私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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十二話

◼️

 

 

まるで遠くの景色を眺めているような、そんな『夢』を観た。

 

知っている人、見知った顔。二人が向かい合って手を握り楽しげに会話をしている様子の夢だ。

だが会話の内容はおろか音すら聴こえない、辺りの景色は白紙の世界。私は映画でも観るように座り込んでその光景を見つめているだけ。パラパラと断片的に繰り返されるその映像が流れ続ける。

 

────初めての『夢』はそんなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「忘れ物はない? 友奈ちゃん」

「うん、何度も確認して東郷さんも確認してくれたからバッチリだよー」

「はぁ。私も一緒に行ければよかったのだけど」

「ちょっと会って遊ぶぐらいだから平気だよ。東郷さんは家族でお出かけなんだからそっちを優先しないと」

「……山伏しずくさんだっけ? 友奈ちゃんの交友関係は広いことは知っていたけれど、全然気がつかなかったわ」

「伝えるのが遅くなってごめんね。また機会があれば紹介したいからその時はみんなで一緒に遊ぼう東郷さん」

「あぁ……友奈ちゃんが盗られちゃわないか心配だわ」

「そのセリフもう五回目……わ、私は東郷さんが一番だから──きゃ!?」

「ならせめて友奈ちゃん成分の補給をさせてもらうわね!」

「むぐー!?」

 

目尻に涙を溜めて東郷さんは素早く抱きしめると、私の顔は文字通り埋まってしまう。く、苦しい…。

 

嫌ではないし、むしろ嬉しさしかないがちょっとばかり息苦しいのがたまにキズだ。

されるがままであった玄関先での出来事も手を振って離れれば静寂が痕を残す。

週末で部活動も休みである今日は東郷さんの言っていた通りしずくさんと遊ぶ約束をしていたのだ。

 

──結城。今度の日曜日空いてる?

 

いつも夜ぐらいに連絡のやり取りをしているわけだけど、まさか彼女の方から誘いがくるとは考えてもいなかったのでとても驚きました。オーケーの返事をしている最中にそういえば車椅子を卒業してから会うのはこれが初めてだなぁなんて考えてみる。

場所はこの前東郷さんと初めて出かけた『イネス』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

週末ともなれば行き交う人々の数は平日の比ではない。これもまた違った景色であり、一人で出歩くなんてこれが初めてだった。

みんなにとって当たり前の日常。幾度と迎えてきた一日を私は今歩み進めている。足取りはとても軽かった。

 

「はぁ……ふぅ。無事に一人で到着ー」

 

少し乱れた息を整えて建物を見上げる。『イネス』に到着することが出来ました。以前東郷さんと一緒に行ったおかげだね。大きなショッピングモールともなれば人混みの多さはかなりもので、目で追うには少しくらくらしてしまうほどだ。

しずくさんに連絡をしてみれば既についているとのこと。待たせてしまっているので早くいかないといけないと思った私は、いざ足を運んだところである異変に気が付いた。

 

────両足の感覚が一瞬なくなったことに。

 

 

「……あ、れ?」

 

とん、と一歩踏み込もうとしたときに瞬間的に感じた違和感に首をかしげる。再び足を動かしてみるがその違和感は次の瞬間に消えていた。一体なんだったんだろうと思考を巡らせてみるが答えは出ず、私はイネスの店内に向かうことにしました。

 

店内に入ると人の数はすごくいます。フードコートで待ち合わせをしているので寄り道をせずに覚えた道筋を辿って歩み進める。

そうして私はフードコートに到着してみれば、辺りを見渡して彼女を探していく。が、ざっと確認してみてもそれらしい人物は見当たらなかった。

 

(あれ、ここで合ってるよね?)

 

端末と周囲を行ったり来たりさせながら立ち尽くしていると、不意に肩を叩かれた。

びくっ! と驚いて私は振り向いてみると、

 

「オマエ……結城友奈か?」

「へ、あ……そ、そうですけど。えっと──」

 

そこに居たのは待ち合わせていた彼女──山伏しずくであった。

……あったのだが、どこか様子がおかしい。なんと表現したらいいか、雰囲気が最初に会ったときと大分違っていたのだ。

のんびりとした口調はがらりと変わり相手を威圧しているかのような印象を抱かせる。目つきもまるで相手を射抜くような、そんな感想が脳裏によぎるぐらいには驚いていた。

 

「ふーん。最近あいつら以外のダチができたって聞いたからどんなもんかと表にでてみたらなるほどなぁ」

「しずくさん…ですよね?? お待たせしてすみません。怒っちゃいましたか?」

「……ま。事情を知らないのも無理はねェか。オレは『伏見しずく』だが、しずくじゃねぇんだ結城」

「えと……?? もしかしてお姉さん、とか?」

「話はそこに座ってからにしようぜ」

 

親指を立てて指差す先に彼女は向かっていった。私は疑問が尽きないまましずくさん? の後についていく。

四席ひとテーブルの所にお互い腰掛けて対面に座った。テーブルにはドリンクが二つ既に置かれていてもしかして彼女が用意してくれてたのだろうか。

 

「勝手に買っちまったが飲めるか?」

「はい、大丈夫です。あの、お金は」

「いいって。んな細かいこと気にすんな」

「は、はぁ。じゃあいただきます」

「あぁ」

 

言いながら彼女も同じように飲み物を口にする。私も小さく会釈してから飲み物を手にとってストローに口をつけて飲んでいく。移動までに乾いた喉は潤いを取り戻して堪らず息を漏らした。

 

さて、と仕切り直したしずくさん? は背もたれに自重を預けながら私を一見する。

 

