよ!」

「狙ってるっつ―の!」

 

 一撃必殺の間合いで放った斬撃を躱された一夏を鈴がなじり、

 

「ああもうっ、めんどくさいわねコイツッ!」

 

 焦れたように衝撃砲を展開して発砲した鈴の見えない衝撃は、敵の腕に叩き落とされ無効化してノーダメージ。

 

 先ほどからこれの繰り返しだった。

 敵はつね彼らの一段上をいく動きと速度で反応してくるため、全ての数値において敵より一段階下回っている一夏と鈴の攻撃は何度はなっても敵に当てることが出来ずにいたのである。

 

「・・・鈴、あとエネルギーはどのくらい残ってる?」

「180ってところ。・・・ちょっと難しいわね・・・。現在の火力でアイツのシールドを突破してダウンさせるのは確率的に一桁台ってところじゃないかしら?」

「ゼロじゃなきゃいいさ」

「アンタねぇ・・・」

 

 軽口を叩き合いながらも、彼らの表情や声には余裕が乏しい。ハッキリ言って強がりで言ってるだけという印象の方が強いほどに。

 彼らが苦戦する理由は、単に敵の動きと性能が自分たちより一段上を行っているだけではない。

 全身を隙間なく装甲で覆ったフルスキンタイプの第一世代ISと同じ形状が中に人が乗っているのか否か疑いを持ったとしても判別しづらくしており、一夏が白式の《零落白夜》で全力攻撃するのをためらわせていたのも戦局に大きく影響を及ぼす現任になっていた。

 

 《零落白夜》は性質上、他の専用機が持つワンオフ・アビリティと違ってISだけでなく中に乗った人まで切りつけてしまう危険性をはらんだ刀である。

 使い慣れた後なら別として、今の一夏に中の人を傷つけることなくISだけ全力で切って倒す器用な終わらせ方ができる自信はない。

 たったそれだけのことではあったが、元より第三世代ISは特殊武装が最大のウリのISであり、自慢の特殊武装が全力で使うことが出来ないだけで戦力的には半減してしまう欠点を有している。

 おまけに今は鈴と一夏が二機の敵を相手取って戦っているチーム戦だ。片方の機体性能が半減した状態でチームを組めば、より以上にチーム力は低下してしまう。

 

 それが今の一夏たちが置かれている劣勢の最大要因であり、先ほどから一夏が疑い始めていた人間性が見られない敵の動きから無人機である可能性があり、無人機なら全力を出せば勝てると信じ切れる理由にもなっていたのである。

 

 ――試してみるか・・・?

 

 彼がそう考え出したことを察しでもしたのか、二機のフルスキンISは不規則に設置された頭部のセンサーレンズの中心点を彼に見据えて、何かを待ちわびるように相対したまま動きを停止させる。

 

 先ほどからこの敵は、一夏と鈴が軽口を叩き合い隙だらけになったときほど攻撃してくる回数が減る傾向にあり、むしろ無駄な会話に集中しすぎた際にはビームを当てずにかすらせることで注意を促すかのような動きを連続して行っていた。

 

 それは二機を送り込んできた者が“何かをやらせるために”送り込んできただけの捨て駒に過ぎず、端から勝負の勝ちは求めていないことを意味すると同時に、目の前の二人以外の有象無象を警戒せずとも倒される恐れは決してないと、自分が送り込んできた二機の機体と自身の能力に絶対的な自信を有していたことの現れだったのやもしれない。

 

 そして今回。その絶対的な自信と思しきものが敗因に直結する、油断に変えられてしまったのは、一夏が思いついた策を試すため鈴に話しかけようとした瞬間でのことである。

 

「――え?」

 

 唖然とした彼の見つめる先で、敵のISが自分を見つめてくる、不規則に並んだ頭部のセンサーレンズの中央に、“ナイフが深々と突き刺さって”剥き出しのレンズの下に人間の頭部があった場合には間違いなく即死の一撃を食らわされながら倒れることなく立ったままの姿を維持し続けていたのだ。

 

「嘘!? どうして! なんでなのよ!? ISは人が乗らないと絶対に動かないはずなのに!? 無人機なんてあり得ないのに、そういうもののはずなのに一体どうして!?」

 

 人が乗っていたなら死んでいるはずの一撃を受けて生き続けている敵ISの姿に、“ISは絶対に人が乗っている機械”という固定概念を教え込まされ刷り込まれていた鈴は、熟練者故に額縁付きでいきなり事実を証明されて半狂乱に陥り、逆に一夏は初心者故に困惑よりも納得の方が強く出て、それよりもこんな手法で事実を実証してしまう人間に心当たりがありすぎたため慌ててナイフが飛んできたらしい方向へと当たりを付けてそちらを向くと――いた。

 

