私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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十一話

 

 

 

 

かめやを後にした私と先輩は道中を並んで歩いています。

あの後もう二杯食べた先輩の胃の中は一体どうなってるんだろうという疑問を残して私は小さくため息が漏れてしまう。

 

(空気、悪くしちゃった……せっかく先輩が誘ってくれたのに何してるんだろ)

 

きっと私のことを気にかけて連れ出してくれたのにほんとダメダメだなぁ私は。

そういえばこの後はどうするんだろうか? このまま解散の流れなのかなと考えていると不意に私の視界は揺れた。

 

「──うりうり〜!」

「ん、んにゃ!!? せ、先輩ッ?!」

 

すごく驚きました。何事かと思っていたら先輩の手が私の頭上に乗せて撫でてきたからだ。それは今まで撫でられてきた中で初めて力強いものだった。でも嫌じゃない。なんでだろ。

 

「暗い顔しない! せっかく美味しいうどんを食べた後なんだからほら笑って笑って!」

「は、あ……はは」

「んー固いわね。ほら、行きましょ友奈」

「行くってどこにですか……わ、あ!?」

 

手を引かれて私は先輩にどこかへ連れて行かれようとしている。

どうやらもう少し寄り道があるみたいです。

 

「あの、風先輩……手」

「ん? あぁ、せっかくだからこのまま繋いで歩きましょうか」

「ええ!? このままですか。は、恥ずかしいですよぉ」

「なーによ。東郷にはしてあたしにはしてくれないってワケー?」

「と、東郷さんとはもっと恥ずかしいですよっ!!」

「あたしは別に恥ずかしくないわよ? 樹とよく手を繋いで歩いたもんだからね」

「樹ちゃんと……」

 

歩幅を合わせてくれてようやく並んで歩くことが出来た私は、繋いでいる手を見つめる。柔らかくて、温かい手を。

 

なんというか、東郷さんとはまた違った感じの落ち着きを胸に抱く。

 

「小さい時から仲良しなんですね。樹ちゃんとは」

「今はもっと仲良しよ。思い出すわねー…小さい樹をよくこうやって手を繋いであげたりしてさ」

「よければ昔の二人のことを聞いてみたいです」

「お、言ったわねー」

 

ぽつぽつと風先輩の口から幼い時の話をし始めた。

 

「樹は今よりもっと引っ込み思案であたしの後ろに常に張り付いていたのよ。そんな樹をよく外に引っ張りだしたし、ちょっとでも離れようものなら泣かれてたわ。いやー可愛かった!」

「そう考えると今の樹ちゃんはとっても成長していますよね。風先輩みたいに頼りになりそうです」

「でしょでしょ〜♪ いやー妹の成長をこの頃実感させられるわ。でも反面、少寂しい気持ちもあるのよ」

 

寂しい? と疑問を抱く。妹さんが成長していることは喜びが占めるものではないのだろうか。

 

「どうしてですか? 家族の成長や成果は嬉しいことじゃ…?」

「もちろん嬉しいし誇らしいわよ。でもそうやって手を引っ張っていた子がいつのまにか隣に立って、場合によっては逆に手を引かれてる──そんな姿を見ちゃうとそういう感情を持ってしまうものなの。あーこうしてこの子は一歩ずつ大人になっていくんだなぁ、とかさ」

「大人……」

「もちろん樹もそうだけど、あなたたちの成長も眼を見張るものがあるわよ。色々な経験を経て身も心も大きく成長している。部長として先輩として鼻が高いわ」

「……ありがとうございます。先輩」

 

素直に、真っ直ぐ褒められて気恥ずかしくなる。私はみんながどのような道を歩んできたのかは分からない。私に対して含まれている言動ではないことも分かっているけれど、その言葉を言ってくれてトクンと心の奥で更なる『熱』が注がれた気がした。

 

温かい。空いた手で胸に手を当ててその温もりを噛みしめる。

 

「…どうしたの友奈。もしかしてまだどこか悪かったりするの?」

「…いえ。どこも痛くないですよ。先輩の言葉をしっかりと胸に刻み込んでいるんです」

「大袈裟ねぇ。大したこと言ってないと思うけど?」

「大したこと、ですよ。少なくとも私にとっては本当に…今繋いでるこの手もとても大きく感じます」

「ま、まぁ? 女子力が振り切ったのあたしにしてみればそんなもんよ!」

「先輩照れてます?」

「照れてないやいっ!」

 

夕焼けに照らされているせいか余計に紅く見えてしまう風先輩の顔が可笑しくて私は笑ってしまう。ギュッと手を握ると同じように握り返してくれる。

道行く人は微笑ましく私たちを眺め、その目には果たしてどのように映っているのだろう。仲の良い友人か先輩後輩? それとも……姉妹のようにも見えているのだろうか。

 

「まってよーおねえちゃん!」

「おかあさんが待ってるからはやくいくよ!!」

 

