私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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十話

 

 

 

讃州中学勇者部部室。私にとってある意味で環境がまた変化を受けて始まる一日となります。

 

「風先輩。お茶を淹れようと思うんですけど飲みますか?」

「え、ええ。せっかくだからもらおうかしら」

 

部室には今日は私と風先輩の二人だけです。というのも東郷さんたちはそれぞれが他の依頼を請け負っているためです。私は東郷さんに引き継いで依頼の整理や練習も兼ねたホームページの編集を現在行なっているところ。

一息つくためにも私は樹ちゃんに倣ってお茶を淹れてみるけど、これが中々奥が深いと感じる。

 

(樹ちゃんの先生は東郷さんだよね。私も今度教えてもらおうかな?)

 

下を向いたことでほんの少し傾いたアンダーリムの眼鏡を指先で直し、私は二つの湯呑みを持ってその一つを風先輩のところに持っていく。

 

「どうぞ、先輩」

「ありがとう友奈……ん、おいし」

「樹ちゃんに比べればまだまだですけど口に合ってよかったです。あ、それとこの前の依頼の報告書がまとめ終わったので確認してもらっていいですか?」

「いま手が空いているから見せてもらっていい?」

「はい!」

 

主に東郷さんが管理しているデスクトップのパソコンの席に座って手早く操作して書類に起こす。

 

「──用意できました。確認よろしくお願いします先輩」

「あ、あら早いわねありがと……なんかその眼鏡をしてこういう仕事してもらってると妙に大人びて見えるわね友奈が」

「ほんとですか? 嬉しいです。実はこの眼鏡結構お気に入りでして作業中も目が疲れにくくて重宝してますし、こうして足も治ったのでこれからもっとお役に立てるように頑張りたいです」

「た、頼もしい限りの言葉をどうもありがとう。なんだか東郷が二人になった気分よ」

「……! えへへ〜♪」

「満面の笑みっ!? くぅー…この頃の友奈の女子力に圧倒されっぱなしな気がするわ……先輩としての威厳が」

「先輩はちゃんと先輩してますよ?」

 

私にとって親しい上級生で頼りになる人は今のところ風先輩を置いて他にないと思ってます。

そのことを本人に伝えると頬を赤く染めてありがとうと言ってくれた。そういうところが可愛いなぁ先輩。

 

「その眼鏡はこれからもずっとつけているつもりなの?」

「運動系の依頼とかあったときは外しますけど、あとは基本的に付けていようかなーと。変ですかね?」

「いやヘンというより似合いすぎているというか。人ってアイテム一つでこうも印象が変わるものかーって感心してたところなのよ」

「眼鏡もそうですけど髪型一つ変えてみるのも新鮮味が出てくるかもしれないですね! 風先輩の髪も綺麗だから東郷さんみたいにしてみたりとか」

「むむむ。なるほど……髪型かぁ。女子力溢れるアダルティな髪型……」

 

ぶつぶつと呟きながらも書類に目を通しているあたりさすがは部長さんです。

私もパソコンの前に戻って、髪先を指で触る。

 

(私も東郷さんみたいに長いサラッとした髪型は憧れちゃうな。もちろん『わたし』のこの髪も大好きだけどね)

 

あれこれと弄ってみたい欲求はなくはないけど、自分の身体でない以上はなるべく現状維持でいようと考えている。しかし現実は未だに私たちを元に戻す手段がないのがとてももどかしい。

ネットで検索をかけても分からないし…。

 

(出来ればみんなにはバレないで終わらせたい……でも)

 

ちらっと視線を上に移す。そこには張り紙がしてあり、この部の在り方を示す『五箇条』が掲げられていた。そのうちの一つに目をやる。

 

(悩んだら相談──はは、私ってば守れてないや。嘘ばかりついて……相談…ソウダンかぁ)

 

心の内で自虐的に笑う。

私のことを知っていて『わたし』をそれほど知らない人が現状の相談相手としては望ましい。そこで一人の人物が頭をよぎる。

 

先日、お友達になった伏見しずくさんの存在を。

 

(…でも急にそういう相談されてもしずくさんが迷惑だよね。うーん)

 

でも出来れば聞いてほしいというワガママは残っている。タイミングがあった時にさり気なく相談してみようと結論を出して私は作業に戻ることにした。

 

デスクの傍には東郷さんと休みの日に買ったテキストがある。既に付箋やらマーカーやらで塗りたくられた書物をみんなに見られた時はとても驚かれた。確かに穴が開くように見てたりするけど、これぐらいやらないと理解できない私の能力不足の証でもあるのでちょっと恥ずかしかったり。

 

「ゆ、う、な!」

「ひゃ!? 風先輩どうしたんですか?」

 

両肩に手を置かれて私はびっくりしてしまう。振り向いて見てみるとニヤリと不敵な笑みを浮かべた先輩が立っていた。

 

「んやんや、最近の友奈は頑張ってくれてるから勇者部部長として労ってあげようかと────肩もんであげる」

「わ、悪いですよ~……んん」

「結構凝ってるわね。家でもずっとそうやってパソコンの前にいるんでしょ? ダメよー適度に休憩いれないと」

「す、すみません。はふ……きもちー」

 

風先輩に肩を揉まれて私は声を漏らす。

しばらく彼女の行為に甘えさせてもらいながらテキストを手に取ろうと腕を伸ばした。しかしそれは先輩によって阻まれる。

 