 ワルター・フォン・シェーンコップが不敵な表情を浮かべたまま不貞不貞しい態度で片手に持ったナイフを玩び、どういう手段によるものかシールドの一部に小さな穴を開けて即席の狭間を作り、そこから一夏たちに援護射撃ならぬ援護投擲を行ってくれるつもりのようであった。

 

 予想外の男から放たれた、予想外の攻撃に敵の黒幕は選択を迫られる。

 なまじフルスキンISのセンサーレンズを、不規則に多く並べていたのが仇となる展開だ。数が多い分、一つや二つ失ったところで性能は大して落ちはしないが、同じ目の部分で当てられるウィークポイントの数が多すぎるのである。

 

 防ぐことは容易に出来るだろう。だが、一夏たち相手に重要な場面で今と同じことをやられた場合、果たして望む結果が得られるか否か。

 黒幕でさえ判断の難しいポイントであり、さらに一緒にいたはずのセシリアの姿が見当たらないのが気にかかる。定石で考えた場合に、彼は間違いなく敵の目を引きつけておくための陽動であり囮である。

 倒すことは簡単で、倒さなくても本人自身が脅威になるわけでもないが、敵が何を企んでいて本命がいつどこから奇襲してくるかわからないのは少々やっかいだ。

 

 ――あるいは、今ここでコイツを襲わせようとすれば作戦を放棄して食いついてくるかもしれない・・・。

 

 黒幕がそう考えたのかどうかまでは調べようがないが、少なくとも敵のIS二機は同時にシェーンコップめがけて飛び出すと、急速接近しながら襲いかかろうと機体を加速させる。

 一夏たちも彼を守るために反応するが、二機が同じ性能と武装を持ち同じ動き方ができるほうが有利だ。どちらかだけでも敵の防備を擦り抜けて接近して目標を攻撃してしまえば、それで敵の守りは無意味になってしまうからである。

 

 背後に立つ非武装の人間に、一発でも攻撃を当てられたら負けの一夏たちと。

 どちらか一方が落とされて、残る片割れから片腕が切り落とされようとも“目的だけ”は果たせるようなギミックを搭載しておいた無人IS二機。

 

 この場合、躊躇いがある一夏たちの方が徹底することが出来ずに手傷を負わせただけで二機とも通してしまって、セシリアが現れる兆しも見いだせない。

 

 

「シェーンコップぅぅぅぅぅッ!!!」

 

 敵の刃が友人に迫り来るのを目にして叫び声を上げて退避を促す一夏に対して、シェーンコップは不敵な一瞥だけを寄越して言葉は返さないまま、別の人間に対して舞台上へと上がる出番が来たことを伝える。

 

 

 

「敵が餌に食いつきましたよ、フロイライン。前座の出番は終わりです。後はお任せいたしましょう。

 主演女優登場です」

 

「ええ! 了解ですわシェーンコップさん!!

 お出でなさい! 《ブルー・ディアーズ》!!!」

 

 

 シェーンコップに名を呼ばれ、返事を返し、姿だけはどこにも見えないままセシリア・オルコットは自らの専用機を確実に展開するよう名前を呼ぶ。

 

 そして――気になる男の広い背中の後ろから後光を差すよう粒子の光とともに展開しながら現れて、彼をいつでも守れるよう頭上に自らのバストを押しつけながらエネルギーライフルを構えつつ、実際には意識の大半をビットに集中させて自分の周囲に浮かぶ四つの自立機動兵器に命令を下す。

 

 予測していなかった場所から、予測していなかった敵が参戦し、面倒なザコ敵が目の前まで迫っていたことで油断を誘われ、一夏たちを振り切って突撃してきた二機の敵に対して多対一に優れた性能を発揮するブルー・ディアーズで、味方の損害や連携など気にすることなく全力でぶっ放して殲滅してしまえばいいだけの、お膳立てが全て整えられた必勝の状況。

 

 敵を罠に引っかけて誘い込み、イゼルローン要塞の主砲《トゥール・ハンマー》で一網打尽にするヤン艦隊の必勝戦法に時代区分の違いなど意味もなし。

 

 全ては黒髪の魔術師のシルクハットから飛び出すハトのごとく、彼の魔術師がかつて描いた筋書き通りに道化のピエロ役を押しつけられ、白刃の上から血塗れの姿で落とされて終わるのみ。

 

 さぁ――――

 

 

「フィナーレですわ!!!!」

 

 

 女優再演。

 脇役どもは主演のための踏み台として、英雄の栄光を飾る手柄の役目を果たさせられた後にガラクタという名の骸となって女王に踏まれる役割を仰せつかる宿命にある。

 

 

 どこかで誰かの黒幕が、苛立ちと共に何かを握りつぶす音が響く。

 

 

 こうして波乱に満ちた世界初と二番目の男性IS操縦者たちの戦いは序章の幕を下ろし、第二幕へと至る。

 

 伝説の始まりに至る歴史は、まだ終わらない・・・・・・。

 

 

原作第一巻《完》

二巻の章へ続く


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