その中で目の前を通り過ぎる小さな姉妹がいた。

私にはそれが幼き日の二人のように重なって見えた。風先輩が手を引いて樹ちゃんが不安ながらもついていこうと歩を進めるその光景を。

すれ違い、背を向けて歩いていく二人を先輩もどこか懐かしげに眺めていた。

 

「──まぁあれよ。あたしから言わせてもらうとしたら後悔だけはしないことね。いつかのあの頃に、あの時に戻りたくても時間は戻らないから。後悔しないそのために必要なら手を貸すし、逆もあるかもしれない。持ちつ持たれつ的な感じね。それを皆でやっていきましょ」

 

その言葉はまるで自分自身に言い聞かせているようでもあった。

…想像でしかないけど、きっと大変な道を歩んできたのだろう。今こうして先輩を形作っているのはそういったものの積み重ねなのかもしれない。

 

「先輩の妹である樹ちゃんが羨ましくなってきちゃいましたよー。私は兄弟や姉妹は縁がないので余計に思っちゃいます」

「なにいってんの。あたしからしてみれば勇者部全員妹のようなものよ。どーんとお姉さんに任せなさいな」

「どーんと…」

 

少しばかり好奇心のようなものが芽生えて私は先輩の前に立って向き直る。その様子に目の前の先輩は小首を傾げていた。

 

「先輩、お願いがあるんですが」

「なーにお願いって」

「……その、お姉さんに抱きしめられるってどういう感覚なのか知りたいんです。お願いしてもいいですか…?」

「────そんなかしこまって言われると恥ずかしいけど……友奈なら歓迎よ。ほらおいで」

「はい」

 

昔話に花を咲かせたせいか先輩も大らかにその手を広げてくれた。

誘われるように私は先輩の胸に顔を埋め、その身体に腕を回した。

すると合わせるように先輩も私の身体に腕を回して包むように抱擁をすると甘く、優しい先輩の香りが鼻腔をくすぐる。

 

────落ち着く温かさ。陽だまりの中にいるような。

 

目を閉じて彼女の『熱』に意識を傾ける。私より何倍何千倍と力強く感じるソレはとても輝かしく思えた。注ぎ込まれた私のとは違う脈動する命の熱。そこに身を寄せるだけで私は満ちていくような感覚に包まれる。

 

「──友奈は甘えん坊ね」

「…かもですね。あと、先輩の包容力が凄いんですよ」

「最近誉め殺しさせようとしてない?」

「いえいえ」

 

しばらくそうさせてもらい私からお礼とともに先輩の抱擁から離れる。

尾を引く熱の残滓を感じながら私は微笑を浮かべ軽やかになった身体を動かして歩み出す。

 

「満足したのかしら?」

「風先輩の女子力をチャージさせてもらったんで元気百倍ですっ!」

「言うわね〜。寄り道した甲斐があったわ」

「はい!」

 

息抜きというものは思っていた以上の効果を生んでくれた。

今度また東郷さんや予定が合えばだけどしずくさんと何処かに出かけてみるのもいいかもしれない。

そうしてしばらく歩いていくうちに分かれ道に差し掛かった。

 

「じゃあ、友奈。あたしは夕飯の買い物に行かなきゃいけないからここでお別れね。今日は資料作成ご苦労さま」

「先輩こそお疲れさまでした。また明日」

 

先に用事がある先輩を手を振って見送る。その姿が見えなくなるまで私はその場に立っていると背後からとんとん、と背中を叩かれた。

 

驚いて振り向いてみると、

 

 

「──東郷さん! びっくりしたー」

「ごめんね驚かせて。向こうから歩いてきたら友奈ちゃんの姿が見えたから。風先輩と一緒に居たの?」

「うん。さっきお別れして見送っていたところ。東郷さんも帰りだよね?」

「ええそうよ。一緒に帰りましょうか友奈ちゃん」

「はーいっ!」

「わ──友奈ちゃん?」

 

嬉しい。まさか東郷さんとここでばったり会えるとは考えていなかったのでついさっきのテンションで東郷さんの腕に飛びついてしまった。

一緒目を見開いて驚いた東郷さんは、すぐに元の調子に戻って私を支えてくれた。

 

「どうしたの急に」

「ううん。なんだか無性に東郷さんにくっつきたくなっちゃって……ダメ?」

「だめなんてことはないわ。むしろもっと来てくれても構わないから」

「ほんと? だったら……家まで手を繋いで帰りたいです」

「くす。なんか表情が晴れやかになってるね。はい、どうぞ」

「そうみえる? えへへ」

 

差し出された肌白い手を私は自分の手と重ね合わせる。するすると指先が自然と絡み合ってにぎり合うと心臓がとくんと跳ねるように脈打つ。

風先輩の時とはまた異なる感情に私の表情はだらしなく緩んでしまう。

 

夕日によって伸びた二つの影はぴったりと、身を寄せて私たちは笑いあってゆっくりと歩き出した。

 

 


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