「こーら。この期に及んで勉強するのアンタは?」

「あ……すみません。つい────あはは」

「なんか退院してから人が変わったように本の虫になったわね友奈」

「……っ。そうですか?」

 

虚を突かれたように私は言葉に詰まってしまうが平静を保ち続ける。その間にも風先輩の手は休むことなく私の肩を揉んでくれていた。

 

「なんかちょっと心配。あたしでもこう思うんだもの、一番近くに居てくれる東郷なんてもっと心配してるんじゃない?」

「……かもしれません。いや、きっとそうなんでしょうね……でも私は遅れている分を少しでも取り戻したいので」

「遅れてる分?」

「はい。色々と足りてないので……私は」

「ふーん?」

 

言いながら私は再確認する。足りてないんだ私は。この人たちの隣に立つには私には時間が足りない。

一分一秒を大事に使っていかないといけない。だから私に寄り道は────

 

「ならちょっといいかしら友奈」

「へ? 風先輩どちらに??」

 

マッサージを終えた先輩は鞄を持ってにかっと笑う。

 

 

 

「────あたしの寄り道に付き合いなさい」

 

 

 

 

 

 

 

香しい香りが鼻腔をくすぐる。私にとってあの日以来の場所で、本来のお店としての姿を見るのはこれが初めてだ。

私と風先輩は対面に席に座ってテーブルに置かれた食べ物に目をやる。

湯気が立ち私の眼鏡が曇ってしまうのを風先輩が面白そうに口角をあげて見ていた。

 

「眼鏡ってこういう時食べづらそうよね。いただきます」

「いた、だきます…?」

 

パチンと割り箸を割って『うどん』を啜る先輩に続いて私もうどんを食べる。

そう、私と先輩は『かめや』に足を運んでいた。

ずるる────と一口入れれば出汁の効いたうどんが喉をちゅるりと通っていく。美味しい。

 

「美味しい? 友奈」

「美味しいです……先輩、ここに来ることが寄り道ですか?」

「そうよー。お互い息抜きも兼ねて来たってわけよ。今日はあたしの奢りだからどんどんおかわりしちゃいなさいな」

「そ、そんな悪いですよ────」

「おかわりっ!!」

「はや!?」

 

え、あれ…いつのまにか器の中身は空っぽだった。まるで飲み物を飲むような食べっぷりに私は呆気にとられてしまう。

そしてお店の人の対応も早く、まるで分かっていたようにすぐに二杯目が差し出されてきた。なんか色々と凄い光景だ。

 

「なによそんな顔して。常連になればこのぐらい当たり前のことよ?」

「そういいながらもう既に食べ終わりそうな先輩に驚かされるばかりですよ」

「うどんは全てを可能にする食べ物。熱いうちに美味しいものは熱いうちに食べる──友奈も英気を養うためにもささっと食べなきゃ」

「は、はい! ずるる──」

「お〜。いい食べっぷりね!」

 

満足そうに頷く先輩。

つられて私も同じように笑みを浮かべる。

 

「そうそう。やっぱり友奈はそうやって笑っていた方がらしいわよ」

「そうですか?」

「真面目に部活や勉強に取り組んでくれるのは嬉しいけど、さっきみたいに眉間に皺が寄ったままだと何かあった時に柔軟に対応できなくなるわよ。たまには休憩することも覚えておきなさい」

「ちゃんと合間に休憩はしてたんですけどね」

「友奈の休憩は休憩になってないわよ。言い方を変えるならそうね……気分転換ってやつかしら?」

「気分転換……」

「友奈がよくやっていた押し花とかそういう違うことをするって意味よ。最近やっている話を聞かないからどうしたのかなって」

 

確かに私の部屋にはそういう道具はある。棚には押し花をまとめた本がいくつもあることも。でも私は『わたし』になってからは一度も手をつけていない。

嫌だとか、苦手だとかではない。単にそれらは『わたし』の物であって私のものではないからだ。

ちゃんと時間を作って道具とかの手入れは欠かさずにやっている。でもこうして区別はつけていないといけない気がした。

 

(──だって油断しちゃうと考えちゃいけないことを考えちゃうから。こんなにも楽しくて幸福なみんなのいるこの空間に私は甘えてしまいそうだから)

 

私は仮初めの存在。本来居るはずのない存在なのだから。何かしらの理由で帰ってこれなかった『わたし』の穴埋めとして私は今ここにいる。それだけはやはり忘れてはいけないことなのだと胸の内に刻む。

この与えられた『熱』は東郷さんやみんなに対して使っていこうと、生まれた時から私は決めていたのだから。

 

「またしわが寄ってるわよ友奈。もう、なんだか様子も東郷に似てきてない?」

「あぅぅ!? 東郷さんにですか?」

「直して欲しい部分の話だから嬉しそうにしない。五箇条の一つ──忘れてないでしょうね?」

「…っ。やだなー、忘れていませんよ〜」

 

もちろん忘れていない。しかし私にはまだ覚悟というか、自分の思考の中で考えがまとまっていないのでボロが出てしまう可能性がある。まだ話すことはできないです。

そんな私の言葉や態度に風先輩は煮え切らない、そんな表情をしていた気がする。

気がする、というのも私は先輩を真っ直ぐに見ることができないでいたから。

 

そのまま会話も少なくなってしまいうどんを啜る音だけが場を占めていた。

会計を終えて私と風先輩はかめやを後にする。すっかりと夕焼け色に染まった世界は今日という日の終わりを迎えようとしていた。

 

 


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