「まず何から話すっかな……あーさっきの質問だがオレはあいつの姉貴じゃないってことは訂正しておく」

「そうなんですか? じゃあ貴方は…?」

「オレのことも『シズク』で呼べばいい──結城、二重人格って言葉は知ってるよな」

「え、うん。知ってるけど……え!? もしかしてしずくさんって」

「あぁ、オレとあいつはそういう関係性だ」

「そ、そうだったんだ……驚きました」

 

だったらこの変化に対して納得がいきます。自分について調べている時にそういう方向性で検索をかけてみたときもあったから言葉はしっていたけど、まさか身近にいるとは考えもしなかった。

でも一つ疑問が残る。

 

「調べただけなんですけど、どうやってお互いの状況を把握出来てるんですか?」

「んー…感覚だけで言えばオレたちは二重人格であることを『自覚している』っつーことだ。ヨソはしらねぇが後は…日記帳みたいなもんを使ってそこにあったことを書いてることぐらいか。ま、これに関しては毎回書くのが難しいのが欠点か。急に戻ることもあるからな……話、理解できてるか?」

「はい。でもなんというか……不思議だなぁって思います」

「──ぷっ。あっはは! オマエ面白い反応するなー。確かにオレらは不思議ちゃんってワケだ」

 

くつくつと笑うシズクさんはとても機嫌がいい気がする。

そのことを話すと彼女は頷いて、

 

「そりゃあオレにとってある意味同じ境遇の人間に会ってるんだからな。結城……今のオマエはオレと同じだろ?」

「……っ!? そ、それは」

 

いきなり核心を突いてきたシズクさんに私は言葉を詰まらせる。『同じ境遇』の人間と彼女は言った。それはつまり『私』という個は二重人格のように異なる意思があるということ。

 

「わ、私は……」

「隠さなくていいぞオレの前ではよ。なんとなく感覚で判るんだ」

「ぁ、ぅ……」

「いや、悪りぃ。オレらしくねぇ……どうも浮かれちまった。話せないなら無理にとは言わねぇさ」

 

申し訳なさそうに飲み物を飲みながらシズクさんは明後日の方に視線を向けた。経緯はどうあれせっかく向こうから歩み寄ってくれたのに私ときたら俯くばかりで進歩がない。

 

「違うんですシズクさん。ただ…どう伝えたらいいのか迷っていただけで。私としてもそう言ってくれる人が居てくれてとても嬉しいんですよ」

 

唇が震え、膝に置いた両手をぎゅっと握る。

チラッと視線を合わせてみると彼女は真っ直ぐと私を見てくれる。茶化す気のない、真剣な眼差し。みんなに、東郷さんにさえ言えなかった『私』の真実はもしかしたらこの人は分かってくれるのかもしれない。そう思えた。

 

「私が生まれた理由は、目の前で悲しんでいる人がいる……その人の流れる涙を拭ってあげたい。その人のために自分の全てを尽くそうって感情に従って動いてきました。ただそれは同時に『私』を隠していかないといけないことに気づいたんです」

 

結果的に東郷さんの涙の意味を変えることができた。けども同時にそれは私が『わたし』の代弁をしただけなのだと。

 

「それからは今もですけど必死になって『結城友奈』であろうと努力してきました。でもやっぱりうまくいかなくって色々と挫けそうになっちゃってますけどね。あはは……」

「んなの当たり前だろ結城」

「え…?」

「出来なくて当たり前なんだよ。オレもオマエも言わば『元の人格』の熱に揺れる蜃気楼みたいなもんだ。捉え方によってソイツの視え方は変わる。そこから生まれて出たはずなのにオレたちはソイツになれねぇんだ。不思議だよな?」

 

氷に映る自分を見つめながら言う。真っ直ぐ見れば一つなのに別の角度から見れば二つや三つにも見える。私たちとはそういうものだと彼女は云う。

 

「でもそれでも私は……『わたし』でいないと」

「待て待て。否定してるわけじゃねぇよ。その理由がオマエの原動力ならそれで構わない。ただ何も知らない状態で闇雲に突っ込んでいくよりは自分について少しは理解を深めた方がいいだろ?」

「……シズクさんって凄く優しい人だね」

「ば…っ!? オレは別に優しくねぇよ」

「シズクさんも私と同じなんですか?」

 

顔を赤くした彼女は身体を冷やすように残った飲み物を飲み干して私の問いかけに首を横に振った。

 

「オレはオマエのように周りに気を配れる人間じゃねぇからショージキ話を聞いてすげーと思ったぜ。オレはしずくを守るだけで精一杯だし、そのために力で他を排斥し続けたオレに比べりゃオマエの方がよっぽど優しいさ」

「そんなこと、ないです。私のことを気にかけてくれるじゃないですか。今言ってくれたシズクさんの方が信じられないですよ私からしたら」

 

私の言葉にシズクさんはキョトンと初めて見る表情を浮かべていました。そしてすぐにからからと笑い出す。

 

「だとしたらアイツらのおかげ……かもなぁ。死んでも口に出して言わねぇけど」

「私にはいいんですか言っちゃっても?」

「オマエにだからこうやって普段言わねぇことも言ってるんだよ。だから……結城、他のヤツに言えないことはオレに話せ。突っ張ってばかりじゃ身が持たねーからな。今日はそれが言いたかった」

「シズクさん……わっ!?」

 

立ち上がった彼女は私の横までくるとくしゃっと頭を撫で回してきた。乱暴に見えて相手のことを想ってくれる──そんな『熱』を感じた。

 

 

「────腹が減ったからメシでも食おうぜ」

 

彼女はそう言ってニカっと笑った。

 




彼女はシズクに自分を打ち明ける。

シズクさんはイケメン度120%でお送りいたします。

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